小田原北条家・・・1


 油屋より土産と言って渡された物とは。



「これが私から若様へのお土産となります、それと此方が、以前頼まれていた南蛮の芋とつくしに似た大きいつぶつぶの豆が付いた棒芋とうもろこしになります、それと大きい丸芋かぼゃです」



「おっ、これはあれであろう、方位を示す奴であるな」



「えっ、ご存じなのですか? これは南蛮の船主から大金を払って買ったもんですぞ」



「ちと待っておれ、・・・ほれこれと似てるから同じ物であろう」



「どうしたのです、小さいですが、恐らく同じ物です」




「そうであろう、これは儂が飾り職人に仕組みを教えて作らせて騎馬隊に持たせている方位箱よ、これがあれば山の中でも迷わず行軍が出来るから作らせたのよ」




「なんと若様が作らせたのですが、私が持って来た物は海で使う方位を示す品です、広い外海で迷わない為の道具です、まさか若様が陸で使う同じ物を作られていたとは、これでは土産になりませぬな~、残念です」



「そんな事はないぞ、この船で使う奴は儂の方位箱より盤に書かれている数値が細かい、それと大きい透明板で水が入らない様に工夫されている、大変立派な物だ、この海用の方位箱から良い点を儂が作らせた方位箱に生かせば良いのだ、立派な物だ、ありがたく頂く」



「そうですか、この油屋、少し安堵しました、次回は若様が驚く様な土産を是非ご覧に入れて見せまする」



「あっははは、儂が驚く様な土産であるな、それでは儂が驚くかどうかの勝負であるな、あっはははー、この南蛮の芋もありがたく頂戴する、昼餉を食べたら一緒に村に行こう」



 油屋が持って来た芋はさつまいもとトウモロコシ、かぼちゃである、さつまいもとトウモロコシは、コロンブスが既にヨーロッパに伝えており植民地で作られている作物であった。



 さつまいもは紀元前800年~1000年には中央アンデス地方で作物として作られている、史実では1600年頃に琉球から伝わる、トウモロコシは、もっと古く紀元前5500年~7500年にはメキシコ、ボリビアなど中南米で栽培されていた、史実では1579年にポルトガル人が日本に伝えた事になっている。



 カボチャは大きく分けて、日本カボチャ、西洋カボチャ、ペポカボチャの3種類に分類される、日本カボチャの原産地は諸説あるが、中央アメリカとする説が有力、ペルーでは紀元前4000~3000年の出土品から見つかっている、北アメリカを経由して、コロンブスによってヨーロッパに伝来し、世界中に広まった、日本に伝わったのは1542年頃、九州に漂着したポルトガル船によってもたらされたとされる、既にこの時点で日本に伝わっている。



 コロンブスが新世界に持ち込んだ食物はヨーロッパの食事情を大きく変えた、トマト、ジャガイモ、キャサバ、唐辛子、パプリカ、ピーマン、インゲン豆、パイナップル、パパイヤ、落花生、ココア、ゴムなどが一例として上げられる、代わりに大陸の原住民に性病を持ち込んでしまった様である。



「平蔵、これが新しい南蛮の芋じゃ、芋の仲間だから形は違うが取り合えず植えてみてくれ、日照りにも強い芋らしい、あとこの粒粒が種じゃ、これも半尺(15cm程)程間を開けて種を蒔くのじゃ、いずれも田植え前の春先でいいかと思う、大変に美味しい様である、無事に育てたらそれを種芋にし、村中に広げるから頼む、ところで村人も増えおり、田はどの位増えたのじゃ?」



「はい、おかげさまで働き手が増えたので田と畑も大分増えました、田では、5つの村で昨年が1560俵程でありましたが、今年は2500俵は行けるかと思います、畑はまだまだ広げている最中です」



「ほう、それは立派である、那須の領内全ての見本がこの五つの村であるから、ここで成功すれば皆が見習うので平蔵は那須の国を代表する村長ぞ、儂も鼻が高い、難民が押し寄せた時は焦ったが、その方がいてくれて助かった、新しい芋が出来たら五つの村で焼芋を行って皆で食べよう、それとあぜ道にある畔豆は、栽培しているのか?」



「あ~あの豆は各農家で少し植えているだけで、勝手に育つ豆なので特に栽培で増やしたり行っていない豆です」



「そうなのか、実はあの豆は乾燥させれば保存も効く、豆がさやから落ちる前に枝ごと収穫しておけば、良いそうだ、それとな、儂の館に大きい氷室があるからそこに入れておけば、冬でも美味しく頂けるそうよ、あの畔豆もなんとか増やして育てて欲しい、使い道が沢山ある様だ」



「はい、分かりました、畔豆ならどの農家もあるでしょうから先ずは広げている畑にも植えてみましょう」



「うむ、頼む、この澄酒をあとで皆と飲むが良い、ニ斗樽36ℓ3つを渡すゆえ、それなりにあるであろう」



「杜氏職人が追加の酒を仕込んでいるから春には飲めるだろうと言っておった、昨年仕込んだ澄酒がもう底を着く、儂はまだ飲まんが、沢山作ったのに儂に金を払わんで飲まれてしまった、あっはははー」



「流石ですな、京仕込みの一級職人でしたからな、私も飲みましたが、中々の出来で驚きでした、あの酒であれば引っ張りだこになります、もっと沢山作って頂き私にも売って頂かねば、ちゃんと銭は払いますゆえ、若様頼みましたぞ」



「うんうん、今あと二ヵ所酒を造る蔵をこさえているのじゃ、どうしても一ヵ所ではこれ以上は無理だそうだ、職人の数もしっかり増やしたから、今年は昨年の5倍位見込めると思う、そうなれば領内にも行き渡り、売る事も出来る、正月に完成した酒はお披露目だったから儂が費用を全部出したのじゃ、今度からは回収じゃ、あっはははは、それにあの酒の米は全部この五つの村で作った米で作られている、だからこの村に渡す酒は今後も銭は取らないので安心して色々と頑張ってほしい」



「へえ、ありがたい話です、若様のおかけで村の者も皆豊かになっております、益々仕事に励む事に繋がります、それに新たに入植した難民だった者達もこの村が余りにも豊かなのでその者達もよく頑張っておりますのでご安心ください」



「嬉しい事よ、また 海から干物など届いたら渡す故、村を頼むぞ平蔵」



「この油屋、暫く逗留致し、領内を見させて頂きます、上方と違う作物など那須で行えそうな物がありますれば、是非お試しなさるが良いかと」



「お~そうであるのう、那須で育つ物なれば役立つと思う、なんでも良いので観察してみて欲しい、頼む」



 そこへ鞍馬の配下より急ぎの連絡が入る。



「わかった、では参る、油屋殿ちと用事が出来たので又後程」



「覚悟が決まった様です、北条殿がお起こし頂けないかと文が来ました」



「ふむ、小田原の北条様が腹を決めたか、流石に大国の領主ゆえ向こうからは来れぬ、大津から船で行って見るか、彦太郎殿の話では、那須の船乗達が充分堺まで操船して問題ないと、いつでも引き渡せると文が来ておるから」



「船でありますれば、数日で小田原の港に行けるかと」



「行く以上手ぶらではかっこ悪い、船があれば、一緒に那須駒も持参出来よう、船乗も喜ぶであろう、それが良い、では父上に文を書いて了承を得るので、今頃は大子にいるはずであるから届けてくれまいか」



「分かりました」



「忠義、義隆、二人してこれから言う荷を手配してくれ」



「はい、分かりました」



 大津浜では正太郎からの指示で、初の出港に向けて準備が始まった、又今回は馬で曳く荷車を人が曳ける様に工夫し10台用意した、那須駒5頭(内1頭が北条家に)麦菓子2000枚、鮎の甘露煮200匹、干し椎茸100個、澄酒2斗5180ℓを用意したのである。



 同行するメンバー、忠義、福原、十兵衛、半兵衛、一豊他馬廻役15名、百合、梅他に侍女2名鞍馬天狗、小太郎、他鞍馬配下3名と正太郎の30名である、父資胤より城にはまだ戻らないので正太郎の判断で出発する様にと承認が降り父の帰りを待たずに出港する事に、父資胤には北条家との話については何度も行っており、那須に取って最大の重要事項として極秘に鞍馬天狗と諮り進めていてた事であった、2月下旬大津港を出港した正太郎一行、いずれも外海への航海は初めての者達であった。




「気持ちがいのう、陸の風と違って風まで塩の味がするぞ、風の勢いも強いのう」



「若様ダメです、もちっと内側におらねば、落ちたら死にまする、ダメです、もう~紐じゃ紐を船員からもらってきておくれ、私の体と若を紐で結ぶ、危なくて見ておれません」



「忠義あれを見よ、お~でかい大きい魚じゃ、福原見てみよ、こっちに向かって来るぞ・・・」




「なにをしておるのじゃ、何故皆海を見ぬのじゃ・・・・十兵衛も返事位せよ!」



「我ら一同船酔いしております、話す事が出来ませぬ、気持ちが悪いので御座います、若様の面倒は百合と梅達侍女にお任せします、我らは下で休みます」



 男達は船酔いとなり真青な顔で眼も開けられない状態となっていた、鞍馬天狗ですら無言で座禅を組んでいる、半兵衛は既に仮死状態となっていた、不思議と正太郎と百合達侍女は船酔いしておらず、1人で興奮し騒いでいる正太郎にハラハラしながら面倒を見ていた。



 船酔いは人によって差があると言われている、経験上の事であるが初めて釣り船で沖まで行き相当揺れているにも関わらず、全く酔わなかった者を知っている、船長の話では、意外と女性の方が耐える事が出来、男の方がだらしないと説明していた。



 船酔いは体が揺れに慣れるしかなく、経験を積むしかない、食事も水も喉を通らないとはこの事を言うのかという、呑気な事すら考えられ無くなる程きついのが船酔いである。



「船長から遠くに見えるあの半島が伊豆の国です、間もなく陸の内側の湾へ向かいます、そこが小田原になります、未の午後二時頃に着くかと思います、港に着けば皆様回復するかと思いますが、一刻程は陸地で休ませた方が良いかと思います、何分ほとんど口にしておりませんので、無理なさらずにした方が良いかと思います」



「それにしても船の中では全く役に立たぬ奴らだのう、馬ですら大丈夫なのに、なんとか動ける様になったのは鞍馬の者達だけじゃ、これでは船での戦は無理であるな、船で戦ったら簡単に負けてしまう、困ったもんじゃ、折角船で移動出来るのに、騎馬隊の調練に船を使って酔いを克服しなくては、いずれ考えねばならん」




 さつまいも、とうもろこし、かぼちゃと畔豆は晩酌で好まれる枝豆の事ですね、昔から枝豆は食べられていたそうです、納豆もこの時代あったのでしょうか? ちょっと気になりますね。

 次章「小田原北条家2」になります。

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