挟撃


小田城志田曲輪が陥落し本丸正門前の攻防に移り、怒涛の攻めを行う佐竹軍、必死に正門を守る小田軍、ここを突破されたら終わりである。



「なんとしても食い止めるのだ、押し返すのだ、てつはうを落とせ、岩を落とせ、矢を放ち槍を突け、絶対に抜かれてはならん、小田の力を全て出すのだ!」



怒号の指示を出す小田氏治、最後の関門を守るべく、門の前で鬼の真壁も全身を真赤に染め、鬼の形相で暴れまわる、一振りで数人を薙ぎ倒し、血肉の塊を作る真壁に盾兵10人が壁を作り真壁の動きを止めるべく体当たりをして来る、身体を石壁に押し当てられる真壁、敵兵が真壁に止めを刺すべく槍を突きたるその瞬間に真壁の身体が強力ごうりきを振り絞り10人の盾兵を押し返し瞬く間に金砕棒が盾兵に襲い掛かり肉塊にした真壁。



この日一番の被害を出した部隊は真壁率いる槍部隊であった、真壁の奮闘に刺激を受け誰もが限界を超える力を出していた。




一進一退の攻防がくり広げられる中、突如敵の攻撃が弱まった、敵兵の数が減って行く、戦いに夢中となり氏治も周りの状況が見えていなかった、そこへ敵兵が陣に戻っております、陣に戻る合図が聞こえますと報告が入る。



氏治も城外に目をやると、敵が陣に戻っている、集まって防御の陣に移行している事に気づき佐竹軍の後方に目を移すと、砂煙が舞い上がり何かが近づいている事に気づいた。



もしや援軍か・・・・・攻撃していた敵兵は全て撤退し、残されたのは死体のみとなった、砂塵に交じり徐々聞こえる多数の軍馬の足音、幟旗が無数に翻っている、間違いない那須の援軍である。




「皆の者外を見よ、那須の援軍が駆けつけた、これより小田軍総攻撃を行う、立ち上がれ、小田の戦士達よ、坂東の侍を立ち上がれ、亡くなった者達の無念を晴らす時が訪れた、今こそ小田の力を敵にぶつけるのじゃ、立ち上がれ、者ども立ち上がるのだ!!」




「それで良い、これより儂の合図で一斉に突撃を行い、援軍と挟撃を行う」




準備を整える中、武田騎馬隊の蛇行突撃が佐竹が身構える方円の陣に突入した、弱い盾兵、隙のある盾兵に蛇行しながら突入を開始した。



「防げ防ぐのじゃ、壁を厚くするのだ、押し返せ、鉄砲隊何をしておるか、あの赤い騎馬隊を狙うのじゃ」




蛇行しながら味方の盾兵の中に食い込んで来る武田騎馬隊に狙いが定まらず盾兵で防御するしか為す術もない、味方の陣の中に深く入り蛇行して動く事で内側から崩れ始める、方円の陣はどんどん崩れ、円の形を崩し崩壊していく事に、そこへ大きい矢が次々と撃ち込まれた。



大きい五峰弓から放たれた矢は通常の矢より倍ほど長く真ん中より先端に竹筒が固定されていた、放たれた矢は竹筒に火薬と礫つぶてが内蔵されており導火線に火を点け放たれる。



矢が放たれてから7秒程で竹筒が破裂し、竹筒の礫が四方に飛び散り敵に突き刺さり殺傷する兵器である、榴散弾の原型である。



『てつはう』は炸裂し周りに油を撒き散らす、現代の火炎瓶でもあり、油の代わりに礫が敵兵に襲い掛かると『石火矢』となる、火薬が爆発する事で近くにいる者は爆発による死者も出る恐ろしい武器であった。



武田騎馬隊の蛇行突撃、その後に石火矢が襲って来る、人が密集している場所の方が被害を受ける、爆発の恐怖、仲間の悲鳴、盾兵では防げない爆発力、石火矢が数十発が放たれ方円の陣が完全に崩れ、佐竹の兵が逃げ惑い散会しバラバラに動き出す。



「佐竹が、敵兵が崩れた今ぞ、襲いかかれ!!」



一気に小田城から兵達が躍り出て佐竹兵に襲い掛かる、戦闘意欲を失った佐竹結城千葉の軍勢は次から次と打ち取られて行く、那須騎馬隊も弓攻撃に切り替え、敵兵を容赦なく打ち始める、武田騎馬隊も敵兵を見つけては刺し殺す、一方的な攻撃となり一刻もせずに敵陣は跡形も無く逃げ惑うだけの佐竹軍と化した。





── 那須本軍 ──




那須資胤は困惑していた、敵が動かず、こちらが敵の布陣に近づけば敵が下がってしまう、下がってしまう為に戦機を逃してしまう、仕方無しに元の位置に戻れば、敵も戻るという事を二回試みたが同じ結果であった。




「やはりそうであったか、皆の者出陣じゃ、折角暇を持て余しているのじゃ、少しは我らの動きで役立つであろう、幟を掲げよ、では道案内を頼む風魔殿」




「ここより半時の場所です、そこで宜しいかと」



上野より武田信玄の侵略の裏を描く為に烏山城近くの廃城を修繕しそこへ一時避難していた上野の長野業盛、居城である箕輪城には影武者を置き、此度の那須包囲網の合戦に参加出来るチャンスを待っていたのである。



那須資胤は敵が後方に下がり撤退する恐れもある事から1000騎の騎馬隊を遠回りさせて退路となる芳賀に向かわせていたが、到着の狼煙があがるまでじっと待つしか無いと判断。



幸い白河結城を下したという報告を聞いてはいるものの小田城が陥落し佐竹の軍勢が此方に向け進軍する事をなんとしても回避せねばと、一気に決着をつけてやるという意気込みと、ここは冷静にならねばという気持ちであった。




「長野様この場所が宇都宮小山勢の退路となります、那須資胤様の騎馬隊はまだ到着していない様です」



「よしではここに馬防柵を設置し敵の逃げ道を塞ぎ布陣を構える支度にかかれ」



長野の軍勢は足軽中心ではあるが1800いる、暫くして那須の騎馬隊が那須家の幟旗が多数ある長野が布陣している所へ参集した、騎馬隊は長野達の事は一切知らず見た事も無い軍勢が那須の家紋が描かれた幟旗を見て戸惑っていた、隊長が布陣を展開している陣幕に現れた。




「失礼で御座いますが、どちら様の配下の皆様でしょうか? この場に那須の家紋を掲げた軍勢の事は聞いておりません、率いておられるお方はどなた様でありましょうか?」



「驚かして済まぬ、我らは上野の箕輪衆である、某が当主の長野業盛です、ここに軍勢を進めたのは某の判断で御座る、理由があって今、那須嫡子正太郎殿の世話になっておる、何やら宇都宮と小山が戦場に来ておりながら戦いに臨まず撤退の姿勢を見せるなど時間稼ぎをしていると聞いた、そこで何かお手伝いが出来ぬものかと考え、敵の退路を塞いだのじゃ、皆様方もこれより本軍と挟撃を行うのであろう、退路は我らがしっかり押さえるゆえ、安心して戦って頂きたい」



「長野様、事情も知らずに大変失礼な物言いでお聞き致し申し訳御座りませんでした、又、その様にお味方頂けます事感謝申し上げ致します、お言葉に甘えこれより我ら狼煙を上げ戦場に向かいまする」




急ぎ狼煙を上げる騎馬隊であった。 




「では失礼つかまります」




「うむ、ご武運をお祈り申す」




「皆の者これより御屋形様と挟撃を行う、続けー!」





「よし狼煙が上がったぞ、これより宇都宮小山を攻撃致す、一気に叩き潰すのじゃ!」




狼煙を確認し那須本軍3300が速足で敵陣に向かう、敵陣退路より来る騎馬隊1000騎と挟撃戦を仕掛ける資胤であった。




「那須の軍勢が押し迫って来ております」




「又来たのか、では後方に下がる様合図を出せ!」




「後方からも騎馬隊らしき軍勢が此方に向かって来ております、いかが致しますか?」



「何だと、旗印は見えるか?」   



「丸に横一の文字、那須の家紋です、那須の騎馬隊です、その数多数が押寄せて来ます」




「拙い急ぎ陣を、防御の方円の陣を構えよ、盾兵を前面に配置せよ、急ぎ陣構えをするのだ」




「正面那須軍との距離250間、後方騎馬隊距離350間です」




数分後に那須本軍、騎馬隊が残り100間の距離で停止し資胤は『てつはう』『石火矢』を用意させた。




「石火矢を放て!」 




宇都宮も小山も弓から放たれた無数の矢を見つめ眺めていると、突然矢が連続で爆発し悲鳴が飛び交う、うおー痛い、目が熱い、助けてくれ~、方円の陣では慌てふためき、戦う処では無くなった、石火矢が放たれ混乱した所へ騎馬で近づき、そこへ『てつはう』が投げ込まれ、てつはうが投げ込まれた周りでは炎が燃え盛り混乱に拍車がかかる。




「今ぞ騎馬にて徹底的に矢を放つのだ!」




騎馬隊による怒涛の連続の弓射である、鏑矢の風きり音が恐怖に追い打ちを掛け、兵に次々と刺さり倒れて行く、呻き声、絶命の声、恐怖による悲鳴が響き渡る敵陣。




攻撃を繰り返す中敵兵が陣から飛び出し四方八方に逃げ出し始めた、蜘蛛の子を散らす様に敵兵が逃げて行く、30分程で攻撃を停止させた資胤は反撃が一切ない事で停止した。




辺り一面には弓で亡くなった者、重症で動けない者が伏せており、当初6000程居た敵陣は2000程しか残って居なかった。




敵陣は盾で身を守り亀の様に身を屈め怯えているだけであった、資胤はこれ以上の攻撃は無意味と判断し、陣から逃げ出した敵兵を見つけ降伏か戦うを迫り、降伏する者には捕縛を命じた。



身構え怯えている敵陣に使者を送った資胤、降伏か全滅かを決める様に勧告、直ちに使者が現れ降伏する旨が告げれ、兵の武装解除を行い解散させる事に、宇都宮と小山の当主他重臣達の身柄を一旦烏山城に移す事にした。




── 小田軍 ──




佐竹の防御の方円の陣でも全く同じ様な状況であった、ただ佐竹側の被害はより一層凄惨であった、その理由は武田騎馬隊による蛇行突撃の通った後には死傷者が累々と横たわっていた。




一通り攻撃を行い敵からの反撃も止み、小田氏治は攻撃を停止させた『てつはう』『石火矢』の攻撃に恐れをなして円陣から逃げ出す兵士も沢山おり、あれ程多くいた兵士が見当たらず、見るも無残な姿となっており佐竹側の陣には1500程だけであった。




敵将の一人結城晴朝も矢傷による重症、千葉家の原胤貞は片目を失い重症である、それとは別に戦で受けた傷では無いが、佐竹の行軍に参加していた佐竹義重の父、前当主の義昭が体調不良の重篤に陥っていた。




佐竹義昭は病気を抱えていたが何としても戦に参加すると言い張り、仕方なく参加だけしていた、しかし、小田との戦が始まってから容態が悪くなり戦線を離脱していた、その佐竹義昭が病にて重篤となっていた。




既に戦は決した、抗う術もない、降伏以外道は無かった、小田からの攻撃が止み佐竹側より小田氏治に使者が降伏を伝えた、これにより、那須、小田に対する包囲網の戦は全て終わった事になる。



小田氏治も佐竹、結城、千葉の当主及び重臣を小田城に移し、戦処理について重臣と図る事にした、兵達は武装解除を行い解放した。




この日小田家より那須資胤に援軍感謝と戦の状況を知らせる早馬が送られた、同じく氏治にも資胤から那須側の状況を知らせる早馬が送られた。




戦を勝利で終えるも小田城での攻防で両者が多くの者を失い片付けなど処理に数日掛かる事になり、一旦菅谷城に移る事になった、菅谷城広間では重臣達が興奮冷めやらぬという事で先ずは勝利の祝い酒を飲み体の火照りを冷ます事にした。




この場に鬼の真壁は不在であった、余りにも激しい戦闘で全ての力を出し切り武具も外さず床に就いて眠てしまった、殆どの者は黙って酒を飲むだけで安らかに眠りについた、当主氏治も声が枯れ碌に話も出来ない状態であり、二杯飲み静かに目を閉じた。




那須烏山の広間では小田より疲れはなく、こちらも酒を飲んでいたが、やはり会話も少なく此度の戦は何か煮え切らない戦であり、宇都宮と小山のあの様な惨めな戦をした事に憤りが沸き起こり、戦国武将として許せんとの思いが資胤には湧き上がっていた、厳しい決断をせざるを得ないと考えていた。







蛇行突撃って言葉を聞くだけでも危険って感じします。

次章「戦後の仕置き」になります。

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