第三十話

「そう言えばソラさん、今からお寿司食べに行くんですけど一緒にいきませんか?」

「私はいいかな。少しやることもあるしさ」


 いや……暇すぎるぐらい暇だろ。

 と思いはするが、別に一緒に食事したいわけでもないので黙って頷く。


 ダンジョンから脱出しつつ、駅近くの回転寿司に行く。かなり空いていることから、そう言えば今日は平日の昼間だと思い出す。


 並ばずに座れるのはありがたいが……人が少ないと店員の目が気になる。明らかに小さい女の子二人連れているわけだしな……。


「何か食べたいものあるか?」

「ポテト! あとラーメン!」

「寿司食わないのかよ。……アメさんは?」

「……そ、その、えっと……む、無理でなければ、おうどんが食べたいです」

「寿司食わないのかよ。……あん肝と中トロ食うか」


 ぽちぽちと機械で注文するとアメは目を開いて俺を見る。


「どうしたんだ?」

「い、いえ、何の躊躇いもなく、高いお皿を……と。もしかして……ヨルさん、すごく、お金持ちですか……?」

「……普段のアメさんの食生活がちょっと気になるな。自炊してるのか?」

「あ、はい。一応。たくさんご飯食べてます」

「どういうもの食べてるんだ?」

「えっと、なので、ご飯を」


 ……もしかして米しか食ってないのか……?

 それは自炊と言えるのだろうか。……というか栄養足りないだろ。


「それにしても、今はこんなハイテクな機械で注文出来るんですね」

「かなり前からだと思うが……」


 そう言えばお金がなくて学力も低いから進学せずに働いてるって言ってたな……。アメさん、のほほんとした雰囲気だけど結構お金がなくて困っていたのだろうか。


「あー、こっちで出すから値段は気にしなくていいぞ」

「………さ、最後の晩餐だったりします?」

「普通の昼飯だ。ほら、食べたいの言えよ」

「おうどんで十分ですよ。朝ごはんもいただきましたし……」

「……適当に頼むからそれを食う感じでいいか?」


 変に遠慮しているが実際に流れてきたら食べざるを得ないだろうと思って適当に注文する。


 何を食べても「おいしいです」と嬉しそうに目を輝かせているアメを見て少し笑いながら俺も食べていく。


「アメさんの家は道場だったんだよな。剣術の基本は家で習ったのか?」

「はい。夕長流活人剣の技を父母から教わりました。ダンジョンを潜って……というか、ヨルさんと戦っている間に別物になったので夕長流活人剣を名乗るのはやめましたが」

「……父母からか。母も剣士なのか」

「はい。というか、母が夕長の血筋で、父は入婿なのでむしろ母の方からよく習いました。父の強さに惹かれた母が猛アタックしたそうです」

「血筋を感じる」


 それにしても、今時剣道ではなくて剣術というのは珍しいな。儲かっていないのもなんとなく分かる。


「夕長流活人剣に興味あるんですか?」

「あー、まぁ、体系化された剣術は習ってないから少し興味あるな」

「どうやって剣を覚えたんですか?」

「高校の時の体育の教科書に剣道のページがあったからそこを読んで、あとは実戦」

「……才能の差を感じますね」


 そうだろうか。口元にご飯粒をつけているツナを横目で見つつ、アメに尋ねる。


「夕長流活人剣ってどんな技があるんだ?」

「興味おありですか? 夕長流活人剣は雪の色斬りの元になった【覇・人体切断剣】を中心とした剣技です」

「おおよそ活人剣には許されない名前の技が出てきたな。初っ端に。……初っ端に」

「大丈夫です。竹刀なので」

「まぁしないなら大丈夫か」

「はい。まぁ、やろうと思えば竹刀でも防具の上から人を叩き斬ることも可能──!」

「今、活人剣の話をしてたよな? 工事用の重機の話してなかったよな?」


 竹刀で防具の上から叩き斬れたら防具の意味がねえだろ……。


「興味あるなら僕が教えますよ。ヨルさんになら一族相伝の滅・闇魔崩壊殺を教えても大丈夫なので」

「そんな物騒な技を覚えたくない」

「活人剣なので物騒ではないです」

「活人剣には滅とか闇とか魔とか崩壊とか殺とかの言葉がつかないんだ」

「物騒ではない文字が「・」しか存在してないです」


 やっぱりアメさん、蛮族の出なのではないだろうか……。


「というか、相伝の技を教わるのはまずいだろ」

「まずくないですよ?」

「…………。この話は置いとくとして。本当にそろそろ状況が一変しそうだな」

「はい。ヒルコという方でしたか。……目的は不明ですが、おそらく……今は名を伏しているダンジョンマスター達がそろそろ動き始める頃です。表の王……愚直に戦い勝利することしか出来なかった戦の王の時代は終わりです。……が、うちとしてはもう少し続いてくれた方がありがたいです」


 ツナはほっぺにご飯つぶをつけたまま真剣な表情を浮かべる。


「私達はおそらく、現在、日本で最もDPを貯めている迷宮です。そして勘の良いダンジョンマスターは既にそのことを察しているはずです」

「あ、そんなに稼いでたのか」

「稼いでいるというよりも使っていない、が正確ですね。おおよそ普通のダンジョンは探索者一人を倒すのにその探索者を倒した時に得られるDPの90%〜105%ほどを使っています。1000DPの探索者一人倒しても、上手いダンジョンでも差し引き100DPにしかなりません」

「あー、売り上げと利益の違いみたいなもんか」


 ツナの頬についていたご飯つぶを取りながら首を傾げる。


「じゃあウチはどれぐらいなんだ?」

「7%です」

「……普通、良くて90%なんだよな?」

「日によって左右されますが5〜8%です」

「ぼ、ぼったくりバーだ……」

「バーではないです。いくつか要因はありますが、倒されることが前提の痛みに強い探索者が多いことで収入が多い、なんか勝手にPvPで盛り上がってDPを落としてくれる。アメさんを含む強い探索者はヨルが消費なく倒す。一本道で戦闘しかないので攻略情報が出回っても迷宮を改築する必要がない。なんかダンジョン内に酒場があって、そこで酔ってセルフデバフする探索者が多い、などです」


 ……こうして並べられると、完全にツナの手のひらの上で探索者達が踊っているという状況だ。

 この状況を作るためにあんなアホみたいなことをしていたのか……!?


 あんなアホみたいなダンジョンなのに……。

 ネットでゴリラの森とか呼ばれてるのに。


「加えて、攻略情報が意味をなさないとき、人はどうしますか。攻略情報をネットに書かない? 違います、少しでも意味がある情報を書くのです。例えば、宝箱から出たもののまとめ……とか。他のダンジョンよりもむしろ渋いのに、多くの人が参考にする攻略情報には色々な魅力的なアイテムがたくさん出るかのように誤認させる文章が並びます。多くのダンジョンマスターがDPを消費する原因になっているものを宣伝に変えた。これがこの停滞期にDPを集められた勝因です」


 ツナはそう締めくくりながら、俺が触った頬を恥ずかしそうに触り直す。


「おおー、よく分からないけどツナちゃんはすごいんですね」

「はい。ツナちゃんはすごいのです」


 おほん、とツナは咳をしてから話を続ける。


「現環境における勝者は私達です。ならば、環境が一変しかねない状況でどうするべきか分かりますか?」


 ツナの問いにアメが少しドヤ顔で答える。


「次の環境でも頑張る! ですね」

「違います。次、ヨル」

「順番に答えていくシステムなのか。……次に備えるか?」

「違います。答えは、この状況を引き延ばす。です」


 ツナの言葉に首を傾げる。


「暗躍するダンジョンマスターが増えてきたから環境が変わるって話だろ? どうしようもないだろ」

「ありますよ。次への引き金は表の王が落ちること……つまり、極夜のなんちゃらのダンジョンが崩壊です」

「はあ……でも、どうしようもなくないか?」

「保護したらいいじゃないですか」

「……えっ。アレを?」

「はい。具体的に言うと、ヨルが時々ゴブリンに剣を教えてたじゃないですか。アレを極夜のなんちゃらに放つんです」

「……ゴブ蔵を!? そんなのダメに決まってるだろ! どんなに苦労してアイツを育てたことか……! モンスターって倒されたら復活しないし」


 思い出すゴブ蔵との日々……共に剣を振り、汗を流し、半年ぐらい放置してたらツナにいつのまにかボスキャラとして使われてたアイツ……。


「いや、思ったよりも思い出なかったな。そもそもモンスターだから人格とかないし」

「あのゴブリンに極夜のなんちゃらを乗っ取らせます。あちらが出せるのは高位のドラゴン程度が限度でしょうし、あの人の首元を押さえながら探索者を追い払わせます」

「他所のダンジョンのゴブリンがボス部屋乗っとるのか……」


 まぁゴブ蔵は別にいいけど……と思いながらツナの口元を拭いて綺麗にする。


「あれ、でもどうやってゴブ蔵をそこまで持っていくんだ?」

「…………不服ですが、非常に、不服ではありますが。ヨルとアメさんでそのダンジョンまで運んでください」

「……いや、いいのか? 行くので一日、帰るので一日、加えて探索してボス部屋まで行くとなると……一週間は超えると思うけど、寂しくないか?」

「…………寂しいので嫌ですけど、長期的に見れば、こちらの方がヨルと一緒にいられる時間が増えるので」

「……ルールは」

「後でいっぱい甘えさせてもらって、辻褄を合わせます」


 ……正直、俺もあんまりツナと離れるのは嫌だが……と思うが、これは上司からの指示だ。


「……分かった。けど、ダンジョンを改築し終えた後な。どんなに強いやつが現れても、俺が出ている間に攻略されることがあり得ないぐらい大きくしてからだ」

「大丈夫ですよ? 元々中ボスの間の後も長いですから」

「DP余ってるだろ。五倍にしろ」

「過保護です……。もうアメさんがいないから大丈夫なのに」

「心配なんだよ。普通に、俺も出来るなら行きたくないんだからな」


 ツナは少し頬を赤らめて頷く。


「分かってます。ヨルが私を大切に思ってるの。……帰ってきたら結婚式の準備しましょうね」


 ……それは若干嫌だな。


「あ、遠くに出るなら先にお父さんに挨拶をしないと……。そのダンジョンの改築? の間にしましょう。明日でいいですか?」


 ……それは普通に嫌だな。

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