第二十一話
俺は押しに弱い。
人が辛そうにしていたり悲しんでいるのを見ると、どうにもその様子に耐えられず、道理やら後のことを無視してしまう悪癖がある。
……だから、この苦しみは俺が悪いのだ。
柔らかい。かわいい。小さい。いい匂いがする。
今日昨日と、俺と同じシャンプーを使っているはずなのになんでこんなにいい匂いがするのだろうか。
ツナは……ツナなら、こんな感じに抱きしめていても寝られるのだ。
お互いが異性として意識するよりも前から一緒に寝ていたので慣れがあった。
けれども、アメは違うのだ。なんかこう……いい匂いなのは同じなのにツナとはまた別の感じだ。
何が言いたいかと言うと……。
「寝れねえ……」
頭の中がリラックスとは真逆の状態にある。俺がほんの少しでも力を抜けば、アメさんパパの二の舞になってしまう。
いや、割と既に手遅れ感はあるが……。
ともかく、一度落ち着こう。散歩でもしようかな……と考えたが、なんか外に出たらみなもが風呂に入っている予感がするのでそういうことも出来ずにただ耐える。
しばらくして「いや、一回抜け出して隣の布団で寝ればいいだけでは?」と気がついて、アメから離れてもう一つの布団の方に移動する。
……最初からこうしてればよかったな。と考えていると、アメはころころと転がって再び俺の腕の中に収まる。
寒かったのかと思って布団をかけて、また元の位置に戻るとアメは布団を蹴飛ばしながらころころと俺の腕に戻ってくる。
「……アメさん、起きてる?」
「寝てます」
「いや、でも、めっちゃ転がってくるし……」
「寝相です」
「……なるほど」
その場に座ると俺の膝の上にアメが丸まって収まる。
……アメさん強いな。
まぁ仕方ないか。あまり良くないとは思いつつ、ゴロゴロと寝返りを打ったせいで乱れたアメの髪を撫でる。
「えへへ」
「寝れないのか?」
「…………寝てます」
「いや、それはいいから。もう逃げないって」
アメの目がパチリと開いて、上目遣いで俺を見つめる。
「……甘えるの、良くないですか?」
「いや、甘えるのはいいんだけど、俺が悪いことを思うから」
「……んぅ? 何をです?」
……そこは察してほしい。
誤魔化すようにわしゃわしゃとアメの頭を撫でるとアメは楽しそうに笑う。
「もー、やめてくださいよ。えへへ」
「なんで寝れなかったんだ? ……昼のことか?」
「…………はい。追い出したりされることはないって分かってるんです。でも……「役に立たないな」って思われたらと思うと」
「……そんなこと思わないけどな」
「……はい」
「俺がアメに思うことは、六割がかわいいで二割が申し訳ないで残りの八割が怖いだから大丈夫だ」
アメは不思議そうに首を傾げる。……変なこと言ってすみませんでした。
「まぁ、そもそも役に立つとか立たないって話がズレてると思うぞ。うちは利益目的の会社組織というよりかは仲良い人で集まってる感じだからなぁ。友達の集まりで役に立つとかないだろ?」
「……僕が剣を持ってなくても、一緒にいてくれましたか?」
そうだとしたら出会うこともなさそうだが……まあ、そうだな。
「そりゃそうだろ。戦闘力が高くて友好的? な、アメの親父さんをスカウトしたりしてないだろ?」
「……お父さんとヨルさんは友達じゃなかった……?」
「逆になんで友達だと思われてるの? ……明日に響くからそろそろ寝た方が……ああ、いや、まぁ、別にいいか。出発を遅らせたら」
腕の中にいるアメを抱きしめる。
……俺は別に、大した悩みもなく生きてきた。それは「別にどうでもいい」という投げやりさと不真面目さからくるものだ。
……真面目に、なんで追い出されたかを考えて、自分の責任ばかりを責めていたのだろう。
馬鹿だな、と、思う。
上手くやる必要もない。もっと雑に「おいおい、僕が全部モンスターを倒してやるから雑用をやってろよ」ぐらいのノリだったら、案外なんとかなっただろう。
弱気を見せるから付けいられる。……というか、アメを怖がっているからこそマウントを取ってアメを抑えようとするのだろう。
「……ツナはさ、あんまりいい子じゃないんだよ」
「……へ?」
「だいたい俺が甘やかせすぎたからなんだけど、ワガママが多いし、好き嫌いが激しくて、束縛が激しくて。まぁそんなツナが仲良くしたいと思ってるんだし、アメはたぶんいい子だ」
「……はい!」
「いや、この理屈だと俺も善人になるからおかしいな。やっぱなしで」
「ええ!?」
そんな話をしているうちにアメは眠る。安心したのか、それともツッコミ疲れたのか。
俺にはもったいないよな、ツナもアメも、と思いながら眠る。まだ探索者と出会う階層みたいだし、ゴブ蔵との合流は避けた方がいいか。
そんなことを思っているうちに俺も疲労で意識が遠のいていく。
◇◆◇◆◇◆◇
アメの話を聞いたせいか、古い夢を見る。
友達の部活の試合を見て思うのだ。
「ああ、なんて下手なのだろう」と。
努力している人を見るたびに思う。「遅い」し「弱い」と。
それが良くないことだと理解はしていた。
だからそう思わないようにしようと努力して、言葉を選んで接してきた。
……そんな努力こそ、他者を見下しているという一番の証拠だということから目を逸らしながら。
俺はそういう奴だ。
嘘つきで傲慢で、そのくせ人に嫌われるのが怖くて媚びを売る。
みっともない。みっともない。
けれども……たぶん、きっと、周りの友達も俺を見下していた。
やれるのにやる気がない。無気力でだらしなく、無為に才能と時間を溶かす愚者。
…………雨に似た音に目を覚ます。枕元のスマホで時間を見るとほとんど眠れてなかったようだ。
アメから離れると、今度こそ本当に寝ているのか反応がない。
窓辺にある椅子が目に入り、特に意味もないけどそこに座ってみる。
「……」
ツナとアメのことを考えて悩む。だが、こんな悩みなど、学生時代にしていた演技とさして変わらない。
善人ぶるためのフリでしかない。
答えは決まっていた。
……ふたりとも他の人に任せてなんていられるわけがない。
俺が守るし、俺が幸せにする。
そうでないと俺が安心出来ない。
他の人にまかせて毎日毎時「大丈夫だろうか?」と心配なんてしていられるわけがない。
悪人だろうと浮気だろうと倫理的にどうしようもなかろうと……俺は、二人とも心配でならないのだ。
知れば知るほどに、好きになるし、心配にもなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます