第1話「桜井修一の日常」
1「教室にて」
それは、修一が引っ越してきた日の事である。
この時、修一は、普段はかけていないスマートグラス(度なし)をかけている
「こりゃ買い物だな」
修一は思い立って冷蔵庫の中を確認したのだが、中身はドリンク剤とビール、
あとお菓子が少々あるだけ、随分と寂しいものであった。
先に母親がこっちで暮らしているはずなのだが
(今日はちょうど食材が切れているだけなのか、
そういや、前に来た時もこんな感じだったな。
やっぱりこっちでも、家を空けがちなのか)
冷蔵庫の扉を閉め、出かけようと玄関に移動する途中、
ちょうどリビングに来た時だった。
「え?」
思わず、声が出た。
(誰?)
軽く混乱、今、修一の目の前に、少女がいる。凛々しい顔立ちだが、
同時に可愛らしさも感じて、ちょうど修一の好みのタイプである。
あと見知らぬと言いたいが
(でも、どっかで見たことあるような)
既視感があるので、全くの初対面というわけではないのだろうが、思い出せない。
しかし第三者いるというだけで驚きなのに、
修一を更に混乱させたのはその姿だった。
(つーか、何で?)
少女は、見たところ明らかに風呂上がりで、肩くらいまで届く髪が濡れていて、
首にはタオルかけていた。ただ全体的には、年頃の女子が、
絶対に男子に見せたくない格好をしていた。
「い……いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
少女は、悲鳴を上げ修一に向かって右手をかざした。
「!」
修一は、素早く左手をかざす。
次の瞬間、家中に爆発音が響き、リビングは煙に包まれた
これが、この街で彼を襲った最初のトラブルであり、
その少女、
数週間後、いろんな出来事があった。トラブルもあって、
かなり危ない事あったが、うまく乗り越えてきた。ただ基本的には、
ごく普通な日々が続いていた。
そして新しい環境にも慣れ、友人もできた。
「一般的な魔法は、呪文を詠唱して発動させるけど、ルーン魔法は、
ルーン文字が書かれた石か札を準備して、念じるだけで詠唱が必要ないんだ。
レパートリーは少ないけど、他にも機械式魔法と言うのもあって……」
学校の教室、休み時間、その少年は修一に、魔法について話をしていた。
少年は、修一の同級生で、同い年であるが見た目は修一と比べ小柄で顔も幼いので、
一見、年下にみえ、あと顔は可愛らしく、少女のように見える。
「魔法にも色々あるんだな」
話のきっかけは、休み時間のちょっとした雑談の中で
修一が魔法に興味を示したからである。
「興味があるなら、修一君も、魔法どうかな、まだ目覚めてないんでしょ?」
「まあ……な……」
修一は僅かに、気まずそうな表情を見せる
「どうしたの?」
「何でもない、何でも……」
「なら良いけど……」
そう言うと少年は、掛けている眼鏡を治しつつ
「それより、目覚めてからだと、大変だよ。魔法を習得したら力が失われるから、
迷うだろうし、それに力によっては魔法を習得できなくなる場合もあるらしいし」
「魔法と超能力は相いれないってことか」
「基本的にはね、もちろん例外はあるよ。でも実用的な魔法を使うとなると
超能力は失われる」
「そうか、まあ魔法の事は考えとくよ。
少年の名は、有間秋人。この街で生まれ育った少年で、
修一がこの街で出来た最初の友達。
そして魔法使いである。
この街の住人は、超能力や魔法など、特別な力を持つ人間がほとんどである。
ここで生まれた者は当然ながら、あとから街にやって来た人間も、
長く住めば、いずれ何だかの力、少なくとも超能力は自然と身に着く。
なお桜井修一は、この街に来たばかりなので、
表向き、現時点では無能力者という事になっている。
さて秋人との会話に区切りがついたタイミングで
「桜井修一君」
と、一人の少女が修一に声をかけてきた。次の瞬間、修一は、緊張感に襲われた。
彼女の前ではいつも、こんな感じ
「木之瀬……」
木之瀬蘭子、修一のクラスメイトであり、この街の名家の娘、
つまりお嬢様である。
そしてクラスで一番、あるいは学年、もしかしたら学校全体でみても、
トップクラスの美人じゃないかと、修一は思っていた。
長く、整っていて綺麗な黒髪。そして妖艶さを感じる目つきと口元、
とにかく美しいとしか言えない顔立ち、更に、その立ち振る舞いは淑やかである。
その上、文武両道。故に、クラスの人気者で、取り巻き連中が多く、
この街に来たばかりの修一は詳しくは知らないが、学外でも有名人との事。
蘭子に声をかけられ、彼女の方を向いた時、修一には風も吹いていないのに、
彼女の綺麗な髪がなびいているように見えた。
「桜井君は、休日はどうしてます?」
すると、教室がざわめき、多くの生徒、すなわち彼女の取り巻きの視線が、
修一の方へと向けられた。
(視線が痛い……)
と思いつつも、返答しないと事が終わらないので
「休日……家で、ネットか、ゲーム、それと読書に、あとお菓子作り」
すると、秋人が驚いた様子で
「えっ、修一君ってお菓子作りするの?」
「ああ、チーズケーキ系とか、生パウンドとか」
一方、話を振ってきた蘭子は、特に表情を変えず、穏やかな口調で
「そうですか、ありがとうございます」
そう言って、背を向け立ち去って行った。
修一には、彼女のしぐさが妙に優雅に見えた。
(なんだったんだ……)
立ち去る蘭子を見ながら、修一はそんな事を思った。
修一が、蘭子を初めて見たのは入学前、入試の為に、この街に初めて来たときの事。
到着時間が昼時だったから、駅構内にある立ち食いソバの店で、
きつね蕎麦に、コロッケと温泉卵と追加したものを食べていたのであるが、
そこに蘭子がやって来て、てんぷら蕎麦を注文した。
見るからに淑やかなお嬢様という感じであったが、
裏腹に、注文した天そばを、豪快に平らげたのである。それを見ていた修一は、
(何だか似合わねえ)
と思った。蘭子は時折、お嬢様らしからぬ行動をとることがある。
実の所、修一は彼女の事が苦手である。
取り巻き連中の視線が痛いという事もあるが、
それ以前に、彼女から感じる高貴な雰囲気故に、どうも近寄りがたく、
側にいると緊張する。加えて、少し前に起きた出来事もあって、
彼女とは距離を置きたかった。
しかし、その出来事以降、頻繁ではないものの、
定期的、二言三言で済む会話ばかりであるが、
彼女は修一に声をかけて来るようになっていた。
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