9「戦いの後で」

 トイレから戻ってきた修一達、


「何だ、この騒ぎ……」


シミュレーター周辺で人だかりができていた。


「戻って来たな……」


ちょうどトイレの出口に零也とアキラ、あとメイの姿があった。


「何が、あった?」


零也は、答える


「木之瀬と天海がいる事が、他の客に気づかれて……」


 零也の話によれば、有名人が二人もいるせいで、客が殺到して、更に木之瀬が


「誰か、お相手してくださる?」


とシミュレーターでの、対戦相手を所望したから、候補者殺到でもう大騒ぎ。


「今、誰が対戦相手になるか決めるため、シミュレーターで対戦している」


 ここで、修一が


「それにしても、よく、これまで気づかれなかったな?」


と疑問を言うと


「もしかすると、コイツが原因かも」


と零也がアキラを指し示した。


「なんで、アキラが、つーか、なんだその袋?」

「クレーンゲームで取った」


中身はクレーンゲームの景品。すべてお菓子類で、袋は店員からもらったもの。


「こいつ、ここに来てから、ずっとクレーンゲームに夢中になってたんだと、」


修一は思い出したように


「そういや、お前、クレーンゲーム好きだよな。しかも名人だし、

あっ、それで注目を集めたんだな」


 修一は、以前、こことは別のゲームセンターで、

アキラがクレーンゲームの腕前で注目を集めていたことを思い出した。


 ここでメイが


「クレーンゲーム・コーナー……人だかり……できてた……」


彼女は、修一達の戦いをモニタリングしつつも、何の気なしであるが、

周囲の状況も確認していたとの事。


「俺も、シュウイチの戦い見たかったな……」


と残念そうにし、更に


「あのメタ……」


とアキラが言いかけた瞬間、遮るように修一が


「この後どうする?」


と言うとメイが


「私……店の手伝いあるから……帰る……」


と言った後


「また学校で……」


と言って立ち去った。その後、修一は


「しかし、長瀬は何しに来たんだろうな。二人も巻き込んで……」


 本人の言う通り、ドッキリ、要は悪戯心。

しかし彼女は、感情を面に出さないから、

どこまで、本当なのか推し量ることは出来ない。


「俺は、もう帰るけど、お前らどうする?」


すると、アキラが


「俺、もうちょっとシュウイチの所で遊びたい」


と言って、他の三人も、つられる形で、修一の家に戻る事に、ここで秋人が


「天海さん達に、声をかけておいた方が……」


と言ったが、蒼穹と里美がいる場所は、人でいっぱい。

ここで、彼女たちに声を掛けたら

周りの人間に、妙な勘繰りをされかねない。


「ショートメール、送っとく」


と言って、修一は携帯電話を操作した。ここで零也が思い出したように


「あれ、『先生』は?」


鳳介も、


「そう言えば、いないな……」


すると、修一は、訳が分からないと言った顔で


「『先生』?」


秋人は、少し驚いたように


「学校の先生いたの?」


アキラに至っては、修一以上に訳が分からない様子できょとんとしている。


 零也は、秋人に


「そうじゃなくて……」


と言った後、修一の方を向くと


「桜井のお母さんの事だよ」

「えっ?」


零也の言葉に、ますます訳が分からないと言った顔をする修一。


「ウチの母さんが、いつも『先生』って呼ぶから……」


鳳介も、


「俺の母さんもだ……」


と言った。そう親が口々に、先生としか呼ばないので、

二人は功美の本名を知らなかった。


「ウチは、普通に『功美さん』って言ってたけど」


秋人の親は、名前でしか呼ばないので、苗字を知らなかった。


 そして修一が、


「何で『先生』なんだ?」


と尋ねると零也と鳳介は、口々に


「さあ?俺は、弁護士だと思ってたけど」

「俺は、政治家かと……」


すると修一は


「どっちも違うぞ。ウチの母さんはメディアプランナーだ」


ここで、修一の携帯電話のメール着信音がしたので、確認すると


「噂をすれば、その母さんから、

『おめでとう。急な仕事が入ったから、お先に』だって」


文面から、勝負結果を確認したのち、立ち去ったらしい。


「じゃあ、帰るか」


と修一は、言った後、思い出したように、ポケットからカードを取り出すと


「受付に行ってくる。」


と言って受付に向かい、店員にカード渡した。

その後、修一は荷物をもって戻ってきた


「こんなの貰った」


 それは、イベントクリアの商品で、この店オリジナルのマイバックと、

中には、びっしりとお菓子が詰まっていた。

ちなみにカードも記念品として返してもらっている。


「よかったね修一君」

「よかったじゃん、シュウイチ」


口々に、祝福する秋人、アキラ、言葉には出さないが微笑ましい顔をする鳳介


 しかし浮かない顔から、祝福されて無理に笑顔を作る修一、黙ったまま、

そんな修一を見つめる零也。


 この後、修一の家に戻った五人は、修一がもらったのと、

アキラの景品のお菓子を五人で分け合って、

食べたり、ゲームをしたりして盛り上がり、夕方頃に四人は帰った。






「あ~~~~ひどい目にあった」


と言いながら家に戻ってくる蒼穹と


「………」


不機嫌な顔で無言の里美。


 あの後、人が集まってきたせいで、もみくちゃされてしまった。

その後は、二人とも、隙を見て逃げる形で、ゲームセンターを出た。

なお蘭子は、置いてきたが、

彼女が、その後どうなったかは、二人は知らない。


家に戻った二人は、掃除を再開した。

そして一人黙々と、掃除を続ける里美に


「もう桜井修一には、関わらない方がいいわ」


返答はない。


「詳しくは言えないけど、アイツ、相当、手を抜いてたと思う」


やはり返答はなく、黙々と掃除を続ける。


「里美……?」

「彼は、貴女にないものを補える……」

「えっ……?」


堰を切ったように、話を始める里美。


「いつも言っていますが、貴女は家での生活態度は酷い、酷すぎる。

部屋は散らかり放題、掃除しても丸い、料理は致命的、洗濯にしても、

洗濯機に入れ過ぎる。干すのを忘れる。そして今日みたいに取り込むのを忘れる。

お母様がいないと何もできないじゃないですか」


蒼穹は、不機嫌そうに


「悪かったわね……」


と言うが、事実だからそれ以上の反論できない。


「でも、桜井修一は、貴女と違って、家事に関しては完璧、

悔しいけど認めざるを得ません。故に、貴女の弱点を補える」


里美が、言わんとしてる事に気づき、蒼穹は、


「ちょっと待って、もしかして里美は、家事がパーペキって理由で、

私が、アイツと付き合うって思ってるわけ。」

「それだけではありません。彼、ルックス的にも貴女の好みじゃないですか」


蒼穹は、里美から目線を逸らし気まずそうにするも、直ぐに反論する


「家事ができて、ルックスも好みだけど、そんな上っ面だけで、

付き合ったりしないわよ。大切なのは中身でしょう。」


里美は、修一の事をあまり知らないので、断定はできない物の


「確かにそうですが、でも中身が良い可能性だってありますわ」


と言った後、妙に力の入った口調で


「貴女はこれからが大事なんですよ。木之瀬さんが、

学園を去った今こそ、

貴女が一番になれる絶好の機会なんですよ。

恋愛にかまけている暇なんてないんです!」


そんな里美に対し、蒼穹は引き気味に


「だから、そういうのを目指してるんじゃないから、

特待生として、ある程度の実績が欲しいだけで……」


と言うが


「何言ってるんですか!貴女には、才能が有るんですよ。

貴女には特待生の星なってもらわなければいけません」


この後、里美は、自虐的に


「私にはできない事ですから……」


と付け加えた。

 

 この時、蒼穹は、彼女の様子を見て


(なんだか自分の夢を押し付けてる母親みたい)


と思った。ちなみに蒼穹の実際の母親は、このような事はしていない。


そして里美は


「とにかく、これからが重要なんです。まずはあなたの生活態度から

改めなければいけません」


と蒼穹を指さしながら、宣言するかのごとく言った。


 蒼穹は、里美の剣幕に、何を言っても無駄な気がして、

特に反論もせず、その日は、遅くまで、掃除を行った。

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