第14話「観光ツアー」

1「観光ツアーの護衛」

 少し時が進んで、夏休み。

修一は早起きして夜遅くまで、友人たちの誘いもすべて断り、

食事と洗濯、買い物以外は部屋にこもって、延々と夏休みの宿題をしていて、

その様子はどこか鬼気迫る所があった。

それは、夏休み終わりの追い込みのような物であるが、

この時はまだ7月、こういう事をするには、まだ速いと思うが、

これが、修一の夏休みの儀式と言うもの。


 とにかく昔から修一は最後の一日まで楽しみたかった。

その為の障害は、さっさと潰しておく限ると言うのが修一の考えだった。

あと宿題を後回しにして、苦しんている連中を見ながら優越感に浸るという、

意地の悪い部分もあったりする。


 宿題が、終わったのは夏休みが始まって、

一週間が経った頃、この瞬間から修一の夏休みが始まるわけだが、

この夏は、友人たちとの旅行など、夏休みらしい予定が入っていたが、

最初の予定は、短期バイトであった。


 事の発端は、夏休み前の事、珍しく家に帰ってきた功美が、


「ねえ、修一は夏休みの予定は決まってるの?」


と言ってきたので、


「決まってるけど……」


修一は嫌な予感がした。功美がこんな事を言うと時は、

大抵、何かを押し付けてくる。だから修一は、こういう時は嘘でも、

予定があると言う事にしている。

こういう時の頼み事は、予定を変更してまでの事ではないからだ。

まあ流石は母親と言うべきが、嘘なら見破られることが多いが、

幸い今回は本当に予定があった。


 だから素直に夏休みの予定を話したのだが、


「この辺は、空いてるのね。丁度いいわ。良い話があるんだけど」


それは、夏休みに入っての二週目である。夏休みに入る前、

これまでの経験から宿題は一週間かかると予測していたが、

次の一週間は、丸々予定を開けていた。


「開けてるけど、そこは宿題が難航した場合を考えて開けてるんだからね」


実際に、一週間で終わったものの、夏休み前の時点では

あくまでも予測なので、もう少し長引く可能性も考慮しての予定を立てていた。


 すると功美は


「大丈夫よ。不津高くらいの学校の宿題なら、いつものペースでいけば、

一週間で大丈夫よ」


と言いつつ、


「それより修一、短期バイトしてみない?知り合いが募集しているのよ」


その空いている一週間に行われるバイトがあると言う。


 しかし修一は、


「その一瞬間は、宿題が終わった後の休みも兼ねてるんだけど」


夏休みの宿題を短期間で終わらせるのは、労力のかかる事だから、

終わった後は、何日間かは休みたくて、その事を考えての一週間であった。


「大丈夫、一種の休みみたいなものだから」

「はぁ?」

「まあ、観光旅行みたいなものよ」

「?」


この時、修一はいまいち功美の話が理解できていなかった。


 その後、詳しい状況が書かれた紙を渡され、


(なんだか面倒だな……)


と思いつつも妙に惹かれるものがあった。

それは冒険者ギルドからのお知らせで、アルバイトと言うよりも、

冒険者の依頼と言うべきものであった。


 そして夏休みの宿題を終えた翌週、駅のバス乗り場に修一の姿があった。

夏場なのでラフな格好をして、帽子にリュックサックを背負い、

バス乗り場に居た。その姿は、まるで観光客の様。

事実、修一はこの後、観光バスツアーに参加するのである。

この事が、彼のバイトと大きく関係があった。


 その前に、このS市の観光業に関わる話をしよう。

元々世界遺産があって、観光地だったが、ゲート事件以降、

異世界からきたものを目当てに観光客が押しかけてるわけだが、

加えて「聖地巡礼」と言うのもある


 S市は市を挙げてのドラマや映画のロケ地の誘致を行っている他、

撮影場も作られている。更にこの街での撮影では魔法や超科学を活用でき、

その結果、低予算で、良いシーンが撮れるようになるほか、

実写化不可とされてきた作品が撮れるようになり、

ヒット作を連発した結果、そのロケ地をめぐる観光客も現れるようになった。

いわゆる「聖地巡礼」という奴である。


 とにかく観光客は多く来るが、問題もあった。

S市は治安が特別に悪いわけではないが、

それでも魔法や超能力を使う犯罪者はいるし、悪の組織的な奴らもいる。

ゲートから魔獣や怪獣が現れる事もあれば、魔獣を違法飼育していて、

それが逃げ出すという事もあり、危険が全くないわけじゃない。


 だが、それらは周知させている事だし、それを分かったうえでも来る人も多い。

そして個人でやってくる旅行者は、何かあっても自己責任という事になるが、

しかし旅行会社が企画するツアーはそう言うわけにはいかない。

参加者に何かあったら会社の責任問題となる。


 だから、添乗員たちは時には体を張って、ツアー参加者を守る事となるのだが、

観光客が多くなる時期だと、添乗員だけでは守り切れないところがあるので、

そこで会社は、別に護衛を必要とし、警備会社の他、

冒険者ギルドを介して冒険者を雇う事がある。

なお冒険者の方が費用の面で警備会社よりも安く済むので、

多くは冒険者を選ぶことが多い。


 しかしこれにも、問題はあった。まあ客層によっては、特に魔法使いや剣士、

中には特撮ヒーローの様な特殊装甲服を着た冒険者とかは、

喜ばれることは多いが、大半の場合は物々しく、参加者に不安を与えてしまう。


 そこで考えられたのは、密かな護衛。それは護衛役が観光客に混ざって、

護衛を行う。これにより参加者に不安を与えず、同時にトラブルを未然に防ぐのだ。

一応ギルドを介しての仕事だが、観光会社にやとわれているので、

給料が払われるうえ、表向きは観光客なので、ツアーを無料で楽しむことができる。

やとわれる人間は地元民になるので、見慣れた風景故に観光は楽しめないだろうが、

食事や宿泊、イベントは楽しめる。功美の言う観光ツアーと言うのは、

ここに起因する。

余談だが、功美の言う「知り合い」は観光会社の人間だったりする。


 それはさておき、修一が、このバイトに参加したのは、

彼の病気である好奇心が出たことである。

この街における観光業というか、観光ツアーと言うのはどういうものなのか、

それに興味を抱いたので、自分の目で見て体験してみたいという思いを抱いたのだ。


 さてバスに乗ると、添乗員に軽く挨拶する。

事前に打ち合わせをしているので、添乗員は修一が護衛である事を

知っている。そして座席は指定されているので、

修一は指定されている窓際の席に座ると、


「失礼します」


隣の席にポニーテールの髪形で、修一よりも年上の、

20代くらいの観光客の女性が座った。


 最初は話をすることは無かったが、バスが動き出し、

ガイドの話が途切れると、女性が声をかけてきた。


「君、高校生かな?」

「はい、あなたは?」

「私は、大学生。喜多村っていうだけど」


と相手が名乗ったので、思わず、


「桜井です……」


と名乗る修一。


「君は、どこから来たの?私は大阪からだけど」


なお大阪とは言うがイントネーションは関西と言う感じはしない。

恐らくは大学に通うために大阪に住んでいるだけで、

大阪出身という感じじゃなかった。


「俺は、この街で暮らしてます」

「えっ、君、地元民なの?なんでツアーに?」

「実は最近この街に越してきて、街の事が全く分からなくて、

だから、少しでもこの街を知りたくて、ツアーに参加しているんです」

「そうなんだ……じゃあ、超能力とか魔法とかは、まだ使えないんだね」

「はい……」


正確ではないが、そう答えた。


 観光ツアーに置いては観光客同士の交流と言うのもある。

もし素性を聞かれた場合は、越してきたばかりの地元民で、

街を知るためにツアーに参加すると言う形にした。

旅行会社の人の話だとそう言う参加者も結構いるとの事。


 加えて今回のバイトは、秋人や零也などには話しているが、

知り合い全員に話はしていないので、ツアーの参加中に、

事情を知らない知り合いに声を掛けられても、

一応地元民なのだから、素性がばれるような事はない。


 それに、越してきたばかりと言うのは、事実であるので、

そこからボロが出る事もない。


(うまく噓を言うコツは、事実を混ぜる事だな)


特にボロが出やすい部分に関して、本当のことを言っておけば、

そこから、核心を突かれる心配もない。


 さて話を戻して観光客の喜多村は、


「君、勉強熱心なんだね」


と言いつつも、


「私は、ファンタジーとかSFとか好きだから、

夏休みを利用して、このツアーに参加したの」


と言いつつも、


「まあ、この街はよく来るんだけどね。

でも毎回ゆっくり観光できなくてさ、だから今回はいっぱい楽しもうと思って」


と言う話を聞いて、


(よく来るのに、ゆっくり観光できないって、

どういう理由で来てるんだ?大学生だから、仕事ってわけじゃないだろうし)


と疑問を抱いたが、わざわざ聞くことではないと思い、

聞かなかった。後、それがなんであるか知ることになるが、

それは別の話。


 とにかく喜多村は、見るからに今回のツアーを楽しみにしている。

彼女だけじゃなく他の客も同じだ。そんな客の姿を見ながら、

楽しんでいってほしいと思いを抱き、

その為には、護衛として頑張らねばと決意を新たにしつつも、


(どんなツアーになるか、楽しみだな)


ツアー自体に興味がある修一は、彼自身も客の様に、

この先の事を楽しみにしているのだった。

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