第十七話

「ぬあー、極楽極楽」


 乗り気ではなかったが、浸かってみるとなかなかどうして……心地のよいものだ。

 広すぎて少し落ち着かないが、なかなかいいものだった。


 軽くシャワーを浴びて身体を流してから服を着て旅館に戻ると、アメはおらずみなもだけだった。


「あれ? アメは?」

「アマネちゃんは室内にある方のお風呂に入ってるよ」

「普通の風呂もあるのかよ。そっち入れよ……」

「でも、脚伸ばせないし……。あ、そろそろおばあちゃん迎えに行ってくるね」

「ああ……。洗い物でもして待っとく。挨拶はした方がいいよな」

「うん。たぶん喜んでくれるよ」


 おそらくダンジョンの外に向かったみなもを見つつ、ぽりぽりと頭を掻く。

 たぶん……というか、ほぼ確実に親族じゃないだろうな。


 知らないおばあちゃんの世話か……大変そうだな、と思うがよく考えたら俺も割と似たようなものか。


 洗い物をしているとパタパタと足音が聞こえてくる。

 手早く済ませて音のする方に向かって扉をノックする。


「あ、結城くん? 入って平気だよ」

「ああ、失礼します。しばらくこちらでお世話になろうと考えていまして……」


 と言いながら二人を見る。

 デイサービスと聞いていたのであまり元気がないのかと思っていたが、想像していたのよりかは元気そうだ。


「ああ、みなちゃんの言ってた人ね。シュッとしていて真面目そうで……」


 おばあちゃんの目は俺を見て止まる。


「みなちゃん、この男はやめとき。カス……カスの匂いがする」

「!?」


 初対面のおばあちゃんに罵倒された……!?


「あのね、みなちゃん、私はみなちゃんが選んだ人ならどんな人でもいいと思うてるんよ。例えギャンブル狂いでも、無職の穀潰しでもね」

「いや……それは止めた方がいいんじゃないかなぁ?」

「でもこの男はあかんよ。ドブネズミでもカナブンでもいいけど、この男はあかん」

「……あの……すみません」

「カァッッ!!」

「うわっ」


 め、めちゃくちゃボロクソに言われてる……。

 正直、自分の最近の行動は自分でも思うところがあるので一切否定出来ないが……。それにしてもボロクソに言われてる。


「あ、あの、おばあちゃん。なんて言うか、仕事の関係の人だから心配してるようなことはないよ? それに結城くんがカナブンなのは知ってるから大丈夫」

「俺はカナブンではない」


 みなもの反応を見たおばあちゃんはホッと胸を撫で下ろして俺に笑いかける。


「いやぁ、すまないねぇ。孫娘のように心配で、ああ、そうだ、ゼリー食べるかい?」

「落差すっごい」


 お皿に入っていたお菓子の山の中からなんかよく分からないゼリーをたくさん渡される。

 おかきとかアメとかもあるのにゼリーだけ集めて渡される。


 ……もしかして、俺、カナブンだと思われてる……?


「ああ、どうも……すみません。お騒がせして」

「いいんだよ。私みたいなおばあちゃんは若い子と話せるだけで楽しいんだから」

「ありがとうございます。あー、そうだ、みなも、何か掃除とかする場所は──」

「カァッッツ!! 呼び捨てにするんじゃあない!」

「あ、はい。すみません。……弓削さん、掃除とかする場所ありますか? 時間あるので掃除しようかと」

「あ、うん。ありがとう……えっと、じゃあ、掃除道具とかある場所案内するね。いやー、助かっちゃうなぁ、広いから使わない部屋とか廊下とか全然掃除出来てなくて」


 そう言いながら俺を連れ出し、廊下でぺこりと俺に頭を下げる。


「ご、ごめんね。おばあちゃん、普段はいい人なんだけど……不思議」

「……ただ単に勘がめちゃくちゃ鋭いだけの可能性もあるな」

「そうだね」

「少し否定して欲しかった」


 それにしても匂いか……温泉入ったばかりなので体臭のことではないだろう。


 掃除道具を借りながら、みなもの方を見る。


「自己満足で掃除しようとしてるけど、迷惑じゃないか?」

「ん、ありがたいよ。高いところとか大変だし」

「ならいいが……まぁ、世話になっている間はやれることぐらいやるから、気軽に言ってくれ」

「案外真面目だねー。カナブン野郎なのに」

「カナブン野郎ではない。みなもはこれからどうするんだ?」

「んー、監視カメラ見てダンジョンのモンスターの補充とか道を変更とかかなぁ。あと、例の道に扉とか付けて知らない人を入れないようにしたり」


 ダンジョンの整備か。邪魔はしないようにしないとな。


「じゃあ、また何かあったら声をかけるよ」

「はいはいー、おやすみ」

「ああ、おやすみ」


 みなも、本当にメンタルが強いな。


 普通に考えて「もしかしたら敵かもしれない相手」が自分の心臓を握っているような状況……。


 抵抗しても意味がないとは言えど……肝が座りすぎている。


 警戒心の強いツナだったらありえないなぁ。と思いながら掃除をしていく。


 しばらくすると湯上がりのアメがひょこっと顔を出す。


 赤ばんだ頬と薄手の浴衣から覗く細く白い手足。ふにゃりとした柔らかい笑みとその雰囲気を見て、思わず表情が緩んでしまうのを感じる。


「あ、ヨルさんいました。お掃除手伝いましょうか?」

「いや、そろそろひと区切りを付けようと思ってたところだ。……あー、浴衣似合ってる」

「えへへー、ありがとうございます。初めて着ました。ネットで調べながらだったので遅くなっちゃって」


 可愛らしい……が少し胸元が緩くないだろうか。


「ちょっとツナちゃんに悪いですね。こんな素敵なとこに泊まって」

「まぁ……そうだな。ツナはダンジョンからあんまり離れられないしなぁ……」


 出来たらもっと旅行とか遊園地とかにも連れていってあげたいが、そこまで長時間ダンジョンを開けるのも不安だ。


 ……小学校に通ったりもすべきかと考えたが、たぶんツナからすると、とてつもないストレスを感じるだろうからやめておくことにしたぐらいだし。


 なんだかんだと、割とずっとダンジョンの中にいるからなぁ、ツナが俺に迫ってくるのもそういうこもりっきりのストレスの発散の先という方面もあるのだろう。


 何かストレスの発散先を作ってやらないとなぁ。


「そういえば、アメは何か趣味とかあるのか?」

「僕ですか? んー、鍛錬ですね」

「……ツナには向いてなさそうだな。俺も似たようなもんだしなぁ」


 浴衣から覗く小さな手を見る。おそらく食事や体質の問題で筋肉はあまりついていないが手のひらにはタコが出来ている。


「ちっちゃい頃、何して遊んでましたっけ……。んー、スポーツは負けることが絶対になかったので好きではなかったですし……勉強と鍛錬と家の手伝い……という感じでしたね」

「……いい子すぎて不安になるレベル」


 そりゃあパパも「kill you」ってなるよ。

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