第十九話

「それで……どんな物語なんだ、パワフル太郎」

「はい。あるところに、たいそうパワフルな青年がいました。パワフルな青年はとても意地悪な人で、村の人たちから疎まれていました」


 パワフルなのに意地悪なのか……。


「あるとき、村で腕自慢大会が開かれることになりました。非力な村の若者が「これ以上パワフル太郎に好き勝手させてなるものか」と立ち上がりました」

「ああ、パワ太郎、敵役の方なんだな」

「村の方たちも非力な若者に協力をしました。パワフル太郎が好きでないこともそうですが、非力はとても優しく、毎日人に親切にしていたからです。ある人は力がつくようにとおむすびを、ある人は力がつくようにとおにぎりを、ある人は力がつくように握り飯を」

「米の産地が舞台?」

「そうして強くなった若者とパワフル太郎が戦いました」

「今のところ米食っただけだろ……」

「勝ったのはパワフル太郎でした」

「米食ってただけだもんな……」

「おしまい」


 と言って、アメは手をパンと叩く。


「……」

「……」

「……おしまい!? パワフル太郎がパワフルなだけで終わったぞ!?」


 文化の……文化の断絶を感じる。

 絶対に三世代の間で何かしらの変容があっただろ……。


 そう思っていると、アメは俺の方をジッと見つめて頷く。


「この話は、こういう話なんです」

「……ええ」

「強さと心は別の問題です。心があろうと強くはなく、強くあろうと心はない。そういうことを示す話なのです」

「……そういや、前に活人剣と殺人剣を分けるのは人次第と言っていたな。ああ、まぁ、なんとなく伝わった」

「力を鍛えても心は鍛えられない。それが夕長の考え方なのです」


 シビアなような雑なような。


「つまり、教えるときは技だけじゃなくてちゃんと道徳面も指導すべきってことか?」

「はい。また、強くなっても心がついてきているとは限らないから自戒しろということです。強さは正当性を担保しません」


 パワフル太郎というアホの極みみたいな話から真っ当な教えだな……。まぁ、強い奴は精神性も優れてるみたいな考えってありがちだもんな。


「……でも絶対に代々伝わってはいない」

「ええー、嘘じゃないです。お父さん言ってましたもん」

「いや……そのお父さんが胡散臭い」


 アメは「むうー」と言いながら枕をかかえる。


「……アメは、父の故郷の国に行って祖父母と会って話してみたいと思わないのか?」

「…………僕、英語話せないんです」

「そりゃそうだな。まあ、顔を見たいとか」

「…………。その、お母さんが強引に父を手に入れたそうなので……恨まれていてもおかしくないのです」

「考えすぎだと思うが……強引というのは、アメみたいな感じか?」

「えっ、僕は強引じゃないですよ?」


 斬り合いの最中に押し倒してキスしてきたのに!? 押し倒してキスするのが強引じゃないなら何が強引になるんだよ……。

 誘拐監禁ぐらいしか思い浮かばないぞ。


「お母さんも少し反省してるみたいです。いくら好きだったからといって、あれはやりすぎだったと」

「あれって何?」

「分かりません。ただ、犯罪行為ではあったようです」

「犯罪行為ではあるのか……」


 俺の中のアメさん一家のイメージが完全にアマゾネスになっている。


 アメの方を見る。

 ふにゃりとした柔らかな雰囲気。綺麗な髪と顔立ち。歳の割に小さな身体。


 ……でも精神性は半分アマゾネスなんだよな。


「……そろそろツナに電話をかけるか」

「あ、はい。話したいです」


 布団の上でタブレットを弄ってテレビ電話をかけると、すぐに繋がり、パジャマ姿のツナがパァッとした笑みを浮かべる。


『ヨルさん! えへへ、こんばんは』

「ああ、今大丈夫だったか? 何してた?」

『ヨルさんが作り置きしてくれてたご飯をチンして食べ終わったところです。そっちはどうですか? あ、二人とも浴衣です』

「あ、はい。みなもさんが貸してくれまして」

『似合ってます。いいなぁ……』

「あー、また買いにいくか? 浴衣」

『ん、でも……出かけないですし、家で着てるのも……変じゃないですか?』

「変でもいいだろ。俺が見るだけなんだし」

『……えへへ、じゃあ買いに行きましょうか。ヨルさんがどうしても私の浴衣姿を見たいというなら……仕方ないです、全く』


 そういう意味ではなかったが……まぁ、見たいのは事実なので頷いておく。


 浴衣を着たツナも可愛いだろうな。普段子供っぽいのを着たがらないけど、そういうのも可愛いので着てほしい……。


 あと、夏と言ったら水着……。プールとか海に行かないから無理だな。


 そう考えていたところで、ツナはスッと表情を真剣なものに変える。


『それで、今日はどういう感じでしたか?』

「前に言った落とし穴のある階の下り階段を見つけた。ゴブの湯の最深部からの探索だからすでにそこそこ深いところのはずだ。……けど、トップ層ではなさそうな探索者パーティとも出会ったな」

『探索者パーティですか?』


 ツナの言葉に頷く。


「ああ、歩きカラスというパーティだ」

『んー? あ、聞いたことはあります』


 ツナはそう言ってから思い出すような表情を浮かべる。


「有名なのか?」

『一時期名が売れてましたよ。最近は聞かないですけど』

「一時期……あー、なるほど」

『それと……そろそろ攻略組が本格的に動くようです。鉢合わせになる可能性も考えておいてください』

「鉢合わせ……と言っても、別に問題ないんじゃないか? 揉めてるわけでもないし」

『現状、何が起こるかが分かりません。短時間に広く募集していたので、おそらく攻略組の中には密偵が混じっています』


 密偵が混じっている……か。そもそも他のダンジョンのやつが主体で、普通の探索者を集めてその中に別のダンジョンのスパイがいるということだから……。


 少なくとも三陣営は混じっているということか。


 なんとも面倒くさそうだな……。加えて極夜の草原と俺達が関わるとなると……すでに五陣営程度は確定ということか。いや、ゴブの湯を繋げようとしているダンジョンもあるから六陣営か。


 考えるだけでも面倒くさい。少なくとも六陣営、場合によってはもっと増えるとなると……これは面倒だな。


「面倒だな」

「んぅ? 何が面倒なんですか? 全部斬ったらいいような」

「いや、全部斬ったら極夜の草原のDPが増えるだろ」

「それで出したモンスターも斬ったら……」

「今度はDP不足で追い詰めることになるだろ。まぁ、ゴブ蔵に守らせておけば平気だと思うが……」


 ……正直、ここまで敵ばかりと思ってなかったんだよな。あらゆるところから狙われてるじゃん……。


 一番不安なのは、ダンジョンマスターやその副官に俺やアメの父親みたいな桁外れの武闘派がいた場合だ。


 ゴブ蔵は非常に強いが、俺やアメさんには勝てないレベルだ。武闘派のダンジョンの副官がまだ名を隠していた場合、ゴブ蔵がやられて極夜の草原を潰されかねない。


 ……まぁ、そこまでの価値は極夜の草原にないと思うが、ここまで集まっているとなると可能性はある。


『状況を読み切るということが不可能になっています。危険を感じた際には迷わず撤退してください』

「危険か……どういう感じのだ? 死ぬことはまずないだろうが」

『嫌われることですね。極夜の草原みたいな状況になるのが一番ダメです。最悪「えー、ウチらも極ぴっぴに恫喝されてマジこわかったのー。もしかしてウチら相性いいんじゃね?」と言って極夜の草原攻略に手を貸しても構いません。目的とは反対の行動にはなりますが』

「ツナの中の俺ってギャルなん?」


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