5「二人の番長と少年の抱える事情」

 さて長瀬メイによる、メールの一斉送信で、部長の入院が部員に、

知れ渡った結果、普段の面倒見の良さ故に、

部員たちからは慕われているからか、部員が交代でお見舞いに来るようになった。

人の評価と言うのは、こういう時によく現れる。

評価が悪い人には、誰も見舞いに来ない。


 その日は、修一とラノベ班の筈であったが、春奈と麻衣は、

急用ができたとの事で、遅れていく形になって、修一とメイの二人きりで

お見舞いに行く羽目になった。


 さて二人が病院に到着すると、病院から木之瀬蘭子が出てきた。

風は吹いていないのに、修一は、彼女の髪がなびいたような気がした。


「あら、桜井君。御病気ですか?」

「いや、お見舞い」

「じゃあ、私と同じですね」


蘭子も誰かの見舞いに来ていたらしい。


「では、また学校で……」


と言って、去っていった。


 その後、病室に着くと、愛梨の姿があった。

彼女は部長と一番親しい故にほぼ毎日通い、部長の家に、

着替えや必要な日用品を取りに行くなど、部員の中で一番、部長の世話をしていた。


 さて病室にいる部長に、


「部長、怪我の具合は」


と修一が聞くと


「ちょっときついけど、ベッドから起き上がって動けるようになったかな」


怪我の方は、着実によくなっているようだった。


 そしてベッドの側の机には、果物の入った籠があった。


「副部長が持っていたんですか?」


と聞くと、


「違うよ。あーしが来た時には。置いてあった」


なお愛梨が、修一達よりも少し早い程度で、ほぼ今来たばかりの状況である。


「妹よ。妹が来ておいていったの……」

「部長って妹さんがいたんだ……」

「伝えてないのに、どこで、話を聞きつけたんだか」


修一は、入部の際に部長の本名を聞いていたので、その妹の事が気になり、

話を聞こうとすると、開けっ放しになっている病室の出入り口の方から声がした。


「あれ、お通夜じゃない。アンタも入院してたのかい?」


ストレートのロングヘヤーで鋭い目つきの和風美人、パジャマ姿で、

サンダル履きなので、入院患者の様。その女性を見て、愛梨の表情が強張る。


 その女性は、


「久しいねえ」


と言いながら、部屋に入って来る。そして、


「相変わらず、陰キャだね」


と言って嫌味な笑みを浮かべた。顔を伏せる部長、

この人物は部長の知り合いみたいだが、あまり良い中ではなさそうである。


「不良は出てけ、他の患者の迷惑になるでしょうが」


と愛梨は、強い口調で言う。


「相変わらず、腰巾着も一緒だね、別にいいじゃん。

同じ中学の同級生に挨拶してもさ」

「アンタ達が、お姉ちゃんにした事、忘れちゃいないよ!」


向こうは嫌味な口調で


「覚えていてくれてありがとね、それアタイの武勇伝だから」

「アンタねえ!」


激昂する愛梨。


 一方、修一も、女性の嫌味な態度に、不快感を覚え、その結果、彼の中で、正義感と言う病気が出て来て、何か言ってやろうとしたその時、横にいたメイが


「お菊さん……あの人が……」


と言ったので、思わず女性に向かって、


「アンタがお菊さん!」


と言っていた。すると女性、は


「そうよ。アタイが、合戸路の、いや直に鋼のスケ番を倒し、

この街一の番長になる」


と言った後、部長に向かって、相変わらずの嫌味な口調で、


「ごめんねぇ、アンタから彼氏だけじゃなくて、名前までもらっちゃって

でもあだ名だから、アタイが決めたわけじゃないから仕方ないよねぇ、菊乃ちゃん」


菊乃と言うのは、部長の本名である。俯いていた部長は、今の一言で、

身を震わせ出した。

ここで愛梨が、何か言おうとしたが、先に口を開いたのは、修一だった。


「さっさと出てけ、じゃないとテメエ、脳天叩き割って井戸に沈めるぞ!」


すると女性こと、お菊は、嫌味な笑みを浮かべたまま


「ほう、随分と随分と大きな事、言うじゃない。ところでアンタ何なの

まさか、お通夜の彼氏?」

「誰だ?お通夜って」

「菊乃の事よ。菊は葬式の花。それにコイツ、普段からお通夜みたいに暗いじゃん」

「テメエなあ……」

「ところで、彼氏なのかい?」

「違う、学校の後輩」


お菊は、


「そっちの嬢ちゃんも」


メイは、頷く。


「そうよね。お通夜みたいな陰キャが、彼氏なんてねえ、

前の彼氏だって奇跡なのに」


と言って笑いつつも、彼女は部長が留年している事は知らないようで、


「まあ、腰巾着以外に、卒業した先輩を見舞いに来る後輩がいるってのも、

奇跡だけどさ」


と言った。その物言いに、ますます腹が立った修一は、握り拳を作り、

向かって行こうとしたが、メイに肩を掴まれ、


「それはいけない……」


と停められる。


 丁度その時、病室に不良っぽい男子学生が、


「番長!」


と言って入って来た。どうやら、お菊の舎弟の様である。


「どう、ヤツは見つかった?」

「いえ、それらしき奴は、と言うか、俺ら、顔で分からないんですよ。

どうやって探すんです」

「つべこべ言わずに、サッサと、それらしい奴探してきな!」

「ヘイ!」


と言って出て行った。


 そして、


「そういや、鋼のスケ番も、この病院してるらしいねえ。今探してんだけど」


と言った後、


「何か知らないけど、例の鎧で飛んでて、山に中に墜落したんだと、

アタイも近くに居たんだ……」


機嫌がいいのか、聞いてもない事をベラベラと話し始めた。

それによると、山中で舎弟を連れて、打倒、鋼のスケ番を掲げて

鍛錬していて、その近くに墜落したのであるが、


「舎弟が、確認してくれたんだけど、間の悪い事に、盲腸で、

それどこじゃなくなくなってね」


ここで、修一は、もう一台の救急車の事を思いだした。


(あの救急車には、この女が乗ってたのか)


なお搬送後、即手術を受け、今は経過観察中らしい。


 そしてお菊は、本人が目の前にいるとも知らずに、


「なあ、お前らも、それらしい奴見なかったかい?」


と聞いてきたので、全員首を横に振った。


「そうか、まあ聞くだけ無駄ね」


そう言うと、病室を去ろうとするが、


「そうだ、そこのアンタ」


と言って、修一の方を向く。思わず身構える修一。


「いい度胸してるね。気に入ったわ。またね」


修一は、


「次あったらただじゃ置かねぇ」


と言いそうになったが、メイに止められた。


 すると部長は、声を震わせながら


「ごめんね、みんな、私、何も言えなかった……」

「部長……」

「私は、あのスーツが無いと何もできない……」


何とも、居たたまれない気持ちになるが、

修一は、何かを言わなきゃいけないって気持ちに駆られ、


「そんな事を言わないでください。そのスーツを作ったのは、部長でしょう。」

「だけど……」

「今は、何もできないかもしれない。でもあのスーツ作った事で、

証明しているんです。貴女は無限の可能性がある事を、

だからその、何と言っていいか……」


訳が分からなくなって来る修一であるが、どうにか思いを言葉にしようとして、


「とにかく、自分を責めないでください。必ずあなたは成し遂げれるはずです!」


と言ったが、急に恥ずかしさを感じ、この場に居ずらくなって、


「もう帰りますね」


そう言って、病室を出た。なお余談であるが、彼と入れ替わるように、春奈と麻衣が来た。


 病院を出た修一は、家に帰ろうとしたが、


(何やってるんだよな、俺……)


と思い、頭を冷やそうと街を歩き回って、気づくと部長の家の前に来ていたのだが、


「あれ?」


工場の扉が開いていた。


(あの後、副部長が家の戸締りしたんじゃ……)


部長の家は、お手製の電子制御で、ネットを通して戸締りが出来る。

あと監視カメラも付いていて、真一が帰ったのを確認して、

病室ではスマホが使えないのと、部長が、身動きが取れない関係上、

愛梨が、携帯が使える場所で部長のスマホを借りて行った。

ちなみに、愛梨が部長の家に着替えを取りに行くときも、スマホを借りている。

あと先の監視カメラも含め、お手製であるが、セキュリティーもしてある。


 さて気になった修一が、開いた扉からのぞき込むと、


「真一!」


修一の存在に気づき、慌てた様子を見せる真一。


「勝手に入って何やってるんだ!」

「ごめんなさい。でもどうしても完成させたくて」


真一は、工場に勝手に入って、作業を続行していたのだった。

修一も、工場に入って事情を聴く。


「どうやって入った?あとセキュリティーは」

「どちらも、ハッキングで……」

「それ犯罪だぞ!子供だからって許される事じゃない!」

「ごめんなさい!ごめんなさい!」


HMDを外し、ひたすら平謝りする真一に


「どうして、そこまでして……」

「雨宮さんに、ちょっとでも、恩返ししたくて」


 真一は身の上話を始めた。彼は、自分がどこの誰だか、わったく分からない。

真一と言う名前も、保護された時、着ていた服に、書かれていたものと言う。

何も分からず、不安を感じていた彼を、引き取って育ててくれているのが、

「interwine」の店長の雨宮ショウと言う人物だった。


「雨宮さんは、僕を温かく迎えてくれて、それから色々と、お世話になってて……」


修一は「interwine」の常連なので、店長の人柄が良いのは、よく知っている。


「ちょっとでも恩返ししたくて、そしたら、店が人手不足になって、

でも、僕は、まだ働けないし、人は来ないし、そんな中、ロボを見つけて……」


マシンクロによって、あのロボがウェイトレスとして使える事を知ったと言う。


「つまり、店を手伝う為って事か」

「そうです。もちろん興味本位というのもありますけど……」


今は、店長の知り合い、つまり樹里や陽香が来て、手伝ってはくれているが、

常時と言う訳には行かないとの事で、大変な状況には違いないらしい。


「昨日は、手伝いの人は来なくて、忙しくて、大変そうで……」


その様子を見ていると、いても立っても入れなくなって、

それで、今日ここに来たという。


「けど君はやった事は、逆に雨宮さんに迷惑をかける事になるぞ」

「分かってます……」


と言って、すまなそうな顔をする真一、反省しているのは目に見えているので、

ここは武士の情けと言うところで、黙っておくこととした。

もちろんハッキングの後始末はさせるつもりではある。


そんな時に、修一の携帯が鳴った。


「部長からだ」


部長とは、連絡先を交換していた。電話に出ると、


「桜井君、真一君に、変わってくれないかな」

「えっ!」

「知ってるよ。貴方たちが工場にいる事は」


彼女の言った事に、驚きつつも、


「真一君に、代わってくれないかな」


真一に電話を替わる。それからは、


「ごめんなさい!ごめんなさい!……」


平謝りをした後に、話をして


「修一さんに、代わってって……」


そう言って電話を返してきた。


 そして部長は、これまで通り、真一に工場での作業を認めると言う旨を伝えて来て、


「桜井君には、これまで通り、真一君を見守ってもらえないかな?」

「それは良いですけど」


それと、真一のハッキング関しては、大目に見るから、口外しない様にと、

元よりそのつもりだったから、了承したが、


「どうして、こっちの事が分かったんですか?」


と聞くと、


「それは、夢沢さんから……」


話によると、夢沢麻衣が、用事を終えて、病院に向かう途中、

偶然、部長の家の前を通り、家の前にいた真一の姿を見ていた。

彼女は、部長の家や真一の事を知っていて、

その時は気に話ならなかったが、病室で、何の気なしにその話をして

それを聞いた部長は、まさかと思ったとの事。


「スマホで、セキュリティーを確認したけど、特に異常はなかった。

監視カメラにも、何も映ってない。

でも私は、真一君のハッキング能力を知ってたから……」


システムをチェックし、真一のハッキングを破ったとの事で

修一が来たあたりから、工場の中の出来事は、映像はもちろん、

音声も含め筒抜けになっていた。


 なお工場での作業を認める理由に関しては、


「私も、雨宮さんには、色々と世話になってるから、助けになるのなら……」


と真一の思いに賛同したからとの事。


 そして、最後に


「それとさっきは、ありがとうね。修一君の言葉を聞いたら

元気が出てきた気がするから……それじゃあ、またね」


と言って電話が切れた。その言葉を聞いて、修一は安堵の様な物を感じた。

そして、部長の許可も得た事で、ロボの修復作業は再開されることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る