5「校外学習」

 ゲートから現れた湖、「ネスブール湖」は、元はファンタテーラにあり

内陸湖で流出河川はないものの、流入河川もなく、

それにも関わらず干ばつが続いても、決して干上がらず、

豪雨があっても、増水する事もなく、そして水も綺麗と言う。

神秘の湖として、元の世界でも、観光地のような扱いとなっていた。

周辺の村と共に、この世界に来てからも扱いは変わらず、

より観光地としての開発が進み、

昨年、一角にゲートからやって来たものであるが城が出現し、

この春から一般開放となったので、更に観光客の呼び水となろうとしていた。


 さて光弓学園高等部1年の校外学習の行き先は、このネスブール湖であるが


(此処に来るの、もう何度目だろ)


行きバスの車窓から湖が見えた時、天海蒼穹は、ふとそんな事を思った。

ネスブール湖は、遠足の定番で幼稚園の頃から、

何度もここに来ていた。だから、最初に話を聞いた時は、

またかと言う気分であったが、今回は一味違っていた。


「楽しみですね。天空城」


となりの席に座る里美が言った。


 天空城とは、湖の一角に出現した城の事である。城とは言うが元は要塞なので

華やかさは皆無であるが、ガッチリとした作りが、何人も寄せ付けないような、

力強さを感じさせ、それはそれで、美しくもある。


 今回の校外学習は、この城の見学がメインであった。

一般公開されたばかりと言う事もあって、校外学習も光弓学園が初めてである。

バスが到着すると、生徒たちが降りて来る。校外学習では、

制服ではなく全員私服であり、蒼穹は、フィールドワークの時と同じ格好、

里美は、上半身は一緒だが下は、ベイカーパンツであった。


 城の中での見学は班行動で、蒼穹は、里美や真綾と一緒の班であった

さて城の内部は、石造りで落ち着いた雰囲気の場所もあれば、

美術品等が飾られ、煌びやかな場所もあり、高貴な人の住居と言う感じもある。

しかし蒼穹と真綾は、興味があまりないのか、退屈そうな様子であるが、

里美を含めた班の残り面々は、目を輝かせていた。

そして里美は、蒼穹に、配布された冊子を手に、聞いてもないのに、説明を始めた。


「元は魔王城に対抗する移動要塞で、ベースマキシを元に作られたのでは

話しもあります。ただ実戦への投入は殆どなく

後年は貴族たちの保養所のような役目を果たしていたそうです。

管理は、天空城の巫女と呼ばれる人々のよって……」


と熱心に、話をしていたが、蒼穹は、いまいち興味を持てなかったので、

殆ど聞き流していた。それは真綾も同じようであった。


「……普段は、観光施設として使用しているそうですが、

内部には疑似空間があって、緊急時はシェルターとして……聞いてますか?」


ちゃんとは聞いてなったが、


「うん……」


相槌を打った。しかし幼なじみ故に、分かるのだろうか。


「本当ですか?」


と里美から疑いの目で見られる蒼穹であった。


 さてお昼は、城内にあるレストランでのテーブルマナー講習で、

食事のマナー、その背景なども学びつつ、実際に食事を行う。

今後、社会生活において、為になる内容であるし、

何よりも出された料理の数々がおいしく、思わず笑顔になる蒼穹。


(城の見学よりも、こっちの方が、楽しいかも、ためになるし……)


と思いつつも、


(いや、花より団子だ)


とも思った。


 さて午後からは自由行動で、集合時間まで、ネスブール湖周辺で

各自で自由に過ごす。蒼穹は、里美と一緒に過ごすことになっている。

そして湖の畔を二人で歩いていると、


「天海、ちょっといいか?」


普段、声を掛けてこない零也が声を掛けてきた。

この後、一緒に過ごすのか、側には彼女である真綾の姿もあった。

なお彼は、何故かジャージ姿である。


「さっき、秋人からメールがあって、桜井が、無断欠席して、消息不明らしいんだ」

「それで、何で私に?」

「何か知ってるかなって思ってさ。一応……ね」


すると蒼穹は不機嫌そうな顔で、


「アイツとは、ここ最近会ってないから」


事実、異界に行った日以降、修一とは会っていない。

蒼穹の様子に、零也は気まずそうに、


「そうか、わかった。悪かったな、変な事聞いちゃって……」


そう言うと、真綾と一緒に去っていった。


 この後、里美と一緒に湖周辺の観光施設を回ったが

零也の、修一が消息不明と言うのが、どうも気になってしまい、

折角の自由時間が楽しめない。


(何で、アイツの事を気にしなきゃいけないのよ!)


と思いつつも、気になるのだから、仕方なかった。


(まさかアイツの病気がうつったの?好奇心とか言う病気が……)


ここで、里美が


「しかし、天童君の言ってた事が気になりますね」

「里美まで、桜井修一の事が気になるワケ?」

「悔しいですが、彼の生活様式を見る限り、彼がまじめな人間なのは、

確かだと思います」


だからこそ、無断欠席と言うのが気になると言う。


「それに、大家さんの息子と言う事もありますしね」


蒼穹が、ため息交じりの声で


「アイツ、好奇心が病気だって言ってたから、

おおかた、その好奇心を刺激されて、どっか行っちゃたんじゃない?」

「そうなんですか、でしたら、その好奇心を刺激した奴が気になりますね」

「でも、アイツは、街の外から来た奴だから、アイツにとっては珍しくても

私たちのとっては、たいした事ない物かも」


と修一の事を話題にしつつも


(あんまりアイツの事を話題にしたくないなあ。

物語とかじゃ、こういう時に限って……)


噂をすれば影が差すようなもので、もしかしたら、

鉢合わせになる可能性もある。そして彼女の不安は、的中するのであった。


 二人で湖畔を歩いていると、あるものをみて


「!」


思わず足を止める蒼穹。


「どうかしましたか?」


と里美に言われて、


「いや、その………」


そう見なかったことにしたかったが、どうも引き付けられるものがあった。

そして蒼穹たちの後ろの方で、


「桜井!」


と言う零也の声がした。偶然にも、零也達も、この近くに来ていたのだ

彼の声に里美も足を止め、周りを見渡し、


「あれ、桜井君ではありませんか?」


里美も気づいたようで、そう聞いてきたので、

蒼穹は、どこか観念したような表情で


「みたいね……」


と答えた。そう先ほど彼女が見たのは、湖畔に佇む桜井修一の姿だった。






 突然、声を掛けられた修一は、声の方を向くと


「天童……真綾も一緒か」


駆け寄って来た二人に、


「お前ら、どうして……あっ校外学習か」


修一は、零也から、校外学習の事を聞いていて、

その場所がここである事を思い出す。


「桜井、お前やってるんだよ!学校サボって……」

「いや……その……」


気まずそうにする修一、


「秋人からメールが来てたぞ、お前、電話にも出ないそうじゃないか」

「電話……」


ここでハッとなって、ポケットから携帯電話を取り出し、確認する


「マナーモードにしたままだった……」


電車の乗った時、マナーモードにして、解除するのを忘れていた。

同時に、学校に連絡を入れるのを忘れていた事も思い出す。その上


「何だこれ……」


大量の着信がある事に気づいた。多くは秋人、

中には学校と思われる番号もあった。


「とにかく、早く連絡しろ」


と零也に言われ、時間を確認し、


(今、休み時間だな)


最後の着信である秋人に連絡を入れた。


「修一君!今どこにいるの!長瀬さんも一緒なの!」


半ば怒号に近い、秋人の声が聞こえた。その声にタジタジになりながらも


「ああ一緒だ。今ネスブール湖にいる」


と答える修一、


「何でそんなところに……それより、こっちは大変なんだよ。

警察沙汰に、なりかけてるんだから」

「えっ!」


顔色が青くなる修一、どうやら事は、思いのほか大きくなってるようだった。


「今から、先生に代わるから、ちょっと待ってて!」


そして少しした後、担任教師に代わり、言うまでもないが思いっきり

叱られた。そしてメイが一緒にいる事も話し、場所の事も話すと、

迎えに行くとの事で、その場で待機するように言われた。

なお、まだ警察沙汰にはなっていないようである。


 そして一旦電話を切ると、零也が、


「どうして、学校サボってここに居るんだ」


更に、


「私も、聞かせて欲しいですわね」

「黒神里美……天海もいるのか」


やって来た里美に、側には、蒼穹の姿もあった。


「桜井修一、私もアンタの好奇心とかいう病気がうつったみたい」


と言ったのち、


「私にも、どうしてアンタがここに居るか、聞かせてもらえる」


修一は、ここまでの出来事を話すと、蒼穹は、


「やっぱり好奇心だったわけか」


と言い零也は、


「好奇心の事は、話に聞いてたけど……」


思い立ったように、


「あ~でも、やっぱ昔の事があるから気になるか……」


と言う零也の一言に、


「昔?」


すると零也は、


「あっ……」


と声を上げ、手で口をふさぐ。


 その様子を見た修一は、


(真綾から、話を聞いたのか。まさか、零也は、真綾の過去を知っているのか?)


そんな事を思っていたら、その真綾が、


「あの女、何処よ。一緒にいるんでしょ」


この一言に、蒼穹が、


「そう言えば、居ない」


この場には、修一しかおらずメイの姿が見えない。

ただ彼女の荷物と思えるものが、修一の足元にあった。


「長瀬なら」


と言って修一は、湖の方を指さしながら、


「今、湖で泳いでる」


と言った。


 蒼穹たちと会う少し前、メイが


「トイレ……」


と言って公衆トイレに向かった。

修一は、メイが、全身機械であるが定期的に排泄が必要なのは知っていたので、

その事、自体は、おかしい事とは思わなかったが、


「なっ!」


戻ってきた彼女が、水着姿だった事には驚いた。

一応排泄もしたそうだが、着替えも目的の内との事で、


「私の荷物……預かって……」


と言って修一に、荷物を渡すと、湖へと飛び込んだ。

なお彼女の体は、水に浮くことが可能で完全防水と言う事もあり、

泳ぐことが出来る。


 話を聞いた真綾は、湖の方を向き、


「今、サーチを使ったわ。確かに湖に潜って泳いでる」


なお湖は遊泳禁止ではないが、泳ぐには、少し早い。ここで零也が


「サイボーグで、体感温度を変えることが出来るだろうが、それにしても何で……」


と疑問を呈したが


「俺にも、分からん。ただ彼女の答え探しの一環のようだ」


しかし、彼女の探す答えと言うのは、修一を含め、本人以外誰も分からない。

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