11「ツアーの終わり」
さてドラゴンを倒した後の事、
「ドラゴンの肉。少しばかり貰って言ってもいいかしら?」
と声のする方を向くと、昼間見かけた、
そうエディフェル商会を叩きだされていた女がいた。
「斬撃の魔女!」
と冒険者たちが声を上げ、その場が騒然となった。
昼間の事もあって、問題人物である事は分かっていたが、
場の騒然の具合から、それがかなりのものだと言う事が分かった。
この時、冒険者達の視線が彼女に向いたのを幸いに、
未だにこの場にいた喜多村の元に向かい。
「ドラゴンは、倒した。もう満足だろ。宿に戻ろう」
「あっ……はい……」
と彼女と一緒にこの場を後にした。
斬撃の魔女の事が気にならないわけじゃないが、
今は、急ぎこの場を後にしたかった。
レッドドラゴンを倒した立役者として、注目を集めたくなかったからだ。
因みに、この後、斬撃の魔女と冒険者たちの間で、乱闘騒ぎの後、
斬撃の魔女は逃げて行ったとの事。
ドラゴンの肉の一部をちゃっかり持って行ったらしい。
その後は、彼女がどこかに行かないように見張りつつも、
レッドドラコンの影響で、騒ぎが収まらない町中を進みホテルへと向かう。
そして建物が見えてきたところで、
「ここで、もう大丈夫です」
「そうか……」
「本当にありがとうございました」
喜多村は深々と頭を下げた後、修一は、
「これからは気をつけろよ。何があるか分からないんだから」
と言って別れた。ただ修一は、彼女がまたおかしな場所に行かないか気になるので、
彼女がホテルに入って行くのを確認した後、
物陰に入り、鎧を脱ぎ彼も何事もなかったようにホテルに戻った。
ゲートと魔獣出現の一報はホテルに伝わっていて、
ホテルの中は騒然としていた。そして中に入ると、添乗員が声をかけてきて、
「桜井様、あなたが最後です」
との事で、客の安否確認をしていたようだった。
なお客は全員無事との事で、添乗員は耳打ちで、
「もしかして喜多村様と?」
「ええ、彼女は変な所に行きそうだったので」
「それは、大変でしたね……」
その後、この件を受けてのミーティングとなり、
修一は添乗員たちの部屋に行き事顛末を話す。
ただし、あまり目立ちたくないので、
レッドドラゴンに関しては討伐に参加させられたと言うだけで、
自分がトドメを刺したことまではいわない。
「すいません。途中で喜多村さんを見失っただけでなく、
仕事を放り出すようなことをして……」
「いえ、喜多村様を守ろうとして結果なのですから、仕事の範疇ですよ」
と添乗員は言いつつも、
「まあ出来れば、警報が出た際にホテルまで連れ帰ってくれてれば、
良かったのですか……」
と苦言も言われた。
そして、改めて明日の予定についての話し合いの後に、責任者的な添乗員が、
「ツアーは明日の午前で終わりです。
何事もなく終える事ができるよう頑張りましょう」
と言うと修一を含めた全員が頷き、この場は解散となった。
そして翌朝、朝食はビュッフェ形式で、修一は、
ご飯とスクランブルエッグとソーセージにみそ汁に、
飲み物は麦茶を取って、席に座ると、
「となりいいかな?」
と喜多村が声をかけてきて、
「いいですけど……」
「ありがとう」
そう言うと彼女は隣の席に座った。そんな彼女は、パンとプレーンオムレツに、
ベーコンにサラダと言う組み合わせだった。
そして、食事をしながら、
「昨日の夜は、どうしてた?」
「部屋で過ごしてましたよ」
本当の事は言えないから、そう言いつつも、
「でも警報はなってましたね」
「そうゲートが現れたんだよ。ところで、レッドドラゴンの事は?」
「ええ、小耳に挟んでます」
すると彼女は、興奮した様子で、
「実は、私、現場にいたんだよ」
もちろん修一は知っていたが、反応が薄いと怪しまれるので、
「えっ、本当ですか!」
ワザとらしく食いついて見せた。
「ええ、本物のドラゴンは、迫力があったわぁ」
「そうなんですか、俺は、この街に来てからドラゴンをまだ見てなくて」
「でも、危うく、焼かれるところだったんだよね」
無論、修一は知っているが、
「焼かれるって、ドラゴンの炎にですよね。よく無事でしたね」
とひたすら知らない体で話す。
「黒騎士さんが助けてくれたんです」
「たしか、電気街で会った冒険者ですね」
なお電気街から演習の会場に向かう際に話を聞いていた。
もちろん、黒騎士は修一なのだから、状況はよく知っているわけだが、
彼女が話してない事を話すと、バレてしまうので
言葉選びは慎重にしないといけない。
「他の冒険者たちと、一緒にドラゴンと戦って最後に口の中に、
攻撃を仕掛けて、とどめを刺したの」
なお、彼女は修一が口の中に入った為か、
攻撃を仕掛けたのは、分かっていてもどんな攻撃かまでは分かっていない様子。
「とにかくかっこよかったんだよ!」
と妙に力が入った言い方で言う。
しかしその本人である修一は、目線を逸らしながら、
(そんなにかっこよかったか?)
やった事は、口に入ってからはカッコいいかもしれないが、
その前、ドラゴンの鼻に剣を突っ込んでグリグリして、
くしゃみを誘発させて、口を開けさせた。あの姿は、
修一としては、後で思い返すとカッコいいとは思わないし、
そもそも伊達や酔狂で戦ってる訳じゃないから、そう言うの意識もしていない。
とにかく褒められても、しっくりこなかったが、
「見てみたかったですね」
と言うと、
「動画を取っていたら見せれたんだけど、
あの場じゃ、そんな余裕なくてね。私も公開してるかな」
修一はむしろ取られてなくて安堵したが、
「それは残念ですね」
と答えた。
この後は、引き続き一緒に朝食を食べた後、
出発なのでそれぞれ部屋に戻って荷物をまとめた。
そして、最初は歩きで移動し、冒険者ギルドの見学に向かった。
余談だが、観光ツアーの護衛の募集の張り紙などは、剥がしているし、
冒険者たちにも、見慣れた顔がいても、声を掛けないように徹底している。
冒険者ギルドの内装は、異世界系の小説の冒険者ギルドそのものだから、
「すごい、本物だ!」
と喜多村は言いつつも、
「でも、パソコンがあるのが気になるかな……」
と苦笑い。このギルドの建物は50年前に異世界から来た建物だが、
元居た世界の様式をすべてそのままにしているわけではなく、
照明は電気だし、依頼の処理にはパソコンも使う。
それにこの場にいる冒険者だって、異世界から来た人間も、
この世界の様式に染まって、格好こそ異世界のものでも、
普通にスマホを使っていたりする。
修一も、この様子を初めて見た時は、違和感を覚えたし、
滑稽さを感じたが、今ではすっかり慣れている。
その後も、喜多村はギルドの建物をキョロキョロとみていたが、
物珍しさからじゃないようで、
「まさか黒騎士さんを探してるんですか?」
と聞くと、
「うん、もしかしたらいるんじゃないかなって……」
しかし、探したって見つかるはずはない。今目の前にいるんだから。
この次は、バスに乗って移動し、異界への検問所の見学。
到着してガイドが色々説明するが、喜多村は黒騎士を探してか、
上の空のようだった。丁度そんな時だった。
「よう!シュウイチ!」
と声を掛けてかけてきたのはアキラだった。
そりゃ冒険者だからここにいてもおかしくないのだが、
(まさか、俺の言ったこと忘れてないよな……)
一応根回しはしていたが、先にも記した通りアキラは抜けたところがあるので、
不安だった。
「そういや、さぁ、お前……」
と言いかけた所で状況を察したのか、
「今、勉強中だったな。まあ頑張ってこの街の事を学べよ」
と言いながら、バツの悪そうな様子で去って行った。
安堵する修一だったが、後で知ったが、この時アキラは、
修一がレッドドラゴンを倒したのか聞きに来たらしい。
ちなみにアキラも異界から帰ってくるのが遅かったせいで、
レッドドラゴンの元に来た時にはすべてが終わっていた。
なおアキラが状況察して、聞かないでくれたらから良かったものの、
あぶない瞬間だった後で知って、修一は肝を冷やす事となった。
なおアキラが去って行った後、喜多村が、
「今の子、桜井君の彼女さん?」
喜多村はアキラの事を女性で、修一の彼女と思っているらしい。
「違いますよ。友人ですし、後アキラは男ですよ」
「ウソッ!」
と驚愕の声を上げる喜多村。正直、修一も男だと聞いていても、
自信がない部分がある。
さてこの施設の見学を持って、ツアーは終わりで、
後は駅までバスで移動し、そこで解散する事になっている。
バスを降りた後、喜多村は、
「どうだった今回のツアーは?」
「色々、勉強になりましたね」
「そう、私も楽しかった……」
と言いつつも名残惜しそうにしている。
「桜井君はこの後は?」
「家に帰ります。そちらは?」
「私は、昼過ぎの電車で帰るわ……」
それまでの間は、知り合いに頼まれたお土産、
なお自由行動の場所の関係上、買えなかったもので、
それを買った後、適当に電車の時間まで過ごすという。
しかし彼女の様子に修一は、
「もしかして、まだ黒騎士の事を?」
「帰る前に、一目会いたいなって……」
もうツアーは終わったが、だからと言って正体を貸すわけには行かないので、
「まだ時間も、ありますし、案外会えると思いますよ」
と言った後、
「それじゃあ。また機会があれば」
「実は、8月ごろにまた来るんだよね。その時会えるかもね」
お互いに、そんな事を言って二人は別れたが、
(少し、サービスしてやるか)
と思う修一だった。
修一と別れた喜多村は、おかしな場所に行くことは無く、
この街の昔ながらの和菓子屋に行き、有名な銘菓を買い。
駅の方へと戻った。その後は駅前のベンチに座って、時間を潰していると、
「また会ったな……」
「黒騎士さん!」
と喜多村は嬉しそうに言う。
「どうして、ここに」
「駅に知り合いを迎えに来たんだが、どうやら時間を間違えたみたいだ」
もちろん、嘘で、修一は彼女が喜ぶと思い会いに来たのだ。
なお帰るまでの予定は聞いていたから、ここに来ることができた。
ただ具体的な時間は聞いていないから、
当たりを付けて、ここに来たので、会えたのは運ともいえる。
「となり、いいか?」
「どうぞ!」
「すまない、しばらく待たねばならないからな」
そう言って、隣に座った。
喜多村は、黒騎士とまた会えて、嬉しかったものの、
何を話していいか分からず、少しの間、無言になったが取り敢えず、
「電気街といい、ドラゴンの時といい、助けてくれて、ありがとうございます」
と礼を言う。
「なに、見てしまった以上、放っておけなかっただけだ。
それにドラゴンの時は、君を守ろうとしたわけじゃない」
実際、喜多村を追ってあの場にはいたが、
バーストブレイズを使った時は、彼女の位置を把握していなかった。
単純に、火を噴きそうなドラゴンをどうにかしたくて撃ったのである。
「それでも、助かった事には違いありません。
ありがとうございます。お陰で旅行が台無しにならずに済みました」
と言う彼女に、
「礼には及ばないが、それ以前に危険な所に行くものじゃない。
偶然は、何度も続かないんだからな」
実際、ドラゴンの時は、あのタイミングで到着したのは、偶然で、
もしかしたら、遅れた可能性もあるのだから。
まあ、修一自身も、病気を称するほどの好奇心の持ち主だから
人の事を言えた義理は無かったりするが、修一の言葉に、
「肝に銘じておきます」
と喜多村は彼の方をじっと見ながら言う。
しばらくして、出発の時間が来た。
「また、会えますか?」
「さあな、すべては偶然の産物だ。会いたいなら神に祈るしかないな」
すると近くを歩いていた通行人がくしゃみをした。それはさておき、
「本当にありがとうございました!」
と言って頭を深々と下げると、駅に入って行った。
喜多村が、駅に入って行き、彼女の乗ったと思われる列車が、
発車したのを見届けて、修一は人気のない所に行き鎧を脱いだ。
「ふぅ……」
と一息つくと、
「何してるの?」
「!」
背後から声を掛けられ、振り返ると
「母さん……」
功美は不敵に笑みを浮かべていて、
「この時間だと、もうツアーは終わったのね」
「母さんこそなんで?」
「今、街に帰ってきて偶然に鎧姿のあなたを見かけたの、
ところで、鎧なんか着て何してたの?」
「ちょっとしたファンサービス」
「ふ~ん、まあ、いいけど」
と言いつつ、
「この後一旦家に戻るから、一緒に帰りましょう」
と二人は帰路に就いた。
ちなみに車ではなく徒歩で道中、
「どうだったツアーは?」
「大変だったよ。客が危ないところに行くもんだから、
ゴロツキや魔獣と戦う羽目になったんだから」
すると彼女は笑いながら、
「それは、大変だったわね。でも楽しめたでしょ?」
「まあ……」
と言って目線を逸らした。確かに楽しめる部分もあったからだ。
「また同じ仕事が来たら受けてみない?」
と功美から言われたが、
「やめとくよ」
と答える。こういう事を続けていると、
普通からどんどん離れていきそうで嫌だったからだ。
(まあ、仕事を受けなくとも、普通から十分遠のいているけどな)
修一の答えに功美は、
「それは残念ね」
と言いつつも、残念そうにはしていなかった。
するとここで、
「そう言えば、出張先で愛実ちゃんと会ったわ」
「愛実と」
この愛実と言うのは修一の幼なじみの少女。中学まで一緒で、
高校進学共に修一がS市に来たように、彼女も進学を機に、
元居た街を出て行ったと言う。
「彼女どうだった?」
「元気にしてたわよ。それに年下のかわいい彼氏もできたみたいだし」
「そうなんだ」
修一の反応は薄い。愛実とは友人の域を出てないから、
彼女が誰と付き合おうと修一は、何も感じなかった。
修一の反応の薄さに、功美はがっかりしているようなそぶりを見せつつも、
二人は家に帰った。
その後、家に帰って終わりではなく、今回のツアーに関する報告書、
どの辺でトラブルが起きたか、起きやすかったかを、
纏めて書く必要があり、修一は一日で書き上げて提出した。
それから、一週間後に報酬は修一の持っている口座に振り込まれた。
金額は、そこそこあったので、これには彼は満足だったが、
しかし、いざ収入があると、
(またやってもいいかな……)
と言う様に気持ちが揺らぐのだった。
さてここからは余談であるが、
八月の中旬、S市で大規模な同人イベントが行われた。
修一は所属する現視研が、サークル参加するので、
開場前の会場にいて、サークルを見て回っていた。
まだ買い物は出来ないが、客がいない今は下見には最適だからだ。
それ以前にイベントが始まったら落ち着くまでは、売り子をしないといけないから、
今のうちに下見をしないといけない。
そして下見をしていると
「桜井君じゃない?」
そこにいたのは喜多村だった。ブースの中にいるので、
参加者のようだった。ここでゆっくり観光できない理由が分かった。
彼女は、同人サークルに所属し、イベント参加で来ているので、
ゆっくり観光ができなかったのである。
彼女との再会に、世間の狭さを感じつつも、
彼女の売る本が修一の好みのジャンルばかりなので、
同人イベントでちょくちょく顔を会わす事になるのだった。
不思議な街の日常~普通を望む者たちの普通でない日々~ 岡島 @okajima
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