第二十八話

 よく分からないがツナに許してもらえた上にアメとの会話の制限などが緩和された。

 ……よく分からない故の恐怖を感じる。


 ……まぁでも、あんまりアメとベタベタするのはやめておこう。そう思っていると、アメは「あっ」と口を開く。


「ヨルさん、探索者は辞めることになりましたけど、ヨルさんには勝ちたいので引き続き戦ってもらえますか?」

「ああ……でも、トドメを刺したらダンジョンの外に出ることになるのが問題だな」

「タグ付けしたら倒れた時にダンジョンの外に出る場所を決められますよ。近隣限定ですが、前に招いたセーフハウスに飛ぶように出来ます。というか、なんでヨルが知らないんですか」


 いや……ダンジョンでそんなケガを負ったことないし……。

 アメにDPで買った装備を渡すと、アメはそれを見たあと俺の方をじっと見る。


「どうかしたか?」

「いえ、素手の技を身に付けたいと思いまして。どうしても剣術には伸び悩んでいて、手札が増えた方がいいかと」

「ああ、まぁいいと思うけど、俺もほとんど使ってないし、体格的にモンスターにダメージを与えるレベルには到達出来ないと思うぞ」

「人間……というか、ヨルさんにしか使わないので大丈夫です」


 いや、まぁ……現状アメよりも強いのが俺しかない以上そうなるけど、本人に向かってハッキリ言うな……。


 まぁ、張り合いがあっていいが。


 朝食を食べ終えて出かける前に、新しく作ったトレーニングルームでストレッチをしようと立ち上がるとツナがとてとてとついてくる。


「ストレッチするだけだぞ?」

「手伝います、背中を押してあげるので」


 いや……力が足りないだろ。

 と思いながらも断る理由はないので一緒に行き、長座前屈をするとぎゅっぎゅっとツナの小さな手で押されるが動きそうになる気配がない。


「あー、ひとりでやるから、ツナもツナで……」

「い、いけます。この武闘派ダンジョンである練武の闘技場のボスが前屈の手伝いすら出来ないなんてことはありませんっ!」


 ツナは手で押すのが無理と判断したのか、後ろから抱きつくように、胸を中心に体全体でむぎゅーっと押そうとする。


 体格差も大きくツナの筋力では動く気配はない。だが……微妙に、若干だけ柔らかいものが俺の背中に当たって潰れている気がする。


 気のせいかもしれない微かな膨らみの感触。おそらくツナ自身無自覚なぐらいの小さなそれを感じ……。


「ぷはぁ……! 無理です、硬すぎます」

「……」

「あれ、なんでちょっと残念そうな感じなんですか?」

「いや……別に」

「私もストレッチするので、背中押してもらえますか」

「ああ……」


 と答えてからツナの背中を見て固まる。……小さいな、こんなの押して大丈夫なのだろうか?


 と思いながらゆっくりと手のひらでツナの小さな背中に触れる。傷つけないように優しく触れると、ツナはむず痒そうにくねりとみを捩って笑う。


「も、もう、ヨル、触り方がやらしいです」

「わ、悪い。……じゃあ、その、するぞ」

「は、はい。ゆっくりとお願いしますね」


 ツナの身体は長い運動不足からかめちゃくちゃ固まっていて動かない。


「か、固くなってます。前はふにゃふにゃだったのに……」

「仕方ないだろ、それは」

「あ、い、いた……。そ、その、ゆっくりで」

「あ、ああ、悪い。痛くなったら止めるからな」

「んっ……あっ、で、でも、ちょっと気持ちいい……んっ」


 と、ツナの体をほぐしていると、扉がパッと開いてアメが慌てて入ってくる。


「だ、ダメです! 流石に年齢的にアウトですっ!! ……って、あれ?」

「……ストレッチって若いとしちゃダメみたいなのあるのか?」

「……ストレッチ?」

「ストレッチ」


 アメは顔を真っ赤にしたかと思うと、赤くなった耳を抑えて座り込む。


「す、すみません。なんでもないです」

「本当にどうしたんだ?」

「う、うぅ、な、なんでもないです。あ、一緒にストレッチしてもいいですか?」


 本当にどうしたのだろうか。

 三人で準備運動をしたあと、アメが不安そうに俺を見る。


「あの、今からいくダンジョンって罠とかありますか?」

「いや、事前に話は通しておくから罠は解除してあるはずだ。それより、せっかくだしついでに外食でもするか、ふたりとも、何か食べたいものはあるか?」


 俺が聞くと、ツナは前屈をやめてぴょんぴょんと跳ねて手を挙げる。


「はい! はい! お寿司がいいです! 回るお寿司!」

「回る方指定なのか……」

「あるのとないのではある方がいい。つまり、回るのと回らないのなら回る方がいいんです」

「アメさんもそれでいいか?」

「あ、はい。……普通にお出かけするかんじなんですね」

「まぁ知り合いのところだし。あるとしてもモンスターの実験程度だし、散歩みたいなもんだ」


 軽く身支度を整えてから前と同じように無限の渇きのダンジョンに向かう。


 相変わらずの一面の砂漠……ツナは日焼けを嫌がるように用意していたフードを被り、アメは気にした様子もなくキョロキョロと見回す。


「……地下に太陽と大きな砂漠があるの、不思議ですね」

「まぁ、深く考えても仕方ない。そういうもんだと思ってくれ」


 ほとんど変わり映えしない景色。多くのダンジョンは攻略情報が出回った頃には模様替えをするので、全く変化がないというのは逆に新鮮だ。


 まぁ、前回普通に倒したし、ネタが割れている以上は今回はあの変なスフィンクスに絡まれないだろうと思いながらピラミッドの中に入ろうとする。


 するとスフィンクスの目がギョロリと動いて俺達の姿を捉える。

 えっ、まだやるつもりなのか? この前倒したのに。


「汝、我が問いに答えよ────女の子って「優しい人が好き」って言うのに、ヤンキーがモテてるのはなんで?」


 しかも質問内容変わってない。

 どんだけ気にしてるんだよ。というかスフィンクス界隈でもヤンキーってモテるのか?


 ツナの方を見るとツナは首を横に振り、アメの方を見るとアメは困った様子でスフィンクスを見上げる。


「え、ええっと……いえ、僕はヤンキー? というか、そういうやんちゃなタイプは苦手で、普通に優しい人が……」


 とアメが話していき、スフィンクスがプルプルと小刻みに震える。


 あ、アメさん、踏み抜きやがった……!

 罠がないダンジョンなのに地雷を踏み抜きやがった……!


 今にも暴れ出しそうなスフィンクスはスーハーと深呼吸をする。


「スゥー、ハァー……。フゥ……フゥ……」

「あ、アンガーマネンジメントをしてます! スフィンクスがアンガーマネンジメントを! 流石は知の門番といったところですね……!」

「言うほど知性を感じるか?」


 アメが困惑していると、スフィンクスはジッとアメを見る。


「……汝、我が問いに答えよ────どうやったら、彼女出来ると思う……?」


 ソラは何を思ってこの恋バナスフィンクスを重用してるんだよ。


「えっと……その好きな人にちゃんと優しく接したらいいんじゃないでしょうか。とは言っても……僕も片想いなんですけど」


 アメはチラリと俺を見て、スフィンクスがぶちんとキレる音が聞こえる。


「────ッ! 優しい人が好みとか言ってるのに、女の子をキープしてるクソ野郎に惚れてるじゃねえかァァァァアア!!」


 ……それはそう。

 暴れるスフィンクスを手早く斬り刻み、ピラミッドの中に進む。


「あの……あのスフィンクスなんだったんでしょうか」

「ここのダンジョンマスターの心の闇だろ」


 そんな話をしながら進んでいると、以前にはなかった大広間が見える。


「────汝、我が問いに答えよ」


 ……ソラさんはなんで恋バナスフィンクスを増やしたんだ。悩みがあるなら話してほしい。


「────アイドルのミーにゃん。彼氏いないよね?」

「……あのなスフィンクス、冷静に考えろよ……。アイドルに彼氏がいるわけないだろ」

「汝、知性あるものよ。……っだよなー!」


 俺とスフィンクスのやり取りを聞いていたツナとアメが冷めた目を俺たちに向ける。


「そりゃそうよ。アイドルの事務所は恋愛禁止だし、そもそも清楚な子が彼氏なんか作るわけないって。論理的に考えて」

「やっぱそうよな。心配して損したー」


 普通に通れた。

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