4「木之瀬蘭子の襲来」

 再びドアホンが鳴った。


「今度は、誰よ?」


そう言いながら、ワイヤレス親機を手に取って、モニターを見ると


(蘭子!)


来客は木之瀬蘭子であった。彼女とは中学まで、同じ学校で、クラスも同じ、

お互い名前で呼び合っているものの、少々距離がある。


 かつてはツートップと呼ばれ、校内では、二人は対立関係にあるとされていた。

実際は周りの人間が、煽っているだけで、個人的には明確な対立はない。

ただ距離があるだけ、そんな状況であるが、蘭子は気まぐれと称して、

蒼穹の家に尋ねてきたことが何度かあった。


「誰ですの?」


と尋ねる里美


「え……と……」


言うべきか、迷った。里美は蘭子の事を快く思っていないから言えば

余計なトラブルを起こしかねない。


(待てよ)


次の瞬間、ある考えが蒼穹の頭をよぎって


「知らない人!多分、勧誘だと思う、放っておきましょ!」


と誤魔化した。それは蘭子が、さっきの三人と同じで、

桜井修一の客であると思ったからだ。

何故そう思ったかと言うと、

蘭子が今、不津校に通っている事、加えて、

そもそも蘭子には、蒼穹の今の住居の事を教えていない。


(里美に、蘭子の事を教えたら……)


おそらく玄関に飛んで行って、蘭子を追い返そうとするだろう。

その際に、蘭子が桜井修一の名前を出す可能性があった。


(里美にアイツの事だけは知られてはいけない)


 蒼穹は、里美には家の事は話しているが、

一階には大家の家族が住んでいるとだけ話していて、

それが自分と同い年の異性で、実質一人暮らしをしているという事は黙っている。


 とにかく里美には修一の事を知られたくなかった。彼女の性格から考えて、

知れば騒ぐのが目に見えているからだ。同い年の異性が一つ屋根の下家の構想上、

一緒に住んでいる感じはないが、それでも妙な勘繰りをされかねない。

もちろんそれは、里美に限った話ではない。

蒼穹が住居について口止めするもう一つの理由は、家の情報から、

修一の存在が第三者に露見することを防ぐためである。


 その後、ドアホンは何度も鳴った。


「随分としつこいですわね」

「そうね……」

「ところで、いつまでドアホンの親機を持っているのですか」

「え……」

「充電器に戻しておいた方がいいのでは」

「いや……その……」


 今、親機を手放せば、モニターに映る蘭子を見られてしまう。

なお終了ボタンを押せばモニターを消すことは可能だが、

相手が何度もドアホンを鳴らしていて、

その度にモニターが点くので意味がなかった。


 そして里美は、蒼穹の方をじっと見つめながら


「もしかして、親機のモニターを私に見られては困るからとか、」


図星を突かれ、焦る蒼穹。


「べ、別途支払い、じゃなく、別にそんなことはないから、

な、南蛮貿易じゃなく、何でもないから!」


と話す言葉がおかしくなる。


「あからさまに、怪しいですわね」


誤魔化そうと必死になるあまり、きつめの言い方で


「何でもない!ほんと何でもないんだから!」


言ったが、その直前、彼女は無意識に親機の通話ボタンを押してしまって、


「その声は、蒼穹さん?」

「「!」」


親機から聞こえてくる蘭子の声。


「親機を渡してもらえますか」

「はい……」


 こうなってしまっては、どうしようもなく、観念したかのように、

蒼穹は親機を里美に渡した。里美は、親機を手にし、モニターを見た後、

直ぐに


「お返しいたしますわ」


と言って蒼穹に帰し、駆け足で一階へと降りて行った。


(やっぱり!)


親機を適当な場所に置くと、蒼穹も急いで、里美の後を追った。






 里美は玄関に着くと、ドアを開けた。ドアの向こうには、

わかっていた事ではあるが木之瀬蘭子の姿があった。

扉を開けた瞬間、一凛の風が吹き、蘭子の髪がなびいた。

そして里美の姿に蘭子は、僅かに驚いた様子で


「あら黒神さん、どうしてここに?」

「それはこっちのセリフです。何の用ですか?」


ここで里美を追って蒼穹がやって来て、彼女の姿を見た蘭子は、

どこか納得したように


「なるほど、蒼穹さんがここに下宿していたのですね」

「?」


里美は、蘭子の言葉が気になった。

まるで、たった今、蒼穹の事を知ったかのような口ぶりに思えたからだ。


「何か御用ですか、また『気まぐれ』なら帰っていただけませんか、

私たちは今忙しいんです」

「確かに、『気まぐれ』。でも、あなた達に用はないわ。

私は桜井君に会いに来たの」


そして後ろの方にいる蒼穹に


「蒼穹さん、今日、桜井修一君はご在宅かしら」


その言葉に、気まずそうな様子で


「多分いると思う……」


と蒼穹は答えた。すると里美は、蒼穹の方を向き、彼女の目をじっと見つめながら


「誰ですか?」


口調は穏やかだが、妙に凄みがあった。


「大家さんの息子……」


里美は、蒼穹から、大家である桜井功美の事を聞いていた。


「そう言えば、苗字が同じですわね」


この後、蘭子は、さり気ない口調で


「この春から一人暮らしとの事なので、少し気になりまして」


その口調から、蘭子自身は無自覚であるが、この一言が、この場に爆弾を落とした。




 天海蒼穹の脳裏に、「最悪」と言う言葉が浮かんだ。

予想通り、蘭子は修一の事を話した。しかも一人暮らしであるという事実も。

話を聞いた里美は、


「一人暮らし……」

「正確には、母親と二人暮らしなんですが、母親が留守にしがちで、

実質一人暮らしだそうで」


そして、里美は


「私も、その桜井修一と言う人物に会ってみたいですわ。

紹介してもらえますか天海さん?」


と口調は穏やかであるが、目つきはかなり怖い。

知られたとなるともう観念するしかなく

蒼穹は、二人を、扉の方に案内した。

 

 そして扉の鍵を開けてもらう為、向こう側にいる修一に呼びかける、

修一からは、他にも客がいることを聞かされるが、

この時、蒼穹はもっとも里美に知られてしまった事から、半ば自棄になっていて


(もうどうでもいい)


と思い、その事を伝えた後、鍵が開いているとの返事を受け、

扉を開けて、一階の居住スペース、修一の生活空間に入った。


 蒼穹の表情は暗く


(何でこんなことになっちゃうのよ。今日は一人ゆっくり過ごすはずだったのに、

次から次へと……)


なお蒼穹は、修一も似たようなことを考えていることを知らない。


(どうしよう……)


 一番の問題は、里美である。堅物な彼女をどう納得させるか。

正直なところ、蒼穹には自信がなかった。

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