2「クエスト準備」

 土曜日、学校は休みのその日、ゲーム内、「始まりの町」の広場で、

修一ことユウトは、鳳介と待ち合わせをしていた。

仮想現実と言うのは普通じゃないかもしれないが、

ネトゲーで、ゲーム内で待ち合わせ、一緒に遊ぶのは、ごく普通な事。


(普通っていいよな)


と思いつつ、彼は待っていた。

 

 やがて、鳳介のキャラクターが現れた。名前も、苗字は入れてないが、

本名そのままで、キャラエディットも、画像を取り込む機能を使ったのか、

見た目は本人そのままだった。服装も初期衣装の一つで、

村人Aと言う感じのモブっぽい衣装である。

 

 やって来た鳳介は、


「お前が桜井なのか?」


と聞いてきた。一応事前に、自分のキャラクター名と、

風貌がどんな姿をしているかは、教えていた。


「そうだが、ここじゃあ、本名は禁句。ユウトって呼んでくれ」


これは、修一がと言うよりも、ゲーム内でのマナーである。

鳳介はゲーマーとはいえ、この手のネトゲーは完全な初心者で、

そういう事には疎いのである。


 更に鳳介は、


「それにしても、何で違う見た目にしてるんだ?

画像を取り込めば、現実に近い見た目にできるはずだろ」


と言ってきたので、


「俺は、ネトゲーじゃあ、普段とは別人になって楽しむことにしてるんだ。

だから、現実からはできるだけ違う見た目にするし、

今は男だけど、場合によったら性別も変更する」


これが、修一のプレイスタイルである。


「ここじゃ、僕は、弱気な戦士ってことにしてるから。

君はキャラ名も『鳳介』ってしてるみたいだから、

鳳介君って呼ばせてもらうよ」


と口調も変える。そもそも声も変わっている


 鳳介は、表情を変えることなく、


「そうか……」


と言いつつも、


「俺は、そのままで行かせてもらう……」


見た目だけでなく、声も変更せずにそのままである。


「とりあえず、初心者って事だけど、ステータスを見せてよ?」

「分かった……」


その後、特に何もないので、


「あの、公開しないと分からないんだけど……」


このゲームではステータスを開いただけでは、本人には見えるが

他人には見えない。見せるには、公開と言うのをしなければならない。


「ああ、これだな」


本人だけに見えるステータス画面の端に、「公開」のボタンがある。

そこを押すと、ステータス画面が他人に見える形で表示されるが、

押してる間だけと言う事は、鳳介は知らないので、直ぐに離してしまい。

ユウトが確認する前に画面が消えてしまう。


「僕が確認するまで、ボタンを押しといて」


鳳介はゲーマーであるが、このゲームでは初心者中の初心者である。


 さて、ステータスを確認するユウト、


「職業は武闘家、レベルは1か、武装もなしか」


現実でも、武闘家だから、「そのままで」というのは、こういうところにも

反映されているようだった。


「まだ買い物とかはしてないね?」


ゲーム開始時に、お金は支給されるので、

これで、初期の武装を買いそろえる必要がある。


「ああ……」

「それじゃあ、まずは買い物だね」


と言ったところで、


(なんだか、異界に入るときの俺みたいだな。

今の俺はあの時の秋人みたいだ)


と以前に異界に行ったことも思い出す。


(意識してるわけじゃないけど、キャラも秋人っぽいな)


そもそも、NVRLIMIで始めたのは最近だが、ゲーム自体は、

パソコンで、彼と出会う前、中学のころから遊んでいる。

ただ受験勉強があったので、一年ほどブランクがあるが。

 

 鳳介は武闘家なので、必要な装備は、拳につけるガントレットと、

足につけるソルレット、これらは防具とだけでなく、

手足による攻撃力の増加という効果もあり、

いわゆる武器としての役目もある。

体につける防具は、 動きやすさ重視するため軽装になる。

とりあえず、ショップに行って初期武装として、これらを購入する。


「まあ、こんなところでいいかな」


ユウトは自分の持ちうる、知識を総動員して、限られたお金で、

それなりにいい武装を、コーディネートした。


「次は、クエストをこなして、レベルを上げる必要があるね」

「そうなのか……」

「ある程度、レベルを上げたら、道場に行って技を覚えよう」


敵と戦って、勝てば、経験値が入ってレベルが上がるが、

強化されるのは身体能力のみ、まれに「スキル」が、手に入る場合があるが、

技とか、魔法とかは、基本的に道場や、秘伝書や魔法書というアイテムでレベルに、合わせたもの覚えなければならない。ただ、魔法書は簡単に手に入るが、

武術の技、「アーツ」を覚えるための秘伝書は手に入れるのが容易ではない。

だから、道場というのが手っ取り早い。


「とにかく、モンスター討伐で、レベル上げかな、

ギルドに行って依頼を受けよう。まあ、フィールドに出て、

適当にモンスターを倒すこともできるけど……」


 なおギルドで依頼を受けた場合は、報酬が手に入る。

そうでなくとも、モンスターから素材を得ることができるので、

それをお金に変えることもできる。


 ただ、フィールドを適当にうろついた場合、

弱いモンスターの出る地域でも強力なモンスターが現れる場合があり、

初心者向けの罠みたいなところがある。

なおギルドで依頼を受けた場合、指定された場所では、

そういう場合が無い訳じゃ無いが、比較的少ない。


 とにかく、ユウトは鳳介を連れて、冒険者ギルドに向かった。



「あっ、ユウト君」


冒険者ギルドには、ベルの姿があった。


「ベルさん、奇遇ですね」


すると、鳳介は、


「知り合いか?」

「この人は、ベルさん。ゲームを始めたのが同時期で、

よく一緒に、冒険に行くんだ」


そしてユウトはベルに鳳介の事を紹介する。


「こっちは、僕の友人の鳳介君で、初心者だから、手伝ってあげてるんだ」


そしてベルは、


「よろしく」


と言い、鳳介は、


「こちらこそ……」


と言いつつも、鳳介は彼女をじっと見つめた後、


「お前、もしかして、木之瀬蘭子か?」


と言った。


「!」


 ユウトこと修一は、この前、話をした時に、

そんな気がしたから、そのこと自体に驚きはしない。

まあ世間は広いようで狭いと言う気はしたが、

ただ、鳳介がこの状況で見破ったというのが、驚きであった。

するとベルは、いじわる気な笑みを浮かべると、

右手の人差し指を立てて、鳳介の口元に持ってくると、


「ここでは、リアルの話は禁句ですよ」


と言った。すると鳳介は


「すまない……」


と答えると、ベルは笑みを浮かべたまま、


「よろしい」


と言った後、


「私も、新人教育のお手伝いをしましょう」


と言い出し、一緒に冒険に行くことになった。


 さて、最初のクエストは、


「やっぱり、初心者向けは、ゴブリンだな」

「定番ですね」


とベルも賛同する。ここで、鳳介は


「俺は、よくわからないから、そっちに任せる」


と言ったのち、真剣な表情で、


「だけどゴブリンを舐めてはいけない……」


と言い出した。


「俺は、修業で異界に行くが、そこで戦ったゴブリンは、

確かに体は脆弱だが、知恵は働く。

ちょっとでも油断したら、死んでいた……」


それは現実の話で、ここはあくまでも、ゲームの世界である。

しかしながら、


「確かに、ゴブリンには初心者殺しなところがありますからね。

慎重にいく必要はあるでしょう」


と言いつつも、


「ですか、初心者の一番の敵は、何かご存じですか?」

「いいや……」

「それは、優しげにやって来る先輩たちですよ。

ああいう連中の中には、初心者狩りがいますからね。

まあ、今回は、リアルのお友達ですから、そういう心配はないでしょうが」


と言いつつも、


「ただ私も、ユウト君も、実際に遭遇しましたし」


鳳介は、ユウトの方を見て、


「そうなのか……?」


ユウトは暗い顔で、


「まあね……」


とだけ答える。


「ユウト君のゲームセンスは、中々でしたから、初期装備同然の中、

自分たちよりも、装備もレベルも高い連中を、見事倒したんです。

私が、このキャラクターの本気を出すまでもありませんでしたよ」


すでに述べた通りベルこと、木之瀬蘭子は、当時初心者だったが、

キャラは受け継いだものなので、高レベルであった。

なお、ユウトとこと修一のゲームセンスをほめているが、

蘭子のゲームセンスも中々なもので、

ゲーム開始時から熟練プレーヤーも同然だった。


 さてユウトは、この初心者狩りの話を切り上げたかったので、


「さっさと、クエスト決めて出発しよう」


と言い出し、結局、ゴブリン退治をすることに、そしてクエストを受注した後、


「依頼の場所までは、フィールドを移動して行くこともできるけど、

ギルドから転移ゲートで行くこともできるから、そっちを使おう」


歩いていく場合は、レベル上げや、特殊なイベント以外に

利点はなく、予想外の強敵と出くわして、

目的地に中々向かえないと言う事もあるから、

初心者は、こっちを使った方がいい。


 早速、三人は転移ゲートで、目的地に向かう。

そこは、岩山の洞窟であった。鳳介は、


「確かに。ゴブリンのいそうな場所だ……」


と納得気に言った。異界にいるリアルのゴブリンもこういうところに住んでいる。


 三人は、突入準備をする。ユウトは銃士なので、

魔法銃をアイテムボックス取り出す。


「銃弾は……十分だね」


一応、鳳介と買い物に行ったときに、すでに弾の事は確認していて、

予備に弾を買っているが、念のための最終確認である。


 ベルは剣を装備し、鞘から抜いて軽く振ってみる。


「これでいいでしょう」


と言って、鞘にしまった。


 そして鳳介は、武闘家だから、ガントレットとソルレットが武器替わりで、

更に軽く体を動かして、


「少し違和感があるが、まあいいだろう……」


加えて、三人とも、回復薬等の最終確認も行う。


 それらが終わると、


「さあ行こうか」


とユウトが言って、三人は洞窟へと入って行った。

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