2「大蛇」

 市内に、森のような場所がある。街中にポツンとよく茂った森があるから

何気に目立つ。そして周囲は沼地で、森があって、

周りに沼があるように見えるが、

この森は実は沼地に浮かぶ浮島なのである。

「浮島植物群落」として、国の天然記念物に指定されている。

規模が大きく木々生えていると言うだけでも珍しいが、

加えて、寒冷でしか生えないような植物から、

逆に、暖地の植物までが混生していると言う植物学的に

極めて珍しい場所と言う事もある。


 そして、この場所は、この街に、ゲートが出現以前から存在していて、

周囲は、ゲートによって変化してしまったが、

ここは、まったく変化が無く、昔の姿を現在まで保っている場所の一つである。


 さて秋人の言う「浮島」とは、ここの事である。

とある日曜日、二人でそこに向かったのだが、


「………」

「………」


途中で、天海蒼穹と黒神里美と出くわした。

この二人は、偶然にも、浮島に行くと言う。


「なんで、アンタ、浮島に行くの?」

「秋人から誘われて、それに興味もあるし」


ここで秋人が申し訳なさげに、


「何かすいませんね」


と言うが、修一は、


「いや謝る必要はないと思うぞ」

「でも、何となく申し訳ない気がして……」


ここで修一は、蒼穹と里美に、


「つーか、『浮島』って場所は、行くのに、お前らに、

イチイチ、お伺いを立てなきゃならんのか」


すると蒼穹たちの方が、気まずそうに、


「そういう訳じゃないけどさあ」


と目線を逸らしながら言う。


 ここで修一は聞く。


「ところで、お前らは何で?」


すると里美が、


「フィールドワークです」

「フィールドワーク?」


修一が言うと、すると秋人が思い立ったように、


「観光ガイドのボランティアの準備ですか?」

「そうです」


と答える里美、ここで修一が、


「観光ガイド?」

「学生ボランティアの一つだよ。僕も、毎年、やってるんだけどね」

「そうなんだ。」

「零也君も、鳳介君もしてるよ。修一君もどう?」


と誘われたが、


「俺、この街来たばかりだぞ。俺の方がガイドしてもらいたいよ」


すると秋人は笑いながら、


「それもそうだったね」


と言う。


 そんなこんなで、四人は一緒に浮島へとやって来たのであるが、

浮島の側にある広場が、妙に騒がしかった。


「何事だろ」


修一達は、気にしつつも、受付へと向かった。

天然記念物である浮島には専用通路があり、安い入場料を払って、

中に入り観光することができる。

ゲートの影響で、街が変化し、観光スポットが増えていくこの街だが、

魔法街近くの神社や、メイと一緒に行った滝と同じ様に、

逆に変わらないが故の神秘さが人を引き付け、今でも人気の観光スポットである。


 しかし、その受付のある管理事務所には、立ち入り禁止との看板があった。


「どうしたんだろ……」


秋人が、受付の人に聞くと、


「何でも、大蛇を見たって言う通報が市にあってね。」

「「「「大蛇!」」」」


と声を上げる4人であったが、修一を除く3人の声はひときわ大きかった。


「それで、調査を行うから暫くは、安全の為に立ち入り禁止なんです」


妙に騒がしかったのは、その調査と、

それを見るための野次馬が集まっていたからであった。

丁度、ここで、


「あれ、アンタ達」

「マリーナさん……」


そこには、マリーナの姿が、今日はオレンジ色のベストと帽子をかぶっていた。


「今日は、猟友会として来てるんですね」


 さて、冒険者ギルドの正式名は猟友会S市支部だが、

冒険者が関わる時は、冒険者ギルド、猟師が関わる時は猟友会と分けられている。

彼女は、今は、調査中だが、本当に「大蛇」が現れた時の為の、

駆除又は捕獲のために駆り出されたと言う。


「なんせ相手が『大蛇』でしょう。獣なのか魔獣なのか、はっきりしないから、

どちらにも対応できる私が駆り出されたわけ」


冒険者登録は、魔獣専門の狩猟免許みたいなもので、

未成年でも取得できるが、魔獣しか狩れないのである。

普通の獣を狩るには、狩猟免許が必要で、こちらは取得には年齢制限がある。

ただ狩猟免許は、冒険者登録の上位扱いなので、

獣はもちろん魔獣を狩る事も可能である。しかし狩猟が出来ても、

魔獣を狩れるかは、別である。

マリーナは、冒険者として活躍し、その後、狩猟免許を習得し、

猟師しても活躍しているので、獣と魔獣の両方に対応できるのである。


 結局、浮島には入れず、他の野次馬と一緒に、状況を見守る修一達


「やっぱり魔獣なのか?」

「確かに巨大なヘビ型魔獣はいるよ。

この前、異界で見たバジリクスの上級型とかね」


この前、修一達が出くわしたバジリクスは、超下級で、上級となると

かなり巨大である。


「まあ魔獣じゃなくて、アナコンダ見たいな大蛇かもしれないよ」

「だとしたらペットで買っていた奴が逃げ出したとか?」


すると蒼穹が、


「そうとも限らないわよ。ゲートから普通の動物が現れる事だってあるんだから」


里美が、


「異世界にも、この世界と同じ動物は生息してますからね。

中には、モアやドードー鳥のように絶滅動物が現れたケースもあるんですから」


近隣の動物園では、ゲートからやって来たそういう動物たちを保護し、

繁殖に成功させていると言う。


 更に里美は


「それにしても浮島に大蛇とは、まさに『おいの伝説』ですね」

「おいの伝説?」


と修一が聞くと


「そこに像があるでしょう」


里美が指さした方には、ヘビを可愛がっている少女の像と

石碑があった。そして、里美が、伝説の話をしようとすると


「僕が話すよ」


と言って秋人が話し始める。


「昔々、おいのと言う美しい娘がいて……」


おいのは父親と共に、浮島に薪を取りに来ていたところ、

お昼になって、お弁当の箸を忘れた事に気づいた。

そこで枝を橋の代わりにしようとして、

おいのは探しに行くも、なかなか戻ってこないので、

父親が、おいのを探しに行くと、

彼女が大蛇に呑まれるところに、遭遇する。


「……父親が助けようとしたけど叶わず。

おいのを吞み込んだ大蛇は蛇の穴と呼ばれる、

底なしの井戸に姿を消しました」


話しを終える秋人。


 そして話を聞いた修一は


(そういう事か、それでイノさんを『おいの』って呼ぶことに、

抵抗があるのか)


大蛇に食われた少女の名前であるから、不吉と言えなくもない。

とは言え、


(たしかに木之瀬の言うとおり、気にしすぎだな……)


そうは思うが、この大蛇騒動があっては、余計に気になるだろう。加えて


(あっ!)


修一は、野次馬の中に、イノの姿を、見つけてしまった。

実は彼女はこの辺に住んでいるのでいてもおかしくないのだが、


(ここで、彼女を見たら、余計に気になるだろうな)


それで苦しむならば、友人としては忍びないので、


「今日は、もう『浮島』に入れそうにないし、

この近くに、上手いケーキ屋があるからさあ」

「もしかしてシルフィさんのバイト先の」

「そう『Kinder- und Hausmärchen』」


異界帰りの打ち上げの際に、シルフィがケーキ屋でバイトしているのは聞いていた。

ただ修一は、そのケーキ屋になんどか言った事があるが、会ったことが無かった。


「とにかく、そこに行こうぜ。確かイートインも出来るはずだし」

「いいけど、どうしたの急に?」

「別にいいだろ。無性に、あの店のシュークリームと、

ロールケーキが食いたいんだよ!」


とにかく、イノと秋人を、会わせたくなくて、

修一は半ば強引に、秋人と共に、この場を離れ、ケーキ屋へと向かった。


「何で、お前らも付いて来るんだ?」


どういう訳か、蒼穹と里美もやって来た。


「私たちも、無性に食べたくなっちゃったのよ。悪い?」


との事。


 そのケーキ屋は、店名「Kinder- und Hausmärchen」という

グリム童話集の正式タイトルから取っているように、

それをイメージした店である。


 ケーキ屋入ると、


「いらっしゃいませ!って、アキト君、シュウイチ君に、

ソラさんにサトミさんまで」


そこには、シルフィの姿があった。

彼女はシャツにエプロン言う格好をしている。指輪のペンダントは

服の下に隠している


「今日は、何か?」


4人の内、3人が、「異界」でパーティーを組んだ冒険者なので、

何かあると、思われたようだった。

修一は、


「ロールケーキとシュークリームを買いに来ただけだけど、」

「そう言えば、時々、買いに来てくれるんでしたね。

丁度、私のシフト外みたいですけど、あとソラさんも……」


打ち上げの席で、修一はケーキ屋には時々行くが、

シルフィと会ったことが無いと言う話をしていた。

しかも蒼穹も同様だと言う。その席で功美から、


「時間は違うみたいだけど、実は、同じ日にケーキを買いに行ってたりして」


と言われ、蒼穹は何とも言えない表情をした。

一方の里美は、ケーキを買いに行く度に、彼女とよく会うらしく、

親しくなるきっかけとなっている。


 さて、ケーキの注文である


「シュークリームに、ロールケーキと、あっナポレオンがあるな」


ナポレオンケーキは、ミルフィーユと同一視されるが、

この店のは、サクサクのパイ生地の上に

スポンジケーキを乗せたようなケーキである。なお上にはイチゴが乗っている。

ちなみにこの店には、別個にミルフィーユが売っている。

なおナポレオンケーキは、日替わりケーキの一つなのか、

店では、常時、売っていない。修一はこのケーキも好きで、これも頼んだ。


 そしてイートインだが、込み具合の関係で


「………」


修一達は、蒼穹たちと相席に、その上、全員ロールケーキとシュークリームは

一緒で会ったが、三番目のケーキは、秋人は、チーズズコット

里美は、ガトーショコラ、そして修一はナポレオンであったが、

蒼穹もナポレオンだった。


「何で、アンタまで同じなのよ。」

「先に注文したのは俺だけどな」


なお蒼穹は、ナポレオンケーキが大好きであった。


 修一とお揃いになった影響なのか、何とも言えない雰囲気の中、里美が、


「それにしても『浮島』の調査は大変でしょうね。

あそこはサーチ系統が使えませんからね」

「そうなのか?」


と修一が、ロールケーキを食べながら聞くと、


「ええ、魔法、超能力、超科学問わずに、

いわば、天然のサーチ除けになっていると言いますか、

聞くところによれば、軍用の強力な物もダメだと聞きます。

理由は定かではないのですか」


そうなれば直に調査するしかないが、それも問題がある。


「あそこは天然記念物ですからね。手が出せないんですよ」

 

もちろん文化財保護法に抵触するからである。

もしサーチが使えれば、直に触れるわけではないから、

問題なく調査ができるはずなのだが、

それができないとなると目視による調査が関の山と言った所。

ドローンも可能であるが、制御不能になった時の事を考えると難しい。


「それじゃあ、本当にいたとしても、分からないんじゃ」


修一が言うと、里美が、


「ですから、魔法による誘き寄せをするのではないでしょうか?」


魔獣にせよ動物にせよ、誘き寄せる魔法は無い訳じゃない。しかし秋人は、


「それだって、上手く行くかどうか。そういう魔法は、

周囲の状況に、影響されやすいからね」


更に秋人は心配そうに


「もし、魔獣だったら、『浮島』は、ただじゃすまないよ。

それに人的被害だって……」


この時、修一は、秋人が、一番心配しているのは、

イノの事じゃないかと思った。


 さてケーキを食べ終わると、蒼穹と里美は、

「浮島」にはいけなかったが、他にも行く場所はあるとの事で、去って行き、


「今日の所は、もう帰るか」


と二人は帰路についた。


 さて「浮島」の件は、地方紙に載っていたが、

誘き寄せの魔法でも、何も引っかからず、

ソナーによる沼の探査も行なわれたが、なにも分からなかったと言う。

この話を秋人に話すと、ソナーについては


「使ったのは、超科学や魔法も関わってない。ごく普通のソナーだよ。

それじゃないとあそこじゃ使えないからね。

でも一部の魔獣は、引っかからない場合があるよ」


と言われた。秋人は気にしている素振りを見せていた。


 後日、買い物帰り、修一は「浮島」の前を通った。

管理事務所前には、立ち入り禁止と言う看板がある。

地方紙にも当面の立ち入りを禁止する事が書かれていた。


(サーチが使えないか……そういや、シューターが解放されて、

俺、サーチが使えるんだったな)


試しに使ってみる。すると目の前が真っ暗になった。


(何も見えないか……)


だが次の瞬間


「うわぁぁぁぁ!」


思わず声を上げてしまった。


 確かに何も見えなかった。でも感じたのだ。沼の底から、

しかも大きなものを。もう一度、使ってみたが、次は、何も感じなかった。

でも気のせいじゃない。確かにはっきりと感じたのだ。


(沼の中に、何かがいる!)


沼の方をじっと見つめる修一。




 夜遅く、『浮島』の近くにイノの姿があった。

彼女は沼の周辺に貼られてある垣根の前に立つ。

そこからは沼の様子が見え、周りを確認した後、沼に向かって、


「出ておいで」


と言った。すると沼の中から巨大なヘビが姿を見せた。

イノは、それを見ても、逃げたりはせずに、愛おしそうに、

見つめるのであった。

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