9「帰る家は異世界に」
アキラが、修一の家にいるのは、一か月を予定していた。
そのうち二週間はWTWの講習。残りは独り立ちの準備と言うところであるが、
実際にどうなるかは分からない。早く出ていくかもしれないし、
今後も、居続けるかもしれない。ただ、事が大きく動いたのは、
火曜日の事であった。
その日は、放課後、WTWにアキラを迎えに行って、その帰りに二人で
全国チェーンの総合スーパーに寄った。ここでは、全国的に火曜日に、
安いパックお寿司が売られていて、それを買うのが、この街に来る前からの、
桜井家の習慣で、この街にもチェーン店があった事から、それが引き継がれた。
「寿司ってのは、美味いんだよな」
実は、アキラが迷子になった日も火曜日で、あの後、この店で寿司を買って、
アキラも、食している。なお、ファンタテーラにも、寿司は存在するが、
住んでいた国とは違う国の食べ物なので、話は聞いた事はあるが、
食べたことは無いとの事で、初めて食べたアキラは、かなり感激していた。
(パック寿司で、このリアクションなら、本格的な物を食べたら、
どんな感じになるんだろう)
とその時、修一は思った、
なお、このスーパーもアキラにとっては、物珍しいものだらけなのか、
買い物中は、妙にはしゃいでいた。
買い物の途中で、功美から連絡があり、近くに居るとの事で、
迎えに来てくれることになった。そして寿司の他にも買い物をし、
セルフレジで支払いをした後、買ったものをマイバックに詰めて、店を出て、
待っていたが、その時、二人の前を一台の車が通る。すると、アキラに異変が、
「母さん……」
と言い出して、アキラは走り出した。
「ちょっと待て」
修一は後を追う。
車は、スピードを出していなかったので、追いつくことは出来なかったものの
後を追うことは出来た。車は、スーパーの近くある公営墓地に入って行った。
なおこの墓地はスーパーが出来る前から存在し、スーパーの近くに、
墓地が出来たと言うより、墓地の近くにスーパーが出来たと言うべきもの。
修一達が、墓地に着くと、駐車場にその車は停めてあったが、運転手はいなかった。
「多分、墓地の方に居るんだろ」
と修一が言うと、墓地の方へ入っていくアキラ、後追う修一、
暫く二人で墓地をさまよった後、墓参りをしている女性を見つけた。
その女性は、長髪であったが、アキラと同じ赤い髪だった。
修一達が近づき、アキラが
「母さん……」
と呼びかけたが、最初は気づかず、
「母さんだよね」
との一言で気づいて、
「えっ?」
と声を上げながら、こっちを向いた女性は怪訝な表情をしていた。
(この人、髪の色だけじゃない顔もアキラに似ている。あと目の色も同じだ。
同じ色の、オッドアイ……)
二人が親子だと言われて、納得できてしまうような風貌であった。
少しして、困惑気味に
「アキラ……あなた、アキラなの?」
と言い出したので、間違いないようだった。
(そういや、アキラから家族の事、聞いた事ないな……)
確執とかは無いのか、アキラは、嬉しそうだった。
ただ、女性の方は困惑気味なので、
(もしかして、母親の方は、負い目があるとか)
そんな事を思っていたら、予想外の展開が、待っていた。
「貴方、桜井さんの息子さんよね?どうしてアキラと一緒に」
「えっ?」
アキラの母親とされる、この女性、スカーレット・エディフェルは、
功美の知り合いだった。
この直後、その功美から電話があった。内容は、迎えに来たが、何処にいるのか
尋ねるものであった。
「今墓地で、スカーレットって人と会ってる」
「アキラ君も、一緒なの?」
「ああ……」
「そう……じゃあ、そっちに行くわね」
その後、功美が墓地に来て、合流し、その後、再びスーパーに行き、
寿司を、もう一パック買って、スカーレットを家に招き、
共に夕食をとりつつ、功美は彼女にこれまでの事を説明し、
「WTWの講習が終わったあたりで、会わせるつもりだったんだけどね。
もしかしたら、生き別れた息子さんじゃないかって思ったから」
つまり今回の事が無くとも、二人は会う事になっていた。
更に話の席で、修一は、スカーレットの身の上を知った。
スカーレット・エディフェルは、数年前にこの世界に来た来訪者で
秋人が言っていたエディフェル商会の主人でもある。
ただ店自体は、元々彼女の店で、アキラと生き別れた頃、
店は、人に譲って、町を離れていた。何があったかを、修一は聞いたが
「色々あって……」
と言うだけで、詳しい話はしなかったし、アキラもはっきり覚えてなかった。
なお店を譲った相手と言うのが、元は店の従業員で、その後、アキラが戻ってきた際は、その人の好意で、住まわせてもらっていた。
それからナアザの町は、この世界に転移し、後を追う形で、この世界にやって来たスカーレットは、元従業員と再会。
そして、その人の好意から、譲り受ける形で店を返してもらい、今に至る。
(なんだか、紆余曲折だな……)
そして、アキラの今後は、WTWの講習があるので、今週中は
修一の家に居て、日曜には、ナアザの町のエディフェル商会
つまりは、アキラが元々住んでいた家に戻る事となった。
その後、スカーレットは家を後にし、彼女が帰った後、
居間でくつろいでいる修一、なおアキラはトイレで、席を外していて
同じく居間でくつろぐ功美が
「どう思った彼女の事?」
「スカーレットさんの?まあ紆余曲折だなと思ったけど」
すると功美は不敵な笑みを浮かべて
「こんなの、まだまだ序の口よ。彼女はね、異世界転生者なの」
「小説や、漫画とかで、出て来るあの?」
「そう、彼女、元はこの世界の住人で、死後、記憶や人格を維持したまま
ファンタテーラに生まれ変わったの。そして物語の様に立身出世で、英雄になり、
その後は、アイテム屋を開いてスローライフの筈だったんだけど……」
その先は、詳しくは話さなかったが、上手く行かなかったらしく、
アキラとの生き別れに繋がったと思われる。
「ゲートによって、この世界に戻って来て、
ようやく安らぎを得たって感じね。後は家族がいれば感じだけど」
なお彼女の夫、即ちアキラの父親は、すでに亡くなっているとの事。
ここで修一は
「いつ、気づいたの、アキラが知り合いの子共だって」
「WTWから、要請があって、初めて会った時」
「えっ?」
確かに、顔が良く似ている上、苗字まで同じとくれば、気づくはずで、
彼女がアキラを引き受けたのは、もしかしてと言う思いがあったからである。
「じゃあ、なんで今まで……」
「隠すつもりはなかったわよ。だからWTWの講習が終わって、
一段落してから、話すつもりで……」
「けど、もっと早く話したって」
「違ってたら彼女に悪いからね。確証が必要だったのよ」
そう言うと、何処からともなく封筒を取り出す。なお封は切ってある。
「具体的には、DNA鑑定だけどね」
と言って、中の用紙を取り出す、そこに書かれている鑑定結果は、
そこには二人が親子関係である旨が書かれていた。
「結果は、昨日来たけど、遅くても、今週中に来る事になっていたから、
確実に結果が届いてから、と言う事もあるわ」
「………」
何だか分からないが、修一は自分の母親のことながら、
話を素直に受け取れなかった。
(長瀬の時と同じだな……)
どうも裏があるような、そんな気持ちを抱えていた。
それから日曜日までは、いつも通りで、アキラは講習に行き、
それが終わると、修一と、その友人たちと会って、遊ぶと言う日々を続けた。
なお、その日までに、クレーンゲームの腕はだいぶ上がっていた。
そして、土曜日の夜、夕食後の居間にて、アキラは、
「今日まで、ありがとうな。色々と世話してくれて」
「世話って……」
確かに、今日まで、食事や洗濯等は、修一が担当していたが、
彼にとっては苦ではない。
「この二週間、楽しかったぜ。ありがとうな」
この言葉が、今生の別れの言葉のように聞こえた修一は、
「好きな時に、遊びに来いよ」
と言った。この言葉が原因かは不明だが、アキラは日曜日に、連絡なしに、
遊びに来る事が多くなって、今後も二人の付き合いは続く事となる。
翌日、すなわち日曜日、功美の運転する乗用車で、
ナアザの町にあるエディフェル商会に向かった。修一もついてきた。
商会は、個人経営の小さな店だが、入ってみると品ぞろえは良さそうであった。
「50年経ってるって話だけど、あんまり変わってない」
とアキラは言った後、店で待っていたスカーレットに
「ただいま」
と言い、スカーレットは
「おかえりなさい」
と返す。その様子に修一は
(何か、アニメや漫画のワンシーンみたいだな。しかし異世界に飛ばされたが、
親と再会し、家にも帰れたんだから、良しと見るべきだろうか)
と思った。なおアキラが住んでいた部屋も、そのままにしているとの事。
さて、功美とスカーレットが話を始め、一人、手持ち無沙汰になった修一は、
店に並んでいる商品を見ていた。扱っているのは、剣や盾、槍、弓、杖などの
武器類の他。鎧と言った防具類に、回復薬と言ったアイテム系など
剣と魔法の世界を扱うRPGのアイテムショップみたいで。
先も述べたように品ぞろえは良かった。
店に並んでいる商品を見ている中で、その鎧を見つけた。
それは、黒色をしたフルプレートアーマーであった。
(なんだか、特撮ヒーローの様な、そう言えばゲームでこんな感じの
鎧が出て来たこともあるな。それにしてもカッコイイ鎧だ)
修一は、その鎧に妙に心を惹かれてしまい、じっくりと鎧を見ていた。
すると、横から
「その鎧に、興味あるのか?」
とアキラが声を掛けてくる。
「なんか、カッコイイ鎧だなって」
鎧を見たアキラは
「これ、黒騎士のと同じ鎧だな」
「黒騎士?」
「そう、たいそうな装備の割には、低難度の仕事しかしなくて
冒険者ランクが上がらないから、ずっと新人扱いの冒険者だよ」
黒騎士と言うのは、敬称というより蔑称に近い。
「ただ、腕前は確かだから、依頼人からの評判は良かったな。
あとすげぇ魔法使うし」
敬称として黒騎士と呼ぶ人々もいたという。
ここで
「その鎧はね、私の弟子が作ったの」
スカーレットが声を掛けてきた。弟子と言うのはこの店を維持していた
元従業員。その人物は、町が転移してきた際に、一緒に、この世界に来ていて
その後、ファンタテーラの時間差の関係で、スカーレットがこの世界に来た時は、
高齢になっていて、店を譲って間もなくして亡くなったと言う。
「偶然、黒騎士を見かけて、何とも言えない衝動に駆られて作ったらしいわ」
なおこの鎧は、装飾品に変形する魔法の鎧で、ブレスレットに変形するのと
男性専用の鎧との事。
「あと契約スキルが付いてるから、持ち主以外は着る事は出来ない」
なおこの鎧とは別に、同じ理由で作った。同じタイプの女性専用の鎧もあり、
そっちは色々あって、人手に渡ったとの事。
そして、スカーレットは、修一の方をじっと見つめた後
「合格ね」
「はぁ?」
「貴方にならこの鎧を売ることが出来る」
この鎧は、彼女が売りたいと思う人間にしか売りたくないとの事で
それが、鎧を作った元従業員の願いだと言う。
なお、鎧の値段は、学生の小遣いで買うには厳しい値段である
「むしろ、ただであげても良いわ」
とスカーレットが言い出すと、横から功美が出て来て
「ダメよ。お金は、私がきちんと払うから」
と言った後、
「修一、その鎧、欲しいわよね?」
と聞いてきた。
確かに鎧に、心は引かれていたが、買った所で、
何になるのかという気持ちもある。そもそも、普通の学生に鎧は必要ない
だけど、欲しいと言う強い衝動もある訳で、
本来なら、金銭がストッパーとなるが、それも無くなってしまったので
衝動に負けた修一は、頷いていた。
「じゃあ、買ってあげるわ。この店、デビットカード、使えるわよね?」
「使えるわ」
と答えるスカーレット。
なお、修一は、母親にねだって、何かを買ってもらったことは、あまりない。
母親が、勝手に買ってきて、それを気に入ると言うのがほとんどで、
基本的に、自分が欲しいものは、小遣いを溜めて買うのが基本である。
鎧を買って、暫く話をした後、修一達は別れを言って、店を後にした。
修一の腕には、鎧が変形したブレスレットが身に付けられている。
帰りの車の中で、冷静になった修一は、そのブレスレットを見ながら
(買ってもらったはいいけど、何の役にたつのかな)
と思っていた。しかし、後に、この鎧が大いに役立つ事となるのだ。
S市にある内装が、かわいらしい喫茶店では、ケーキバイキングやっていて
女性客で混んでいた。その中に、その少女はいた。ショートカットの髪型に、服装の男っぽさもあり、ボーイッシュな印象も受ける美少女であったが、彼女は笑顔で、
皿に並ぶケーキを食べていると、店員がやって来て
「相席よろしいですか?」
と聞いてきたので、
「いいですけど」
と答えると、案内されてきたのは鴨臥凱斗である。少女は初対面であったが、
外観からその性格が読み取れるのか、あまりいい顔はしなかった。
少女の様子などお構いなしに、テーブルに着く凱斗であるが、少女の皿を見て、
「ほぅ……」
と言ったかと思うと、
「俺は、鴨臥凱斗、お前は?」
「桜井……恵美……」
「そうか……それにしても恵美、お前は、良い趣味をしている。
同じものを取って来るか」
と言って、ケーキを取りに、席を外した。
(何なんだアイツ……見るからに暴君みたいな奴だな)
見た目からの判断であるが間違いではない。
この後、凱斗は、言う通り恵美と同じケーキを取って戻って来るが、
二人の間に、会話はない。ただケーキの趣味が、尽く合うので、
マネしてるわけではないのに、同じものを食べていた。
その後、恵美は料金を払い、店を出た後、
(なんだか二度と会いたくないな)
そんな事を思っていたが、ケーキの趣味が、尽く合う所為か
ケーキを買いに行くと、鉢合わせとなる事が多かった。
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