6「月のもの」

 あの夜に一件以降、心配事は消えたものの、

人の家に不法侵入してしまったという事もあって、

後々、冷静になって来ると、


(なんて事をしちゃったんだろ……)


と後悔の念の様なものを感じるようになった。

その為、秋人と恵美との間に、気まずい雰囲気が漂っていた。


 そして昼休み、屋上で昼食をとる恵美、秋人と鳳介。

この時、三人以外に、生徒は誰も居ない。弁当を食べながら鳳介は、


「この前の夜の事、まだ後悔してるんだな……」


と言った。実は蘭子からの誘いは鳳介にも来ていたが、断った。

彼は推測ではあったものの、事情を察していたからだ。

ただあの日の夜、不安になって、修一の家に向かっていた。

彼は、不法侵入などせず、裏玄関から、普通に家を訪ねた。

その時は、事が起きた後で、遅かったわけであるが。

 

 さて、なぜ彼が気づいていたかと言うと、

「性転換」に関する知識があったという事もあるが、


「初めて、桜井の家に行ったとき、女性下着を見た時、

桜井は母親のだと言ったが、大きさの異なるものがあった」


それが、引っかかりを覚えるきっかけだった。

だが、その時は聞いてはいけない気がして、何も聞かなったが、

今回の出来事が起きて、鳳介は親から、修一の親には、

兄弟がいない事、つまりは従姉がいない事を知って、


「でも、二人は雰囲気がよく似ている。だから、もしかしたらと思った」


加えて「性転換」の男の能力者、一時期的に戻れないという事実も知っていたので、

それが起きていると思っていた。

しかし、もし違っていたら、相手にかなり失礼なことになるので、

確かめる事は出来なかったが。


 さて鳳介からの指摘の後、


「鳳介君の言う通りにしておけば、良かったよ」

「いや、俺がお前を信じて、キチンと話しておけばよかった……」


だが秋人は、


「説明をされても鳳介君の予想通り、おかしな行動をとっていたかもしれない」


ここで恵美は、


「俺は、この前の事は気にしてない。むしろ追い詰めて悪かったと思っている」

「修一……いや恵美さん……」

「結局は、俺が保身に走ったから悪いんだ……」


と暗い顔の恵美。なおもう正体が、バレているからか

二人の前では、本来の口調に戻っている。

本来と言っても、一人称か違うくらいだが。


「いや僕も同じ立場なら同じ事をしたよ。実際してるかな」


そう鎧の魔王の事である。鳳介も、


「俺も、秘密を抱えてるし、それを守るために嘘もつく。まあ、気にするな……」

「そう言ってくれれば気が楽だけどな」


と言いつつも、恵美は秋人に向かって、


「とにかく、俺はもう気にしてないから、お前も気にしないでくれ」


と言った。因みに気にしているのは秋人だけでなく、

発起人の蘭子とノリノリだった里美や瞳、真綾、

そして居住空間に入らなかった部長と愛梨以外は、この夜の事を気にしていた。


 とにかく、事実が分かり、その事を秋人や零也、鳳介と言った友人たちや、

周辺の人間たちも、受け入れてくれた事もあって、

普段に近い学校生活を送れるようになった。

ただ皆が皆、受け入れてくれるかは、分からないので、

あの日、知った人間以外には、話すつもりはない。





 ただ、恵美の身に、予想されていた事態が起きた。

その日は、朝から下腹部の痛みに悩まされる。


(ついに来たか……)


と心の中で思いつつ、着替える際に、ナプキンを付ける。

付け方は事前に調べていたものの、慣れないのでショーツを血で汚すこととなる。


 その後、登校し授業を受けるが、時々襲ってくる激しい腹痛に、

加えて吐気、倦怠感に苦しみ、あまり集中できない。

また出血量が多く、貧血気味でフラフラ。

昼休みに、秋人と鳳介と過ごすが、食事が全然、喉を通らない。


「大丈夫?」

「一応薬は飲んだんだけどな」


と言いつつ、昼休みは大人しく過ごすが、

午後の授業中は、痛みに耐えかねて、机の上に突っ伏す。

担当科目教師は、情報を共有しているから、


「保健室行くか?」

「いえ、大丈夫です……」


と返すが、まともに授業を受けられる状態には見えなかったが、

何だか知らないが、彼の病気である負けず嫌いが出て来て、

その後も授業を受け続けた。


 そして放課後、部活に出ようと、部室に来たが、

そこでも、体調の悪さから、机の上に突っ伏す。事情をしる部長は、


「今日はもう帰れ」

「大丈夫です……」


同じく事情を知る愛梨は、


「大丈夫じゃないっしょ、あーしも経験あるから分かるよ」


更に部長は


「そんなんじゃプラモは作れんだろ。とにかく今日は、早く帰れ」


と言った。恵美は渋々ながら、帰宅する事にした。


 おぼつかない足取りで、家に向かうが、その途中、限界を迎え、

意識を失った。次に目が覚めると、そこは自分の部屋だった。


「あれ、何で……」

「目が覚めた?」

「天海……どうして?」


蒼穹と里美は、一緒に下校していると、

偶然にも、おぼつかない足取りの恵美を見かけた。

なお、同じ家に向かっているのだから、

こういう偶然も、良く起きる事であるが、


「私たちの目の前で、ぶっ倒れるんだから、びっくりしたわよ」


家の近くだったので、二人で運んだという。

運ぶ際は、表玄関から入り、


「鍵は、勝手に使わせてもらったから」


恵美が持っている一階の居住空間への鍵で一階に入り、

自室のベッドまで運んだという。なお、恵美はパジャマ姿で、


「アンタ、水たまりに倒れ込んだから、悪いけど着替えさせてもらったわよ」


一緒にいた里美は、今濡れた服を洗濯しているという。


 この後、蒼穹は顔を赤くしながら


「それと、アンタ、ナプキンをちゃんとつけときなさい」


着替えさせた際に、恵美のショーツは真っ赤だったという。


「付けたつもりなんだけどな……」

「付けてないからああなったんでしょ。

だから……ショーツも着替えさせて……洗濯してるわ」


と恥ずかしそうに言いつつ、


「それより、アンタ、何で予備のショーツをあんなところに隠してるのよ

里美が見つけてくれたからよかったけど」

「見つけたのか!」


ショーツの交換だけでも恥ずかしかったが、隠し場所が見つかって、

余計に恥ずかしそうにする恵美。

なお里美は、ショーツを探す中、引き出しの上げ底から、

二重底に気づいたという。


「俺は、普段は男だから、女性下着を持っていたら変だろ」

「それもそうか……」


と蒼穹は言う。


 そして、恵美は申し訳なさげに


「済まないな、なんだか迷惑かけて……」


と言うと、蒼穹は、特に気にしてないという様子で、


「まあ、私も似たような経験があるから、一応、この前のお詫びもあるし……」


と言いつつ


「それにしても蘭子の言うとおりね。重い生理が来るって……」


「性転換」能力を持つ男が、女性になって元に戻れない間は、

必ず生理が来るというが、しかもそれがかなり重く、

要は、月経困難症が起きるという。なお機能性月経困難症である。

原因は、超能力に起因しているので、根本的な治療はなく、

鎮痛剤を飲んで、治まるのを待つしかない。

なお生理が治まり、数日たつと、男に戻れるようになるという。


 ここで、里美がやって来て、


「お目覚めですか」


と言いつつ、彼女はホットココアを持ってきていて、


「生理の時は、これがいいですよ」


と言って恵美に渡した。


「ありがと……」


一口飲み。


「うまいな……」


そして里美の方を見て、


「何から何まで、すまないな……」

「良いんですよ。私も重い生理は経験ありますし、

まあ、困った時はお互い様ですよ」


と言って笑うが、そんな里美を蒼穹は疑いの眼差しで見ていた。



 この前の一件は、蒼穹も、気に病んでいたが、

しかし、里美はそんな気配はない。

事あるごとに、修一の弱みを握ろうとしている人間だから、

この前の一件も、悪いとは思っていないと思われる。

そんな彼女が、親切な時は、絶対何かあるはずであり、

大方、借りでも作っておくつもりではないかと、

蒼穹は、思っていた。実際、その日は、調子は戻らず。

恵美は里美に、夕食の世話もしてもらう事となった。




 夕食後、二人は二階に戻ったのだが、里美は、


「これで、奴に借りを作れましたね」


意地の悪そうな笑みを浮かべる。蒼穹は呆れた顔で、


「アンタねぇ……またよからぬことを……」

「この状況は、二、三日は続くでしょうから、

この間に更に借りを作っておきましょうか」


と言って笑う里美に、ただ呆れる蒼穹で、


(そうはいっても、うまく行くかな)


先のイノの一件でも、うまく行かなかったわけで、

今回も、里美の思い通りにならないんじゃないかなと、

思う蒼穹であった。

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