第三十三話
無理な身体の駆動で全身が痛む中、治癒魔法を使って無理矢理耐えて平気そうな顔をして周りを見回す。
流石にやりすぎたかと思ったが、一瞬だけ遅れて「うおおおお!!」と野太い歓声が響く。
口々に「つっええ!!」「今のやばい!!」などと話しているのを見て、少し照れてしまう。
『いやぁ、すごい戦いでしたね! 特に最後の一撃、高位のスキル以上の攻撃力でした!』
『はい。あれは僕の雪の色斬りを素手用に改変した技ですね。ヨルさんの怪力もあり、まるで爆弾のような威力でした。個人的にはそれを当てるまでの過程の方が技量的に注目しましたね』
『ところで……これ、先輩の恋人さんとお父さんの戦いでしたが……挨拶的にはセーフなんですか?』
『…………男の人ってそういうので分かり合えるんじゃないんですか?』
……分かり合えたとしても、俺なら絶対に俺に娘を任せたりはしない。
軽くジェスチャーでアメに「先に外に出る」と伝えてから歓声を背にダンジョンから出る。
ダンジョンの外にいたアメの父親を見てそちらに向かう。
「……アマネは?」
「解説を引き受けてたから、まあ最後までいると思います。結構人も集まってたしあと三十分は出てこないんじゃないですか?」
「そうか。……今から少しいいか?」
まるでアメがいないことが都合がいいとばかりに俺を誘い、近くの喫茶店に入る。
「コーヒーでいいか?」
「ああ、はい」
それから机の隅の灰皿を手に取り、ポケットからライターとタバコを取り出す。
「あ……タバコ、平気か?」
「大丈夫です。……吸うんですね。匂いはしてなかったですけど」
「…………こういう日には、少しな」
思ったよりも落ち着いている。
負けたことに落ち込んでいるという様子もなく……どこか、達観したような目だ。
「……娘以外に、婚約者がいるんだってな」
「……まぁ、はい」
灰皿でぶん殴られても文句言えないな、と思っていると、アメの父親はゆっくりと煙を吐き出す。
「……。アマネが悪いな」
「あ、いや、そんなことは……」
「…………アマネから「状況は言えないけど、一緒に住めることになったので落としてきます」と言われた」
アメさんらしいな……。というか、そりゃ父親もkill youしか言えなくなるだろ、そんなの……。
むしろ今の冷静さが不思議なぐらいだ。
…………まぁ、冷静な理由は、察しがつくが。
「結城ヨルだったか。……戦って肌で感じるものがあった。状況を見て、まぁ……おおよそ理解出来る」
「……はい。たぶん、あってます」
「……ダンジョンの人間だろう」
その言葉を聞き「ああ、やはりか」と納得する。
「……夕長さんも、神から誘われたんですね」
「ああ。面白そうとは思ったが、妻子がいたから断ったが」
不思議ではない。
あれだけの強さがあったのだから、秀でた人間をスカウトしていた神の目に止まることはおかしいことではないだろう。
「詳細は語れないというのも分かった。……だが、少し落ち込むものはあるな」
「落ち込む?」
「俺の武は神すらと認めざるを得ないものという自負があった。だが、こうして負けるとな」
「……アメさんが解説で言っていた通り、終始俺の方が劣勢だったと思います。それに最後の攻撃も自滅技なんで、アレだけやってほとんど引き分けみたいなもんです」
「……本来は剣士だろう」
分かるものなんだな。……タバコの灰を灰皿に落とす。
「……今度、夕長の技を教えてやる」
「……なんか身内に取り込もうとしてません?」
「……道場を譲る。代わりに夕長の名を継いでくれないか」
……それ、なんかメリットと引き換えにみたいな言い方をしてるけど、道場と家の両方を継げと言ってるよな。
「……」
「……いいだろ! 親の俺が言うのもアレだが、娘は器量もよいし……あと、ほら、強いぞ!!」
「いや、まぁ……そりゃ、アメさんは魅力的な女の子だと思いますけど、婚約者が怖いので……。本当に怖いんです」
「アマネよりもか! アマネよりも怖いか!」
「怖さで張り合わないでください」
アメの父親は机に項垂れる。
「いいだろ……ちょっと名前が変わるのぐらい……! 結城と夕長、似てるじゃないか!」
「ならいっか、とはならないでしょ」
「アマネ……昔っから……おどおどするのに、意見を曲げたりはしないんだ……。一生付き纏うことになるぞ、いいのか?」
「娘を勧めたいのか勧めたくないのかどっちかにしろよ……!」
「俺も婿入りしたんだからさ」
「日本人になら誰にでも同調圧力が通じると思うな……!」
「俺のことをパパって呼んでもいいから……!」
「それは特典にならねえよ……! むしろそれで俺が説得されたらどう思うんだよ……!」
「……キモいなって」
「なら提案すんなよ!」
コーヒーを飲みながらため息を吐く。
「……というか、父親が娘をこんな男に託そうとするなよ」
「俺だって妻と結婚するまで無職だったから。なんなら今も全然門下生いないから無職みたいなもんだし。働いてる分、ヨルくんの方がマシだ」
「微妙に来歴が俺と被ってるのがすごく嫌……!」
俺も無職からのダンジョンの副官なのでだいたい一緒なんだよ……! なんで血の繋がりがないのに変な被り方してるんだよ……!
「とにかく、とにかくだ。俺は婚約者が怖いからアメさんを受け入れることが出来ない。ツナは……マジで怖いから、ホラー映画を観た後にトイレよりも怖い」
「ホラー系の怖さなのか?」
アメの父親に突っ込まれていると、スマホが震えてアメから電話が来ていることに気がつく。
「……アメさんから電話来てるんで外出ますね」
「他に客はいないからここでいいんじゃないか?」
いや……普通に父親を目の前にしてその娘さんと電話とかしにくいし……と思いながらその場で出る。
「あー、もしもし」
『あ、ヨルさん。すみません、大事になってしまって。今どちらですか?』
「アメさんのお父さんと一緒に近くの喫茶店にいる。……話は終わったから帰ろうと思う」
「話終わってないぞ」
『あ、じゃあこっちで待っていましょうか?』
「アメさんは話していかないのか?」
『話しませんよ。ヨルさんは悪い人じゃないって何度も言ってるのに聞きませんし』
「いや、そこはアメさんが悪いだろ……。それに、親が子の心配するのは当然だろ。特にアメさんは」
アメは「むぅ……」と不満げに言ってから仕方なさそうに頷く。
『わかりました。少し、話します』
「ああ、じゃあダンジョンの近くで……。いや、人が多そうだからこっちに来てくれるか?」
『はい。分かりました』
よし、ふたりを引き合わせたところでダンジョンの中に逃げよう。あとは寝て、起きたらなんか解決することを祈ろう。
そう思いながら立ち上がり、ふと伝票の存在が目に入る。………金持ってるのか?
いや、全く持ってないわけじゃないだろう。
アメも月に一度クレープを食べるぐらいの余裕はあったわけだし……。いや、とりあえず、アメが来たら理由を付けて渡しておくか……。
すぐにアメがやってきて、少し金を渡して喫茶店を出ようとするとアメに止められる。
「あれ、ヨルさんは一緒にお話ししないんですか?」
「……あんまり実家に帰ってないんだろ。少しゆっくり話してやった方がいいんじゃないか?」
「むむぅ……。分かりました」
よし、帰ろう。帰って昼寝して……起きたらなんか事態が好転していることを祈ろう。
そう考えながらダンジョンに帰ると、ツナが真剣な表情を浮かべて待ち構えていた。
「ヨル、話があります」
……絶対、あの実況の白木キロが俺をアメの恋人と言いまくったことだろう。間違いない、確信がある。
俺はツナの話を聞かずに、ひょいっと小さな体を持ち上げてそのまま寝室に運ぶ。
「へ? あ、よ、ヨルっ、何を……」
寝室に入り、ベッドの上にツナを置くと、ツナは顔を真っ赤に染め上げてもじもじと恥じらいを見せる。
「あ、あの、その……えっと……。ん…………」
ツナはベッドの上にこてんと寝転ぶ。俺はそのままベッドに寝転んで、スマホでタイマーをセットして目を閉じる。
「……あ、あの、ヨル。なんで寝ようとしてるんですか? 私をベッドまで運んで」
「えっ、ああ、ほら、一日二十二時間一緒にいるルールがあるから。寝るのは現実逃避をしたくて」
「…………」
ツナは顔を赤くしたまま俺に布団を被せて、布団の上から「もうっ、もうっ」と叩く。
「えっ。ご、ごめん?」
「……いいです。ルールを守ろうとしたことと、お姫様だっこは高評価です」
「ど、どうも……」
「とても不満には思いましたが、これから寝る前はお姫様だっこで運んでくれるなら許してあげましょう」
「それぐらいならいいけど……」
「あと、ギュッとしてください。……不安になったので」
今日は素直だな。と思いながら、ツナに被された布団の中に取り込むようにツナを抱くと、ツナは嬉しそうに抱きしめ返す。
「えへへ」
……そう言えば、いつからこういう関係になったのだったか。
出会った当時は……もっと目つきが鋭く、油断のカケラもない表情で、氷のような表情で俺を見ていた。
確か第一声は「初めまして。最初に伝えておくこととして、私はあなたを必要としていません。出ていってください」だったか。
俺の腕の中で幸せそうにしている今のツナを見ると、少し信じられない。
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