6「湖の底」

 ネスブール湖の深くに潜るメイ、体内に酸素ボンベを持つ為

長時間の潜水が可能である。体感温度の調整により水温も気にならない。


 湖底は、思いのほか明るい。それは、上からの光が届いているからではない。

この湖の神秘の答えがそこにあった。メイは、それをじっと見ていたが、


(駄目だ……)


ここで彼女は、ある事をした後、暫く湖底の風景を見ていたが。


(これも違う……やっぱり桜井君……)


彼女は湖面に向かって浮上する。







 険しい顔で、湖の方を見る真綾。彼女は、赤いレザーブルゾンに、

白いシャツを着て、下はジーンズと言う出で立ちである。


(初めて会った時と、同じ格好だな。

まさか、ブルゾンを脱ぎだしはしないよな……)


ここで、修一は、真綾と会った時の事を思い出す。


 犯罪組織からの刺客を返り討ちにしてきた修一、

刺客が、修一の言うところのヘボだったのには、理由がある。

組織におけるメイの上司が、保身故に彼女の逃亡を、上に伝えず、

内々で彼女を連れ戻そうとしたが、この人物は、そんなに高い立場になく、

まともな人材が集まらなかったのである。


 結果として敵の保身に、助けられてきたが、しかし、メイの逃亡が、

遂に上に知られた結果、強力な戦闘用サイボーグが、

次々刺客として、送り込まれた。その第一号が真綾だった。


(これまでのヘボな奴らとは、比べ物にならないくらい強かった。)


彼女と初めて会った時も、いまと同じ格好で、

戦闘の際は、ブルゾンを脱ぎ捨てて襲って来たのであった。

彼女の強さを前にして、DXMの力だけではダメで、

彼は隠していた力を使いそうになったが、メイの協力もあって、

真綾を、追い払う事には成功した。


 だが先も述べた通り、刺客は次々と来たし、真綾も何度も襲って来た。

他の刺客は、仕事と言う感じで、淡々と襲ってきたが、

真綾は、どういう訳かメイに対する敵対心が強く、彼女に対し、

感情剥き出しで、尚且つ執拗に襲って来た。


 これまでの、ザコとは圧倒的に異なる強さをもった連中を前に、メイや、

時に、赤い怪人の力も頼った。そんな中、修一の病気の一つ、

負けず嫌いが出て来て、防戦が嫌になって来て、

こちらから打って出たいと言う気持ちにかられ、ある時


「なあ、奴らの拠点とかって分かるか」


とメイに尋ねると


「分かる……」


メイは何の躊躇もなく、全ての拠点の事を話した。

彼女は、組織を抜ける際に、記憶が曖昧と言う事もあり

自身が持つハッキング能力で、組織のコンピューターから

自分の情報を探った。その過程で、組織の本拠地を含めた

拠点や、重要機密なども知ったが、途中で、察知され、

対策されたので、肝心の情報には、たどり着かなかった。


 とにかく情報を得た修一は、赤い怪人の力を借り、

近場の拠点から潰しにかかり、そして奇しくも近隣にあった本拠地を潰した。

その影響なのか、他の拠点は潰しきれてないのに、ピタリと刺客は来なくなった。

直後、メイは、記憶が戻った事とお礼の書置きを残し、

修一の前から姿を消した。その後、改めてお礼の手紙が一度来ただけで、

以来、高校に入るまで、彼女と会うことは無かった。

なおメイが母親である千恵子が功美の知り合いである事を知ったのは、

その後の事である。

 

 当時、功美は家を不在にすることが多かったものの、

一度帰ってきた時にメイの事は、知られた。

しかし何事も無いように、彼女を迎え入れ、その後、黙認していた。

その後、彼女の母が功美の知り合いと知って、


(まさか、長瀬の事、最初から知ってたんじゃないだろうな)


本人は、知らなくて、訳ありみたいだから、

特に何も言わなかったとの事だが、にわかには信じ硬かった。


 そして現在、湖の方を見ている真綾を見て、修一は思った。


(真綾の奴、ホントに堅気になったのかな)


さて、刺客であった真綾が健在なのは、メイの助命嘆願があったからである。

同様の嘆願があって、数人、見逃した奴がいる。

なおメイの手紙には、真綾が堅気になった事が書かれていた。

しかし、メイや修一、特にメイに対する敵対意識は、代わっていない模様。


 ちなみに彼女は、自分の名前を、コードネームとしていて、

修一達の前で、名乗ったと言う事もあり、その名残で、

彼は彼女の事を、名前で呼んでいる。


 さて、険しい顔で湖の方を見ている真綾は、恐らくサーチを使って、

メイを監視していると思われるが、突然面食らったような顔をして、


「〇△◇×!」


言葉になってない声を上げたかと思うと、


「男子二人、そこに並んで、湖に背を向けて!」

「えっ!」


思わず声を上げる修一。


「いきなりなんだよ……」


と言う零也。


「理由は後で話すから!とにかくいう事を聞いて!」


彼女の様子から、只ならぬものを感じた二人は、言う通りにした。


「何がどうなってるんだ。」

「さあ」


直後、蒼穹の


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと何やってるの!」


悲鳴にも似た声と、更に里美の、


「貴女、なんて格好を!」


怒号にも似た声が聞こえ、背後の方でひと騒ぎ起きているようだった。

引き続き釘を刺すように、


「絶対、振り返っちゃだめよ!」


真綾の声が聞こえた。


 零也は修一に、


「何が起きてるんだろうな?」


と言うと、


「あの慌て具合から見て、ポロリか、もっと行ってるかも……」


と答えた後、


「ところで、真綾の過去をいつ知ったんだ?」

「付き合う前だよ。その頃は……」


と言いかけた所で、


「もうこっち向いていいわよ」


と言われ、話は中断し、振り返ると、何があったかは不明だが

何とも言えない表情をしている三人と、

涼し気な顔をしている水着姿のメイがいた。


 そしてメイは、黙ったまま表情を変える事無く、

修一の元に真っすぐとやって来て、修一の顔をじっと見つめて


「なんだ?」


と修一が言うと、メイは


「一緒に潜ってほしい……」

「潜るって?」


修一は、何の事か想像がついていたが、あえて尋ねると再度、


「一緒に潜ってほしい……」


と言った。修一は、間違いであってほしいと思いながらも、


「まさか、湖に潜ってって言うんじゃ……」


メイはコクリと頷いた。


「やっぱり……」


そしてメイは言う。


「桜井君と一緒に潜れば……答えが……見つかる気がする……」


思わず目線を、逸らし湖の方を見る修一。


 横から零也が、


「まさか、潜るつもりじゃないよな?辞めといたほうが良いぞ

時期的にも寒いし、それ以前に、水着とか無いだろ」

「ああ……あっ!」


ここで、修一は、ある事を思い出し、持っている学生鞄を開け、

中から、ブレスレットを取り出した。蒼穹が


「それって、あの鎧の……」


すると零也も、


「アキラの所で買ったって言う鎧か」


修一は説明する。


「この鎧は、水中活動できるから、これを着れば潜れる」


この手の鎧は、重さを軽減させる力によって、水の中を泳ぐことが出来る。

加えて、この鎧は、防水で、保温性もある。その上、一定時間、息もできる。

すなわちドライスーツとアクアラングの役目を果たすのである。

これらは購入時にスカーレットから、聞いた事。


 とにかく、出来ると分かれば、乗り掛かった舟と言う事もある。

修一は、ブレスレットを装着し、そして鎧を身に纏った。


「行こうか、長瀬」


修一の言葉に、頷くメイ。その後、ハンドサインの確認をして、

二人で湖に入っていく。背後で、零也が


「ちゃんと戻って来いよ!」


と心配そうに声を上げていた。


「必ず戻る!」


と返事をして、水中にもぐった。


 鎧の元々の着心地の所為か、鎧を着て潜っていると言うか

スキューバダイビングをしているような感じがした。

あと水中眼鏡を着けている様に視界もよく、防水なのと、保温性で

水の中にいる感じはするが、濡れることは無く、水の冷たさは感じなかった。

そしてメイの導きで、深みへ深みへと潜っていく。


(随分深くまで潜っていくんだな)


 徐々に、上からの光は届かなくなって来るが、逆に下の方から、

灯りのような物が見えてきた。


(何だ、あの光?)


それは、ぼんやりと、青白く光っていた。下に行くほど強くなっていく

下の方に、何か発光体があるようだった。そして湖底に到着した時


「すげえ……」


思わず声を上げる修一、水中なのでその声は誰にも聞こえてない。


 湖底には、青白く輝く、大小さまざまな発光体が、散りばめられていて

その光が、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

メイは修一の側に来て、その光景をじっと見つめ、修一はその光景を見とれながら


(これが、創水の魔法石か)


創水の魔法石。魔力を宿す石である魔法石の一種で、水属性で、

その名の通り水を生み出すことが出来る。

水属性の魔法石は数あれど、直接水を生み出すのは、

この石だけで、かなり希少なもの。


 この石は、水を生むだけでなく、吸収する性質も持っている。

更には水を浄化する力もある。

故に枯れることは無いが、増水する事もなく、

それでいて水は綺麗と言う、この湖の神秘を生み出していた。

 

 暫し幻想的な雰囲気に見とれている修一だったが

突然、側に居た長瀬が、何を思ったか手を握って来た。


「!」


鎧越しだから、直接触れ合ってるわけじゃないが、

それでも手を握られているわけだから、思わず緊張してしまう。


「このままで……」


メイには特殊なスピーカーが内蔵されているので、

水中でも声を伝えることが出来る。なお修一には、その術が無いので、

ハイドサインが必要である。


 メイは、修一の手を握ったまま、湖底の様子を見ているようであるが、

修一は、どうにも落ち着かなかった。


(なに緊張してんだよ……彼女の手を触れるのは、初めてじゃないだろ……)


最初の偽刑事の時、敵の動きを封じた後、彼女の手を引いて、その場から逃げた。

また真綾の襲撃の時は、メイに手を引っ張られて、助けられた。

ただ、いずれも何かが起きていると言う状況である。

今回の様に、何もない時は初めてだったので、それ故にか、

修一は、緊張感に襲われた。


 少しの間この状態を続けた後、メイが、


「来る……」

「?」


最初は、何の事かは分からなかったが、

やがて修一達の前に巨大な影が近づいてきた。

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