第十八話

 部屋で簡単にメモをしたマッピング情報を出来る限り正確に清書していると、アメが覗き込んでくる。


「わぁ、難しそう……」

「いや、個人で使うもので適当でも大丈夫だからそんなに。今回の場合は大まかな距離と方角が分かればいいだけだしな」

「そうですか? 僕には出来なさそうです……。あ、お布団敷いていいですか?」

「ああ、ありがとう」


 書いている横でアメがパタパタと布団を敷いていく。

 ……布団、ぴったりくっつけたなぁ。


 壁際に詰めるように敷かれた布団を見ながら目を細めてものを憂う。


 それからアメは壁際の方を俺用に残してもう一つの布団の上にぺたりと座る。


「……壁際に追い詰められた感あるな」

「えっ? どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。こういう旅館っぽいところに泊まるの、なんか修学旅行以来だな。家族旅行とか行ったことないし」

「あ、僕、修学旅行に行ったことないです……。こんな感じなんですね」


 修学旅行に行ったことがない……?

 ああ、金銭的な理由か……仕方ないこととは言えど世知辛いな。


 俺が少し気を落としていると、アメは慌てて首を横に振る。


「あ、でも、嫌とか悲しいとかはなかったですよ。行きたくなかったと言えば嘘になりますけど、クレープを食べに連れて行ってもらいましたし、遅れていた勉強も少しですけど追いつけました」


 ……いい子だな。アメさんがいい子であればあるほどに相対的に俺がカスみたいになってしまう。


 俺がゼリーを十個ももらえたわけだし、アメさんならおばあちゃんからゼリーを千個ぐらいもらえるのではないだろうか。


「そうか。……まぁ、だいたいこんな感じだな。親しい友人と知らない土地で夜を過ごすみたいな」

「思い出とかありますか?」

「あー、そうだな。大したことはしてないけど……。あー、夜に駄弁るのは楽しかったな」

「えへへ、今と一緒ですね」


 照れるように笑うアメを見て釣られて笑う。

 座り方を崩したことで脚が少しだけ浴衣から覗く。


 アメは俺の視線に気がついたのか気恥ずかしそうに裾を直す。


「旅行か……。まぁ三人でいくのは難しいだろうな。ダンジョンのこともあるし」

「ん、そんなことしなくても、普段の生活はとても楽しいですよ。あ、でも……」


 アメは何かを言おうとしてから口をつぐむ。


「どこか行きたいところとかあるのか?」

「い、いえ、その、それは……違うというか」

「……何か隠すようなことなのか?」

「……そういうわけではないですけど、ヨルさんに言うようなことじゃないかなと」


 俺がジッとアメを見ていると、アメは観念したように口を開く。


「……僕が旅行に行きたいということはないんです。けど……お父さんが……」

「親父さんがどうかしたのか?」

「……僕が産まれてからは、一度も里帰りしてないので、きっと帰りたいだろうなって」

「…………ああ」


 俺からしたら「kill you」のイメージが強すぎて忘れがちだが、たぶん人間だもんな、パパさんも。

 おそらくだが人間から産まれてるだろうし、故郷というのもあるだろう。


「……すみません。こんな話をして」

「いや……金銭的なところなら、元々アメさんに支払う予定だったお金と、あとこれからの給料で問題ないと思うぞ。足りなかったら俺の貯金からいくらでも出してもいいし」

「えっ……ダンジョンって、お、お金もらえるんですか?」

「そりゃそうだろ……。労働なわけだし」

「で、でも……その、飛行機乗らなきゃですよ? パスポートとか、色々必要ですし……」

「まぁそれぐらいならどうにでもなる。……それぐらいなら普通に相談してくれてよかったのに」


 アメはパチパチとまばたきをして、それから深々と頭を下げる。


「い、いや、そんな畏まられるようなもんじゃ……。金銭に関しては正当な権利だし、そもそも出所はダンジョンからなんだから俺というよりかはツナの方だし」

「ツナちゃんにも感謝の気持ちを伝えます。それに思いやってくれたのは、ヨルさんですから。……お父さんに里帰りしてもらうの、ずっと夢だったんです」


 ……アメさん、本当にいい子だな。


 あの「kill you」しか言わない大男の娘がこんな小さくて可愛くていい子なの、何かしらの領域外技能グリッチスキルによるものだろ。


「えへへ、きっと喜んでくれます」

「そうだな」


 マップを描き終えて布団の上に座る。壁を背にもたれて、それからアメの嬉しそうな顔を見る。


 もっとワガママ言ってもいいのに……と思ったが、きっとアメからしたら父親に孝行することがワガママなのだろう。


 ああ、幸せにしてやりたいな。と、いつのまにか思っていることに気がつく。


「あ、でも、父の代わりに道場を見る人がいないと困ります」

「……儲かってないんだから数日閉めれば?」

「そういうわけにも……。お母さんは身体を悪くしてますし、僕が教えるのは……」


 と口にしてからアメの目が俺を見る。


「……ヨルさん」

「…………はい」


 それはやだ。それだけはやだ……!

 だって夕長流ってトンチキ剣法なんだ……! あんなの身につけるだけならまだしも指導する側になりたくない!


 ……けど、アメさんの父親に対する優しい思いは伝わってしまっている。

 断る気にもなれない。


「その、お父さんも喜んでくれると思うんです」


 そりゃな……俺に跡を継がせたがってるから、俺が数日代役をやると言えば絶対に喜んでくれるだろう。


 断りたい。アメさんは好きだし、父親も嫌いじゃないが……夕長流、夕長流だけは嫌だ……!


「……ああ、まぁ、数日だけなら引き受けよう」

「ありがとうございます! やったー!」


 夕長流に対する忌避感よりもアメを喜ばせたい欲求が勝って頷いてしまう。


「……夕長流の技、あとで教えてくれ」

「はい! もちろんです! そうですね……技は技だけでは成り立ちません。心技体、ヨルさんには夕長の気構えを知ってもらう必要があります」

「夕長流活人剣の心……嫌いな奴を思いっきり斬るとか?」


 俺が尋ねるとアメは首をゆっくりと横に振る。


「いえ、違います。……言葉で説明するのは難しいので、代々、夕長に伝わる口伝えの物語を話させていただきます」

「……口伝えの物語? そんなものがあるのか」


 昼間考えていたことを思い出す。

 夕長の技は明らかに人間には過剰な威力で、モンスターを倒すためだとしっくりくるというものだ。


 もしかしたら……その口伝にその謎を解き明かす鍵があるかもしれない。


 俺は緊張からごくりと唾を飲み込む。


「夕長に伝わる物語……【パワフル太郎】」

「絶対オヤジの代で変なもん混入しただろ」


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