7「異世界から来た町にて」
ナアザの町に着くとツアー客は、
目の前に広がるファンタジー世界の様な風景に、目を輝かせていた。
「魔法街以上ね。本当に別の世界に来たみたい」
と喜多村も他のツアー客同様に、目を輝かせながら言う彼女に、
「本当ですね」
と言う修一、彼は初めて来たわけではないのに、妙に目が輝いていた。
いつ来てもこの場所は修一の好奇心を刺激するようだった。
この後の予定は、昼食だけど、それまでの間わずかな時間だが、
自由時間がある。ここは昨日の事もあって、修一は気が抜けなかった。
ナアザの町も表通りは治安は良いけど、裏通りに入ると、
ならず者がたむろしていて、危険だ。
もちろんこの事もツアー客には説明している。
しかし、それでもそう言う場所に行きたがる人は一定数いる。
昨日は、喜多村だけだったが、今日はもっと増える可能性もある。
だから、余計に気を抜けないのだが、
特に昨日の事で前科ができている喜多村には注意していた。
その喜多村は表通りの、色々な店。魔法街のように魔道具を売る店や、
ジャンル問わずに扱うアイテムショップ、
他には武器や防具の専門店など、ファンタジー系な店をまわっていて、
路地裏に入る様な気配はなかった。
(今のところ、大丈夫そうだな……)
と思っていると、彼女はエディフェル商会の側まで来た。
なおアキラはもちろんの事、
その母親スカーレットにもバッタリ会ってしまった時の事を考えて、
根回しはしていた。
だが彼女がそばまで来た丁度その時、店の方から、
「出ていきなさい!警察呼ぶわよ!」
と言うスカーレットのものと思われる。怒声がした。
(なんだ……)
この時、修一は少し離れた場所から喜多村を見ていたのだが、
思わずエディフェル商会にに近づく、その結果。
「桜井君?」
と喜多村に気付かれる。まあここで気付かれても何もないのだが。
「何か揉め事かな」
と心配そうに言う喜多村に、
「そうだと思いますけど……」
と返すが、何が起きているかは修一にも分からない。
少しすると、店からたたき出されるように一人の女性が出てきた。
その女性は赤い髪のポニ―テールで、顔にはバイザーの様なものをつけていて、
レザージャケットに白いシャツ、カーゴパンツと言う格好をしていて、
片手には、刀を持っていた。その女は、
「そんなこと言わないでよ。お姉ちゃん。たった二人きりの姉妹じゃない」
するとスカーレットが出て来て、
「アンタとは家族の縁を切ったって、何度言わせるの!」
「そんなこと言わないで、ていうかあの子たちを助けた事で恩があるでしょ」
「助けた?実際はモルモットにしたんでしょ!」
「ああしないと助からなかったのよ。仕方ないじゃない」
「とにかく、今すぐ立ち去りなさい。本気で警察呼ぶから!」
そう言うとスカーレットはスマホを見せつけていた。
「分かったわよ……」
と刀を持った女は、そのまま去って行こうした。
だが修一の姿に気づき、
「あら、修一君じゃない。何してるの」
側にいた喜多村は、
「知りあい?」
と言われたが、全く知らない人で、喜多川には、
「いいえ……」
と言いつつも、
「どちらさんですか?」
と言うと、バイザーのせいで表情は分かりにくいが、
修一には、がっかりしてるように思えた。
「やっぱり、記憶が飛んじゃってるか」
「記憶……」
思い当たる節はある。そう空白の一日だ。
「赤い怪人……」
と彼女が言うと、修一は目を大きく見開き、
「アンタ、一体?」
だが彼女は、修一の問いに答える前に、魔法使いの冒険者らしき女性が、
「斬撃の魔女!」
と声を上げたかと思うと、魔法弾による攻撃を始めた。
斬撃の魔女と呼ばれた女性は、もっていた刀を抜き、
振るうと魔法弾をすべて打ち消した。
更に一振りすると、冒険者らしき女性をふき飛ばした。
「話をしている余裕はなさそうね」
そう言うと、刀を上に掲げて、
「じゃあね。また機会があれば」
そして刀で円を描いたかと思うと、姿を消した。
「消えちゃった」
と言う喜多村。
(転移魔法って奴か)
と思う修一。一方襲い掛かって来た魔法使いは、
「ちくしょう!」
と悔し気に涙を流しながら声を上げた後、去って行った。
突然の事に場は騒然とする中、
「一体何だったの……」
「なんだかわからないですけど、相当、恨まれてるんでしょう」
それと、スカーレットの妹だという事は分かったが、
彼女に話を聞くのは怖くてできなかった。
この後は、自由行動どころじゃなくなったのか、
「私、もう行くわ……」
喜多村は早々に、指定された集合場所に向かった。
あの様子だと、妙な事はしなさそうなので、
「俺は、もう少ししてから行きます」
と言って、ギリギリまで集合場所にはいかなかった。
他のツアー客の状況も注視して、
何かあったら彼女の時のように助けに行かなければならないからだ。
幸いと言っていいのか、他のツアー客はおかし所には行かず、
またトラブルもなく、集合時間になろうとしていた。
修一も、集合場所に向かうのだが、
(しかし、さっきの女は何者だ。
俺の事をしかも赤い怪人の事も知ってたみたいだが)
彼が、さっきの女性、斬撃の魔女が超がつくほどの危険人物であることは、
まだ知らない。ただ家族が縁を切るとまで言っている上に、
あの魔法使いが問答無用で攻撃してきた事、
加えて悔しがり方から見て、女の方に非がある事は間違いないようで、
問題人物であることは分かった。
さて、今日の昼食はナアザの町にあるジビエの専門店で行う
ジビエと言っても野生動物ではなく、魔獣である。
ここでは、養殖とかではなく冒険者に依頼して、
異界で狩ってきてもらった魔獣を料理して出すのである。
これは、魔獣食体験と言うこのツアーの売りの一つなのと、
「このお店は、ドラマの料理監修を行っています」
とガイドが案内する。
実は近年、ダンジョンと食事にまつわるファンタジー漫画の名作が、
ドラマ化された。過去にアニメ化され大ヒットした作品であるが、
ドラマの方はと言うと、撮影はあたっては、S市にある撮影スタジオで行い、
野外ロケも同地で行われた。ガイドの言う監修したドラマと言うのが、
このドラマである。
俳優陣の見事な演技に加え、
ナレーションや一部声の出演には、アニメ版に出ていた声優を起用し、
原作に忠実な脚本、魔法や超科学を駆使した撮影法と、
スタントマンを使う形であるが、
実際にダンジョンでのロケを敢行するなど、こだわって作った作品は、
見事にヒットした。
(確かヒロインのハーフエルフは、この街出身の女優で、
しかも、本当にハーフエルフなんだよな)
またS市においてはドラマのヒロインを、
地元出身の女優が演じた事でも話題であった。
ともかくドラマがヒットした結果、魔獣食が人々の注目集めていて、
旅行会社もツアーの中に組み込むことになったのであった。
そしてツアー客には、ドラマのファンが多く、
食堂に来るとみんなドラマの話題で持ちきりで、修一も、喜多村とその話をしていた
そんな修一は食堂にて、帽子を深々と被っていた。
この帽子は、事前に用意したものだが、この時まで被ってはいなかった。
隣に座っていた喜多川が、
「どうしたの?急に帽子なんか被って?」
「いざテレビとなると、恥ずかしくて」
実を言うと料理店が、テレビの取材を受ける事になっていて、
ツアー客の食事の様子の撮影や、食後に全員ではないものの、
インタビューを行う事になっていた。
もちろん急な事ではなく、事前に通達があった事。
ただ修一が顔を隠そうとしているのは、
恥ずかしいというのも確かだが、するかは分からないが、
今後同様のバイトをする際に、顔が知られてしまうと面倒だからである。
テレビの撮影が入る中での食事だが、魔獣を狩る関係上、
同じ魔獣を全員分用意できないので、数が異なる三種類の料理が用意された。
なお総数はツアー客分ある。
どれを食べるかはくじで決まる。なお事前にアンケートを取って、
ツアー客全員が、どの料理を食べても問題がないことは分かっている。
用意された料理は「コカトリスのロースト」「ミノタウロスのタンシチュー」、
そして一番のあたり料理が「レッドドラゴンのステーキ」だった。
三種類は、見た目にも見事な料理で、
「凄いね……」
と言う喜多川に、修一は頷いてから言った。
「そうですね」
と言いつつ内心では、
(でも、どれも食ったことあるんだよな)
それらは、カフェレストランinterwineに功美に連れて行ってもらって食べた。
常時提供しない裏メニュー的な存在で、見た目もよく似ている。
この時、修一は知らなかったが、このジビエ専門店の料理人は、
interwineで料理修行をしていたので、似ているのは当然だった。
さてくじを引いたのだが、
(まずいな……)
修一はレッドドラゴンのステーキが当たった。大当たりだ。
何かまずいかと言うと、
(スタッフ側が当たるってのは……)
客と言う扱いだが、護衛であるので、スタッフ側である。
それが客を差しおいて、当たりの食事をとるのは気が引けた。
まあ事前に添乗員に話をして、
「気にしなくていいよ」
とは言われっているものの、気にはなっていた。
ここで、隣にいた喜多村から、
「顔色悪いね。お目当てが当たらなかった?」
と心配そうに声を掛けられた。
ちなみに彼女はコカトリスのローストとの事。
ここで修一はとっさに、
「ちょっと、胃の具合が……」
「大丈夫?」
「そんなに酷くはないんですけど、でもさすがステーキはキツイです」
「ステーキって……」
修一は喜多村に当たりくじをみせて、
「交換しませんか?」
「いいの!」
「ステーキを食ったりしたら後に響くんで」
「そう、だったら遠慮なく」
修一はくじを交換した。料理のおいしさを知る者としては、
勿体ない気持ちがしたが、彼女の喜ぶ姿を見て、
(これでいいんだ……)
と思った。
さてそれぞれの席くじで決まった食事が配られているのだが
「ぞうぞ、コカトリスのローストです……」
「どうも……」
修一の元に食事を届けに来た配膳係が妙に気になった。
頭に頭巾をかぶり、口にはマスクをしている。
別におかしい事じゃない。食事を扱う現場ではよくある格好で、
他の配膳係も同じ姿をしている。
「エルフか……」
耳の形状から、エルフ。或いはハーフエルフなのは確かだったが、
これもこの街じゃおかしいな事じゃないし、
他にもエルフの配膳係はいる。
でも何かが引っかかるのだ。あとのこの配膳係は、
料理の説明もしていたが、その時から修一は引っかかりのような物を、
覚えていた。そのおかげと言うべきが、
食事の際はテレビ取材のカメラが廻っていたが気にならずに済んだ。
それと、
「おいしい」
配膳係が気になるものの食事はきちんと堪能している。
この配膳係は、食事を配るだけでなく、水が無くなったら、
入れに来てくれたりもしたので、接近する機会が何度もあった。
その度に、引っかかるものが強くなって、そしてハッとなった。
(まさか……)
すると喜多村が、
「どうかしたの?」
と聞いてきたので、
「いえ、あの配膳係。フローラ・サウザントさんじゃないかって」
「それって、女優の?」
「ええ」
「まさか、いくらこの街の出身だからって、人気女優よ。
それに配膳係なんてやるかしら?」
「それなんですけど、今、テレビの取材が入ってますよね」
「ええ……まさか、テレビのドッキリ?」
「サプライズで有名人が、従業員に紛れてるって言うのあるじゃないですか」
「それだって事?」
喜多村は半信半疑だった。
そして食事が終わると、
この後は何人かがテレビのインタビューを受ける事になっているのだが、
皆の前に、テレビ局のスタッフが出て来て、
「今日は、取材にご協力ありがとうございます」
と言った後、
「皆様は、そこの配膳係の女性を見て、気づきませんでしたか?」
と修一が気にしていた配膳係を指さした。
妙に意味ありげな様子にすると喜多村は、
「まさか……」
と声を上げる。その配膳係は恥ずかしそうに、前に出てくると、
頭巾とマスクを取った。そこには修一の言っていた女優がいて、
歓声が上がった。修一は、
「やっぱり……」
と言い、喜多村は
「本当に、フローラ・サウザントさんが……」
と驚いていた。そして取材と言うのは嘘で、
修一が予測していた番組のロケであった。
なおこのサプライズは、添乗員は知っていたが
修一には隠されていた。後に聞いた話では、
ツアー客に紛れる関係上、添乗員以上に客の近くに居るので、
そこから漏れるのを警戒したからだとの事。
さて本来はインタビューとされていた時間は、
女優のトークショーとなった。フローラ・サウザントは、
この食堂が監修に関わったファンタジードラマのヒロインを演じていた。
故に、今回のサプライズに繋がったのである。
トークショーではツアー客から質疑応答があり、
内容は例のドラマに関する話が多く。まずは出演の切っ掛けについて、
「この役はオーディションだったんですけど、
原作を知る私としては、絶対取ってやろうって思いましたね」
「原作ファンだったんですか?」
と言うツアー客の言葉に、
「ええ、でも一番のファンは両親ですね。
二人は『来訪者』、まあ異世界人なんですけど、
この世界に来て初めてハマった漫画で、特に父は魔獣マニアで、
主人公に共感しちゃって、私はそんな両親の影響でファンになりました」
他にも、撮影秘話。
「私は治療魔法が苦手なんで、そこは演出なんですけど、
攻撃魔法のシーンは実際に、私が魔法を使ってるんですよね」
とか、
「私は冒険者登録をしてるんで、おかげでダンジョンのロケも、
参加できたんですけど、他はスタントマンだったんで、
正直寂しかったですね」
更には、
「私は、出演者の中で唯一地元出身で、
地元の美味しい店とか知ってたんで、
私が撮影後の食事会とかの手配とかしてましたね」
この話を聞いたとき、
(そう言えば、interwineに彼女を含めたドラマの出演者のサインがあったけど、
彼女が店に連れてきたのかな)
そんな事を思っていた。
その後も、トークショーは盛り上がって、
ツアー客も楽し気で。とにかく昼食の時間は楽しく過ごす事かでき、
その後、時間が来てフローラは去って行き、
ツアーは次に映ったが客の興奮は冷めやらず、次の場所につくまで、
バスの中は賑やかであった。
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