第二十話

『アメさんは調子大丈夫ですか? ヨルは風邪とか引かないタイプなので平気でしょうけど、寒くないですか?』

「あ、うん。そうですね。……感覚が鋭くなってます」

『……? えっと、体調が悪いんですか?』


 アメは自分の手をグーパーとさせながら首を横に振る。


「いえ、むしろ反対で……めちゃくちゃ調子がいいです。力が漲ってきて、動いても息が全然切れない……。これはいったい……」


 調子がいい? ……運動量が大きく発する熱が大きいから寒い方が動きやすいとか……?

 いや、そういう感じでもないか。


 ……ダンジョン側の人間になった恩恵……なんて聞いたこともないしな。


 何が理由だ……? と、考えていると、ツナがふと思い出したように口を開く。


『……アメさん、普段何を食べてたんでしたっけ?』

「えっ、ご飯ですけど」

『それです。間違いなく、それです』

「へ? ご飯が?」

「ああ……なるほど。食生活の改善か……」

『はい。アメさんは非常に……かなり食生活が悪く。炭水化物ばかりで栄養素が不足していて……今、調子がいいのではなく……今までの体調が極端に悪かったのです!』


 ピシッとツナは言い切る。


「……まぁ……アメさん、食生活パワフル太郎だもんな」

「ち、違います。僕の食生活はパワフル太郎じゃないですっ!」

「いや、パワフル太郎だよ。米が握られてるか器に盛られているかの差しかない」

『なんですか? パワフル太郎って』

「米ばっか食ってる奴だよ」

『なんですかそのキャラは……』

「……ん? あっ、よく考えたらパワフル太郎は米食ってなかった」

『パワフル太郎お米食べてなかったんですか!? 唯一の情報が消し飛んで無になったんですけど』

「ああ、米食ってたのは性格がいい若者の方だった」


 アメは俺が間違いに気がついたからか満足そうに頷く。


「僕はパワフル太郎ではないのです」

「負けた側の食生活と一緒だったもんな。もっといいものを食え」


 やっぱり、アメさんは俺が守ってやらないと……。本当に色々と、放っておくと死にそうな感じがする


「……これが食事の力……? 今なら名喰いの偽典を使ってないヨルさんにならもう少し食い下がれるかも……! です!」

「まぁ、以前よりかは血色もいいしな」


 もっと美味しいものをいっぱい食べさせてやりたいな。


「アメ、食べたいものとかあるか?」

「急にどうしたんですか? んー、あ、ヨルさんの好きなものを食べたいです。好きなものを知りたいです」

「俺の好きなもの……あー、少し前にツナと作った餃子美味かったな」


 ツナに色々と興味を持たせたいと思って、タネと皮を用意して一緒に包んだのだが、あれはなんか妙に美味く出来た。


『えへへ、私が包んだのは破けてしまってましたけどね。また作りましょうね。あ、そろそろ寝ないとダメな時間です……』

「……ああ。ツナ、ちゃんと歯を磨いて、暖かくして……無理しないようにな」

『はい。ヨルもですよ? アメさんと仲良くしてくださいね。あと、根を詰めすぎないように、多少遊んで気を緩めてくださいね』

「ああ」

『アメさんも無理は禁物です。ヨルの体力に合わせようとしないでくださいね』

「はい。ヨルさんは僕がお守りします!」

『……伝わってなさそうです』


 ツナは寂しそうに「おやすみなさい」と言って電話を切る。


 ……ツナには根を詰めるなと言われたが、やっぱり早く帰ってやりたいな。


 アメの方を見ると俺の方を見て首を傾げる。


「僕たちってそんなに無理しそうに見えるんでしょうか?」

「まぁ……アメはそうだな。……俺達も寝ようか」


 アメの手が電灯のリモコンを操作して、一番小さな灯りだけを残して部屋を暗くする。


 暗い中、アメは布団の上にコロリと寝転がった。

 小さな灯りのなか、外の温泉のせいか少し暑い室温もあって布団をかけていない。


 浴衣の上から覗く少女の細い体の線に思わず目を惹かれてしまうが、目を閉じて見ないようにする。


 暗い部屋の中、アメの吐息と部屋の外でぴちょんと鳴る音だけが響く。


「……ヨルさん、雨の音がしますね」

「雨? ああ、いや、多分、外で温泉の湯気が天井に当たって落ちてきてるんだろうな」

「あ、なるほどです。ダンジョンの中ですもんね」

「……落ち着く音だな。……あのダンジョンの中に住んでて、唯一の不満かもしれない。雨音が聞こえないのは」


 俺はそう言ってから「なんかアメに対する回りくどい告白みたいだな」などと気がつく。


 アメの方は気にしてないのか、俺の方を見て笑っていた。


 身勝手だけど、それがほんの少し悔しくてアメの方を見つめて言う。


「今はアマネがいるから、好きな音は足りてるけど」


 アメはほんの少しの間だけ不思議そうな表情を浮かべ、それから顔を真っ赤に染める。


「あ……その、は、はい。……でも、実は僕の名前の漢字、雨音ではないんです」

「あ、違ったのか。アメってあだ名だし、てっきりそうかと……天の音?」

「いえ……遍くです」

「遍く」

「全てを手にしろ……そういう意味を込められて『遍』と名付けられたのです」

「全てを手にしろ」


 ……。


 …………。


 …………!?!?


 読みがアマネなのにそんなに蛮族みたいな名付けあるのか!?


 いや、むしろ今までの両親の情報からアマネなんて可愛らしい名前が付けられたという事実を疑うべきだった。


 むしろそう考えれば普通だ。


「……あー、俺も漢字が「寄」だから似てるな。いや、むしろ反対か?」

「えへへ、変な漢字一文字繋がりですね」


 アメはそう言いながらゴソゴソと動いて少しずつ俺の方に寄ってくる。

 小さな手が俺の手に伸びてきゅっと握る。


「……仲良くするように、ツナちゃんに言われましたね」


 それは……そういう意味なのだろうか。

 手を振り払う気にはなれない。それを察したアメは少しずつ俺の方ににじり寄る。


 俺は少し離れようとするも壁があって逃げ切れない。


「あ、あの、アメ、あまり良くないと思う」

「なにがですか?」

「……男女であまりベタベタするのは。仲良いとは言えど、異性なんだから」


 俺はそう言うが、アメは離れる気配を見せない。


「……? 知ってますよ、異性だって」

「そ、そうか。だから……」

「……ひっついてると、そういうことになってしまうんですか?」


 昼間のアメとは違う蠱惑的な笑み。小さくて可愛いはずのアメが俺の方を誘うように見つめる。


 ……何と答えればいいのか。「そうだ」と言えば「それでいい」と返されそうだし、「違う」と言えば「ならくっついてもいい」と言われそうだ。


 数秒の沈黙。その間にアメの小さな体がピッタリと俺の腕の中に収まる。


 布団はふたつ敷いてあるのに、ひとつの布団の上には誰もいない。

 ちいさな体の持つ熱が俺に移って、ドクドクと心臓の音を早める。


「……えへへ、恥ずかしいです。ヨルさんは慣れっこかもですけど」

「……ツナとアメだと違うだろ。慣れとかはないよ」


 もう押し返すことも逃げることも出来ない。


 男としての本能らしきものが顔を覗かせて、耐えようとしているのにアメの体を抱きしめてしまう。


 頭の中にあった「後でどうしたらいいのか」とか「社会的な道徳心」とかが抜け落ちて、意識がアメの柔らかい身体に引っ張られる。


 アメの吐息が胸にかかり、理性がガリガリと削れる。


「えへへ、寝ましょうか」

「…………えっ、寝るのか?」

「んぅ? まだお話ししたいんですか?」

「……いや、寝ます」


 アメは「なんで敬語なんですか?」と少し笑ってから俺の腕の中で目を閉じる。


 …………いや、いいんだけど。これでいいんだけども。

 アメさん、もしかして蛮族ではなくて小悪魔的なアレなのだろうか。

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