16「全てが終わった後に」

 蒼穹と蘭子を、送り出した直後、


「どうにか無事みたいだけど、天海さん、酷い事になってるよ」


秋人が魔法で垣間見た疑似空間内での状況、

特に蒼穹がどういう状況に話すと、それを聞いて、気まずそうする里美。


「説明したよね。おかしな場所に飛ばされるかもしれないって」


疑似空間への突入の魔法は、何処に出るか具体的な場所は、選べない。

どうにか無難な場所に誘導できるくらいである。

しかし無理をした為、結果はあの状況。


「どうして、こんな事を」


すると里美は


「あの女に先を越されたくなかったんです」

「木之瀬さんの事?」


すると感情的に、


「そうですよ!あの女の株を上げる事だけは、阻止しなければ

行けないんです。その為は、もっと天海さんに活躍して、

もらわないと」


里美は、蘭子が先に行った結果、蒼穹の活躍の場がなくなる事を危惧したのである。


 彼女の話を聞いた秋人は、里美を連れていてはいけないと思った。

疑似空間内で、蒼穹を活躍させるために、

蘭子の足を引っ張るような事をするに違いない。

それが、蘭子だけにとどまらず。他の皆も巻き込んで、

危険に晒す可能性もあった。

だから、自分だけ疑似空間に転移する魔法を使い、彼女を置いてきたのである。




 事が終わった数時間後、

蒼穹は、家に戻って来ていたが、里美も家に戻っていた。

なお護衛に当たり、蒼穹たちも秋人と、連絡先を交換していて、

秋人から、電話で里美が、置いて来た顛末を聞いた。

彼は一応、蒼穹と関わる事なので、連絡をしたという。


 そして、夕食の時間、料理は里美が作ったが、この時間まで

二人に会話はなく、食事をしながら、蒼穹は口を開いた。


「有間君から、話を聞いたわよ。いい加減にしてくれないかな」

「………」

「今日、あそこに私を連れてきたのも、

蘭子の邪魔するためなんでしょ」


あそこに、蒼穹たちがいたのは偶然ではない。学校帰りに

里美によって、半ば強引に、あそこに連れて来られたのである。

二人は、護衛の関係上、下校時にあの場所にイノが来ることは知っていた。


「私は、蘭子と距離はとってるけど、

それは私が、ああいうお嬢が苦手なだけで、対立してるわけじゃないのよ。

わかってる?」

「………」

「里美に限った事じゃないけどさ、あの連中といい、

勝手に盛り上がるのは、やめてくれないかな。

ハッキリ言って迷惑なのよ」


その後、里美からの返事はなかった。

ただ食事を、食べ終え、後片づけを終えると、彼女は口を開いた。


「私はただ、天海さんに一番になってほしいんです。

残念なことに、私にはできない事ですから……」


と言って蒼穹を、じっと見て


「私はあきらめませんよ」


そう言って、里美は自室に行ってしまった。


 残された蒼穹は、


(自分の夢を、子供に押し付ける親みたい)


とそんな事を思いつつも、里美の性格を知る蒼穹は

何言っても無駄だと思った。

これからの事を考えると、頭が痛い。


(それより……)


今、気にあるのは、あの赤い怪人の事だった。


(色は違うけど、一緒だ。夢で見た青い怪人と……

桜井修一の従姉と会う必要がある)


しかし連絡先が分からない。


(桜井さんに、連絡先を聞くか、でもあの人いつ帰ってくるかわからないし

連絡が付かないこともあるし、最悪、桜井修一に聞くしかないか)


とにかく、もう一度、恵美に会って話が聞きたいと思う蒼穹だった。






 さて、蒼穹が、功美に会いたいと思っていたそのころ、

実は彼女は、家に帰ってきていたのだが、蒼穹は気づいていなかった。

リビングには恵美の姿があって、ソファに座って寝ていた。

功美が近づくと目を覚ます恵美


「ああ……おかえり」

「ただいま、ところで、どうしてその姿で、寝ているのかしら?」

「家に帰ってきたら急に、眠くなっちゃって、戻るのが面倒で」

「まあ別に、いいけど……」


そう言うと一枚の写真を取り出す。


「この前、部屋の整理をしていたら出てきたの」


そこに映っているのは、夫婦と思われる男女と幼い子供の姿。


「これは、上川夫妻?」

「そうよ、まだ息子さんが神隠しに会う前のね」


と言った後、


「この写真を、届けてきてほしいの。イノちゃん経由でいいから」

「わかった」


そう言うと恵美は、写真を受け取った。


「でも、何で部屋にあったの?」

「さあね?」


と言って功美は知らぬ存ぜぬで通した。


 翌日、学校の教室にて、修一は、秋人から、


「昨日は、大変だったんだよ。どこ行ってたの?

携帯もつながらないし」

「ちょっと用事でな。でも恵美がそっちに行っただろ」

「そうだけど、事が終わったら、さっさと帰っちゃって、

大変だったんだよ。まあ木之瀬さんのおかげで、どうにかなったけど」

「そうか、それは、すまなかったな」

「何で修一君が謝るわけ?」

「いや、何となく……」


するとイノがやってきて


「サクライ君、エミさんの連絡先ってわかりますか?

会ってお礼がしたくて」


更にあの時、イノと一緒にいた三人の少女たちもやってきて


「私たちも、教えてください。お礼がしたいんです」


と言われて修一は


「ちょっと待って、怪人の正体話したのか!」


とイノに言うと、


「すいません。断り切れなくて……」


修一は、


「悪いけど、アイツの連絡は言えないんだ」


少女たちは


「そんなこと言わずに!」

「お願いしますよ!」

「お願い桜井君!」


と食い下がらず、するとここで蘭子が、


「やめなさい。桜井君にも事情があるのですから」


と穏やかな口調でありながら、一喝するように言う蘭子。


「分かりました。蘭子さま……」


と少女たちは、何も言わなくなった。

そして、蘭子は修一に向けて意地の悪そうな笑みを浮かべる。

修一は何とも言えない顔をした。


 ここで修一は思い出した。


「そうだ、イノさん。これ」


と言って、写真を取り出す。


「母さんが部屋で見つけたらしいんだ。上川さん達の若いころの写真らしい

これ、上川さんに渡しといてもらえないかな」

「良いですよ」


写真をイノに渡す修一。すると秋人が、


「なんで功美さん部屋にあったの?」

「さあな、本人も分からないってさ」


写真を見たイノは、目を丸くした。


「この男の子は?」


と言うと横から秋人が、


「多分、息子さんだね」


するとイノは、驚いた様子で


「えっカミカワさんって息子さんが居たんですか?」

「知らなかったの?」

「ええ、そんな話は聞いてなくて……」


ここで蘭子が


「確か神隠しにあったと聞いた事があります」


蘭子も、上川夫妻と知り合いである。


「神隠し?何ですかそれ」


横から蘭子が


「突然、行方不明になる事よ。昔、この街じゃ多かったのですよ

多くは、この世界からファンタテーラ飛ばされた所為らしいですけど」

「それじゃあ、この子も異界人に?」

「その可能性が有ると言う事ですわね」


すると、イノは考え込むような仕草をした後、


「これは、きちんと渡しておくから」


と言って写真を仕舞った。






 その日の夕方、上川の夕食時、三人で食事を取っていたところ、


「あのお話が、あります」


と神妙な面持ちでイノが言うと、洋がイノの様子に、若干に驚きつつ


「どうしたんだい、急に?」


すると彼女は、修一から渡された写真を見せる。


「どうしたの、その写真?」


と瑠璃が驚きながら聞くと


「サクライ君から、貰いました。何でもお母様の部屋にあったようで」

「なんで先生の部屋に?」

「それは、分からないそうです。それより、この男の子は、

あなた達の息子さんでしょうか?」

「そうだよ」


と洋が答えると、イノは、


「息子さんには、私の父の面影があります」


と写真を指さしながら言い。


「この世界には、血縁を知る術があるそうですね。それを、その……

お願いできないでしょうか?私とあなた達で……」


困ったような仕草をする夫妻であるが、

二人は顔を見合わせ、頷いた後、瑠璃が、


「その必要は無いんだよ。もうしているから」


そして洋は、イノをじっと見つめながら


「君は、私たちの孫だよ。黙っていてすまないね。

どう切り出していいか、分からなくて」


と申し訳なさげに言った。


 イノは、真剣な顔で


「それでは、あなた達が、お父さんの両親なんですね」


そう言うと


「ちょっと待っててください」


と言って、席を外し、一旦自室に戻って、手に封筒を持って、戻って来た。


「私は、父が病気で亡くなる前に、様々な頼まれごとをされました」


使い魔であるトヨとの契約もその一環である。


「その多くは、実行してきましたが、これが最後の一つです」


そう言って、封筒を差し出す。


「これは?」

「お父さんからの手紙です。もし私が世界を超える事が出来たら、

自分の生みの親に渡してほしいと」


 洋が受け取り、二人で封筒を見る。

封筒には、「両親へ」と書かれてあった。

ちなみにイノの父は、幼いうちにファンタテーラに飛ばされたので、

元の世界の文字は知らなかった。


「父は、この手紙を書くために、異界人から、この世界の言葉を教わったそうです」


なお書いた時点では、イノの父は健康であったが、ただ自分が生きている内に、

元の世界に戻れない気がして、手紙を遺したという。


 内容は


「この手紙が、届いたと言う事は、僕はすでに死んでいる事になります。

先立つ不孝をお許しください」


と言う出だしから始まり、自分は異世界に飛ばされたものの。

いい人に引き取られ、立派に育ててもらった事や、

順風満帆とは行かなかったが、良き家族に、家族にも恵まれた事など、

これまでの、ファンタテーラでの暮らしが書かれてきた。


 最後は


「大変な事もあったけど、僕は別の世界で幸せに暮らせています。

だから僕の事は心配しないでください。さようなら」


と書いて、追伸として、


「あなた達に一目会えない事が、心残りです」


と書かれてあった。


 そしてイノは言う。


「お父さんは、病死ですが、最後まで幸せそうにしていましたよ」


それを聞いて、夫妻の目から涙があふれた。

長年、息子との繋がりを求めて、ホストファミリーを続けてきた夫妻に、

最後にもたらされた奇跡のようなものだった。






 さて、買い物の帰り、桜井修一は、「浮島」の前を通った。


(しかし、大変だったな。大蛇といい、ブローカー連中といい)


浮島の大蛇騒動から始まる一件が終わったことを感じつつ、

そして浮島の方をじっと見た。もう立入は出来るようになっている。


(きょうは買い物帰りだから、今度改めて見に来るか)


と思いつつも、


(またやっちまったな)


とも思うのだった。






 有間家の夕飯時、家族と同居人で夕食を食べている時、

秋人は、皆と話をしていた。


「そう言えば、この前、修一君と従姉と会ったんだ」

「「えっ!」」


と声を上げる秋人の両親。秋人は大蛇やブローカーの件は伏せつつ、


「イノさんが、世話になったから、お礼が言いたいって

連絡先を聞いたんだけど、修一君、頑なに教えてくれないんだよ」


ショートカットの髪型の秋人の父親が


「妙だな」


と言い出した。


「どうしたの?父さん」

「いや僕の記憶だと功美さんは、一人っ子で、旦那さんも一人っ子だったような」


すると母親である樹里も


「私も、そんな話を聞いたような……」

「えっ!」


父親は、


「記憶違いかもしれないけどな」


樹里も、


「私も、自信がないんだけど」


との話だが、二人の話が正しければ、桜井修一には従姉がいないことになる。


 そして秋人は思う。


(もし、父さんと母さんの言う通りなら、恵美さんはいったい何者なんだ……)。

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