第三十一話

『あー、てすてす。聞こえていますでしょうか? あ、聞こえているみたいですね。練武の闘技場の踊り子ちゃんこと白木キロと』

『わざマシン先輩……? こと、夕長アマネの……』

『実況と解説でお送りします!』


 うおおおお!! と盛り上がりを見せる観客達。出来たら俺もそこに混ざって「うおおおお!!」ってやりたかった。


 辺り一面から響く盛り上がり、ビールとモツ煮が売ってる店まで出てきてる……と思いながら、自分の立っている闘技場の石畳の感触を確かめ、目の前にいる大男……アメの父親を見る。


「kill you」


 せめて日本語で話してほしい


『では今回、夕長さんのお父上と恋人さんの一対一での立ち合いとなりましたが。どう見てるでしょうか?』

『ヨルさんはまだ恋人というわけでは……。えっと、そうですね。まず前提として、二人とも僕よりも強い武芸者です。相当レベルが高い戦いになると思われます』

『おお、あの最強と名高いわざマシン先輩以上ですか。……いるところにはいるんですね……強者』


 ……立ち方から伝わってくる怒気とそれでも失われない体に染みついた武術の気配。……間違いなく、強い。


 俺よりも体格で劣っているアメとは違い俺よりも大きく厄介そうだ。


『今回の戦いは探索者ではない父に合わせてスキルの使用が不可となっています。スキルの使用が可能でしたらヨルさんの勝ちは間違いないと思いますが……今回は分が悪いでしょう』

『あれ、わざマシン先輩はスキルを使わないんですよね? スキルを発動する瞬間、思考の切り替わりで隙が出来るって』

『はい。ですが、ヨルさんはその弱点を克服した技を持っています』

『スキルの知らない弱点を知らない間に克服されてました。観客の皆さん、大丈夫ですよ、私も先輩が何言ってるのか分かってないので』


 どうしてこんな実況と解説付きで戦うことになったのか……。


 それはなんかアメさんの父と戦おうとしたらアレよアレよとギャラリーに囲まれてこの舞台に立たされたのだ。

 もはやギャラリーが集まりすぎてお祭り扱いである。


『特に父は武器を持っていますがヨルさんは素手ですからね。ここにいる人なら理解していると思いますが、基本的に対人戦ではリーチが長い方が有利です。剣と槍ですら剣道三倍段というぐらい、素手ならば尚更です』

『まぁ実際、剣を持ってる相手に素手ってどうしようもありませんよね。全身の動きよりも剣先の動きの方が数倍速い関係上、手や脚が相手に触れる場所に辿り着く前に斬られそうです』

『はい。武器の有無は非常に重要です。観客の皆さんも無手の探索者を見たのは初めてではないでしょうか』


 ちょっと前のアメについた嘘が響いている……。水瀬が見るかもしれない以上は素手で戦うしないし……。


『けれども、僕はヨルさんが勝ってくれると信じてます』

『おー、ラブラブだぁ』


 アメの発言のせいで一気に観客達から俺に対する敵対心が剥き出しになり……それ以上に目の前の大男が怒りを露わにする。


「ど、ども……」

「kill you」


 日本語で返事をしてほしい。


 片手を前に出してすり足気味に間合いを測る。


『あ、ぬるっと始まりましたね。今、お互いの間合いを測っているところのようです』

『えっ、始まってるんですか? 間合い……遠すぎませんか? 5mはありますよ』

『そうですね。普通は一刀一足の間合い……お互いに踏み込みと同時に剣を振るうと当たる距離になると思います。父は背が高く持つ刀も長く、加えて一歩の踏み込みが大きいので間合いは非常に広いですが……それにしても遠いです』


 …………簡単に解説されているが、非常にやりにくい。アメの父親の目つきや足運びからして──たぶん、この距離、ギリ届く。


 5mを超える射程と壁を相手にしているのかと見紛うような頑強な隙のなさ。

 剣を持っている一人の人間だと言うのに、体感としては長槍と大盾でガチガチに固めた軍団……ファランクスのようだ。


 これ、どう考えても軍隊とか用意して討伐する類の存在だ。


 間合いに触れそうになった足を引っ込めつつ、息を吐く。……いや、無理だろ。せめて短剣……というか、鉄の棒でもあれば攻撃を防ぎながら前に出られるが、そうでもなければ無理にもほどがある。


 とりあえず先送りに……。


『両者動きませんね。これはいったい』

『ヨルさんの得意技ですね。相手の間合いを正確に読み、常にぬるぬると攻撃される瞬間を先送りにしています。相手はやりにくいですよ。これは父の剣は長いので構えてるだけでも疲労はありますし』


 言うな! 余計なことを!

 娘の解説を聞いた父親はリーチの差に物を合わせて大胆に一歩踏み込む。


 後ろに下がるべきと分かっていたのに「……これ後ずさりしたらダサいってアメさんに思われないかな?」という心配のせいで一瞬遅れる。


 一瞬の間に一足で距離を詰められ、剣が振るわれる。

 躱して前に……いや、これは無理。全力で後ろに飛び退いて離れて躱すが、剣が石畳を破壊し、その破片が俺を襲う。


「っ……」

「──避けるか。なかなか良い反応だ」

「日本語話せるのかよ!」

「──kill you」

「それやめろ」


 飛んできた破片を脚でトラップをして勢いを殺し、そのまま上に蹴り上げて破片を掴む。


『──っすっさまじい威力! スキルなしでアレってとてつもないですね! お父様!』

『はい。あれは夕長流活人剣が一つ【ぴょんぴょんうさちゃん斬り】ですね』

『……えっ?』

『【ぴょんぴょんうさちゃん斬り】です。両の脚で力強く踏み込み、腰の力で空中で体勢を整えてそのまま上段に斬るという必殺の剣技です』


 ……ぴょんぴょんうさちゃん斬り……。なんて威力なんだ……!


『そ、それはその、なんというか、可愛らしいお名前ですね』

『はい。恥ずかしながら、幼い頃に僕が「可愛くないから剣振るのやだー!」と駄々を捏ねて、僕にやる気を出させるために父が編み出した剣技です』

『素朴な理由から凄まじい威力……! これが先輩のお父様の力なんですね!』

『はい。僕の実家、夕長流活人剣をどうぞよろしくお願いします。門下生は常に募集中です』


 人の真剣勝負に宣伝を挟むな……! と言いたいけど割と切実に門下生がほしいっぽいのでなんとも言えない……!


 再び距離を測り、間合いの外でうろちょろとすることで疲労を狙う。一向に疲れた様子が見えないのは、基礎体力が膨大なのか、それとも疲労を隠しているのか。


 むしろ素手の俺の方が疲れてきたぐらいだ。


『ところで……さっき必殺の剣技と言ってましたが、夕長流は活人剣なのでは?』

『はい。そうです。──活人剣と殺人剣を分けるのは、それは使い手の心、僕はそう習いました』


 ……いい話だな。


「kill you」


 多分それを教えた人間が殺人剣側の人間ということ、それが気がかりではあるが。


 というか、会ってからほとんど「kill you」としか言われてないんだけど!? アメさんは俺のことを父親になんて説明したんだよ……!


 そう考えていると、アメの父親に一瞬だけ隙が出来る。

 体が反射的に動き、その一瞬の隙の間に飛び込む。


 誘い込まれた。……だが、入り込める。


 父親が剣を振るう前に破片で剣の根本を抑える。よし、俺の間合いに……。そう考えていると、男の口が開く。


「アマネをどう思っている」

「……?」


 絶対にkill youと言われると思っていたので反応が遅れる。


「……いずれは娘も嫁に行くとは分かっている。けれども心配に思うのは親として当然だろう」

「…………」


 絶対、変な伝わり方してる……!!


「だから見定めさせてもらう」


 っ……! そもそも結婚どころか付き合ってすらない!

 俺は生まれつき馬鹿力で、自分よりも体格がいい人間相手でも余裕で力勝ちしてきたが……明らかに力で負けている。


 人間相手に感じることが始めての感触。破片を手放すと同時に腕と胸ぐらを掴み、父親の力を利用してぶん投げる。だが、投げられている途中に体勢が直り、空中で俺に蹴りを放つ。


「っ──」


 これ、ほとんど体格がいい版のアメだ。技量だけならばアメの方が上だと感じるが、それも僅差であり、アメさんの三倍はあるだろう体重と筋力は脅威という他ない。


「俺が、アメさんをどう思ってるかだって……?」


 アメの父親は頷く。そんなものの答えは決まっていた。


「マジでヤバい奴だよ! アメさんは!」


 着地の瞬間に父親の足を払い、体が浮いたところを剣の先を掴んで、そこを起点として大きく体を浮かして地面に叩きつける。


「そりゃ、性格も顔もかわいいし、惹かれるところもあるけど……! それ以上に、ヤバくてビビってるよ!!」

「娘の何がヤバいというんだ……!」

「戦ってる時の野生味! あと欲しいものは力で手に入れようとするところ……! 性格が良いタイプの蛮族なんだよ……!! どうやって育てたんだよ……!!」

「それは妻の方の教育方針だ!! そこに関しては俺も被害者だ!! けどごめん!!」

「ごめん!!」


 そう言えば母が父に猛アタックしたとか言ってたな……!!

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