7「メイの見つけた答え」

 湖底の魔法石の光で照らされながら、修一達の前に、その巨体を晒したのは


(首長竜……こいつがウォーティドラゴン……)


ネスブール湖に住む水生型のドラゴンで一応魔獣の事であるが、

基本的に襲い掛かってくることは無い。

そしてネスブール湖が、ファンタテーラにある頃から、

水神として崇められている存在。普段は、湖底で眠っている。


 ドラゴンは、修一達の近くまで来て動きを止め、

じっと見つめている様だった。

一応、襲ってこない事は知っていたが、それでも巨体であるがゆえに

身構えてしまうが、暫く見ていると、


(なんだか、穏やかな表情をしてるな……)


自然と緊張感も解けて来る。


 なお襲い掛かってくる事はないとは言っても、強力で意図的な攻撃を受けた場合と

湖底の魔法石を、持っていこうとすると、暴れ出す。

しかもその力は途轍もないので、湖がファンタテーラにある頃から

希少ではあったが、魔法石を持っていくものはいない。

あと攻撃等も、意図的かそうでないかが分かるらしく

流れ弾的な物が当たっても暴れることは無いと言う。


 しばらく見つめていたかと思うと、今度は動き出し、

修一達の周囲を、回り始めた。


(なにしてるんだろう?)


ドラゴンの行動は皆目見当がつかなかった。


(なんだか、気を引こうとしている様な……)


この状態を、暫く繰り返した後、再び修一達の前に来るが

直ぐに背を向けて、浮上しながらも去っていく、

その姿じゃ、当てが外れて、ガックリしているように見え


(俺達に何か期待してたのかな?)


ふとそんな事を思った。

 

 ウォーティドラゴンが去っていくのを見届けた後、メイが


「答え見つけた……上がろう……」


と言った。丁度、鎧の酸素も少なくなっていた所だった。

二人も、岸の方に移動しながら、浮上を始める。

そして岸に上がると、蒼穹たちが、遠くの方を見ていて、

修一達が近づくと、気づいた零也が、


「桜井、あれ見ろよ!」


湖の方を指さす、

その方を見ると湖面に姿を見せるウォーティドラゴンの姿があった。


(ネス湖のネッシーみたいだな)


 ウォーティドラゴンは、首長竜の様な見た目と、湖の名前もあって

ネッシーとも呼ばれている。


「ウォーティドラゴンだな」

「反応薄いな、結構凄い事なんだぞ!」


ドラゴンは、年に一回、ちょうど10月ごろに、

必ず湖面に姿を見せるが、それ以外では、滅多に姿を見せない。

故に、その姿を見たものは、或いは写真に収めたものは、

幸せになれると言うジンクスがあるほど。


「ついさっき、湖底で見たから」

「見たって……」


湖底での出来事を話すと


「「「えっ!」」」


と声を上げる真綾を除く三人、一方真綾は、キョトンとした様子で、


「そんなに驚く事?確かにこいつらの周りを、

さっきのデカブツが泳いでいたけど」


真綾は、サーチで湖に潜った修一とメイの事を見ていたとの事。


「あれが人を襲わないとは聞いてたけどさ……」


修一は、鎧を脱ぎ、何処か嫌味を込めた言い方で


「なに?俺たちの事、心配してたのか?」


すると、真綾も嫌味ったらしい言い方で


「心配だったわよ、先を越されないか」


険悪な雰囲気になる二人。


 そんな事はどこ吹く風と言う様に、湖から上がって来てタオルで

身体を拭いたメイは、鞄からスマホを取り出し、


「これを……」


そう言ってスマホに映像を映し出した。それはさっき湖底で

メイが見たものを、映像として記録し、それをスマホに送ったもの

そこには、ウォーティドラゴンの接近から、二人の周囲を泳ぐ姿が

ハッキリと映し出されていた。


 映像を見た蒼穹は、目を丸くして


「これは、なかなかの衝撃映像ね」


同じく目を丸くしている里美も


「確かに、これはすごいですね」


二人と同じような様子の零也は、


「動画共有サイトに上げたらかなりバズるぞ」


修一は、困惑しながら、


「そんなに凄い事なのか?」


と聞くと、蒼穹が、興奮冷めやらぬと言う感じで、


「ウォーティドラゴンがこんな風に、泳ぐ姿は誰も見たことがないのよ」


ウォーティドラゴンが、泳ぐときは、湖面に浮上する時と、

その後、姿を見せながら、修一達が見たように

湖底であのような泳ぎ方をするのは、かなり珍しい事だと言う。

そして映像を見ていた、里美は、冷静な口調で、


「それにしても、この動き、何となくですが、求愛行動に見えませんか」

「そう?まあ気を引こうとしているようには、見えるけど」


と蒼穹が言う。すると修一がツッコミを入れるように、


「つーか、誰に対して求愛していたんだよ?」


と聞くと、


「それは、分かりません。ウォーティドラゴンは雌雄同体ですから

貴方かもしれないし、長瀬さんかもしれない」


と里美が答えた。ここで零也が、


「いずれにしても、お前ら凄いものを見たんだよ。多分いい事あるぞ」


と蒼穹同様、興奮冷めやらぬと言う感じで言う。


「少し興奮しすぎじゃない?」


と真綾が呆れ顔で言った。


 少しして、メイは、トイレで着替え、元の学生服姿になり、

修一と迎えを待つ。引き続き、蒼穹たちも一緒にいた。


「あのさ、折角の自由時間だろ、いつまで俺たちに、

付き合わなくてもいいんだぞ?」


零也は、


「いや事が片付くのを、見届けないと、落ち着かないからな。それに」


修一達をジッと睨んでいる真綾を見て苦笑いしながら、


「真綾も動いてくれそうにないし」


すると真綾は、


「見張ってるだけよ、逃げない様にね」


修一は、


「逃げねえよ!」


と言うが、里美も、


「私も同じですわ。貴方たちを逃がすと、

先生……桜井さんに申し訳が立ちませんから」

「信頼無いんだな」


と修一は何とも言えない表情で言う。蒼穹はというと、


「私は、天童君と同じよ。状況が片付くまで見届けないと、

どうも落ち着かないから……」


どこか気まずそうに言う。


 さてここで、


「桜井君……」


突然、メイが口を開く


「私……しない事をして……いつもと違う状況に身を置けば……

考えがまとまるの……」

「じゃあ、ここ最近の長瀬の行動や、今日の事もそれでか」


頷くメイ、そして話を続ける。


「桜井君と二人きりだと……より考えがまとまるの……

でも桜井君を誘うことが出来なかったから……今日付いて来てくれたのは……

好都合だった……そして、答えを見つけた……ありがとう」


と言われて


「それは、どうしたしまして」


別に彼女の為についてきたわけじゃないから、困惑気味の修一であったが、


「ところで、長瀬の見つけた『答え』って」


と聞くが、それに関しては口を噤んでしまい。メイは話そうとはしなかった。


 暫くして、一台の車がやって来た。


(あれって……)


それは修一の家の自家用車であった。車は修一達のいる場所の近くに停まると


「向かえに来たわよ」


と言って降りてきたのは、


「母さん!」


修一の母である桜井功美。修一はてっきり、

学校の先生が来るものだと思っていたので、これには驚いた。


 車の後部座席には、メイの母親である千恵子が乗っていた。

余談であるが、蒼穹はもちろん、里美も零也も、あと真綾も千恵子と面識がある。

そんな彼女は、車を降りると、メイに近づき、平手打ちをしようとしたが、

その手を功美に掴まれる。


「今のご時世、これくらいで、手を上げちゃダメ……」

「先生……」


と言うと、千恵子は力が抜けたようになり、功美が手を放すと、

代わりに、メイの体を抱きしめた。


「心配したんやで!もう、何処にも行かんとって」


千恵子は泣いていた。長年、行方不明で、ようやく帰って来たのに、

また、居なくなったものだから、その心配も人一倍のようだった。

そしてメイは、表情に、変化はないものの、一言


「ごめんなさい……」


とだけ言った。


 そして別れ際、


「迷惑かけちまったな。すまない」


と頭を下げる修一、すると零也は


「別に迷惑だとは、思ってないよ。それにいいもの見せてもらったし」


更に里美も


「私は、自分の意思でここに来たのですから、迷惑とは思ってませんよ」


蒼穹も


「同じく、だから謝らなくても良いわよ」


とは言われたが、修一は


「この埋め合わせは、するから」


と言うと、


「そう言うのは、辞めてくれない。別に迷惑だなんて思ってないから」


と蒼穹は言うが、ここで功美が


「そうはいかないわ。私の方からもいずれお礼をさせてもらうから」

「別に、気を使ってもらわなくても」


蒼穹は、困惑しながら、言う。


 その後、メイも


「ごめんなさい……迷惑かけて……」


と頭を下げ、千恵子も、


「お礼は、必ずするから」


と言って頭を下げた。そして運転席は功美、助手席に修一、

後部座席に、メイと千恵子を乗せて、車はその場を後にした。

車中で、功美が、留守電のメッセージを聞いて、学校に駆け付けた事と、

彼女が掛けあって、警察沙汰は、免れた事を聞いた。


「ごめんなさい。母さん……」


すると功美は淡々とした口調で


「学校から、こんな形で連絡を受けるのは初めてね」


そして、何処か懐かしむように


「私も、高校の頃、バカやって親に迷惑をかけてきたけど、

遂に私の番が来たようね」


と言った後


「貴女もそうでしょう千恵子」

「ウチは親も、ロクデナシやったから、迷惑はお互い様や」

「確かにロクデナシなところはあったけど、貴女の事を、

心の底から、大事に思っていたいい親よ。おかげで今の貴女がいる」

「そうやな……」


二人は妙に懐かしげであった。

この後、一旦学校に行き、修一とメイは、授業には出なかったが、

二人とも生徒指導室で、かなり絞られ、反省文を書かされる事となった。

なお、宿題のプリントは教師に提出した。


 家に帰ると、功美が待っていて、


「若いうちは、バカをやるのも、いいけど、程々にしなさいよ

今日だって、警察沙汰になりかけたんだから」

「ごめんなさい……」


と頭を下げる修一


「まあ、私は、修一の事は信じてるけどね」


と言った後、それ以上は咎めることは無かった。

ただ、「信じてる」と言う。修一の言葉が胸に突き刺さった。


 その後は、秋人から、


「心配したんだからね。修一君」


と注意されたのと、部活の時に部員から


「やるね。お二人さん」


と冷やかされることがあったくらいで、何事もなかった。

そして、メイの言う「答え」を見つけたからか、彼女の奇行も無くなった。

ただ、それが何だったのか、分からないままであったが、

一週間以上たった後、それが分かる時が来た。


 その日、ふと街中で、修一は、長瀬リタと会った。


「この前は、メイちゃんがお世話になったみたいで……」

「いえそんな事は……それに、貴女のお力になれなくて、

すいません。彼女、何も話してくれなくて」


すると、リタは笑顔で


「その事は、もういいの」


と言った。ふと修一は、彼女の身に付けているペンダントが気になった。

この前、会った時には、つけていなかったもので、

綺麗な青い石が嵌められていて、彼女のよく似合っていて、目立ってもいた。


「そのペンダント、ラピスラズリですか?よくお似合いですよ」

「ありがとう。これ誕生日に、メイちゃんがくれたんです」

「そう言えば誕生日でしたね。おめでとうございます」


と言いつつも


「それ、彼女がくれたんですか?」

「ええ、誕生石じゃなくて悪いけど、このペンダントが一番似合うって」


すると彼女は自虐的に、


「まあ誕生日と言っても、本当の誕生日じゃないんですよ。

私、孤児で、本当の誕生日は知らないんです」


千恵子と出会った日を、勝手に誕生日としているとの事。

この後は嬉しそうに、


「最近私の事を、見ていたのは、誕生日プレゼントの事、

考えてくれてたみたいで……」


この話を聞いて


(長瀬の言ってた『答え』ってのは、リタさんの誕生日プレゼントの事か)


そして、リタは


「あの子、あんなんだから、分かりにくいですけど、

私の事を、姉だと認めてくれてるみたいで」

「それは、良かった」


と修一も、何処か嬉しそうに言う。


 その後、リタをと別れ、


(長瀬の事は、万事解決は、まあ例の組織絡みじゃなくてよかったが)


しかし修一は、まだ例の組織の事が気になっていた。

メイが居なくなった後、組織の残りの拠点も確かめたのだが、

それらは何者かの手によって潰されていて、

組織の壊滅は、見逃した連中を除き、完膚なきまでのものであった。

しかし、修一は、見逃した連中の他に、組織の残党がいるのではと、

気になっていた。


 あと例の組織関係では、もう一つ気になる事があった。

ちょうどその事を、考えている時、真綾と鉢合う。


「………」


真綾は、会うなり、あからさまに嫌そうな顔をしたが、


「聞いてもいいか」

「何よ?」


機嫌が悪そうな、声であったがお構いなしに聞いた。


「長瀬を追ってる時、お前ら、俺の素性は、知ってたよな?」

「それがどうしたのよ」

「なのになんで、家に乗り込んでこなかったんだ?」


組織の襲撃は、外出している時なので、最初は家を知られてないと思っていた。


 ただ真綾が送り込まれるようになってから

敵は修一達、素性を掴んでいたが、以降も家にいる間は

襲ってこなかった。都合は良かったが、疑問を感じずにはいられなかった。

なんせ、正々堂々という言葉が似合わない連中であったから。


「何でか、アンタの家に乗り込むなって命令が出てたの」

「なんで?」

「アタシも上司に聞いたけど、教えてくれなかった。

どこからか圧力がかかってた、見たいだけどね」

「圧力?」

「零也に話すと、大十字久美じゃないかって言ってたけど」

「またかよ……」


確証がある訳じゃない。そういう事が出来そうな自分であると言うだけである。


 その後


「もういい?アンタと話してるだけで、気分悪いのよ」


と言ってきたが、最後に


「お前、いつまで長瀬に固執する気だ。もう組織は、無いんだぞ」


すると、感情的に、


「うるさい!私のプライドの問題よ」


そう言って、真綾は去っていった。


 残された修一は


(長瀬は、何であんな奴の助命嘆願なんてしたんだろう……)


と思うつつも、


(この先、何も事も無きゃいいんだが……)


と心配は尽きない修一であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る