10「犯人」

 さて麗香に疑念を向けたところで、どうすべきか、

顔色が悪い以外に、特に異変はないので、確証にはならない。


 桜井家に集まった際に、修一は亮一の事は言えないので、

功美の話として、


「母さんの話じゃ、異変がハッキリとわかるようにとなると、

限りなく手遅れに近いらしい」


この時、仕事があるので、この場にはマチルダはいないが、

後に聞いた話であるが、以前も確証が持てるほどの異変となった時は、

もう手遅れに近い状態だったと言う。

実は、この時は前兆が分かってなくて、

事が終わった後、思い返して気づいた事なのだ。


 とにかく、急ぎ行動を起こす必要があるが、


「でも違ってたら、まずいしな」


濡れ衣と言うだけでなく、変に騒ぎになって、

真犯人に、こちらの動きが知られて、妙な事をされてもまずい。

もちろん麗香が、真犯人でも同じこと、

勘付かれたと思って、何かされる可能性もある。


 この時、修一は、


「ここは、慎重に行こう」


と言いつつ、ナタリアに


「特に直接、本人を問い詰めるのは危険だ。

勘付かれたと思い、何かしかねないからな」


と釘を刺した。


 修一の言葉に対し、


「わかってる……」


とは言ったものの、彼女の性格から考えると、

黙っていられないような気がした。

案の定と言うべきか、修一達は、麗香の監視を行っていたが、

修一も、秋人も、それぞれの別々の用事で、

目を離したすきに、ナタリアは麗香に接触してしまっていた。


 修一が、用事を終えて教室に戻る途中、

ナタリアと麗香が話をしているのを見た。

もちろん談笑なんてものじゃなく、いつもの様に、

風紀委員として、注意をしているように見えた。


 その後、話が終わり麗香が、その場を立ち去った後、

今度は、修一がこの状況に血相を変えてナタリアに、


「何の話をしてた?」


と尋ねた。するとナタリアは、


「顔色が悪いままやから、調子はどうか聞いただけや、

こういう事を聞くのも風紀委員の仕事やからな」


正確には、体調不良が良からぬ事に起因してるんじゃないか、

と言う事を尋ねたと言う事になる。


「魔導書の事は?」

「さり気なく話したけど……」

「えっ!」


顔が引きつる修一。


「大丈夫や、魔導書の事は普段から注意してるからな」


確かに魔導書も使ってる魔法使いに、それが大丈夫なものか聞いている姿を、

見た事があった。


「でも淫獄の書の話は、話してへんで」

「それでも不自然じゃないか、彼女は魔導書持ちの魔法使いじゃないぞ」


すると彼女は再び、


「大丈夫や」


と言い、


「前に古本屋から出てきた際に、バッタリおうて、

いやらしい本を持ってないか、魔導書を買ってないか、

聞いたことがあるからな」


ナタリアも魔導書が、過去に古本屋に出回っている事を知っていた。


「だから大丈夫なはずや、いつもの事って思ってるはずやで」

「………」


何とも言えない表情を見せ、黙り込む修一。


 本当に大丈夫なのかと言う思いもあるが、

古本屋から出てきた時と言う事は、学外での話と言う事になる。

学校外でも、注意をされると言うのが、

余計に恨みを狩ったんじゃないかと言う思いもした。


 それより、魔導書を話してしまったのは気になった。

この事を秋人に話すと、


「それまずいじゃないかな。もし麗香さんが神経質になってたら、

普段からとはいっても、今回はどうだか分からないよ」


更に放課後、空き教室に、その後の動向を話すために、

修一、秋人、マチルダ、ナタリアが集まった時に、

この事も話したのだが


「同じ轍を踏んだかもしれないわね……」


とマチルダは不安そうにしていた。

なんでも当時、学生だったマチルダは、教師だった功美の制止を無視して、

当時犯人だった人物に、魔導書の事を聞いてしまい、


「状況は、悪化したわ。どうも焦った相手が、

魔法をさらに重ねがけしたみたいで」


お札の効果で、呪いが跳ね返り結果、魔物化を促進させる結果になった。


 ナタリアは、修一や秋人の話を聞いているうちは、

特に気にする様子もなかったが、教師であるマチルダの話を聞く至って、

まずい事をしたと思ったのか、彼女の顔色も悪くなって来た。

そんな彼女にマチルダは、教師として、


「まあ、やってしまったことは仕方ないわ。これから気を付けなさい」


と諭すように言うのだった。


 しかしここで、秋人が、思いついたように


「これはチャンスかもしれない……」

「どういう事だ」

「淫獄の書は、使用してないうちは、ただの本でしかないんだ。

でも使用すれば強力な魔力を発する」


麗香は、超能力者故に、基本的に魔法は使えないから、

使ったとすれば、規格外か淫獄の書と言う事になる。

実際は、他にも超能力者が使える魔法と言うのはあるのだが、


「僕は淫獄の書の魔力残滓を知ってるからね使われれば、直ぐにわかるよ」


淫獄の書の魔力残滓は特殊で、使用者の特定はできないものの、

特殊故に、使用した魔法が、淫獄の書の物であるか特定できる。


「つまり現場を押さえると言う事か?」

「変に現場に乗り込んだら、魔法が暴走して、

その場で魔物になるかもしれないから、それは出来ない。

ただ、魔導書は使用後も、少し間は、魔力を発し続ける」


つまり、魔導書の隠し場所を探ると言う訳である。


「ただ家とか、サーチ除けがある場所を使うだろうから

近距離で、サーチの力を最大にするしかない」


それでも魔力の発生を察知するだけで精一杯である。

その上、使うだけで使用者への負担も大きい。

だから、対象者が絞られ、尚且つ確実に、

使ってくる時を狙うしかなかった。


 ここでふと修一は、思い立って


「お前、どうして魔力残滓を知ってるんだ」


と聞くと、秋人は暗い表情で、


「魔法学校……」


とだけ言った。するとマチルダは何かを知ってるようで


「それ以上は、聞かないであげて」


と言い、修一自身、聞かない方がいいと思い。

それ以上は聞かなかった。


 とにかく、今日ナタリアが話しかけた故に、

麗香は行動を起こすだろうと思われた。


「そう言えば、東雲さん。もう家に帰ったんじゃないかしら」


というマチルダであるが、修一は、


「たしか、今日は木之瀬がお茶会するって言ってなかったか?」


教室で、偶然小耳に挟んだことである。


「そう言えば、イノさんもそんな事を言ってた」


お茶会には、木之瀬と取り巻き連中が集まることになっている。

当然、取り巻きの一人である麗香もそこにいるはずである。


「イノさんに聞いてみるよ」


そう言うと、お茶会に行っているであろうイノに、連絡を取る。

結果は、麗香はお茶会に参加してると言うものだった。

従って、時間はまだある。


 問題は、彼女の家がどこかだった。クラスメイトとはいっても、

どこに住んでいるかは知らない。

教師であるマチルダは知っているが、守秘義務がある。

しかし、今回は、自分だけでなく魔物化したら、

麗香自身の為にもならないので、


「教師として失格かもしれないけど……」


と言って、彼女の住所を言おうとするが、


「その必要は、ありません」


とナタリアが制止する。


「アタシ、彼女の家を知ってますんで……」


何で知っているかは、偶然との事。


 そんな訳で、まだ仕事のあるマチルダを学校に残し、

三人は、部活もないので、下校して、いったん自宅に戻った後、

普段着に着替え、再び集まった。

木之瀬蘭子のお茶会が終わる時間は、有名なので、

修一たちも知っていて、時間に余裕がある事が、

分かっていたからである。あと蒼穹たちには連絡を入れ忘れている。


 ちなみに集まった場所は、公園でナタリアによると、麗香の家の近くだと言う。

三人は合流した後、麗香の家へと向かった。

なお麗香の家は、住宅街にあって、これといった特徴のない家であった。

ただ裏が空き地なので、都合はよかった。


 その後、家の周辺に身を隠し、麗香が帰って来るのを確認


(なんだか、こっちが悪い事をしてるみたいだ)


と修一は思いつつも、彼女が家に入るとすぐに、裏庭に移動。


「じゃあ、さっそく」


と言って、秋人はサーチを発動させようとする。


「早すぎないか?」


このサーチは負担が掛かると聞いていたので、

修一は、心配そうに言うと、


「麗香さんは、母子家庭で夜まで、親がいないとか、

いってたのを聞いたことがあるよ」


修一も、同じことを言われたのを思い出す。

そして淫獄の書の魔法の動作は、人には見せられない動きが必要だから、

親がいると、出来ない可能性があるので、

家に帰ってすぐに、やるだろうという事だった。


 そして、サーチを発動させる秋人。数十分後、彼の読み通り


「始めたみたい」


ただ暴走の危険を考えると、乗り込むことはできない。

しかし、危ないと分かっていても、逸る気持ちがして、

とにかく気持ちを抑える。


 しばらくすると、


「魔力は弱まっているから、魔法はかけ終わったんだと思う」


ただ弱まってるとはいえ、しばらく魔力は発生し続けるので、

それを追って、魔導書の大体であるが位置を、探るのであるが


「おい、大丈夫か……」


この時、秋人の息が上がっていて、

明らかに辛そうだった。それだけ、きついのである。

ただ自分で出来そうなこと事だから、魔王の鎧は使わない。


 秋人は、


「大丈夫……」


と言いつつも、


「ああ……まずい」

「どうかしたのか?!」

「離れていく、多分家を出たと思う」


次の瞬間、疲労の為か、倒れそうになる秋人。


「!」


その体を支える修一。


「大丈夫……早く彼女を追って!」

「わかった。」


 そしてナタリアに後を任せ、修一はその場を後にして彼女を追った。

秋人から向かった方向は判っていたので、


(いた!)


麗香を見つけることができた。彼女は学生服で鞄を手にしていた。


(あの鞄の中に魔導書が……)


だがこの後、彼女が人ごみに紛れてしまい、


(しまった!)


結局、見失ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る