第二十九話
ダンジョンの奥、待っていたらしい枯田ソラの元に辿り着く。
「お疲れ様。それで……その子が例の子?」
「ああ、割とネットとかでも有名な探索者だけど……。ソラさん、ネットとか見ないよな」
「情報ならダンジョンマスター同士の方が正確だからね」
「いや、娯楽として……。暇だろ」
まぁ退屈なのが平気とかそういう精神性なのだが。
椅子に座りながらアメの方を見る。
「夕長アマネ。俺自身を除けば俺が知る中で最強の剣士だ」
「よ、よろしくお願いします。夕長です」
「ん、そんなに畏まらなくていいよ。組合長と言っても、ただの会議室の提供者みたいなもんだしね」
ソラはそう言いながらアメにも座るように促し、アメはおずおずと遠慮がちに座る。
「それにしても、おふたりさんが新しい人を入れるなんて珍しいね」
「ん、まぁ、アメさんは優秀な人ですし、信頼も出来るので。ソラさんのところは人を増やしたりしないんですか? というか、副官の人を見たことないですけど」
「だいたい朝にパチンコ代だけ持って夜に帰ってくるよ」
「ええ、大丈夫なのか……」
呆れながらため息を吐くと、ソラは少し面白そうに笑う。
「いやいや、あれでも有事では頼りになるんだよ」
「まぁ俺がどうこう言うことでもないが……。それで、本題の件なんだが」
早速切り出すと、ソラは少し困った表情を浮かべる。
「あー、改築したい場所にダンジョンがあって、ぶつかってしまうから間に入って話を通してほしいって話だったよね」
「はい。えっと確か【影の寄り道】というダンジョンです」
「そうそう。で、そこのマスターのセツちゃんなんだけど……」
「何か問題ありましたか? DPで解決出来ることならそうさせてもらいますが」
ツナが尋ねると、ソラは難しそうに表情を変える。
「いや……それ自体は全く問題ないみたいなんだけど……。別件でお願いしたいことがあるらしくて」
「別件……ですか?」
ソラは頷く。
「このままだと生き残れないから保護してもらいたい。とのことだよ」
思わぬ言葉に俺とツナは目を合わせて意思疎通をし、ツナが机に手を置いてソラを見る。
「……そこまで低調なダンジョンだったとは思えないです。それに保護と言っても……ダンジョンコアを失えばダンジョンマスターは死にます。やり方を考えれば……というかダンジョンをくっつければ保護は可能ですけど」
「まぁ、保護する側としては自分の家の中に人を住まわせるみたいなもんだよね。突然攻撃されるリスクもあるし」
「はい。私達からすると敵になるかもしれない人を内側に入れることになるのでデメリットが大きいです。ダンジョン内に別のダンジョンを抱えるなんて」
当然、普通なら拒否するし、ツナも乗り気ではないという意志を見せる。だが……まだ「ダメです」とは言っていない。
「でも、メリットはあるよ。本来ならダンジョンの「テーマ」のせいでダンジョンの傾向は一定だけど、複数のダンジョンが絡み合ってたら環境とか出るモンスターの幅を増やして、ダンジョンがバラバラにあるのよりも遥かに攻略されにくくなる」
「どこもそれをしてないのは、寝首をかかれたときのリスクが大きすぎるからです」
ツナはそう言いながらチラリと俺を見る。
「とは言えど、助けを求める人を冷酷に見放すわけにはいきませんね」
「おお、流石。ヨルくんの前では好感度上げに余念がない」
「えへへ」
いや、バカにされてるぞ、ツナ。
「でも、急な話ですね。割と強気な女の子だったような……あっそういえばヨルの本に「強気な女の子ほど中身は弱いもんだぜゲヘヘヘ」ってセリフがありましたね」
「ヨルくん……。ツナちゃんには見えないところに置きなよ、そういうのは」
「隠してても見つけられるんだよ……! スマホの中も勝手に見られるし……」
「そ、そうなんだ。……ツナちゃん、あんまりよくないよ、そういうの」
ツナが端末を取り出してゴソゴソと操作し、出てきた何かをソラに渡す。
「ヨルくん。ツナちゃんという人がいながらそういうのを見るのは浮気だよ」
「堂々と買収するな。それよりも……どうするんだ」
俺がツナに尋ねると、ツナは仕方なさそうに頷く。
「とりあえず助けます。探索者の訪問者を増やすには探索者ならびにその土地に住んでいる人口を増やすのがいいですからね。一個のダンジョンが盛り上がっているのよりも複数のダンジョンが盛り上がっている方が最終的に良いです」
そう言いながらツナはスマホを取り出して何かのデータを見せる。
「ここ最近の、この辺りの家賃相場とホテルの相場です。家賃はほとんど変わってないのに、ホテルの値段は激増してます」
「あ、本当だ。……んー、探索者は集まってるけど定住はしてないってことかな」
「はい。もちろん、初めて探索してから定住を決めたり拠点にすることを決めるのに時間差があるのでこの傾向は当然ですが。次にこちらの地図を見てもらって、日本の探索者とダンジョンの分布です。赤が濃い方が探索者が多く、青が濃い方が大迷宮が多い感じです」
ソラはジッと見て、それから体感とは違ったのか首を傾げる。
「都市部に人が多いのは当然としても……大迷宮の近く、むしろ探索者が少ない? なんか大迷宮ってたくさん探索されてるイメージだけど」
「はい。大迷宮自体は探索者が多いのですが、大迷宮がある地域からはむしろ減る傾向にあります。これは大迷宮に成長する過程において他の迷宮を潰すことになり、大迷宮以外を探索する人がいなくなるからです。もちろん大迷宮自体は多くの探索者を抱えて儲かってはいるでしょうが、そこ専属の探索者ばかりが増えることになります」
ソラは少し考えて口を開く。
「……良い攻略情報を得た探索者が増えて、人数の割にDPの収支が悪くなるってことかな」
「はい。例外はありますが、常連探索者は儲けが少ないです」
ツナがそう言うとアメは申し訳なさそうに頭を下げる。
「す、すみません。入り浸って……」
「いえ、アメさんは最高の金づるだったので平気ですよ」
「えへへ、そうかなぁ」
アメ、バカにされてるぞ。
「ふむ……長期的に考えると大迷宮は割りに合わないってことか」
「予想でしかないですけどね。ともかく、地域が盛り上がるのはいいことなのでそれは大歓迎です。こちらが負担にならない程度なら助けようと思います。……でも、なんで急に」
ツナが尋ねると、ソラは困ったような表情を浮かべる。
「あー、その、ダンジョンを攻略されたらしくて」
「……それは、ダンジョンコアまで辿り着かれたけど見逃された、という意味ですか?」
「うん。……いつのまにか目の前にいて、挨拶だけして帰っていったらしいよ」
「……ふむ、ダンジョンの詳しい作りは分かりませんが……盗賊系統の職業の人が潜り込んだって感じでしょうか」
「多分ね。かなりの腕だと思うよ」
二人の話を聞いて頭を掻く。
「……挨拶か。ダンジョンマスターの存在を知っているとしか思えない動きだな」
「まぁ、ダンジョン側の人間の可能性は高いよね。神に誘われるだけあって、特別な才能を持っている人は多いしさ」
ソラは俺とツナを見て微かに笑う。
「まぁ、私はみそっかすだけどね。ヨルくんは同じこと出来る?」
「いや気づかれずには無理だ。モンスターを全部斬りながらなら出来るが、まぁ時間がかかるし、たどり着いたころにはDPを使い切っていて旨みがないだろうな。それに……人死が出ることを楽しくは思えないな」
ぽりぽりと頭を掻きながら言うと、ソラは「だよね」と笑う。
「忍び込んだ女の子は「ヒルコ」と名乗ったそうだよ。ツナちゃん達も気をつけた方がいいかも」
「うーん、ウチのダンジョンは全部屋「倒さないと先に進めない」というギミック付きなので心配はないかと。でも……ダンジョンの動きは活発になってきましたね。ソラさんも気をつけてくださいね」
「んー、了解。困ったらお願いね」
「はい! 結婚式には参列してもらわないと困りますから!」
ソラは冷めた目を俺に向ける。
その目は「こんな小さな女の子に手を出したのかロリコン野郎」という意図が込められているように思えたが、多分気のせいだ。
気のせいに違いない。
「そっか、結婚するんだね。…………じゃあ、たくさんの人を呼んでお祝いしないとね、今から出来るだけ多くの人に連絡しておくね」
…………ソラ、なんか祝ってる風だけど、それってお祝いの連絡じゃなくて不審者情報を連絡網で回してる感じなのは気のせいだよな。
俺の考えすぎだよな……?
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