駿河侵攻・・・2

 

── 引馬城 お田鶴の方 ──



お田鶴の方は、別名亀姫とも言い、父親が鵜殿長持、母親が今川氏親の娘、叔父が今川義元、叔母が北条氏康の正室瑞渓院、北条氏政とは従兄妹、今川氏真の正室早川殿の従姉妹である。 


お田鶴の方の夫、引馬城城主、飯尾連龍いのおつらたつ(通称、飯尾豊前)は今川義元が桶狭間の戦いで義元が信長に討たれ事で今川家が弱体する中、氏真が中々敵討ちの兵を起さない事に訝しぎやや距離を取ると1565年12月今川氏真に裏切者として偽計を図られ抹殺されてしまう、亀姫ことお田鶴の方は結婚間もない15才の時である。


氏真に殺された事で憤怒の如く怒るも、今川家とは切っても切れぬ程の縁ある身、夫を殺された怒りが出した答えは、我を攻める者には誰であろうとも抗い戦うという事であった。


夫、飯尾連龍が亡くなるも重臣配下一同を纏め上げこの三年間はお田鶴の方が引馬城の差配を見事に行い配下の者達から信頼を得ていた、そこへ12月10日、風魔小太郎が訪れた。



「その方が北条氏政様の遣いの者であるか?」



「はい、某北条氏政様に仕える風間かざまと申します、こちらが氏政様からお方様へお渡しするようにと預かりました文になります」



小姓から文を渡され、読む、お田鶴の方。



「なんと叔父上が危篤であるというのか・・・叔父上はお幾つであったか?」



「はっ、確か53程だったかと思われます」



「確かにそうじゃ、中風と書かれておるが、容態はどうなのじゃ?」



「私は直接会える身分の者では御座いません、ただお聞きした所、もはや危ないとの噂があります、少しだけお話しが出来るようだとお聞きしております」



「ここに妾に至急小田原に来て頂きたいと書いてあるが?」



「はい、文をお預かりする際に氏康様が何度もお田鶴のお方様の名を呼ばれているとの事でした、お会いしたいのかと聞いた所、涙を流し頷かれていたと氏政様よりお聞きいたしました」



「なんとそれ程であるか・・・叔母御はどうしているのじゃ?」



「瑞渓院様も日夜病が癒えるよう神仏に祈られております」



「事は急を要しているのじゃな、だがしかし、この城空けるとなれば・・・・・」



「お方様事、ここは急を要しております、北条様よりこのような文は是非お方様にお越し願いたいとの事で御座いましょう、お方様が暫しご不在になられましても、某飯尾正親がおりますので城の事御心配には及びません、それより文を頂きお見舞いに行かぬ方が後々の事を考えれば是非に及ばずで御座います」



「そうであるな、判りました、では急ぎ支度を行う、風間殿暫く控えにてお待ち下され」



「はっ、ありがとうございます」




この日の午後にお田鶴の方は引馬城を後にした。


史実では15才で飯尾連龍と結婚するも、義元が信長に打ち取られ、氏真の偽計で夫が殺され駿河侵攻と併せ家康が遠江を侵攻される、それにより引馬城が攻められ降伏を何度も進められるがお田鶴の方は全て拒否し配下共々300名が12月25日に落城し燃え盛る城で戦死する、お田鶴のお方は戦国烈女の一人として称されている。



「ではこちらに船を用意しております、船にて小田原に向かいまする」


「何故船で小田原に向かわねばならぬ?」


「薩埵峠にて崩落があり通行出来ませぬ、小田原に向かうには船でしか行けませぬ」


「なんとそうであった、判ったそちに任す、よろしく頼む」



こうして無事にお田鶴の方はその日の夜に小田原城に到着した、翌日、氏政に会う事になる、城を去った引馬城では。



「お田鶴のお方様の命である、皆の者支度せよ、明後日12日に皆は小田原の城に向かう、この城は某飯尾正親と数名を残し、全て移動する事になる、既にお方様は小田原に向かわれた」



お田鶴の方が小田原に出立したのを見届け、城に残る侍女他300名は二日後に北条が手配した船にて同じく小田原に向かう事になった、これは事前に風魔小太郎と飯尾正親で示し打ち合わせした事である。



12月11日午前病室に案内されるお田鶴の方、襖が開かれ病床に横たわる氏政。



「皆さまお久しゅう御座います、叔父御殿のご様子は・・ご様子は如何で御座いましょうか?」


すると寝床より目を瞑る氏康より。



「済まなかった、亀よ済まなった、許してくれ、もっと早く儂が気づき手を差し伸べておれば、亀よ許して欲しい」


声を上げる氏康、その声を聞くも意味が解らず、意味も解らず呆然とするお田鶴の方。



「氏政を起して来れ」(面倒くせえ親父だ、さっさと起きて説明しろ!)



氏政が父の氏康を起すと、そのままお田鶴の方の手を両手で包み話す氏康。



「亀よ、これから話す事驚かれようと思う、全ては儂が指示し、そなたを守る為に行った事である、そなたを儂が守る故何も心配はいらない」



お田鶴の方が驚き言葉が出せない中、氏康は武田の侵攻、徳川が遠江国へ侵攻して来る件を話し、それに対し一年以上前から準備をして来た事を話した。


話を聞きながら、時に顔を赤くし憤り、時に青くなり血の気が引く思いで一通り聞き終えたお田鶴の方であった。


「ではこの謀の為に妾をここにお呼びしたのですね、妾は確かに叔父御殿のお陰で助かりましたが、城に残る者達は如何となりましょうや、妾は引馬の当主です、城に残る者を見捨てる事など出来ませぬ」



「判っておる、既に城に残って者達を助けるべく船を遣わしておる、飯尾正親殿が上手く差配し、この小田原に来る事になっている、全ての者を儂が受け入れる安心するが良い、此度の戦が落ち着けば必ず引馬に帰れる時が来よう、辛いであろうがどうか辛抱しておくれ」


氏康が語る言葉に嘘はない、その言葉にはお田鶴の方を守るという親愛の情がはっきりと読み取れた。



「叔父後御様、叔母上様、氏政様、そして早川殿、皆様のお気持ち、感謝申し上げ致します、引馬の事しか見えておりませなんだ、周りを見通せる力がなく皆様に甘える事になりました、いつかこの御恩を必ずお返し致します」



「何を言われるか、其方は私の姪ぞ、叔母である妾は其方の母の姉である、母である妹は既に亡く、今は我こそが母と思うておる、娘の亀姫(お田鶴の方)が危うい時に母の元に来る事に何の遠慮がいるものか、小田原に来てくれた事で、其方の無事を確認出来た事で、それだけで恩を返したのじゃ、これ程嬉しい事は無い、そなたと妾は血が繋がった叔母と姪ぞ」



「返す返すありがたいお言葉身に沁みます、この亀、そのお心に触れ伯母上様の胸に飛び込み等御座います」



その後、叔母の瑞渓院、早川殿の三人にて抱き合い泣くのであった。

この場に不似合いな男二人は退出し、幻庵の部屋に向かった。



「どうやら無事に済んだ様であるな、これにて安心じゃ、儂はその方達の所に行かなくて正解であった、美味しいプリンを食しておったわ、あとは戦の成り行きを見届けるだけよ」





── 徳川家康 ──




「これより出立致す、進軍せよ! 遠江に向け進軍せよ」



12月13日予定通り家康は遠江に向け進軍した。



「物見は戻ったか?」



「こちらに馬が戻って来るのが見えます、間もなく戻ります」



「ご注進! ご注進!」



「何を慌てておる?」



「掛川手前で朝比奈の軍勢が布陣を敷いております、その数4000」



「何、それはどの辺りじゃ」



「はっ、天龍川を渡りました半里先になります」



「我らの動きを知り布陣を敷いたか、流石、今川に朝比奈殿ありである、他はどうであるか?」



「手前の引馬には動きありませぬ、特に旗も見えませぬ」



「ではこの先3里の処に一旦陣を構える、引馬と掛川の様子を探るべし!」



家康の軍勢は6000の兵であり全軍と言っても良い、数年前まで一向一揆により三河の地が荒れに荒れ国力を回復している最中での進軍であり兵を無駄に出来ない事情があった。


家康の性格は決して大胆と言う訳ではなく慎重の上にも慎重を期し辛抱強く事を構え進むのがこの当時の家康であった。


陣を敷き数日、引馬の城では人はいるが少数であり、掛川での朝比奈の布陣も変わらず徳川を迎え撃つ構えのままであるとの状況であった。



「よし、では先に引馬を倒し、そこを拠点とし掛川朝比奈と戦う事とする、全軍攻城戦に備え進軍せよ!」



移動速度はゆっくりであり、引馬城を目前となり、降伏の使者を遣わす家康。

城より家康が遣わした使者とは別に城より一人の使者を伴って戻った。



「お懐かしゅう御座います、飯尾正親で御座います、此度は使者として撒かり越しました」



「お~覚えておるぞ、飯尾殿お元気で御座いましたか、叔父上の事は残念で御座いました、して使者の趣きは如何に?」



「はっ、我らの城主、お田鶴のお方様は、家康様が遠江に今川への意趣返しの判断はやむなき事情仕方無し、幼少の折、今川館で共に過ごした誼にて城を明け渡し致そう、いずれ何かの縁あれば恩をお返し下されと申して、城を徳川様にお渡し致します、我らは今日中に城を出ますので、夜が明けましたらご自由にお使い下さいましとの事で御座います」



徳川家康は義元が討たれ、本来であれば今川に戻ると思われたが、岡崎の城を取り戻し、そのまま三河の地に留まった事で、今川館に人質に囚われていた多くの者達を氏真は愚かにも磔を行い処刑してしまった、それゆえ、今川への意趣返しという説明があったのだ。



「なんと、なんと亀姫様が、いやお田鶴のお方様がそのようにこの家康の事を思って下されまいたか、この家康、手を合わせ感謝致します、今川館で共に過ごした誼、確かに受け取りました、必ずこの御恩お返し致します、皆様方は行く宛はありましょうや?」



「お田鶴様はじめ城中の者多くは既に他の地に移っております、城を無事に家康様にお渡しする役目の者だけが残っております、ご安心下さい」



「飯尾正親殿誠に忝い、某で役立つ事がある時は是非に頼って頂きたい、家康このご恩、生涯忘れませぬ、お田鶴のお方様へどうぞ良しなにお伝えください、家康が心から感謝していたと」



「はい、徳川様、必ずお田鶴のお方様へ、家康様の事お伝えいたします、では失礼致します」



これにより、12月25日引馬城を接収し、徳川軍が入城した。




ここからが掛川城との戦の始まりである。



一方武田信玄は薩埵峠で崩落が起きた事で一旦撤退する事になり甲斐に戻り徳川方の状況を確認すると共に駿河侵攻を諦めた訳では無かった。


年が明け、家康が戦を仕掛ける為引馬から掛川に向かい一里手前で陣を敷き相手が動くのを待ったが朝比奈は、態と動かぬ事を策として用いた。


朝比奈の居城掛川城には攻城戦に向け大きく改造されており、敵を誘い込む罠を多く作り不落の備えをしており、城内に引き込む為に城前で陣を敷き、いつでも戻れる態勢で臨んでいたのである、敵である家康が攻めて来る事を待つのが策であった。


家康は家康で、朝比奈が4000もの多くの兵で布陣しており、城にも兵がいる事を懸念しており手が出せなかった。




両者の動きを信玄は知り、ある奸計を家康に打診した。



峠道が崩落し予定の道から駿河侵攻出来なくなった信玄が家康に共に掛川を攻め占領したのち、そこから先の駿河に武田が侵攻する事にするので共に合力して行おうと誘ったのである。



「如何する武田からこの様に言って来ておる、我らも武田が本来駿河を攻め入るから両側から戦と決めて動いたが、武田が駿河から攻め入ってないから目前の掛川に多くの兵がおり、このままでは埒が明かない、如何致す?」



「武田はなんとしても駿河が欲しいのでしょう、それは我らも遠江が欲しいのと同じで御座います、武田の兵数は多く共に合力して戦うなれば道が開かれるので無いでしょうか? 折角この引馬の城があるのです、無駄には出来ませぬ、ここで敗退し我らが三河に戻りましたら国人領主が離れるやも知れませぬ」



「そうであるな、では武田に使者を送り合力して戦う事に致す」




── 洋一夫婦 ──



「玲子さん予定通り進んでいる見たいです、ただ正太郎には伝えて無かった引馬城のお田鶴の方の件ですが、あれはあれで良かったのでしょうか?」



「あれは正解だと思うよ、氏康が気づいて直ぐに手を打ったから間に合ったけど、危機一髪だったと思うは、引馬に家康の軍勢が先に来ていたら意地でもお田鶴の方は動かなかったと思うし、史実それで亡くなるから、前に正太郎が長野業盛の箕輪城でやった事を氏康が知っていたから同じ事を即決で判断したのよ、氏政だったら即決出来なかった事だわ」



「それとこの話には家康とお田鶴の方、二人の幼少期にも伏線があったと思うの、人って大人になれば成程幼いころの楽しい思い出を大切する部分があるから、特に二人は今川館で過ごしているから、家康は人質という特殊な環境、お田鶴の方、亀姫は姫として大事に育てられている時期に顔見知りであり、家康が竹千代と呼ばれていた時期のお互い淡い想い人という関係であったと言われているから」



「えっ、そうなんですか? 恋人だったのですか?」



「そこまでは発展していないと思うの、竹千代は人質、一方は姫、年齢は竹千代の方が7才上で6才から人質生活を送る事になるんだけど、17才で桶狭間の戦いまで人質という環境、そんな中、7才年下の亀姫とは何かしらの出会いがあって優しい言葉をかけた訳よ、幼い女の子ってお兄さん的な男性に憧れたり少年期の男の子は幼い女の子を守りたいという、まあー普通の少年期の普通の心理なんだけど、人質と言う環境で女の子に出会う機会も無い中、館ではいろいろな行事に竹千代も亀姫も参加する中で顔見知りになるのよ、それが自然に想い人という流れになったという事ね」



「そうですか、どっちにしても史実で18才という若さで亡くなるのは偲び無いですから良かったと思います」



「この後は武田と合力して掛川だと思いますが、いつ頃まで続きますか、時期まで正太郎に伝えていなくて、判れば教えてあげた方がいいかなと」



「結構長い戦いになるのかなと考えているの、早く終わればいいけどちょっと無理だと思う」



「判りました、では時期は不明だけど、長くなりそうだと伝えておきます、その他伝えた方が良い事とかありますか?」



「西上野の長野業盛の箕輪城も予定通りで大丈夫だと言っておいて」



「判りました」





駿河侵攻と遠江への侵攻、そこへ引馬城の姫一同が北条の元へ、いよいよ後半戦でしょうか?次章「駿河侵攻3」になります。

オリジナルの展開ですが感想、ご意見、プレビューお待ちしております。

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