8「蒼穹と里美がいる理由」

 夜遅くに、蒼穹と里美は、ベランダに出て、洗濯物を取り込んでいた。

その日は、お風呂に入ろうと服を脱ごうとした時に、洗濯物の事を思い出した。

そう取り込むのを忘れていたのである


「私とした事が、取り込むのを忘れるとは」


と言いながら取り込む里美に対し、


「………」


と蒼穹は無言である。なぜなら、いつもの事だからだ。

一人暮らしをしている時は、洗濯物を干しっぱなしにして、

夜に気付けばいい方で、酷い時は、あの日曜日の様に、昼過ぎまで、

放ったままと言うのはよくある事。ただ、そんな事を口にしようものなら、

説教されることは確実なので、何も言わない。


 そして、洗濯を取り込み終えようとしていた時、

里美が、ベランダから下の方を見ながら、


「あれは?」


と言った。


「どうしたの?」


蒼穹が聞くと、


「いえ、別に」


と返してくるが、何処か様子がおかしかった。その後、洗濯物を取り込み終えると、


「ちょっと出かけてきます」


と言い出したのである。


「こんな時間に?!」


と思わず声を上げてしまう蒼穹、それもそうである里美は真面目一辺倒で、

門限にも厳しいし、急な買い物で、遅い時間でないものの、

夜に出かける事に苦言を言うくらい。

とにかく、こんな夜遅くに出かける人間ではないのである。


「どうして?」


と聞くも、


「いえちょっと……」


と言って言葉を濁すのである。理由があるならまだしも、

これでは、普段の彼女を知る身としては、怪しいと思ってしまう訳で


「いいけど、私も付いていくわよ」

「それはちょっと、それにもう遅い時間ですよ」

「なに?自分は良くて、私は駄目なわけ?」


気まずそうにする里美。結局強引に着いていく形で、

二人は一緒に、出掛ける事になった。


 しかし、いざ出かけたものの、


「どこに行くの?」


と聞いたところで、里美は無言で、教えてくれない。

そうこうしていると、


「ここって、『浮島』の近くよね?」

「………」

「もういい加減、教えてくれても良いんじゃない」


と言うと、急に里美は、足を止め、


「こちらへ」


と言って腕を引っ張って、物陰へと隠れる。


「どうしたのよ。全く……」


里美は、物陰に隠れながら、何かを見ていた。

蒼穹も気になって、里美が見ている方を見た。

そこには、街灯の明かりの元に、三人の人影を見た。


(あれは、有間君よね。一緒にいる女の子は初めて見るけど、

あとは、桜井修一……アレ?なんか違うような……)


彼女の目には、残りの一人が、修一の様で違うように見えた。


(まさか、里美は……)


思い立った蒼穹は


「もしかして、桜井修一が出かけたのをベランダから見て、後を追ったんじゃ」

「!」


里美の体がブルっとなる。


「その様子だと、図星の様ね」


すると里美は、小さめの声で


「あの男が気になって出かけたのは事実ですが。

心配だからとか、そういうのではございません。

この様な時間に出かけると言う事は、何かあります。

もしかした奴の弱みを握れるかもしれない」

「弱みって……」


話しを聞いて、何とも言えない表情をする蒼穹。


 里美が、修一と思われる人物が出かけるのを見て、サーチを軽く使い、

瞬時に気配を捕捉した。しかし軽いので、誘導弾は使えないし、

具体的な場所は分からず、どうにか追跡できる程度。

でも軽く故に、本格的に使う時とは違い移動することができる。

更に以前の対戦で一度補足した影響あって、軽くではあるが直ぐに捕捉できた。

なお、当初、蒼穹に隠したのは、修一を追いかけて出かけると聞いて

おかしな勘繰りをされたくなかったとの事。


「別にそんなこと思わないわよ」


里美が、修一に気が無いのは、分かっている。むしろ、敵対心があるほどだ


(むしろ、闇討ちを疑うわね)


いずれにしても、勘繰りをするには違いない事であった。


 さてその後も様子を伺っていたが、突如、声を掛けられる。

それは、女性の声で、二人にとって初めて聞く声だった


「そこの二人、出てこい!」

「「!」」


バレたかと思った。


「まだわかりませんよ……」


と里美が言うも


「物陰に二人隠れているのは、分かってるんだ!」


どうやら自分たちの事の様である。


「もしかしたらサーチを使われたのかもしれません」


このまま、逃げる事も出来たが。


「望み通り、出て行きましょう」


と言う里美、どうやら彼女は打って出る気らしい。

蒼穹は、何かしかねない里美が心配で、付いていくことにする。


 二人が物陰から出ると、


「出てきたな、さあ、こっちに……」

(えっ)


最初、蒼穹は、声の主は二人と一緒にいる見知らぬ少女のものだと、思っていた。

しかし、実際は桜井修一と思われる人物が発しているようだった。






 一方、トヨを呼び出す前に、人が居ないかサーチを使うイノ。

ただサーチが通じない「浮島」に隠れられていたら意味ないが

こんな時間に、しかも今、終日立ち入り禁止の「浮島」にいるのは

おかしな話だが、その辺は考えない。しかし実際に行ってみると


「近くに二人いますね」

「二人も」


と言う恵美。近くの建物の物陰に隠れて、

しかもこっちを見ている可能性が有ると言う。話しを聞いた秋人は、


「少し様子を見ようか?」


と言う事で、しばらく様子見をして、イノが再度サーチを使ったのだが


「やっぱりこっちを見てますね」


すると秋人は、困り顔で、


「どうする今日は、やめとく?」


と言うが、恵美は、


「もしかしたら、ブローカーの仲間かも」


険しい顔で言う。


「だったら、余計に今日はやめといたほうが良いね」


と言う秋人に対し、恵美は、


「いやこっちから打って出る」

「えっ?」


この後、イノに二人がいる場所を聞くと、


「そこの二人、出てこい!」


と呼びかける。


「「ちょっと恵美さん!」」


と恵美の行動に困惑した様子の秋人とイノ。


 恵美はと言うと、呼びかける事で、状況を変えるつもりだった。


(もし見てる奴らが、好奇心なら、びっくりして逃げるだろう。

よからぬ事情が有るなら襲って来るだろうが、その時は返り討ちにしてやる)


恵美には返り討ちにする自信はあった。

もっともブローカーの関係者でも同じだろう。


(ブローカー連中なら、捕まえて、仲間たちの事を吐かせて、乗り込んでやる)


そしてイノが二度と襲われない様に、手を打つつもりだった。


 しかし物陰から現れ、こちら向かってきた人物を見て、


「えっ、天海さんに、黒神さん?」


予想外に人物に驚く秋人。


「アマミさんって、アマミソラさんですか。よくキノセさんが話している」


と言うイノ。


「なんで……」


と秋人と同じく、驚いたような顔をする恵美。

しかし向こうも、恵美の顔をみて、驚いたような顔で


「桜井修一じゃない。誰です貴女?確かに家から出てきたのは確認しましたが」

「アタシは、桜井恵美、修一の従姉、此処に来る前に、修一の家に寄ってた」


と言った後、


「アンタ達の事も修一から聞いてる。それより、何でこんな所に」


すると里美は、


「それよりも、貴方たち、何でこんな時間に、こんな所にいるんです」


自分たちの事は棚上げにしてるものの、里美は持ち前の

押しが強さで聞いてきたので、恵美は、どうにか誤魔化そうして抵抗したものの、


「わかりました。話します」


とイノが根を上げて、秋人も


「黒神さんと天海さんなら大丈夫だよ」


言う事もあって、全てを話した。


 当然、


「貴女、何という事を!」


と怒られはしたが、この世界に来たばかりで、

事情も分かっていなかったと言う事も、鑑みて


「まあ、騒動に成ってますが、

まだ『浮島』自体には問題は起きていないようですから、

さっさと使い魔を引き取ってください。

ここ武士の情けで、黙っていてあげますから」

「ありがとうございます」


と頭を下げ、念のため再度サーチをして人が居ないのを確認、

トヨを呼び出し、一つ目の魔法は、失敗。二つ目の魔法で成功させる。


 そして改めて、秋人は、二人がここに居るか聞く。


「それはですね……」


気まずそうにする里美。


「こっちはイノさんが話したんだ。そっちも話せよ」


今度は、恵美が里美に、強い押しで言う。そして里美は


「わかりました……」


ここで里美が、ここに来た理由を話した。聞き終わると、


「弱みを握るって……」


引き気味の秋人とイノ、蒼穹は、どこか焦り気味に


「私はそう言うんじゃないから、

普段こんな時間に出かけない里美が心配だっただけだから」


恵美は、呆れ顔で


「残念だったな。今、修一は、家にいるよ。手が離せない用事でね。

だからアタシはここに居る」


と言った。


「そうですか……」


と残念そうに言う里美。


 取り敢えず、目的は達成されたので、

イノは用意していたケージに小さな白い蛇となったトヨを入れる。


「それじゃあ、帰りますね」

「送るよ。これから一週間は、君は丸腰同然なんだから」


と恵美が言い、更に秋人も、


「僕も一緒に行くよ」


と言い、更に蒼穹たちも付いて来る形で、イノを家まで送った。

家に着くと、


「ありがとうございます」


と言ってイノは頭を下げた後、家に入っていった。


 この後、みんな帰路についた。その際に、


「これで大蛇騒動も解決でしょうか」


と里美は言ったが、恵美と秋人は険しい顔をしていた。

まだ終わってはいないからだ。使い魔のブローカー連中、

コイツらをどうにかしないと、問題は解決したとは言えない。

しかも、効果があったのが、副作用のある二つ目の魔法だったのだから、

一週間は、イノが危険と言う状況なのだ。


(とにかくこの一週間が山だな)


と思う恵美であった。

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