第2話「天海蒼穹の休日」

1「天海蒼穹の日曜」

 天海蒼穹が、3月の頃から諸事情につき桜井家に2階を間借りすることとなった。

修一の家は二世帯住宅として作られているため、1階と2階が独立しており、

その住居の広さたるや、一人暮らしには、身に余るほど、更に家具家電付きで、

自由に使っていいときてる。住み心地は、前の住居よりも遥かに良かった。

その上、学校にも近く、通学時間も短縮できた。

いい事だらけで、あったが、桜井修一との出会いは最悪であった

 

あの状況は、誰が悪いとか言うことは無い。それは蒼穹も、よくわかっていたが

納得できていない。できるはずがない。加えて、彼女は、

はからずとも修一に関わる秘密を知ってしまい、

それを抱え込まなければならなくなった事も有り、気まずい思いだけが残った。

もっとも修一も同じことであるが。


 二人は、功美によって半ば強制的に連絡先の交換はしていたが、この日以来、

諸事情で、暫くは、よく顔合わせはしていたものの、殆ど会話はなく、

事情が無くなると、家の構造上と、通っている学校が違うこともあって、

お互いに関わり合いになることはおろか、顔合わせ自体、殆どなかった




 日曜日、天海蒼穹は、パジャマ姿のまま、頭には寝癖が残った状態で、

居間でテレビを見ていた。この格好なのは、起きるのが遅かったからなのと、

今日は出かける用事がなかったからである。


 平日は学校があるから、朝は早く起きるが、土日祝日で土曜日を除く休みの日は、

逆に遅く、特に日曜日、酷ければ昼前まで寝ている。そして起きた後も、

用事がなければ、この様に家から出ることなく、

一日テレビを見ながら、だらだらと過ごす。

それは土曜日の疲れが残る所為でもあるが。


(今日はどうせ出かけないんだし……)


なので服を着替えることもしなかった。


 そんな最中、ドアホンが鳴った。


(誰だろ……)


今日は、ゆっくり過ごしたいので誰が来ても居留守を決め込んでいた。

あと宅配ボックスがあるから、荷物が来ても応対の必要がない。

ただ一応誰が来たのか確認するため、

彼女は、側にある手のひらサイズのワイヤレス親機に手を伸ばして、

モニターを確認する。


(なんで里美が、しかも森羅さんまで?)


モニターには、友人の黒神里美と同級生の森羅真綾が映っていた。

しかも事前に連絡なしの突然の訪問だった。


(約束してるわけじゃないんだから、留守でも仕方ないよね)


そんなことを考えながら蒼穹は、親機を充電器に戻す。

彼女たちにも居留守を使うことにした。

 

 真綾とは、同じクラスだけで親しい仲ではないし、

蒼穹がここに住んでいることは知らないから、

知っている里美が連れてきたのだろうが、


 その里美とは幼なじみで、この時まで、同じ学校の生徒の中で唯一、

蒼穹の今の住居について知っているのだが、

生真面目な性格ゆえに昔から蒼穹に対し過干渉な所があり、

家の事を知っているのもその一環である。


 そして特に生活態度に対してはうるさい。

だから今日、こんな形でやってきたということが、

何を意味するか蒼穹にはすぐに分かった。


(こんな姿を見られたら、それ以前に、こんな部屋を見られたら……)


彼女ははっきり言ってズボラな為。その住居は、散らかり放題である。

服はあっちこっちに脱ぎ散らかしているし、掃除もあまりしないので、

紙ゴミやビニールゴミが散らかっている。

ただ流石に生ごみはきちんと捨てているが。

 

 その後、ドアホンは、何度も鳴ったが、居留守を決め込んだ蒼穹は、

諦めるだろうと思いながら無視し続けた。しかし


「しつこいわね」


 里美は、なかなか諦めようとはしなかった。

しばらくしてドアホンは鳴らなくなったが、

モニターにはスマートフォンを取り出し、電話をかけ始める里美の姿が、

直後、蒼穹のスマホが鳴った。


(やっぱり)


スマホのディスプレイには里美と表示されている。


(どうする?)


彼女は迷った。会話でボロが出て家にいることが、ばれる可能性があるからだ。

しかし、うまく誤魔化して彼女に帰すこともできる。

迷った末、ふと功美の事が頭に浮かんだ。


 功美は、今不在であるが、いつ帰ってくるかわからない。

しかも一階の居住スペースへの扉の鍵を持っているので、

普段は表玄関から出入りしている。もし帰って来て二人と出くわしたら


「蒼穹ちゃんのお友達なんだ。じゃあ上がって上がって」


とか言って、家に上げかねない。


 だから蒼穹は電話に出た。うまく言って早々に帰ってもらおうと思ったからだ。


「天海さん、今ご在宅ですか?」

「いや今、外」

「どちらに?」

「えーと……ナアザの町」

「もしかして、これから『異界』に入られるのですか?」

「そう」

「では、すぐには帰ってこれませんね」


蒼穹は、分ってはいたが、一応聞いてみた。


「それで、何の用?」

「今、貴方の家の前に、来ていまして、留守の様でしたが、一応確認を」

「そう、突然の訪問はやめてね。こういう事になるから」

「以後、気を付けます」


と言ったのち


「ところでベランダに洗濯物を干していますわね」


里美がいる表玄関の位置から、側面からであるがベランダの様子がわかる。


「洗濯物?」


なお蒼穹は今日、洗濯物をしてはいない。だが


「あっ!」

「その様子、もしや、昨日洗濯して、取り込むのを忘れたとか?」


その通りであった。


「まったく……」

「帰ったら取り込むわ」


と蒼穹は言って、心の中で


(あなたたちが、だけど)


と付け加えた。そして、


「今日のところは帰りますわ」


と里美が言った。蒼穹はモニターを見ると里美が立ち去ろうとしている様子が見えたので、蒼穹は安堵し、親機のモニターを切った直後、


「あら大変、狐の嫁入りですわ」

「えっ!」


蒼穹は窓の方を見た。窓にはカーテンが掛かっているが日の光が入ってくるので、

外が晴れているのがわかる。

しかし狐の嫁入り、つまり天気雨、晴れにもかかわらず雨が降っている状態。


 スマホをポケットに入れ、急いで洗濯物を取り込もうと、まずカーテンを開け、

ここで気づけばよかったが、慌てていたので、

そのまま窓開け、ベランダに出てしまった。


「あれ?」


雨は降っていなかった。同時に頭の中を嫌な予感がよぎりつつ

ポケットからスマホを取り出す。そしてスマホは急いでいたせいか、

まだ通話状態。それを耳に当てた。なおここまで動作は自然とゆっくりとなった。


「里美……」


スマホからは、勝ち誇ったような声で返答が


「ご在宅の様で」


蒼穹は、自分の体から、力が抜けていくのを感じた。

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