3「一般生と特待生」

 光弓学園高等部1年A組、ここに天海蒼穹が在籍しているのだが

彼女は、今すごく難しそうな顔をしている。


(なんで、私ばっかり……)


原因は、昨夜まで遡る。


 三月の終わりごろから、二階の給湯器は故障により、二階のお風呂が使えず

彼女は一階の風呂を借りていた。修一と出会ったあの日も、

訳あって汚水で汚れた体を、洗いたくていつもの様に一階のお風呂を使って

その上、修一が来ている事に気づかず、油断して、あのような姿を晒すことに


 以後、修一と話し合い、トラブルの無いように、互いに入浴の時刻を決め

厳密に守っていた。蒼穹が風呂に入る時は、修一は居間で待機する

一階の居住スペースへの鍵を開け閉めがあるからだ。

蒼穹がやってきて、彼女がノックをしたら開けて、

帰ると閉めると言う感じ。基本的に会話は無い。


 ちなみに、風呂は修一の方が先、これは蒼穹が決めたことで

彼女は、男が入った後の風呂には、抵抗はないが、自分の後に男が入るのは、

嫌だったからだ。


 その夜は、翌日、業者が給湯器の修理に来てくれるので、一階の風呂を使うのも、今日で最後となる。毎晩の修一との顔合わせも、今日まで、初めての一件以来

会うたびに、気まずい思いをしているので、うれしくはある。

でもどこか名残惜しさの様なものも感じていた。


「こんばんわ、蒼穹ちゃん」

「桜井さん……」


いつもの様に一階の扉をノックすると、修一ではなく功美がいた。


「お風呂ね」

「はい……あの、今日はどうして……」

「ここは、私の家よ。いてもおかしくないでしょう」

「それはそうですけど……」


普段から、家を空けているので、いる方が珍しくに感じる。

居間に入ると、功美だけで、他には誰もいないように思えた


(今日は、桜井修一は……)


すると、功美が


「修一の事が気になるの」

「ななな、難攻不落じゃなくて、何言ってるんですか!

いいい、一筆入魂じゃなくて、いつもいるのに居ないから

そのあの、烏賊の天ぷらじゃなくて、違和感があると言うか」


確かに、気になっていたのは事実なので、それを指摘され、軽く焦ってしまった。

別に修一に対して特別な感情は抱いていないのだが。


 功美は意地の悪そうな笑みを浮かべながら


「修一は、そこにいるわよ。」


すると、ソファーに修一が横になって寝ている事に気づいた

そこは丁度、死角だったので指摘されるまで気づかなかった。


「あの子、お風呂に入ったらすぐ眠たくなるから、

でもさっきまで、我慢して起きてたんだけどね。でも限界だったみたい」


言われてみて、蒼穹は、修一が居間で会うときはいつも眠そうにしていた事を、

思い出す。


(私の為に、眠いのを我慢してたって事?)


とそんな事を思った。


 そして、一階の脱衣場に向かうと、服が脱ぎ散らかされていた。

蒼穹は、修一の物ではないと分かった。彼は洗濯籠にきちんと仕舞うからだ。


(もしかしてアキラ君のか)


蒼穹は、アキラの事は功美から電話で聞いていた。この時点でアキラが来てから、

三日ほど経っているが、まだ会った事は無い。


「なにこれ?」


散らかっている服の中に、白く長細い布を見つけたが、

蒼穹には、それが何であるか、最初は分からなかった。


 だが次の瞬間、浴室からシャワーの音が聞こえてきた。


「!」


基本的に、居間で顔を会わせたときに、蒼穹と修一には会話は無いが

アキラが来た時には、アキラにも風呂の時刻を徹底するように頼んでいたし

その時、修一も


「風呂の時刻の事、もう話しているし、ちゃんと守るようにも言ってる」


との事だったが、三日目にして破られたようだった。


「まったく……」


 蒼穹は、すこし、呆れたような様子を見せつつ、


(桜井さんも、教えてくれればいいのに)


と思った。功美が知らないはずがないからだ

ともかく、ここで待つわけには、行かないので、居間の方で待たしてもらおうと

その場を立ち去ろうとした。正にその時、風呂場からものすごい音と


「ギャー!」


と言う悲鳴が聞こえ、蒼穹は、何かあったと感じ

思わず、浴室の扉を開け、


「大丈夫!」


と声をかけていた。


 浴室では、全裸のアキラが仰向けに倒れていた


「イテテテテテ」


と言いつつも、


「大丈夫……足滑らしちまって……」


そしてアキラは蒼穹の方を見ると


「アンタ、もしかして二階の……」


一方、アキラの裸を見た蒼穹は、目を丸くした


「あなたがアキラ君……その体は……」


すると、アキラは、ゆっくりと体を起こし、頭をさすりながら、


「俺は気にしてないんだけど、口止めしろって、言われてっから

とりあえず俺の体の事は言わないでくれるか」


蒼穹は


「わかったわ」


と言って、浴室を出て、扉を閉めた。


すると今度は、彼女の背後から


「見たわね」


との声に、振り返る蒼穹、そこには功美の姿。


「別に、強制はしないわ。でも貴女が口を滑らしたせいで

人一人死ぬかも、なんせこの世界にも『亜神』を狙う奴がいるみたいだから」



その一言と、功美の笑っているのにどこか怖い表情、修一の秘密を口止めされた時もこんな感じだった。功美の表情に蒼穹は、顔を青くし、冷や汗をかきながら、


「わかってます、だ……段々畑、じゃなくて、黙ってますから」


功美は、表情を変えること無く、


「じゃあ、お願い」


と言った。


 修一の秘密に続き、アキラの秘密を抱えてしまった蒼穹。

これが翌日の学校にて、彼女が難しい顔をしていた理由である。


(何で、他人の秘密を抱えなきゃいけないのよ)


と彼女が思っていたら


「どうされました。随分と難しい顔されてましたが」


と黒神里美が声をかけてきた。


「色々あってさ……」


本当の事は言えないので、このように誤魔化す。


「やはり初めての一人暮らしは大変ですか、

もしよければ、何かお手伝いしましょうか?」

「いや、いい。大丈夫だから」


里美の手伝いは、確実に蒼穹への生活指導に変わるのは明白だった。


「私は、心配なんですよ。貴女がちゃんと一人暮らしが出来ているかどうか」

「大丈夫、心配無用よ」


と押し切ろうとする蒼穹、


「ならいいのですが……」


納得いかなげな様子の里美、

この時のやり取りがもしかしたら、

後に起こる日曜日の一件に繋がったのかもしれない。


 そして蒼穹は話題を変えたくて


「そう言えば、今日は学校終わりにWTWに行くのよ」

「例の鎧ですか?」

「そう、私、『冒険者登録』してるから引き取れるみたい」

「引き取るのですか」

「そのつもり、前の鎧が、駄目になってるから丁度いいかなって

あと、拾った時に「契約」しちゃったし、

元の持ち主も、私なら譲ってもいいっていうし」


ここで里美は、心配そうな様子で


「貴女が良いと言うなら、良いんですけど………」


と言った後、


「『異界』に行くのも大概にしてくださいね」


と苦言を言った。





 さて、休み時間の1年A組の教室。仲良しグループを作って談笑する生徒たち

あるいは、そんなグループに入らず一人で過ごす生徒たちもいるが、全体を見ると、生徒たちは二つの勢力に分かれていた。これはこの教室だけの事じゃない


「なあ頼むよ」


と天童零也が、友人二人から頼まれごとされていた。

なお光弓学園内での友人と、修一達とは面識はない。


「いやだよ、俺には向いてない」


と頼みを断る零也。友人は


「だって、木之瀬さんがいなくなって、俺達は不安なんだ」

「俺達と一般生としては、特待生どもに対抗できるリーダーが欲しいんだ」

「リーダーって……」


 一般生と特待生、一般生は一般入試を受けて入って来た生徒。

光弓学園の学費は高いので、富裕層の子供が多い。

零也もその一人だが、母親が、かなり金を稼いでいるものの

贅沢はしないので、あまり富裕層ぽくない。


 一方、特待生は、学園が、必要だと判断し、スカウトしてきた生徒である

受験は受けるが面接のみで、学科試験は免除、あと学費も免除されるなど

色々と優遇措置が受けられ、多くは一般か、その下の裕福でない家庭の生徒が多い。

ただ学校への貢献が義務付けられている為、何だかの実績を残さないと、

即退学である。だから、特待生は優秀で、スポーツを含めたあらゆる大会で、

上位成績を残し、学園の名を広めるのに一役買っていた。

そして蒼穹と里美、更には森羅真綾も、特待生である


 一般生は、特待生の優秀さは理解しているし、そう在らねばいけない理由も

分かってはいたが、しかし優遇措置を受けているから、それが気に入らなかった。


 特待生は、学園に貢献こそしているが、生徒の中では少数派で生徒自治の面では

弱く、特に生徒会役員は一般生ばかりで、特待生が生徒会の運営に関わったことは、ほとんど無い。それをよく思わない特待生も多かった。


 学園ドラマ等にあるような絶対的な対立ではないものの

一般生と特待生の間には溝の様なものがあった。そんな両者関係に、

変化をもたらそうとしたのが蒼穹であった。ただ当の本人にはその気はないのだが


 蒼穹は、ある出来事以降、特待生はおろか、一般生にも人気がでて

中等部では、初の特待生による生徒会長になると思われていた。

しかし、ストッパーをかけたのが、木之瀬蘭子であった。


 蘭子は、一般生の中でも飛びぬけていて、更には特待生以上の優秀さを、

誇っていた。蒼穹とはツートップとは言われていたが

蘭子の方が人気を含め上だったので、結局、中等部では蘭子が生徒会長となり

蒼穹は、生徒会には入る事さえできなかった。

まあ本人にもその気が無かったと言うのも大きいが。


 とにかく蘭子は一般生のリーダー的存在であったが、高等部に進学せず、

別の学校に行ってしまった事で一般生の中に危機感を抱くものが現れた。

蘭子がいなくなった以上、蒼穹の天下が確約されたからだ。

そこで、蘭子の後釜を求める動きが出てきたのである。


「なあ、頼むよ。お前、木之瀬さんと同じ、『セカンドクラス相当』だろ」

「それに、お前、一部の生徒に人気あるんだし」


二人は、零也を誉めているつもりだったんだろうが、零也は、逆に苛立ちを覚えた。


「あのさ、その能力の所為で俺、中二病扱いだぞ。ついでに一部の生徒ってのも、

中二病かオタクじゃねえか?」


二人は目を背けながら


「いやそれは……」


どうやら図星の様である。


 ここで零也が提案した


「だいたい、俺より適した奴がいるだろうに」

「誰が?」

「凱斗とか……」


すると二人は、あからさまに嫌そうな顔をし、同時に


「「何で?」」


と疑問を呈した。


「だって、アイツも『セカンドクラス』だろ。あと文武両道だし家柄も良いし、

ついでに、こういうの好きそうじゃん」


一人が、手を顔の前で左右に振りながら


「ないない、絶対ない。」


もう一人も同じ仕草をしながら


「そうそう、あのお嬢、最悪な独裁者タイプじゃないか」

「あのお嬢を持ち上げたら最後、恐怖政治、間違いなしだ」

「!」


 その時、零也の顏が引きつった。二人の背後にある生徒が立っていた

その学生はハーフで、髪はブロンド、瞳の色がアキラと同じ色のオッドアイと、

顔立ち自体も日本人離れしている。ちなみに髪型はショートカット、そして全体的な印象は、女性的で一言でいうなら美しい。ただし、男子学生服を着ている。


「零也……ご推薦、ありがとう……」


と女性的で、なおかつ低めの声で言った。

すると二人は、顔を真っ青にして振り返った。


「「鴨臥……」」


後ろに立っていた人物こそが、鴨臥凱斗である。

なお凱斗に対し、「お嬢様」、又はそれに類似する言葉は禁句である。


「その役目、喜んで引き受けよう。だがその前に」


凱斗は二人を睨みつけた。


「粛清が必要だ」

「「ごめんなさーーーーーーーーーーーーい!」」


と言って教室から逃げていく二人。


「ゆるさん!」


追いかけていく凱斗、そして少しして、遠くから聞こえてくる轟音と、二人の悲鳴。


「何やってんだか」


と残された零也は呆れ顔をしていた。






「本当、何やってるんでしょうね」


 零也達のやり取りを、遠目で見ていた里美も、呆れ顔をしていた。

一方、蒼穹は、特待生、一般生云々の話が嫌なので、

そっちの話にならないように話題を振った。


「日曜日のフィードワークはどこに行く?」

「そうですわね、魔法街なんかどうです。近くに世界遺産もあって

観光客に人気がある場所ですから」

「めはりずしの店も近いし」


と蒼穹が言うと里美は、ばつの悪そうな顔をしつつも


「おいしい、タコ焼きの店もありますしね」


と言い返し、何とも言えない表情を浮かべる蒼穹


「………」


そのまま二人は、黙り込んでしまったが、日曜の予定は決まった。

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