第十六話

「微妙に気まずいから、すぐに脱ぐのはやめてほしい」

「私が好きで見せてるみたいな反応やめてっ」


 いや、そうは思ってないけど……。


「す、すみません。覗いてしまって……あとでヨルさんには「めっ」ってしておくので」

「か、軽いよ……。というか、結城くん「興味ないけど一応見ないようにするか……」みたいな感じなのやめてほしい」

「えっ、あ、悪い。ほら、ダンジョンで疲れてたから」


 逸らしていた視線を戻すとみなもはタオルで恥ずかしそうに身体を隠していた。


 お湯が上の岩場から流れる勢いで水中が揺れているのか、ゆらゆらとタオルの端が流れているのが見える。


「み、見てほしいということじゃない……。反応! 反応が不服っ! せめてもっとこう……「かわいい女の子のお風呂を見ちゃってワタワタ慌てるけど興味はあってチラチラ見てしまう」みたいな感じが良かった! せめて! 見られるなら!」

「わ、ワガママだな……。けど、まぁ……申し訳ないしな……。やるか、テイク2を」


 アメと二人で数歩後ろに下がり、それから前に出る。

 困惑している様子のみなもを見て、バッと慌てる。


「うわっ!? な、ななななんで!? わ、悪い!!」


 と言いながら思いっきり体ごと目を逸らし、チラチラと横目でみなもを見る。


 みなもはジッと俺の方を見て、ゆっくりと呟くように言う。


「変な小芝居をしてはっ倒してやろうか……と、思ったけど。……思ったよりも気分良かった」


 よかったんだ……。

 なら、俺もやった甲斐があったな。


「というか……昼にも入ってたのに夕方にも入ってるんだな」

「そりゃ……こんな広い温泉を独り占め出来るなら入るでしょ……? もう動画を見ながら毎日三回は長風呂だよ」

「……いや……一回入れば充分じゃないか?」

「でも天然温泉だよ?」

「ダンジョンの中にある温泉はこの上なく不自然だろ……。あ、キッチン借りていいか? カレー作りたい」

「いいよー。辛口ね、辛口!」

「アメも辛口でいいか?」

「いいですけど……」


 みなもから目を逸らしていたアメはちらりとそちらに目を向ける。


「あの、とりあえず、みなもさんに悪いので離れましょうか」

「むう……なんか普通の調子で話しかけられたせいで普通に返しちゃった。かわいい女の子のラッキースケベなんだからもっと反応すべきでは?」

「いや……だって二回目だし……。あと、ほら、なんか……な? ……そういや、おばあちゃんもいるんだったか、カレー辛口で大丈夫なのか?」

「お夕飯は食べてくるから大丈夫だよ。あ、でも、大きい音とか苦手みたいだから気を付けてね」


 結局また雑談を続けてしまったな。と思いながら旅館に入り、普段使いは絶対していないだろうなと思えるほど広く、色々な道具の揃えてあるキッチンに入る。


「わあ……入ったことないけど旅館の厨房っぽいです」

「ああ、旅館の厨房っぽい……けど、ぽいだけだな」


 よく見てみればフライパンやら包丁やら鍋やら、大きさが違うだけで材質や用途が違うものではない。


 たぶん、何かしらの画像でも見ながらそれっぽい雰囲気になるように用意したのだろう。


 …………なんか、みなもっぽいなぁ。出会ったばかりだけど、こう……変にアバウトで中途半端な感じが。


 まぁこうして泊めてくれて調理場を貸してくれるぐらいなので当然か。


「……辛口のカレー、久しぶりだな」

「苦手なんですか? 辛いの」

「いや、割と好きだな。けど、ほら、ツナが辛いの無理だからいつも甘口だな。お菓子以外は俺と同じのしか食べないし。あ、野菜と肉を切っといて」


 アメが何か手伝いたそうだったので頼みながら色々と材料を取り出して準備を済ます。


「せっかくだから、ツナがいたら食えないものとか色々用意してきたんだ。あと酒とかも一応……」

「えっ、お酒飲むんですか?」

「持ってきたけど、今回はたぶん飲まないな。流石に泊めてもらってるところで飲むわけにもいかないし。元々ホテルに泊まる予定だったから時間に余裕があれば飲もうかと。滅多にない機会だしな」

「車も乗れるし大人です……」

「あー、でもまた数年飲むタイミングないだろうし……腐りそうだな。みなも飲んだりするかなぁ」


 アメが俺の方を見ていることに気がつく。


「なんで言うか、その……結構気を使ってるんですね」

「まぁ……一応な、ツナは案外手がかかるし」


 ふたりでカレーを作り終えて、もしかしたらまた裸の可能性があると思ってアメにみなもを呼んできてもらう。


「あー、いい匂い。ふへへ。それにしても、ダンジョンの探索なのに色々持ってきてたんだねえ」

「マジックバッグが大きいから遭難しても大丈夫なように適当に突っ込みまくった」


 カレーを皿に盛って部屋にいき、三人で食事を始める。

 ……みなも、最初は警戒していたけど今は本当に無警戒だなぁ。ちょっと心配になってくるな。


「それで……探索はどんな感じ?」

「順調だな。みなもの協力もあることだし、かなり上手くやれてる。まぁ……気になることもないわけじゃないが?」

「気になること?」

「他のダンジョンや探索者の動向がな」


 探索を終えてゴブ蔵を配置して……その後に何か起こる可能性もある。


「そっかぁ、まぁ、今日は温泉にでも浸かってゆっくりしなよ」

「ああ、ありがとう。何か極夜の草原で調査してきてほしいものとか、手に入れてほしいものとかあれば、ついでに持ってくるけど」

「んー? 珍しいものとかあればほしいかな。あと、繋げようとした第三のダンジョンの情報が見つかったら」

「了解。でも、あんまり期待はしないでくれ」


 まぁ、正直なところいくら考えても他者の思惑なんて分かりようがないか。


 パクパクとカレーを食べ終えると、みなもは浴衣を持ってきてニヒヒと笑みを浮かべる。


 ……温泉か。久しぶりだな。


「一面温泉が沸いてるけど、どこでもいいのか?」

「まぁ元々、私一人だから特にルールとかはないよ。あ、高いところの方が熱くて低いところの方がぬるくしてあるよ」

「了解。……身体洗うのとかは?」

「そこらへんにシャワーとかあるよ。そっちも適当な感じ」

「……雑だな。ありがとう」


 せっかくだし熱いところに浸かるか……と思いながら立ち上がろうとすると、みなもが同時に立ち上がる。


「……みなも、なんで着いてくる構えなんだ」

「いや……さっき、一方的に裸を見られて恥ずかしい思いをしたからやり返してやろうと……」

「普通に気まずいからやめてほしい」

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