13「淫魔襲撃」

 東雲麗香は、朝から調子が悪かった。風邪と言う感じじゃない。

だが倦怠感がひどく、ベッドから起きることもできず、

しかも彼女の親は、出張で明日まで帰ってこない。


(体が、上手く動かない……)


学校を休みたくても、連絡を入れること自体出来なかった。


 何でこんな事になっているか、彼女にはわからなかったが、

そんな彼女の悩みは、


(図書室に隠していたあの本、どこに行っちゃったんだろ)


図書室に隠していた淫獄の書を放課後に確認しに来たのだが、

彼女が確認した時には、修一たちが持ち出した後で、

無くなっていて、もちろん彼女は、その事を知らないから、

急に、魔導書が無くなった事で、不安を抱くことになった。


 ふとここで、彼女は、本を手に入れた時の事を思い出す。

彼女は、古本屋巡りの中、とある古本屋の一冊百円のワゴンで、

その本を見つけたのだ。

 

 ふと気になった麗香は手に取って、開いたわけであるが、

過去に何かで見たファンタテーラの言葉で書かれていて、

彼女には読むことのできないものだったが、

魔導書の持つ翻訳スキルによって、彼女の視界に字幕が出る形で、

内容を読むことができた。


 そして翻訳スキルだけでなく、立ち読みすることで、内容を知り、

魔導書であることを知った彼女は、掘り出し物を見つけたと思い購入した。


 この時の彼女は、珍しさで買ったわけであって、

本を使おうとは、思ってはいなかった。

そもそも彼女は超能力者であるから、魔法が使えないのは、

分かっていたと言う事もある。


 しかし、ある日の事、街のスーパーで、

店員に理不尽な文句を言うクレーマーの女を見かけた。

この女と麗香は、赤の他人。見ていて腹は立ったが、その時は、

場を後にした。そして数時間後、その女を見かけてしまった。


 女は、ジュースを飲んで、地面にポイ捨てしていた。

麗香は、注意する勇気はなく、捨てた缶を拾うだけだったが、

あの魔導書の事が頭をよぎった。

魔導書には必要な体の一部として唾液でもいいと書いていたからだ。

麗香は、缶を家に持ち帰り、実際に魔導書を試した。


(発動した……)


本来なら、超能力者である自分が付かるはずのない魔法が使えた。

ただその時は、発動を感じたものの本当に効果があるとは、半信半疑であった。


 しかし、二日後のテレビのニュースで、女が捕まった事を知った。

しかも内容を聞くと、魔法の効果が出たとしか思えないものであった。

その後、二人ほど、どちらも赤の他人だったが、

詳しい事は割愛するも彼女を腹立たせた女であり、

その二人で試して同じ結果が出た。

最初に人間を含めた三人は、まだ修一達の知らない犠牲者である。


 ここまでの結果から、気をよくした彼女は、


(あの鬼軍曹に、使ってやる)


かねてより学校での態度を注意され、逆恨みを抱いていたナタリアに使用したのだ。

しかし、彼女にとって予想外なのは、ナタリアが変身能力者であった事。

変身する事で身元がばれない上に、その身体能力もあって中々捕まる事はなかった。


 また効果が、夜しか出ないのも、腹立たしく、

昼間、学校で、それこそ衆人環視の中で、効果が出るように、

魔法の重ねがけは続けていた。またナタリアだけでなく、

自分を叱責したマチルダや、自分の憧れの木之瀬蘭子に無礼を働いた女に、

魔法を掛けていった。結局、思い通りになったのは無礼を働いた女だけだった。


 なかなか思い通りの結果にならないだけでなく、

ナタリアから、魔導書の話を振られたのでバレたと思い、魔法の重ねがけをして、

あと魔導書も家ではなく、図書室のあまり生徒が利用しない本が並ぶ本棚に、

隠した。図書委員である彼女は、その場所を知っていたからだ。


 だけど、そこから本が消えた。なお彼女は、淫獄の書が該当するとは、

明確には知らないが、単純所持が認められない魔導書が存在し、

該当の疑いは抱いているので、その点でも不安を感じていた。


 それともう一つ、


(あのピンク色の光は、何だったんだろう)


昨晩、家にいると、突然どこからがピンク色の光が飛び込んできた。

気づくと消えていたが、体調が悪くなったのは、この直後だった。

今になって、ふと思う。


(何か関係があるのかな)


それが何であるか、本人は知る由もない。


 ここまで、ベッドに横になって、考えを巡らせていたが、

突如として、意識が遠くなるのを感じた。


(このまま、どうなっちゃうんだろ……)


そう思った瞬間には、既に彼女の意識は無くなっていた。

そして目を覚まさぬまま、時間は過ぎていき

夕方近くになった頃、彼女の体から、小さなピンク色の光が飛び出した。









 修一と秋人は、不安を感じながらも、何も起きず

一日は過ぎ、放課後を迎えていた。修一と秋人は、一緒に下校する事になったが、

偶然に、ナタリアと一緒になった。


「奇遇やな」

「ああ……」


と修一は答えるが、


「何や、二人とも浮かない顔しとるな」


確証はないから、不安にさせたら悪いのでWTWでの事故の事、

その事で不安を感じていることは話さなかった。


 そして、


「途中まで一緒に帰ろうや」


という事で、一緒に帰る事に、


「しかし、ホンマ、アンタらには世話になったな。ありがと……」


と再び礼を言われた。しかし修一は、


「秋人は、純粋かもしれないけど、俺は正直、

欲を満たしただけだからな。人を助けたいって欲を。

だから、別に感謝しなくてもいい」


秋人も、


「僕だって、修一君の病気がうつったみたいなものだから、

正直、感謝されると心苦しいって言いうか」


しかしナタリアは、二人に対し、


「でも助けてくれたことには、違いない。ありがと……」


と再度、礼を言った。


 しかし、この時ナタリアが修一達と、

一緒に帰る事になったのは、偶然である。

この偶然が、彼女を救う事になるのであった。


 道を歩いている修一達、そんな三人に向かって、

ピンク色の光球が飛んできた。正確には、三人と言うよりも、

ナタリアに向かって来たというべきだった。


「なんだ、ありゃ?」


ピンク色の光球は、少しの間、ナタリアの周辺を、飛び回った後、

地面に落ちた。


 そしてまばゆい光を発した後、光が消えると


「魔獣!」


と思わず声を上げる修一、大柄で人型の化け物がいた。

体は女性的で、背中には、蝙蝠のような羽が付いている。

更に人型魔獣とは違って、頭部は人間の女性を思わせるものとなっていた。


「キシャァァァァァァァァァァァ!」


と甲高い咆哮を上げる化け物。


「こんな魔獣、初めて見るよ」


と秋人は声を上げながらも、戦闘用の魔法の杖を召喚した。

明らかに、こっちに殺意を向けてきてるから防衛のためだ。


 更には、先の咆哮と共に、


「結界だ、閉じ込められた」


そう逃げ道はない。そして、化け物は素手で、襲い掛かってくる。

最初の一撃を避ける三人。


「なんや、この魔獣は!」


更に目から、光線のようなもので、攻撃を仕掛けてくる。

三人は攻撃を避けながらも、この場から移動する。


(ここは、戦いずらい……)


 そう修一は、何時もの負けず嫌いが出ているので、

逃げるつもりはなかった。ただ、三人のいた場所は、

狭い路地なので、戦いやすい場所に移動していた。

なお修一とは違って、他の二人は、結界で逃げられないからには、

もう戦うしかないと思っていた。


 しかし、この化け物は何なのか。秋人も知らないようだった。

攻撃を避け、移動しながらもナタリアは、


「誰かが変身しとるんやろか」


自身が変身能力者であるからか、変身した人間ではと思ったようだった。

そして修一も顔立ちが人間の物だから、ナタリアが言ったという事もあるが

人間が変身したのでは、思った。


 同時に修一は


「サキュバス……」


と呟いた。蝙蝠の羽と女性で、ヴァンパイアと言う解釈も出来ると思うが、

修一はこの時、相手をサキュバスと形容した。

すると秋人、修一もだが、ハッとなって


「「まさか……」」


サキュバスと言えば色欲の魔物、

つまり淫獄の書によって変貌した麗香ではないかと思ったのだ。

確かに、この化け物、サキュバスはナタリアを狙っているように見える。

なお、淫獄の書によって変貌した姿は、その能力は、

人によって違うから、このサキュバスが、実際にそうなのかは分からない。

ただピンク色の光球と言うのも気になる。


 やがて一行は大通りに出た。結界の中なので、修一たち以外に人はいない。

そして襲ってくるサキュバスを前に、本格的な戦いが始まるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る