番外編:朝霧絆

 ヒヨコをミキサーに入れてぐちゃぐちゃにして失われるものはあるか? という問いに、私はなんと答えるだろうか。


 冷徹ぶって「何も」と答えるか。

 賢ぶって「機能」と答えるか。

 人情家ぶって「命に決まってる」と答えるか。


 それともヘンテコな答えを出して変わり者ぶるか、いずれにせよ、私は「○○ぶった」答えしか出すことが出来ない。


 本当の自分とやらを知る前に演技を始めたものだから、そもそもきっと本当の自分なんてものはないのだろう。


 賢いと利発と持て囃されていた私は、けれども怒られてばかりの同級生に嫉妬に近い羨望を抱いていた。


 私のコンプレックスは「人間」そのものだ。


 だから、あらゆる人間関係から逃れられるダンジョンマスターというものに飛びついた。

 死んだとしても、それでよかった。


 なのに……そこでヨルと出会ったのだ。


 初対面の印象は最悪だった。

 自分で決めたことのくせに外の世界への未練はたらたらで、そのくせ「守ってやる」と偉そうに言う。


 ふたりだけとは言えども上司と部下なのに馴れ馴れしく子供扱いで、関わらないでほしいと何度伝えてもしつこく話しかけてくる。


 ……悪人とは思わないけど、全体的にガサツで軽薄だ。


 だから私は聞いたのだ。


「ヒヨコをミキサーにかけたら何がなくなると思いますか?」


 そうすると彼は少し悩み、それからへらりと笑って私の頭を軽く撫でた。


「料理手伝ってくれようと思ったのか? でも、丸ごと入れるのは毛とか絡んでミキサーが使えなくなるからダメだぞ」


 ヨルの答え:ミキサーの機能


 ……とことんまで噛み合わない人だった。


 それから少しムキになって色んなことを質問した。普通の答えが返ってきたり、ズレた答えが返ってきたり、どうにも変な人だけども……どこか、一緒にいて話をするのが苦じゃなかった。


 いつのまにか、コンプレックスを忘れられていた。

 しばらくして気がつく。彼の方から質問されないからだと。


「……結城さんから私に聞くことってないですけど、私に興味はないんですか?」

「んー? ああ、いや、初めて会ったときに、俺、自分の名前の漢字を書いて教えただろ。ヨルは漢字で『寄』で、変な名前だって」

「……?」

「そのとき、朝霧は自分の名前を少し迷ってからカタカナで書いただろ」

「……そんな細かいこと、よく覚えてますね」

「キヅナ……そのときは子供だから漢字が書けないと思ったけど、今にしてみれば普段の賢さを思うとそれはないだろうし……。自分の名前がそんなに好きじゃないのかと」


 そう言って近くにあった紙に彼は「絆」と書く。


「自分のことを話したくなさそうだし、名前の漢字を隠そうとしているし、まぁ……あんまり人に聞かれたりするのは好きじゃないんだろうと思ってな」

「……絆です。そのまま、絆です。…………人のことを見下しているくせに、人嫌いのくせに、そんな名前なのが……みっともなくて、言いたくなかったんです」


 なんでこんなことを口にしたのか、自分でもよく分からなかった。

 弱音を吐いたこと事態が、思えば初めてのことだ。


 彼は私の方を見て少し笑いかける。


「ああ、真面目なんだな。……てっきり、ダンジョンマスターになったのは家出みたいな感じだと思ってたけど、追い出されたようなものだったのか」


 彼は私のことを「真面目」と言い、それから「追い出された」と言った。


 言葉の意味が分からず目を丸くしてると、彼は「よし」と立ち上がって私の手を取った。


「一緒に生きるか」


 その手は温かく……なんとなく、なんとなく、その大きな手が好きだった。


 そこからは、自分でもバカみたいにちょろかった。


 話をする回数を増やして、話をするたびに気を許して、気を許したことで距離が縮まって話をする回数が増える。


 ヨルが何をするのでもなく勝手に好きになっていった。


 ただ「一緒に生きる」と言ってくれただけで、頭の中に渦巻いていた小難しい理屈や理由のない厭世感が呆気なくほぐれて霧散し、頭のどこかにあった死にたいという思いをいつのまにか忘れていた。


 遠くの未来を思って嘆くのを忘れて、目の前の人の表情のひとつに見惚れていた。


 自分は人嫌いで、親にも心を開かずに演技で接していた。

 だから、恋とか愛とか、そういうのは無縁で……孤独で賢く、つまらなく生きていくのだと思っていたのだ。


 テレビで流し見て、バカだな、なんて思ったヒロインのようになっていた。


 …………眠っているヨルを見て、喜びと恥じらいを感じながら体を寄せる。

 人が嫌いのはずなのに、人生を諦めていたくせに、初めての恋に耽溺していた。


「えへへ、かわいいです」


 一緒に生きる。なんて言葉、きっとヨルは覚えていないだろう。


 私のことは手のかかる妹とか、小さな同居人とか、それぐらいのもので……異性としてはそんなに意識されてないと思う。

 ……ちょっとは好きでいてくれるとも思ってるけど。


 私はダメなこの人に恋したのだ。

 だから、私はヒヨコをミキサーにかけたときに失われてしまうものに、本心から答えられるようになった。


 失われるのは命だ。

 結局、安っぽい答えを得ただけかもしれない。けど、私はそれでいいのだ。


 人を好きになって、人生の絶望がいつのまにか気にならなくなって、馬鹿なヒロインみたいになって、月並みな答えを出すようになった。


 けど、それでいいのだ。

 賢い答えなんて出せなくても、ヨルが隣にいてくれたらそれが一番いいんだ。



 大勢の中で、いつも一人だった私は、ただ隣にいてくれる人がほしかっただけなのかもしれない。


 凡人に落ちたのに、そこが私の幸福だった。


 ……これ以上の幸せを願うなら、この生活を、ふたりで寝て、ふたりで起きて、ふたりで食べて、ふたりで過ごす、そんな生活をいつまでもいつまでも……続けたい。


 そのためには……もっと、もっと、ダンジョンの運営で勝たないといけない。


 他に侵略されないために、ふたりで生き残るために……ちょっと嫌だけど、アメさんの力も借りて、生きようと思う。

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