9「異世界から来た町の夜」

 添乗員との打ち合わせの後、修一は、外出していた。

本当なら、自分の部屋に行ってそのまま就寝するつもりだったが、

喜多村がホテルを出るところを見てしまったのだ。

ここからは、客の自己責任とは言え、最後の最後で、何かあっては目覚めが悪い。


 異界が平日は、時間の流れが外と同じなので、この時間帯は、

異界から帰ってきた冒険者でナアザの町は、賑やかだった。

修一は、ブレスレットを着用した状態で外に出て、

その後、鎧を着た後、外出している喜多村の後を追い、

見守っていた。冒険者が多いこの状況では、万が一気付かれたとしても、

偶然で通す事ができるはずだと、思ったからだ。


 ただ平日のこの時間に鎧を着て、ナアザの町を歩くのは初めてであるが、


「よう黒騎士」

「おっ、黒騎士。お前のこっちの世界に来ていたのか?」

「相変わらず、ランク上げしてないのか黒騎士」


と言う感じで見知らぬ冒険者らしき人々に声を掛けられた。


(オリジナルの黒騎士の知り合いかな)


修一の鎧の元となる鎧の持ち主と勘違いして、声をかけているのは、

分かったが、いちいち訂正するのがめんどくさくて、

適当に相槌を打っていた。なお声をかけて奴らは、顔見知り程度の様なので、

その程度の返事でも問題はなかった。


 そんなに人数はないものの、ちょくちょく声を掛けられるので、


(黒騎士って、結構有名人なのか?)


アキラの話から、黒騎士は知られている存在だとは聞いていたが、

ここまでちょくちょく、声を掛けられる存在とは思いもしなかった。


 それと、声をかけてきた冒険者たちはみんな若く。

最近この世界に来た様に感じた。


(アキラもそうだが、みんな50年前の人間なんだよな)


この世界とファンタテーラとの時間の流れは異なって、

ゲートが開いて、この世界で50年だが、ファンタテーラでは、

まだ半年。故に人々が知るオリジナルの黒騎士が活動していた頃は、

この世界では50年くらい前と言う事になるのだが、

アキラの様に最近来た人間から見れば、半年前の出来事だから、

その事を考えると、修一は妙な気分になるのだった。


 さて、冒険者達が声をかけてくる所為で、


「あれ?黒騎士さん?」


と喜多村に気付かれてしまう。


「君は、電気街の……」


と誤魔化しを兼ねて、このように返事をすると、


「あの時は、ありがとございます」


と頭を深々と下げたのち、再び頭を上げた後、


「あの、今仕事帰りですか?」

「ああ……」

「もし食事がまだなら、一緒にどうですか?昨日のお礼に驕りますよ」


と言われたが、


「いや、必要ない。もう食べてきた」


昨日の事は、護衛仕事の範疇なのだから、

お礼の必要はないし、それにホテルで食事は食べたのだから、

食事の必要もなかった。


 それに夕食を済ませているのは、喜多村も同じなので、


(一緒にとは言うけど、相手におごって自分は何も食べない。

或いは軽食で済ませるつもりだったんだろか……)


と修一はそんな事を思うのだった。それはともかくとして、


「また路地裏に行こうとしてないな、あそこは電気街と同じで、質の悪い連中が集まってる」


この事は添乗員から、自由行動に当たってツアー客に、伝えられている事で、

行かないように注意を促している。


「まさか……」


と言って目線を逸らした。路地裏は質の悪い連中が集まる場所であるが、

未来電気街と同様、掘り出し物が多い場所でもある。

彼女の好奇心を刺激するには、十分であった。


「君は、何かあった時の対処できる力はあるのか?

電気街ときの様子をみるに、無いよな?」

「はい……」

「それに常に、俺の様なお人よしが、通りかかってくれるとは限らない」

「う……分かりました。気を付けます」


と彼女はしおらしく答えた。


「それに表通りでも、時間帯よっては酔っ払いが多い」


特に仕事帰りの冒険者とかが、それに該当する。


「絡まれると面倒だ。早く宿に帰った方がいい」


これも添乗員から注意されたことでもある。


「はい、気を付けます……」


ますますしおらしく答える。


「俺としても、折角助けたのに後になって何かあったら、

寝覚めが悪い」


ちなみに、これは修一の正直な気持ちである。


 だが、観客として街を楽しみたいというのは思いは分からない訳でもないのでの、


「もしまだ帰りたくないというなら、

勝手ながら、一緒に居させてもらうがな」

「えっ!黒騎士さん、いいのですか?」

「ああ……もちろん俺のわがままだから、お金はいらない」


と修一が言うと、喜多村は嬉しそうに、


「ありがとうございます!」


別に無料だからというわけじゃなく、


「電気街で、助けてもらってから、貴方のファンなんです」

「ファンって、俺は芸能人じゃないぞ」


と困惑してしまう。


「とにかく、一緒居いてくれればうれしいです」


と喜多村は大喜びで会った。


 この後は、一緒に夜の街を見て回った。

昼間に周れなかったアイテムショップを色々周った。

路地裏ほど刺激的はないだろうが、観光客には物珍しいものが多いから、

行く先々で、喜多村は目を輝かせていた。


そして昼間行けなかったエディフェル商会に行った。

もちろん修一が誘ったのではなく、喜多村の要望である。

日中は、もめていたものの、今はそんなことは無く、

店に入ると、愛想いい雰囲気で、店主のスカーレットが、


「いらっしゃい」


と挨拶する。もちろん機嫌を悪くしたらまずいので、

斬撃の魔女の話はしない。


 スカーレットは挨拶をした後、


「おや、その子は誰」


一緒に居る喜多村の事を聞くと、


「観光客、ちょっと危なっかしいんで、一緒に居る」


修一は、ツアーの自由時間に、この商会に来ることを想定して、

この商会にも手回しはしているから、

スカーレットはすぐに状況を理解した。


 そして彼女は、観光客向けのマジックアイテムを、

いくつか薦めた。それらは魔法街でも似たようなものを売っていたが、


「随分と安いですね」

「そりゃ、ダンジョンで手に入れたものだから、元手は掛かってないからね」


すると喜多村は驚いたように、


「ダンジョンにあったものなんですか!」

「ああ、ダンジョンと言っても浅いの区画のだけどね」


ダンジョンからは武器やマジックアイテムの他、

特に効果はない飾り物的なものが手に入る事がある。

それらは宝石がちりばめられ、貴金属でできているので、

高く売れるものだがそれに混じって、珍しくはあるが、

貴金属や宝石が使われてないのと、価値のないと見なされるものある。


 ただ珍しい仕様はあるので、観光客のお土産として、

売るには最適の物である。


「元手は掛かってないけど、手間賃は必要だから、

ただじゃ売れないんだけどね」


彼女が薦めたものは、描かれた絵が動くコイン、

様々な場所の星空と人のいない自然の風景が表示され続けるコンパクトミラー、

ゼンマイを巻かずに動き続ける懐中時計など、

珍しいけど、それだけで意味のないものばかり、

しかもダンジョンで見つけたと言うが、同じものは魔法で作成可能で、

魔法街の店でも売っているが、大量生産できないので、高額。


 喜多村はコンパクトミラーを購入した。理由は


「辛い時に癒してくれそう」


との事。お金を払った後、スカーレットは商品を包装紙に包んでいたのだが、

その際に喜多村は、


「これは浅い区画って言ってましたけど、深い区画のもあるんですか?」


と聞くが、


「あるけど、深い区画の物は飾り物でも、強い力を持つから

素人には売れないよ」

「そうですか……」


喜多村はあからさまにがっかりした様子だった。


 そして、


「はいどうぞ」


と喜多村に商品を渡した後、スカーレットは店内にいる修一に、


「そろそろ、異界に行っているアキラが帰ってくるけど、会ってく?」


今は夏休みなので、アキラは平日に異界に言っているようだが、


「いえ、やめておきます」


一応、アキラにも手回しはしているが、アキラは抜けたところがあるから、

会った際に、うっかり修一の名前を出しかねない所があった。

話を振ったスカーレットも、修一の返事で、思い当たったのか、


「あ……そうね。会わない方がいいかも」


と気まずそうに言うのだった。


 店を出ると、夜も更けてきたので、


「そろそろ宿に戻った方がいい。送って行くよ」

「付き合ってくれて、ありがとうございます」


と頭を下げる喜多村、


「いいんだよ」


と修一は言いつつも、


(どうせ変える場所はおなじだしな……)


と思いつつ、このまま何事もなく宿に戻れることを望んだ。


 しかしそうは問屋が卸さなかった。突如としてサイレンが鳴り響いた。


「ゲート警報だ」

「これが……」


もちろんゲート警報の事は添乗員から話は聞いている。


「早く宿に戻ろう!」


と二人は宿に向かっていたが、突然、


「大変だ!北の方でゲートからドラゴンが出たぞ!」


という声が響き、場は騒然となる。余計に急いで彼女を連れて、

戻ろうとしたが、


「丁度良かった。黒騎士!ドラゴンが出た。手を貸してくれ!」


面識のない冒険者らしき男で、

おそらくファンタテーラにいたオリジナルの黒騎士と勘違いしているようだった。

ここで好奇心と正義感が出てきたから、修一は断るつもりは無かったが、


「その前に、観光客を宿に送って行かないと……」

「観光客?何言ってるんだ。お前ひとりじゃないか」


ここで横にいたはずの喜多村がいない事に気づいた。

どうやら声を掛けてきた男性に気を取られている間に、

どこかに行ってしまったようだった。


(まさか……)


思い当たる節がある修一。ここで冒険者は、


「とにかく手を貸してくれよ」

「わかった。急ごう」


と言い二人はその場を後にする。


(無事でいてくれよ)


そう思いながらも、現場に向かうのだった。

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