玲子の怒り


「御屋形様! 御屋形様大変で御座います!」



「どうした騒がしいぞ!」



「大変です、若様が、若様が何者かに襲われ倒れたとの事です、間もなく館に運ばれます」



「何だと! 何事があったのじゃ、本当の事なのか!」



「詳しい事は分かりませぬ、城下町の番屋から一報が入っただけです、城下町で何者かに襲われ倒れたと、急ぎ小太郎殿の指示で館に運ばれるようです」



「判った儂も出張る、、資晴の館だな、今日の予定は全て取りやめる・・・藤にも伝えねば」



烏山城下町で何者かに襲われた資晴、その目的は資晴の暗殺。

浪人風の忍びと托鉢僧の忍び、工夫に変装した忍び三名に襲われ、梅が倒され、その後の資晴の記憶は無くなっていた、ただそこには梅の横で倒れている資晴の姿が。





── 玲子の怒り ──




あれさっきまで起きていたのにソファーで寝ている洋一の姿を見て、あ~さっきコーヒー飲んだから私はまだまだ眠れないし、のんびり本でも読むか、最近流行っているんだよね、この異世界物語シリーズ、那須の事とこの異世界物シリーズって共通点が多いから参考になるし、夢が膨らむんだよね、私が異世界に生まれ変わったら、そうだな、女が天下を取る作品でも作りたいかな、女傑だと誰がいいかな、立花 誾千代ぎんちよもいいねえー、ただ短命なんだよね、美人短命って言うから私も短命になっちゃうし、帰蝶もいいかもね、信長が死んだあと織田家を纏め、秀吉に天下を取らせないで、本能寺の変の前に1万の帰蝶軍を作っておけば充分行ける、帰蝶鉄砲隊でも作るか、なんてね、妄想繰り広げ玲子が異世界物語を読み始める。


そんな妄想を夢見る中、洋一が静かに目を覚まし、立ち上がり室内を歩いては立ち止まり、歩いては立ち止まって観察していた、既に玲子は本に集中しており、歩き廻る洋一に気づいても声を掛けずに放置していた。


暫く室内を観察した洋一が、玲子に話しかける。



「貴女様は軍師玲子様でしょうか?」



「うっ、えっ、・・・?!」



「お見受けしたところ貴女様は軍師玲子様と思われるが?」



「何を馬鹿な事を言っているの洋一さん冗談のつもり、今本を読んでいるんだら邪魔しないで」



「申し訳御座らん、貴重なるお時間を邪魔建て致し、では某、終わるまでお待ちしております」



和室の畳に正座で待つ洋一、それを見て笑い出す玲子。



「あっははは、洋一さん突然どうしたのこんな時間に勘弁してよ」



「申し訳御座らん、洋一殿の中に何故か私が、那須資晴がおりまして、洋一殿は眠っております、今玲子様に話しているのは私、那須資晴で御座います」



「えっ、那須資晴さん、正太郎の人?」



「はい、元服前の童名は正太郎、今は元服を終え、名を資晴となりました」



「ちょっと待って・・・・えっ、確かに眼つきが・・洋一さんより鋭いかも!」



「えーと、本当に資晴さんなんですね、騙していませんね?」



「本当で御座います、理由は判りませんが資晴で御座います」



「うわ~凄い、凄いねぇー驚いたよ、本物なんだね」



「はい、玲子様、私も驚いております、しかし、今は、玲子様のお陰を持ちまして那須の家が大きくなりました感謝尽くしきれませぬ、何も出来ませぬが、軍師玲子様に心より感謝申し上げ致します、数々の軍略を授かり那須の家が大きくなりました事、感謝致します、ありがとう御座いました、これからもご教授をどうかお願い致します」



「勿論よ、私から洋一さんにはしっかり伝えるから受け取ってね、それより突然どうしてこうなったの、何が起きた? 資晴さんが直前までの事、覚えている事を教えて」



「判り申した、記憶しているのは」



資晴は鰻屋を出た後に刺客に襲われ侍女の梅が倒れた後の記憶が無いと言う一連の事を玲子に話した。



「判った、資晴さんの命が狙われたのね、何者かによる暗殺だね、大体の犯人は想像付くよ、それ以外今の処ないと思う」



「申し訳御座らん、当主でなく、私を狙う者とは誰でありましょうか?」



「信玄よ、太郎の父、武田信玄しか今はいませんね、貴方が北条と組み駿河侵攻を妨害した事、西上野の地を妨害した事が露見したのよ、だから資晴さんが狙われたのね、ちょっと待ってて」



今後起こる出来事を玲子は年表で作成しており、詳しく何が起きるかの事を伝えた。



「いいね、あと二年で信玄が行動を起こすの、ここよ、そして、甲斐の国は・・・ここ、この時に滅亡するの・・そして織田信長よ、信長もここで、この時に変が起きるの・・これで資晴さんが一度会っているあの秀吉がここ、ここ・・で天下取りで王手になるの・・この時よ、でもこれは大きい流れであって詳細部分は私達の知っている歴史とは違う事が資晴さんの時代では起きているから多少違う事があると思うよ」



「では最初に大きい出来事は太郎の武田家で御座いますね、それを防ぐにはどうすれば宜しいのでしょうか、何か手当できる事はありますでしょうか?」



「いい、資晴さん、相手は暗殺を企む悪鬼だよ、そんな奴に手当は必要ないよ、手当をしないで資晴さんはこうするの、やられたらやり返す、いい100倍返しだよ、倍返しでは無くて100倍で一気に叩くの、その後の事は・・・資晴さんには・・がいるでしょう、私は何れこの様な事が起きると思って・・をしていたのよ、その時が近づいたと思って」



「なんと玲子様はそんな先の事を何年も前から組まれていたのですか、それで私がそれを行っていたのですか、今初めて判り申した、では上野の地も・・でしょうか?」



「勿論よ、仲間を集めるだけではダメなの、何の為にどうすれば最善になるか、その為にどうすれば良いのか、敵を作らずに策を成功するにはどうすれば良いかと色々考えて軍略を導くのよ、5年先、10年先に実を付ける軍略は丁寧にやるのよ、資晴さんの世界では全体を見通せる俯瞰ふかんの眼が最も必要なの、先を見通せる者達の知恵を現場ではもっともっと使うの」



「私と洋一は史実を知っているので伝えているだけよ、一番大切な事は現場よ、折角なので資晴さん、那須が勝ち上がった後はどうするの? なんの為に勝ち残るの? 目的はちゃんとある? いい今から考えておかないと、那須が勝ち上がっても日ノ本の国全体が不幸になるよ、20年後、30年後の国作りも資晴さんは考えておく必要があるのよ」



玲子が語る深い説明に感動を禁じ得ない資晴、正に軍師であり、師でありこれ以上ない壮麗なお方であると感嘆していた。



「それにしても許せないね、絶対に信玄をなんとかしないとね、暗殺という卑怯な手を使い自分に有利にさせよとするその発想はゴミだね、いい資晴さん、さっき言った事を必ずやってね、悪行を行う者は必ず滅ぼさないと、見てみぬ振りは悪行に加担した事になるのよ、傍観は加担と同じよ、やれる事をやる、それが人なのよ頼んだよ」



いろいろと熱く語る玲子、こんなチャンスは二度と無いとの思いが語る口調を熱くしていた。



「もう一つ伝えておくね、疱瘡の件は伝わっているね、対処療法も聞いていると思うけど、ここの大名で嫡子が罹患するから、医師を派遣して対処療法をしてあげて、この家では祈祷で直そうとするから、祟りの病だと思っているから、祈祷なんか何にも効果が無いから、那須からの使いであれば言う事を聞くと思うから、この日に発症するから、発症してから数日してから一番高熱となるから二、三日後には医師が到着できるようにするといいよ」



「玲子様・・・間もなく洋一殿が目覚めます・・・・お別れとなります・・・」



あっという間に、正座をいていた資晴は玲子の膝に前のめりに崩れた・・・・



「えっ、えっ、資晴さん・・洋一? どっち・・・洋一? 」



「・・・ふ~なんか不思議な夢でも~あれ、玲子さん、なんで目の前に・・・えっ」



「なにがえっ、よ、いままで洋一さんが資晴さんだったのよ、洋一さんが那須資晴さんだったの? 全然覚えて無いの? 」



「えっ・・・資晴? 僕が資晴に・・・なんの事を・・・夢は見ていたけど・・なんの夢だか今の一言で全部忘れたけど・・・楽しい夢だった様な・・・所でなんでこんなに近くで二人で座っているの・・・」



「ほんとにもうめんどくさいねー、じゃー最初から説明するね、テーブルに戻るよ!」





── 資晴館 ──




「どうやら気を失っているだけのようです、外傷も無く、脈も安定しております、呼吸も整っております」



「問題なのは梅です、幸いこれを着ていたお陰で一命を取り留めており切られておりませぬが、衝撃が強く、胸の内骨が折れております、呼吸も荒く眼が覚めれば痛み苦しむ事になりましょう、目覚めたら鎮痛の薬を直ぐに飲ませて下さい、意識も朦朧とさせる薬が入っております」



「後は強き強打による打撲痕が消えない場合があります、三日後にやや腫れが引き始めれば良いのですが、臓物が傷ついておりましたら腫れが大きくなり、死に至る事に成るかと思われます」



襲撃をされた際に梅は着物の内側に半袖の鎖帷子を着用していた事で腹部を一刀されても切られてはいなかった、しかし、鋭い太刀筋の手練れの忍びから放たれた重い刃の一刀の衝撃は恐ろしい程の傷を梅に与えていた、それを聞いた母のお藤のお方は。



「なんと、梅は、資晴の盾になったのである、公家殿、なんとしても、なんとしても助けてあげてくれ、梅を死なせてはならん、絶対に救うのじゃ、頼むこの通りじゃ」



梅は侍女見習い時にお藤の方の下で修練を積んでおり、家格の無い下女ではあるが、娘のように等しく情をかけ育てた梅、その梅が亡くなるという説明に狼狽え、公家の錦小路に懇願したのである。



「しっかりするが良い、お前が狼狽えてどうする、公家殿が付いておる、我らは二人を見守ろう、小太郎よ、襲撃の様子は判ったが、資晴はどうやってその梅と戦った者を倒したのじゃ、それ程の相手をどうやって一撃で倒しておいていながら気を失ったのだ?」



「申し訳ございません、某も二人と対峙しており、一人を倒した時に、若様が地に倒れておりまして、もう一人から目を離せず、若様が倒れた時の場を見ておりませんでした、華と菊その方達はどうじゃ、見えておったか?」



「私が見ておりました、若様が私をかばい、若様の後ろに隠され、梅様が倒れた後に若様が急に走り出し相手の懐に刀を突き刺したのです、そして相手の者と倒れたのです、どうして倒れたのかは分かりませぬが、その様に倒れたのです」



「それは・・・菊が見た話が本当であれば、若様は梅が倒れた事で一気に体内の血が煮えたぎり激情され相手の胸を目掛け走りぬいたのでしょう、若様は恐らく何も覚えておらぬかも知れませぬ、若様の眠っておりました激しい魂が梅が倒れた事で覚醒し勝手に身体が動き突き進んだのでは無いでしょうか、そうであればその激しい魂に身体が付いて行けずに気絶したのです、相手に刃が突き刺さった瞬間に気絶したのです・・・まさに幸運としか言えませぬ」



「ふ~そのよう事もあるのか、小太郎よ、もう一人はどうなった?」



「若様が倒れた後逃げ申した、倒れている若様を置いて追いかける訳にも参らず、他にも刺客が伏せているやも知れず、若様の元に駆け寄り、近くの者に番屋へ使いを走らせたのです」



「逃げたのは虚無僧の姿をした者だな!」



「はい、今は鞍馬と和田衆にて領内を探索しております」



「うむ、判った、しかし、資晴に刺客が放たるとは、急ぎ評定を行う、一刻後に皆を集めよ!」




その後館にはお藤のお方と公家殿と侍女衆が残り資胤は城に戻った。




── 評定 ──



「以上今話した事が全てであり、今後の事に付いて御屋形様よりお話が御座います、その前に私、忠義が若様の重臣として付いておりながら共に行動出来ず、誠に申し訳御座いませぬ、どの様な処罰でもお受けいたします、これより石牢にて処断をお待ち致します」



と言って勝手に室内から退席する忠義、呼び止められるも止まらずに石牢に向かう忠義、資晴の指示にて田村家に使者として使わされ戻った日にこのような事態が起きていた、忠義は資晴に取って第一の忠臣者であり重臣との責を日頃より誰よりも自覚し誇りにしていた。



「まあー良い、忠義なりに感じる所があるのであろう、少しばかりの時間じゃ、見張りを付け、大小を預かる様に十兵衛手配せよ!」



「はっ、判り申した」



「この一大事、資晴の命を狙う者を突き止める事もそうであるが、この始末如何致す、皆の意見を先ずは聞きたい?」



「では某伊王野が感じた事を申し述べます、元服の式に多くの家がお越し致しました、その中で那須の家について警戒した家がありませんでしたでしょうか、その中に此度の首謀者がおるかも知れませぬ」



「うむ、御屋形様、先程の忠義殿が田村家に若様の使いで出かけておりますが、式を終えた後に若様と謁見をしております、そもそも田村家と謁見するとは不思議です、何が起きたのでしょうか?」



「うむ、それは蘆名家を通して田村家が資晴に面談したいとの申し込みがあったのだ、蘆名を含め田村の地で戦が止んだ事を、今後の事に付いて聞きたいと要望があり、蘆名が那須に臣従した経緯は資晴の手柄であり内情を知る資晴もそれに応じたのよ、此度の忠義が使者として赴いた理由は、帰られた田村殿が資晴に家宝の宝剣を送られたから御礼の使者として行って来たのよ」



「そうで御座いましたか、宝剣とはなんでありましょうか?」



「なんでも古代の日ノ本を安寧に導いた田村の祖である、征夷代将軍 坂上 田村麻呂将軍が愛用されていた刀だそうだ、それを戦が止んだ事への御礼にと宝剣を資晴に届けられたのだ」



「なんと征夷代将軍 坂上 田村麻呂将軍の宝剣とは・・・・」



「田村家は今回の事には感知していないであろう、他にあるか」



「考えれば考える程不思議で御座います、当主を狙わず嫡子を狙うとは・・・」



「下手人探しは鞍馬と和田衆で探索しておる、それより今後の事だ二度とこのような事があってはならん、如何する」



「御屋形様宜しいでしょうか?」



「半兵衛意見あれば自由に申すが良い」



「はっ、ありがとうございます、この問題はこの烏山城の城下だけの話ではありませぬ、那須の領内にある全ての町が発展しており、今後益々何処であっても誰かが狙われる危険があります、それを封じ込める策が必要となります、那須、北条、小田と各同盟の国には往来自由となっており、怪しい者達も簡単に潜り込めます、関所が無い以上取り締まりは出来ませぬ」



「関所が必要と言う事か?」



「国々の関所は必要ありませぬが、町々における門所を設けるべきかと、怪しい者を入る事は防ぐ方法がありませぬが、出口を塞ぐ事は出来ます、町々と主要な所には門所を作り火急時には閉門し、閉門された場内を改め怪しい者を捉えるのです、番所は既にありますが、怪しい者を捉えるには中々無理があります」



資晴が襲われたという一報は瞬く間に広がり、高林の太郎館にも伝わった、館の近くには三条のお方様が住む離れの館もあり、三条に仕える侍女達の中に四人の元巫女頭がいた。


当然三条の館にも、資晴が襲われた件の話が伝わり、急ぎ太郎を呼びつけた。



「太郎お前も聞き及んでいると思う、急ぎこの侍女達を若様の処へ伴って行くのじゃ!」



「なにゆえ侍女を伴っていかねばならぬのですか?」



「この者達が言うには武田が動いたと言うのじゃ、三名の刺客に心当たりがあるというのじゃ、襲われた際に二名の刺客が倒されたと言うので面通しすれば判明出来ると申しておる、急ぎこの侍女達を伴い大殿の所に向かうのじゃ!」



「なんと、それは誠であるか、判りました、その方達は馬に乗れるな、今より準備致す、その方達の身は我に任せ、身軽な服装にて待つが良い!」



急ぎ戻り騎馬隊150名を用意し、先頭は太郎が、最後尾は飯富が鉄壁の態勢で侍女四人を連れ夕刻に烏山城に向け出立した。





玲子と遭遇という精神の入れ替わり?

転生物語に新しい場面が挿入されてしまいました、460年の時空を経ての入れ替わり、その間洋一は楽しい夢を見ていたと言っていたが、どんな夢なのか実に気になる場面でした。

次章「下手人と梅」になります。

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