第三十二話
『投げ、投げ、投げ、からの、投げ!! 格ゲーの投げキャラを彷彿させるエゲツない投げの連打ですね!』
『……いえ、しかし全部衝撃をかわされていてダメージは通っていませんね。というか、投げを誘発させられていて、ヨルさんは投げに頼らざるを得ない状態です』
『と、言いますと?』
『拳で攻撃しても失神させることが出来なければ反撃の斬撃の方が明らかにダメージが大きいので反撃されない攻撃しか出来ないんですね。それで、父はかなり上手く衝撃を逃しているからほとんどノーダメージなのに対して、ヨルさんは父の重い身体を持ち上げるのにかなり筋力を使ってますし、息継ぎもほとんど出来てません』
『なるほど……攻めているのではなく、攻めさせられている、ということですか』
『まぁそれでも、攻撃を全て防いで投げを毎回別の体勢から決めているというのは化け物じみた戦闘センスです』
褒められてはいる……。ダメージが逃がされているとは言えど、当然多少分散させたところで蓄積されていっているし、全身打ち身まみれではあるだろう。
だが、めっちゃ疲れる。これ以上は無理と判断して離脱しながら再び間合いを開けて出方を伺う。
……焦ってやってくる動きはない。冷静で厄介な奴だ。
一定の距離を保つが、安心は出来ない。
「……もしかしてなんだが、娘と結婚しないのか?」
「…………そのような予定はない」
「…………なんで戦っているんだ?」
そんなの俺が聞きたい。が、今更やめることも出来ない状況だ。
「……娘から、他にも相手がいる男と結婚すると聞いたが」
「…………」
「何故目を逸らす」
「…………」
「よし、分かった。殺す」
『あ、ヨルさんの構えが変わりましたね。……かなり素手用に改変は入っていますが、夕長流の構えですね』
『恋人さんに教えていたんですか?』
『いえ、教えていません。というか見せたこともなかったので父の構えを見て真似たというところでしょう。……けどハッタリ以上はありませんね』
『ハッタリ、ですか』
『ヨルさんの強みは「どんな体勢、どんな状況からでも最適な全身運動が出来る」ところです。構え自体、本来ならヨルさんには不要なもので、夕長流をよく知る父に夕長流の構えを見せても先を読ませるだけですね』
アメの解説は正しい。俺は型や技を用いなくとも動けるのが強みで、深く構えるのはそれを捨てるものでしかない。
……だが、ハッタリはハッタリで役に立つ。
相手に俺の動きを読ませて、その上で相手の動きを読み、それをも相手に読ませる。
まるで将棋のように、何手も先を読み合うことにより硬直状態を生み出す。
「……凄まじい技量だな。ほとんど動きすらなく、小さな身動ぎと視線と呼吸、それらを見せるだけで相手の動きを縛るとは」
「……どうも」
「だが、ハッタリだ」
アメの父親は一歩踏み出す。
「相手の隙を突く、あるいは確実に倒す、怪我をしない。それらを狙っていれば完全な硬直に持ち込めるのだろうが……それを諦めればいい。不利な体勢であろうと、読み合いで負けていようと、こちらの有利は変わらない。そんな技は臆病な達人にしか通じないだろう」
読み合いのイメージで雁字搦めにしたはずだが、容易に抜け出して踏み込んでくる。
「……いや、今のが通じるなら、練習は充分だ」
「練習……?」
再び距離が詰まる。間合いの中に入ったことでアメの父親の斬撃が放たれ、若干の疲労とダメージから動きが鈍くなっているそれをギリギリのところで回避する。
避ける、避ける、石の破片で斜めに逸らしながら踏み込み、けれども同じ速度で後ろに下がられて距離が詰められない。
『……これは一方的ですね』
『間合いの差を活かしてきましたね。かなり大人気なく、絶対にもう触れさせないぞという意志を感じます。こうなったら、ヨルさんに勝ち目はほとんどありません。……一応、素手でもかなり間合いの広い技をヨルさんも持ってはいますが』
アメが言っているのは雪の色斬りのことだろう。単純に速く一歩が大きいあの技なら、剣の間合いの外からでも一気に詰めて攻撃出来る……が、あれは一発か二発しか使えないような大技で、適当にぶっ放すにはリスクが大きすぎる。
ならどうするか……。アメの父親が上段から剣を振るったその瞬間、アメの父親の体が大きくブレる。
俺の横を通った剣はそのまま地面にぶつかる。
『──外した!? 動いてすらないのに』
『あれは……投げ技です』
『えっ、触れてすらいないですよね』
『ヨルさんのフェイントに反応して、自分の脊髄反射によって体勢が崩れて剣筋がブレたのでしょう』
『解説の意味は分かりませんが、分かりました』
『なるほど、さっきの夕長の構えをしたのは父の読み合いの癖を探る意味があったんですね。フェイントにより相手の反射を使って相手を触れずに動かす……。間合いの問題がこれで一気に解決しましたね。それ自体は決定打にはなりえませんが……これは、勝負ありましたね』
アメの父親が、身体の芯の芯まで武術の染みついた人間だからこそ通じる技。
爆弾が爆ぜたような剣撃の嵐の中、触れないで相手の体を動かす技によりなんとか潜り抜けて近づく。
剣の間合いの内側、脚を動かし腰を捻る。短くシャープに、切れ味良く、小さな動きから的確にアメの父親の顎を狙い……。意識とは違うように筋肉が動き、その拳がブレる。
──っ!? 俺の技を真似された!? あの一瞬で!?
顎を撃ち抜くはずだった拳が額で受けられる。硬い頭部により受け止められた拳が砕ける音が骨伝導で伝わる。
勝利を確信したアメの父親の表情。事実として、このまま凌がれたらもう二度目のチャンスはありえない。
だが……ここからでも使える技がある。
密着した状態、本来拳打は勢いをつけるための距離が必要であり、それがなくとも放てる発勁という技があるらしい。……当然、拳闘に関して素人の俺はそんな技は使えない。
ならば、このダンジョン特有のやり方でいく。
そう、ゴリ押しである。
拳が密着していて威力が出せない状態……つまり、もっと威力を出せば解決する。
本来なら刀を使って行う技、全身の筋肉の無理な駆動により、自分の関節や筋肉を潰しながら動かす絶技。
────雪の色斬り。
夕長アマネの編み出した最強の剣技により、その父親の体が天高く打ち上がる。
『ぶ、ぶっ飛んだー!?!? 人体が出してはいけない飛距離を飛んでます!! 超・超・超威力の拳により先輩のお父さんが吹き飛んで……!? って、あれ、わざマシン先輩、何を……?』
解説席にいたアメは新しく用意した刀を投擲の構えで持ち、思いっきりぶん投げて空中に飛んでいた父親に突き刺す。
父親は地面に落ちることなく空中で姿が搔き消えて、刀のみが地面に転がる。
「…………ええ」
思わずドン引きの声を発してしまう。
『あ、失礼しました。変に死なずに痛みと苦しみだけが残ったら可哀想と思い、介錯を』
『あ、はい。……お、お父さん思いの娘さんですね!!!!』
……やっぱりアメさんってやべえ奴だよ。改めてそう思った。
ヤバさと気の弱さと優しさの同居……それこそが夕長アマネという人間の本質なのかもしれない。
…………とりあえず、これ、俺の勝ちでいいんだよな。トドメはアメさんだったけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます