第10話 平家と鞍馬・・・2


 夕餉では、正太郎達に囲炉裏で炙った岩魚の焼魚やふんだんの山の幸でおもてなしをし、正太郎と百合には甘酒、男達にはどぶろくを好きなだけ飲ませ、歓待し、更に二度目の温泉に浸かり就寝となった頃、女主人のもとへ一人の男がどこからともなく現れ、話し合いが持たれたのである、その男とは女主人の旦那であり、裏側の鞍馬の者達を束ねる長であった。




 正太郎から女主人に言いつけられた鞍馬の者と大切な話があるという事について夫婦にて話し合っていたのだ、何故この里が鞍馬の者がいる事を知っているのか、那須家の歴代当主でも知りえない秘密を知っているのか、これは今後那須家との関係に支障が起こり、この里に害が及ぶ事になるのか、突如として那須家の嫡子がこの里に来るとは、それも五才の童という事にも驚き、二人には全く思い当たる節もなければ、何が話されるのか予想できず、全く理解出来ず途方に暮れる展開に沈黙ばかりが続く二人の会話。




「こうなっては仕方がない、今ここで、この里で平穏に暮らせているのは那須のお家にして頂いた返す事の出来ない程の恩を先祖様が受けており今があるのだ、その恩を考えればどんな申し付けであろうがこの命を差し出す事など何でもない事である、また我ら鞍馬の事はどこまで知っているのか、これは考えてもわからん、結局は表の者達は里に住んでいる者達であって、その者達を守るのが我ら鞍馬に繋がる者の使命であり表裏一体である、里の危機は鞍馬の危機であり、鞍馬の危機は里の危機なのだ」




「明日の話の内容によっては鞍馬についても説明を申し上げねばならぬやも知れぬ、場合によってはその方が嫡子様にとっても我らにも最善に繋がるやも知れぬ」



「但し、お前も気を抜いてはならぬぞ、里の者の全ての命が掛かっているぞよ、表側についてはこれまで通り頼むぞ」 




 お互い目で確認する夫婦であった。




 翌日朝餉の後に女将である女主人より、昼餉の後にお申し付けのご用意が出来るとの返事があり、ほっと胸をなでおろす正太郎であった、後は私の知りえた話をなんとか聞いて頂けるよう誠意を持って語ろうと決意した。




 昼餉の後に、迎えが来たので支度をし、忠義と二人で案内された部屋に、そこでは下座に既に拝礼して座っている女将と男がおり、上座に座り声を掛けた正太郎である。



「面を上げてくれ、私が那須家嫡男正太郎である、ここにいるのは従臣の忠義である」



 と紹介すると、男の方が。



「私が鞍馬の者であり、その鞍馬を束ねる長であり、名を、鞍馬天狗と申します」



「この度は、このような人里離れた人外未踏の地へ嫡子正太郎様をお迎えしました事、恐悦至極で御座います、この命をいつでも捧げる覚悟なれば、なにとぞ里の平穏なる暮らしが出来ます様、今後とも那須家の御屋形様にご配慮を頂けます様お願い申し上げ致します」 




「うむ、ありがたい言葉をありがとう、こちらこそ感謝する、鞍馬天狗殿の鞍馬とはどのような者達の事を指すのか教えてほしいのだ」




「その前に嫡子様はどこで鞍馬の名を知ったのでございましょうか?、鞍馬という名は里の者はおろか、我らですら誰にも名乗りませぬ、どこで知りえたのか、よろしければ教えていただけないでしょうか」




「たしかに、そなたの言う通りであった、何故私が、鞍馬について尋ねるのか、私の説明が先であった、これから話す事は途方もない話であり、場合によっては那須家と、この里そして鞍馬の者たちに取って全ての希望が失われる話になるやも知れぬ、或いは、その逆により安心して暮らせる里となり、それこそ隠れる必要のない希望へ繋がる話となるやも知れぬ、故にこれから話す内容はここにいる四名だけの秘事として守ってもらいたい」



「よろしいかな女主人の伴女将殿、そして鞍馬天狗殿・・・」



「はっ、決して誰にも告げる事無く我ら二人の身命に懸けて誓い守りまする。」




「では話そう、我は今は5才と半年ほどの年齢なのだが、四才を過ぎた頃より、時々別の人間の声というか、その者の考えというか、その者の意思が伝わるようになったのだ、最初の内は誰かしらの声が聞こえたのかと思い、過ごしていたのだが、不思議と同じ者からの声であり、その者の意思が伝わるのじゃ」




「いつしかその者が確実に確かに私と繋がっていると、伝わる内容から理解できるようになったのじゃ、その者は信じられないだろうが今から約460年先の日ノ本で住んでいる若者だったのじゃ、名前も洋一という23才の男性じゃ、その者は那須家が近い内に没落し、滅亡の危機に遇すると言うのじゃ」




「おい、大丈夫か二人とも、女将・・・天狗殿・・・顔の表情が化け物でも見ているような顔付になっておるぞ・・・」



「やはりこの話は最初に打ち明けた時の忠義の顔と同じであるな、済まぬが少しお茶でも飲んで続きを話そう、一気に話すと二人の事が心配じゃ。」




 ここで顔の表情を無くし能面となった女将がすっーと立ち上がり一礼もせずに部屋から出ていき、残された天狗も目の瞳孔が開き視点が合わず、正太郎のへその辺りをじっーと眺めているだけであった。



 正太郎と忠義は恐らくこんな展開になるだろうと最初から予想しており、懐に入れておいた飴玉を舐め始めたのである。




鞍馬天狗が登場してしまいました、あの鞍馬天狗です。

次章「平家と鞍馬3」になります、楽しみです。

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