5「フィールドワーク」

 日曜日、天海蒼穹は、シャツにパーカーを羽織り、下は長ズボン

首には白く水滴の様な形のペンダントと言う格好で、

公園にて黒神里美を待っていた。


「お待たせしました」


と言って、里美がやって来た。彼女はシャツにデニムジャケットを羽織り

下はスカートと言う出で立ち。


「珍しいわね。里美が遅れてくるなんて」

「貴女が、珍しく早いんですよ。ところで、そのペンダントが例の?」

「そうよ。早速、付けてきたの」


と蒼穹は答えて、ペンダントを手に取って、里美に見せた。


「街中じゃ、不要だと思いますけど」

「用心の為よ。何か起きた時の為に……」

「そんなものが無くても、貴女なら十分対応できるのでは……」


と言いつつも、


「まあ、それより行きましょうか」



 二人は、日曜日に、時々、フィールドワークと称し、一緒に街を散策していた。

なおフィールドワークと勝手に言っているだけで、学術的な調査をしているわけではない。ゲートの影響で、街が大きな変化を起こす事があるので、その確認のために、定期的に街を回っているのだ。


 彼女たちは。幼いころから、それを趣味で行っていたのであるが、

今は別に理由がある。

それは夏休みや大型連休に行う観光ガイドのボランティアの為であった。

生徒のボランティア活動は、学校の評価につながるので、これも実績づくりの一環である。


 今日は魔法街と、その近くにある世界遺産に登録されている神社の

周辺を見て回る。蒼穹と里美は、最初に神社の周辺を確認し、

今は神社の境内を歩いていた。この神社は大きく、境内もかなり広い。


「今年は特に変化はありませんわね」

「そうみたいね」


と里美に同意しつつ、蒼穹は


「それにしても、この神社は、変化してないわよね。

周りはゲートの影響で変化してるのに」

「確か、不思議ですわね。やっぱり神様の力とか」

「神様か……」

「そのご利益を求めてでしょうか、まあ世界遺産ですから、元より観光客は多かったのですけど、ゲート事件以降、観光客が増えているようです」

「観光客が増えてるのは、ここに限った事じゃないと思うけど」。


 ゲート事件の混乱がおさまると、この街には、観光客が押し寄せるようになった。

世界遺産があり、元々観光地ではあったが、ゲートにより変化した街と、

魔法や超科学と言う存在は、多くの人々の好奇心を刺激した。


 さて境内を一通り回って、最後にお参りをした後、二人は神社を後にして、

魔法街の方を目指していたが


「ところで、例のコスプレの件、どうします?」


里美の言葉に、あからさまに嫌そうな顔をする蒼穹。


 蒼穹たちが、ガイドのボランティア始めたのは、

幼いころから趣味でしていたフィールドワークを活用できる場を

求めた結果で、中等部一年の頃から初めたのだが、有名どころから、

知る人ぞ知る穴場まで、案内するので、観光客には好評であった。


 ところが、ある時期から、蒼穹はガイドの途中に、特にオタク層の人から、

とあるラノベ作品のヒロインのマネを頼まれるようになった。

何でも、彼女の風貌が、そのヒロインに似ているからとの事。

蒼穹は、指摘があってから作品を軽く読み、そのヒロインの事を知ったが、

彼女は、そのヒロインが好きになれなかった為、いつもやんわりと断っていた。


 しかし、今回は市の観光課から、学校を通して、

そのヒロインのコスプレでのガイドの話が、来たのであった。

コスプレと言っても、学校指定の夏服に、サマーセーターを着ればいいだけ

後は普段のままでいいとの事。もちろん、サマーセーターは、市が支給する。


「私は、やりたくないんだけど、学校が妙に乗り気でさあ」

「例の作品が、実写化の時は、ウチの学校が協力してましたからね。

その流れなのでしょうが」


二人の間に、微妙な雰囲気が漂い始める。


 丁度そんな時、二人は人だかりを見つけた。


「あれは何でしょうか?」


と里美は言い、二人は気になって近寄ってみると、


「事故か」


そこには、横転したトラックと、破損した円盤があった。


「トラックと低空型フライングソーサーの、衝突事故の様ですね。

どちらは悪いかはわかりませんが、」


さてトラックは、事故の影響で、荷台の扉が開き、荷物も思われる段ボールが、

外に出ていた。


 その様子を見た蒼穹は


(あれじゃ、中の荷物は駄目ね。ご愁傷様)


と思いつつ、


「行きましょうか……」


と里美が言い、二人はこの場を後にした。

この時、二人の側で、魔法使いの男性が、血相を変えながら、

スマホで何処かに電話をしているが、二人は、その事に気づくことは無く、

また、この事故が、この後、蒼穹に襲い掛かる出来事の原因である事も、

この時は、気づかなかった。


 魔法街に来た二人、ここは広く入り組んでいるので、


「ここからは、二手に分かれましょうか」

「そうね」


そして後で落ち合う場所と時間を決め、別れ際に、


「天海さん、サボらないでくださいね。タコ焼きは、一通り見てからですよ」

「里美こそ、めはりずしは、終わってからだからね」


そんな会話をした。里美と別れた後は、彼女との約束を守ってと言う訳ではないが

真面目に、魔法街を見て回った。ちなみに、あんなやり取りがあったが、

蒼穹が、好物のたこ焼き食べながら、サボっていたのは、一回限り、

しかもその時に、里美も、めはりずしを食べながら、サボっていたので、

お互い様であるが、以来、フィールドワークで此処に来るたびに、

その話を、お互いに持ちだすのである。


 さて、魔法街を見て回る中で、意識してはいなかったが、

自然とたこ焼き屋の前を通った。そのたこ焼き屋は、店舗ではなく屋台で

有名な店であるから、人が並んでいた。

蒼穹は、好物であるから思わず、立ち止まり、喉を鳴らしたが


(後で来ればいい、後で来れば……)


そう言い聞かせ、その場を後にした。


 そして、暫く魔法街を見て回って、変化があればメモを取るが、今日は

神社周辺を含め、今の所、特に変化と呼べるものは無く、一通り回ったところで、

蒼穹は喉の渇きを覚えた。最初は里美と合流してから、お茶でもと思ったが、

我慢できなかったので偶然、見かけた自販機へと向かった。

そして、彼女の位置からも、その自販機に向かって来る人間が分からなくて

自販機の前に来たところで、桜井修一とアキラ・エディフェルに出くわし、

驚くのであった。


 二人に会った蒼穹は、


「何で、アンタ達、ここに居るの?」


修一は、


「俺たち、友人に町を案内してもらってたんだ。

なんせ、この街に来て日が浅いから……」


確かに、修一は、この街に来たばかりであるし、アキラも「来訪者」であるから

同じくで、あるのは、分かるのではあるが、納得と言う気分に離れなかった。


「ジュース買うなら、お先にどうぞ」


と修一が言い、


「ありがと……」


彼の好意に甘え、ジュース買おうとしたが、ふと思い立って、


「言っとくけど、私は、自販機を蹴ったりしないからね!」


と言って、お金を入れてジュースを買った。


「はぁ?」


と修一は声を上げたが、直に、納得したように


「ああ……」


と言った。


「?」


アキラは、訳が分からないようで、キョトンとしている。


 蒼穹がジュースを買い終わると


「先にどうぞ、自販機の使い方は?」


修一が、番を譲りつつ、聞くと


「この前、教えてもらった」


と言って、特に苦も無く自分の金でジュースを買った。

なおミニペットボトルである。


「確か、このジュースが、美味しいんだよな」


なお開け方も、教えてもらっているのか、普通に開けて飲んでいた。


「それじゃあ、俺も」


と言って、同じジュースを買い、飲み始めた。


 蒼穹が買ったのもミニペットボトルでミックスジュースであるが

二人が飲んでいるのはと言うと、ボトルのデザインといい

中身の色といい、醤油にしか見えない。

蒼穹は、個人的に美味しそうに見えなかったので


「美味しい?そのジュース……」


と聞くと、アキラは、笑顔で、


「うまいぜ」


修一は、


「俺好みだな。このオレンジジュースは」


そう言って、美味しそうに飲む。

二人が飲んでいるのは、カラメル色素で黒く着色したオレンジジュースで、

ボトルも醤油風なデザインで、メーカーの遊び心満点の飲み物である。


 蒼穹は、何処か納得のいかないような顔をしつつも、ジュースを飲み

三人はほぼ同時に、ジュースを飲み干し、専用のごみ箱に、

全員ペットボトルを捨てた。


「「「!」」」


三人そろって何かを感じたのか、皆、顔を険しくなった。

最初に、口を開いたのは修一で


「今なんか妙なものを、感じたような」


すると蒼穹も、


「奇遇ね。私もよ……」


するとアキラが


「結界だ……」

「結界?」


と修一が聞くと、アキラは、何処か嬉しそうに


「魔獣が来るぞ」


と言った。


 ゲートは、色んなものを、この世界にもたらしたが、その中には危険なものある。

その最たるものが、アキラのいた世界、ファンタテーラからやって来る魔獣、

それは、RPGに出てくるようなモンスターである。


「魔獣って……」


と蒼穹は言った直後、気づいた。さっきまで動いていた自動販売機が停止している

加えて周囲から人の姿が消えていて、三人きりになっていた。


(そう言えば魔獣の中には、結界を張って、その中に獲物を取り込んで、

襲う奴がいるって、聞いた事があるわね。結界の中は、疑似空間で、

外部と変わらないから気づかない)


 ゲート事件の際に、始めて魔獣が現れ、この世界と言うか、

この街に関わっている関係上、街の住人には、蒼穹の様に魔獣の知識を持つ者が多くいる。


 やがて、何かが近づいてくる音がしてきた。それも複数。身構える三人。

そして最初に現れたのは、巨大な蜘蛛。

正確には、蜘蛛の胴体に人間の女性の様な上半身。ただ腕は六本で

頭は蜘蛛の様な物であった。それを見たアキラは、


「アラクネだな」


そう言うと、彼の手に光と共に、赤い剣が現れた。それを見た蒼穹は


「ソウルウェポン……」


と呟く。


 そしてアキラは、興奮した様子で


「コイツは、俺の獲物だぁ!」


と叫びながら、アラクネへと向かって行き、戦いを始めた。


 この直後、もう一体の敵が現れた。それは岩でできた巨大な人型。

ただ全身が岩の様になっている以外、見た目からは、

これと言った特徴を、見出すことはできない。

頭部は両目と口があるだけであるが、両目は赤い瞳で、

こちらを睨んでいるように見えた。


「ナチュラゴーレム……」


と蒼穹は、魔獣の名前を言った。


 そして彼女は、身に付けているペンダントに触れた。


(まさか魔獣と出くわすなんて、早速だけど、使わせてもらうわ)


すると、ペンダントが輝きだし、光が彼女を覆ったかと思うと

鎧姿となっていた。その鎧は銀色で、どことなく女性的なデザインをしていて、

腰には、拳銃のような物が装備されていた。なお、全身鎧なので、見ただけでは蒼穹だとは気づかない。それを見た修一は、


「特撮に出てきそうな、カッコいい鎧だな」


と言った。


「………」


蒼穹は返事もせず、無言で、ナチュラゴーレムに向かって行った。


 さて、二人が戦いとなる中、一人残された形となる桜井修一、

そんな彼にも迫る影が


「うわっ!」


突如、足に蔓のようなものが巻きつき、そのまま引っ張られていく。

戦いの中、その事に気づいたアキラは、


「シュウイチ!」


と声を上げる。そして修一は、大樹のようなモノの前に、逆さ吊りとなった。

一方、ナチュラゴーレムとの戦いの中で、状況に気づいた蒼穹は


(アレって、ガディウッド)


巨大な大木は、植物性魔獣で、根っこのような足で、移動し、

幹には巨大で不気味な顔があった。






 さて、三人が襲われたのは偶然であるが、ただ一つ、意味があるとすれば

三人いたから、そう魔獣は三体で、各自一人ずつ餌にする為である。

また魔獣たちは、小腹がすいた程度なので、一人ずつでも十分なのであった。

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