第五話

「ヨルは私に対して雑だと思うんです」


 モチャモチャとクレープを頬張っているツナは不満そうにそう口にする。


「はぁ……」

「大人のレディとして扱うべきなのに、普段から子供扱いです」

「子供だからーとか言って一緒に寝てるくせに……」

「それは方便です」

「堂々と言うな」

「部下のヨルが寂しくならないように上司としての配慮です」

「一般企業でやったら一瞬で捕まりそう。……で、何が不満なんだ」


 ツナは手をバタバタとさせて不満そうな表情を浮かべる。


「服を買いに行ったとき、子供服売り場に連れて行かれました」

「それは仕方ないだろ……サイズ的に。……ソラに言った言葉、どこまで本気なんだ?」

「だいたい全部本当ですよ。手の内を全て晒したわけではありませんけど」


 パクパクとクレープを頬張るツナの頬に付いたクリームを指先で拭うと、ツナは「んっ」とこそばゆそうな声を出す。


「そう言えば、話は変わるんですけど、わざマシン先輩ってどういう人なんですか? 目立つ人ではありますけどSNSも動画投稿もやってないのであんまり知らないんですよね」

「あー、まぁ何というか「武芸者」って感じだな」

「へー、やっぱりスレの皆さんが言うようなゴリラみたいな男性なんですか?」

「めっちゃあのスレ気に入ってるな」

「今までのファンアート全部保存してます」


 削除しろ。


「アイツはむしろ小さいな。140cm程度で体型も華奢だ」

「あの人ぐらいの感じですか?」


 ツナはクレープを両手に持っている少女の方に目を向ける。

 少女はペタッと一人掛けの席に座り、そのまま両手に持ったクレープをひとりで食べ始めた。


「ああ、ちょうどあのぐらいの……」

「んぅ? どうしました?」


 俺が驚きで戸惑っているとツナは不思議そうに首を傾げる。


 背は低くあどけなさは残るが高校生ぐらいの年齢。少しツリ目がちな瞳とスッとした顔立ち。

 小さな顔と長い手足……。


 普段見るダンジョンでの格好とは違うが……彼女は間違いなく『わざマシン先輩』とスレで呼ばれている。

 ……この国で最強の武芸者だ。


「めっちゃ見覚えのある顔だ…………」

「えっ、えっ、も、もしかしてあの人なんですか!?」

「…………久しぶりに顔を見ない日が来たと思ったら何やってんだよ」

「こ、声かけます? お世話になってるわけですし」


 いやその理屈はおかしい。

 まぁ、見つかる前に立ち去った方がいいだろうな。顔を見られたことも声を聞かれたこともないが、万が一を考えた方がいいだろう。


 俺がスッと立ち上がったその瞬間、わざマシン先輩とネットの連中から呼ばれてオモチャにされている少女も同時に立ち上がる。


 思わず行った警戒。

 思わず放ってしまった俺の警戒の緊張感により、ツナが驚いて「ひゃっ」と言いながら倒れそうになる。


 その瞬間、クレープを手放した少女がツナが地面に転けるよりも早くツナの身体を支えて、それからゆっくりと息を吐く。


「ふー、大丈夫ですか?」

「あ、す、すみません。なんだか足がもつれちゃって」


 普段から見慣れた顔……けれども戦う時の真剣な表情しか見ていなかったため少し新鮮に映る。


 彼女はよしよしとツナの頭を撫でてから自分の席に向かい……びっちゃりと床に落ちたクレープを見て絶望の表情を浮かべる。


「あ、ああ……ぼ、僕の……僕のクレープがぁ……!?」


 ……ひたすら毎日俺に戦いを挑むバーサーカーみたいなやつだと思っていた人物が、クレープを前に絶望の表情を浮かべていた。


 こいつ、こんな性格だったのか……と思いながらも、無視するわけにもいかず、項垂れている少女に声をかける。


「あー、いや、俺のツレがすみません。弁償……というか、新しいのを買うんで」

「い、いいですよ。これは僕のミスで……」


 と言いながらも少女はジッと地面に落ちたクレープを見つめて目を離さない。


「ツナ、新しいの買ってきて」

「了解です」


 パタパタとツナが行ったのを見て、俺は地面に落ちたクレープを拾ってゴミ箱に捨てて、床のクリームを拭く。


 少女はへにゃりとへこんだ表情で俺の刀に目を向ける。


「……あなたも探索者の人ですか?」

「ああ、そうだけど」

「あっ、やっぱりそうなんですね。その刀と立ち姿、それに……平日昼間からこんなところにいるなんて働いてる人だとありえませんもんね」


 特に悪気があって発したわけではないであろう少女の言葉が俺の胸に突き刺さる。いや、ニートじゃねえし、ダンジョンの中ボスの仕事してるし、働いてるし。


 近くで、敵意を見せられずに見つめると綺麗な人だと改めて思わされる。

 元々整った顔の少女とは思っていたが……本当に可愛くて、見惚れてしまいそうになる。


 不意に少女が口を開く。


「……あれ、何だか見覚えがあるような。……会ったこと、ありましたっけ」

「……いや、初めて会うな」


 誤魔化そうとするも少女はジッと俺の顔を見つめる。

 まずい……と思っているとツナが戻ってきて、少女はその手に握られた四つのクレープに目を輝かせる。


「わ、わぁ! いいんですか? 元々半分くらい食べてたのに」

「ああ……まぁ、助けてもらったんで。ツナ、この子に二つは分かるんだけど、残りの二つは?」

「えっ、新しいの買ってきてってヨルが言ったから」

「いや、俺たちの分はいらないだろ」


 はぁ……と言いながらツナからクレープを受け取って座り直す。

 ツナは隣に座った少女を見ながらクレープを食べて、コテリと首を傾げる。


「今日はお仕事ないんですか?」

「えっ、あー、そうですね。……フリーランス、なので、ね? ほら、自分で仕事を選ぶことが出来る。そういう働き方をしてるので」


 ただの探索者なのに横文字を使うな。


「……」

「……」

「すみません。ただの底辺探索者です。今日は二週間に一度のクレープの日なんです。お金が全然なくて、正直、ご馳走してもらってすごく助かってます」

「い、いや……さっきの動きすごかったし、底辺なんてことは……」


 と、俺が慰めると少女は両手にクレープを持ちながらズシーンと落ち込む。


「僕、本当にダメダメなんです。頭が悪すぎて高校全落ちして、お皿割りすぎてアルバイトもクビになって、実家でやっていた剣術を活かして探索者になったけど、色んなパーティから追い出されて……」

「い、いや……まあ、ほら、でも、合う合わないってありますし」

「ダメなんです……。僕、本当に罠を踏みまくってしまって、何度パーティを危険に晒したか……。元パーティメンバーから「なんで罠踏むの?」とか「むしろ罠踏みに行ってない?」とか「もはや足元に罠を生成してるだろ」とか言われる始末で」

「えっ、罠生成してるんですか?」

「してないだろ」


 …………割とライバル視していた最強の探索者……ダンジョン外……というか、うちのダンジョン以外ならこんな感じなのか。


「あ、そ、そう言えばお兄さんも探索者なんですよね? も、もしかしてパーティメンバー募集してたり……しません? わ、罠はダメですけど、実力はその……ま、まぁ、その、そこそこ……しょ、初心者よりかは……いえ、その、が、頑張ります!」

「いや、剣の腕には自信持っていいだろ」

「えっ」


 思わず突っ込むと少女は不思議そうな表情を浮かべる。


「あ、そう言えば名乗ってなかったです。すみません、本当に僕はダメなやつで……。えっと、夕長です。夕長アマネ。探索者の仲間からはアメって呼ばれてます。ほら、夕長だと咄嗟の時に長すぎるし、アマだとなんか悪口っぽいので」

「ああ……」

「い、いえ、ち、違います! 違います! その、そう呼べって無理に言ってるのではなくて、ただ、その……」


 ……こいつ、こんなにポンコツだったんだなぁ。

 戦ってるときは凛々しくて、男の俺が惚れそうになるぐらいカッコいいのに……。


「す、すみません」

「いや、俺は結城ヨル。こっちの小さいのは朝霧キヅナだ」

「あれ、苗字違うんですね」


 あ、油断してたな。ツナはじとーっと俺を見て、仕方なさそうに口を開く。


「まだ籍を入れてないので」


 おいコラ、何を口走ってるんだ。


 俺がさらに誤魔化そうとすると、ネットでわざマシン先輩と呼ばれている少女は納得したように頷く。


「ああ、これからご兄妹になるんですね。よかったですね、優しそうなお兄さんが出来て」


 ああ……「籍を入れてない」という発言を、俺とツナの話ではなくて親の話と思ったのか。まぁそりゃそうだよな。


 むすーっとしてるツナを見ながら、アメに自分の持っているクレープを向ける。


「食べるか?」

「えっ、いいんですか?」


 アメは目を輝かせて俺が持っているクレープにパクりと食いつく。


「いや……アーンじゃなくて、全部食うかなと……」

「へ? あ、す、すみません。そ、そうですよね。え、えっと……い、いいんですか?」

「まぁ、お詫び。随分と好きらしいしな」

「お詫び……もう二つもクレープいただきましたけど」

「まぁそれもあるけど……」


 普段毎日のようにボコボコにしてるのが。

 五個目のクレープを美味しそうに頬張っている姿を見て、どうしたものかと考える。

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