第二十二話

 どうしてこうなった……。


 そう嘆くが、時は決して巻き戻らず、落ちてしまった覆水は盆に返らない。

 世界はいつだって残酷だ。


「うぇーい、うぇいうぇい、おらおら、ヨル、羨ましいぞ。かわいい嫁さんもらってよお」

「……ウス」


 探索二日目……俺は、初対面なのにめっちゃ馴れ馴れしいおっさん探索者に絡まれていた。


 紅蓮の旅団を中心とした探索者パーティの集まりに追いつかれ、アメがコラボ配信をした繋がりで顔見知りだったこともあり話をせざるを得ない状況に陥り……。


 アメの急な引退のこともあってめちゃくちゃ質問攻めにあっていた。


「で、なんでこっちに来てんだ?」

「あー、旅行のついで」

「こんなところに観光地なんかあるか? あ、そういや近くに温泉とかあるもんなー」


 おっさんに「やるなー」と言われながら馴れ馴れしく肩を揉まれる。……なんかもう撤退を視野に入れてもいいかもな。


 アメもアメで若い子に囲まれている。まぁ探索者の若い子ならネットで話題になってた探索者のことはよく知ってるだろう。


 俺と同年代ぐらいの人達から囲まれて「先輩」「先輩」と呼ばれているが、たぶんアメさんの方が5歳ぐらい歳下である。


「よ、ヨルさーん」

「あー、はいはい。ほら、アメで遊ぶな。回収」


 アメの腋を持って持ち上げて回収すると、ブーブーと文句を言われる。


「あー、うるさいうるさい。他の探索者パーティに馴れ馴れしく構うな。アメさんのことをそっちは知っててもアメさんは知らないんだから困惑するだろ」

「けちー」


 ……紅蓮の旅団を中心とした複数の探索者パーティが混じった集団。


 ここにいるのは15名程度だが、ホテルが埋まっているとなるともっと多いだろう。地図を埋めるには人手がいるし、分散して地図を埋めているというところか。


 ……地図はほしいな。最後に裏切ることになるが。


「それにしても、ふたりでよくここまできたなぁ。かなりキツイだろ。戦力とか道とか。週に一回は階段の場所変わるし」

「戦力は俺とアメのどちらか一方で足りてる。あと……揉め事になるのが嫌だったからアレなんだが、ほら、これ」


 俺は持っていたマジックバッグを探索者達に見せる。


「そこそこ容量のいいマジックバッグを拾ったから、それもあって問題なく歩けてる」

「うわ、すげえの出てきた。どこで手に入れたんだ?」

「練武の闘技場。俺が持ってることはあまり広めないでくれよ、揉め事は勘弁だからな」

「ああ、まぁ……物の価値が価値だけにな」


 アメは不思議そうに俺を見て「ハッ」と気がついたようにぴたりと俺にくっついて口をぎゅっと閉じる。


 ……もしかして、自分がダンジョン側の人間であることを忘れてた……?


 15名ほどの巨大パーティの構成を見る。専業のマッピング係らしき人が一人、荷物持ちが四人、索敵役が前後に二人、近接戦闘が五人に魔法使いが三人……。


 環境が厄介なダンジョンなのに戦闘要員が多いな。こっちはアメ一人で十分なんだが。


 こう考えると、やっぱり一人で高い戦闘能力を持っていると荷物を減らせるのが大きいな。


 実力は……まぁ普通に強い探索者達というところか。荷物持ちをしている奴もいざとなれば戦えるのだろうと思えるし、精鋭ではあるのだろう。


 ……まぁ、アメさんと比べると見劣りするのは仕方ないか。


 そんな中……ひとりだけ気になる人物がいる。この集団の最後尾を守っている索敵役の少女…………明らかに一人だけずば抜けている。


「どうかしたんですか?」

「ああ、ちょっと後ろの子が気になってな」


 そう言ってから「あっ、アメにヤキモチを妬かれて怒られるかも」と思ったが、特にそんな様子はなさそうだ。


「……失言だと思ったけど怒らないのか?」

「んぅ? 気になるというのは変な意味じゃないですよね。特別小さい子じゃないですし」

「……俺のこと、完全にロリコンだと思ってるな……。まあ、そういう意味じゃないのは事実だけど」


 明らかに一人だけレベルが違う。

 警戒の範囲が一目で分かるほど広く、視線を追えば遥か遠くまで正確に見回しているのが分かる。


 斥候として段違い……となると、他のダンジョンの手の者の可能性が高いか。

 アメさんの都合……俺たちがダンジョン側ってことは他のダンジョンの人には既に知られているだろうし話しかけるべきか……。


 と、思いつつ見ていると少女はこちらの方を見返し小さく「来い」と口を開く。


「アメ、ちょっとあっちにも挨拶しにいくか」

「んぅ? はい」


 最後尾の方へと移動すると、索敵をしていた少女が視線をこちらに寄越す。……背はアメさんよりも高いけど、結構若いな。


「……どうも」


 俺がそう言うと、少女の視線がスッと外れる。


「俺は結城ヨル。こっちの子は夕長アマネだ」

「よ、よろしくです」


 アメがペコリと頭を下げると、少女はクールな佇まいで小さく口を開く。


「闇の暗殺者、ヒルコです」


 ……佇まいは確かにクールだった。

 ただ……その名乗りが、少し、クールとは違う方向性だった。


「クールな美少女、ヒルコです。私に何か御用ですか?」


 いや、クールであっていたらしい。


「…………」

「…………」


 沈黙が続く。

 ……そういや、ヒルコって名前聞いたことがあるな。確か、ダンジョン組合のダンジョンマスターが忍び込まれたとか……。


「…………」

「…………」


 コイツが……?

 いや、たぶん同名の別人だろう。だって闇の暗殺者だし。


 軽く頭を下げてその場から離れる。


 さて、どうしたものか……地図はほしいけど、一応商売敵である俺に譲ってはくれないだろう。


 そんなに口がまわる方というわけでもないので交渉でいい感じにというのも難しいだろうし。


 けれども、避けるというのも変だろうか。そもそも俺とアメがここにいるのも変って言えば変だし……。

 いや、別に疑われても問題はないのか……?


「……あの、ヨルさん。闇の暗殺者ってなんですか?」

「闇の暗殺者について、俺は詳しくないんだ」


 アメが不思議そうにしていると少し離れたところにいたヒルコが「よくぞ聞いてくれました」とばかりに、にゅっと寄ってくる。


「うわぁっ」

「闇の暗殺者とは、闇夜に紛れ静寂と共に命を狩り取る死神……そういうことです」

「……なるほどな」

「えっ、ヨルさん分かったんですか?」


 いや、全然分からないから適当に合わせた。


「悲しき宿命を背負った闇に生きるもの……そういうことです」

「……?」


 ああ、アメさん、アニメとか漫画とか見そうにないタイプだもんな。そりゃ意味が分からずに混乱するよな。


「闇から現れし哀しき存在……そういうことです」

「えっ、闇出身なんですか?」


 たぶん出身地の話はしてない。


「出身は新潟」

「ああ、新潟県の闇ってところ出身なんですね」


 ヒルコと名乗る少女は俺の方を見る。その瞳は「助けて」と語りかけてくるようだ。


「……新潟の、闇の組織に所属していたということか」

「ふふ、そういうことです」

「や、闇の組織……?」

「聞いたことないですか? 神食いの狼フェンリルの噂を」

「なっ……神食いの狼フェンリルだと……!?」


 もちろん聞いたことがない。

 でも、ツナから揉めずに仲良くするように言われたし……とりあえず話を合わせないと。


「よ、ヨルさん、なんですかフェンリルって……クレープ屋さんですか?」

「違う」

「あっ、違うんですね」


 いや、よく考えたら神食いの狼フェンリルの設定を知らないので違うとも言い切れないか。


「いや、ある意味でそうと言えなくもないな」


 俺の無意味に格好つけた言い回しにヒルコは満足げに頷く。どうやら正解だったらしい。


「ヒルコさんって苗字ですか? 名前ですか?」

「……名前」

「素敵なお名前ですね。苗字はなんですか?」

「…………高橋」


 ……設定の作り込みが……作り込みが浅いっ!!

 恥ずかしそうにするならなんかカッコいい偽名考えとけよ!!

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