第二十三話
高橋ヒルコ……。
明らかにアホっぽいため、ダンジョンマスターを脅かしたやつとは別人と思うが……。よく考えたら脅かしたダンジョンマスターに普通に名乗るというアホアホムーブをしてるのはソラから聞いていたときも同様だ。
……同一人物なのか? ……探りを入れるべきか?
少し考えていると、ヒルコが俺を見てニヤリと笑う。
「フッ、あまりのクールさに見惚れてしまいましたか。けど、私に惚れると火傷しますよ」
「……ああ、気をつける」
この分だと雑に探りを入れても問題なさそうな気がするな。
アメを連れて少し離れたところにいって耳元で囁く。
「アメさん」
「ふひゃっ!? にゃ、な、なんです!? く、くすぐったいです」
「あ、悪い。少し秘密の話で」
アメは恥ずかしそうにしながら首を傾げる。
「秘密の話……はっ! 了解です、ど、どうぞ」
「あのな……」
「ふ、ふふふ、くすぐったい……」
どうしよう。真面目な話なのに真面目な空気感にならない。
いや……でも、耳が敏感なのはアメのせいでもないしな……。
顔が赤いアメに手を握られながら背を屈めて囁く。
「あー、行くぞ」
「ひゃ、はい。ど、どうぞ、です」
「ヒルコがダンジョン側の人間か、並びにどこのダンジョンの人間なのかを探りたい。探りを入れるから合わせてくれ」
「……こそばゆい……けど、分かりました! 任せてください!」
絶対分かってないだろ……。
「ところで、なんでヨルさんは僕にだけ「さん」付けで呼ぶんですか? 僕は呼び捨てでいいと言ってるのに、僕だけアメさんです」
「……力への畏敬」
「力への畏敬」
よし、じゃあ行くか。とヒルコの元に向かう。
「ふふ、まだ私に用があるようですね。ただ、仲良くしようと考えるものではない。私の闇喰らいの剣は血に飢えているのだから」
「闇喰らいの剣……えっ、その小さい短剣のことか?」
「ち、小さくない!」
「いや、でも剣というかナイフ……」
ヒルコの腰に提げたナイフを見てそう言うと、ヒルコはぷるぷると震えて否定する。
やっぱり剣ではないだろ……。と思っていると、アメは不思議そうに首を傾げる。
「でも、ヨルさんのもそれぐらいじゃないですか?」
「…………えっ?」
唐突にアメの口から放たれた言葉に衝撃を受ける。…………いい感じの仲と思っていた女の子からの罵倒。思考が一瞬だけ止まる。
「お、俺の……こ、こんなに小さくない……し」
「えっ、これぐらいですよ。小さいですよ」
「……はい」
「ヨルさんが装備してる短剣も」
「……装備してる短剣? あっ、ああ、そっちか」
「んぅ……?」
「気にしなくていい。気にしなくて」
不思議そうにしているアメから目を離してヒルコを見る。
「それで……どうかしましたか?」
……何を聞くべきか。
……普通の話題から入るべきだろう。なおかつ、情報を探れそうな……。
「あー、今の時期に防寒着を買うのは大変じゃなかったか? 俺とかアメは登山用のカラフルなのしか買えなくて。まぁ暖かいのはいいんだけど」
「ふむ、我が漆黒の衣に興味があるか。良いでしょう。これは……ネットで買いました」
めちゃくちゃ普通の回答がきた。……が、それで分かることもある。
まず、第一に思い出す素振りをしたということはすぐ最近買ったものではない。
だが……おそらく登山用の、冬でも普通には着ないような防寒着だ。
だとすると、このダンジョンに来たのは初めてではないと予想出来る。
……もしかして、極夜の草原の仲間? 極夜の草原のダンジョンマスターからの連絡きたタイミングでヒルコが近場のダンジョンにちょっかいをかけていたみたいだし充分あり得る。
自分を狙う奴らの中にスパイを放り込みたいと考えてもおかしくはないし。
いや、しかし……こんなアホっぽいのをスパイに使うか? 普通。
「あ、そうだ。ヒルコさん、恋愛占いに興味ありませんか? 僕、実は占いが得意でして。住所氏名生年月日電話番号メールアドレスから色々なことが分かるんですけど」
なるほど、女の子が好きな占いにかこつけて情報を得る作戦か……賢い。だが……欲張りすぎだろ! 多い! あと質問項目が露骨に個人情報!
パワーに頼りすぎだ……! と思っていると、アメが手渡した紙にヒルコはいそいそと記入する。
乗るんかい! とツッコミそうになりながら書いている紙を覗き込むと、想像だにしていなかった文字が書き込まれていた。
住所……『海呑み』。
それはかつての北日本の最大のダンジョンであり、ここ極夜の草原に敗北した場所でもある。
いや、正直に書くんかいというツッコミもあるが、それ以上に詳細を聞きたいと思っていると、ヒルコはパッと顔を上げる。
「……強大な気配。総員! 前方警戒!」
そう叫んでから数秒、多少離れた場所の土が盛り上がる。
地面が動き始めたかのようにぐにゃぐにゃと動き、人型の形を取る。
「……クレイゴーレム。かなりでかいな。しかも……冷える草を背中に纏ってる」
あれは……斬ったら武器越しに凍りかねないな。
……ヒルコの正体や住所に関してはかなり気になるが、今はそれよりもあの冷えたクレイゴーレム……アイスクレイゴーレムとでも呼ぶべきやつに集中するか。
そう考えてから、遅れて「そういや俺って素手で戦う探索者じゃん」と思い出す。
「……冷たそうだな」
「冷たそうですね」
……触りたくねえ。と、俺が迷っている間にも戦闘が始まり、前衛の剣士がゴーレムの胴体に剣を突き刺した。
「ッ! 手が固まって──!?」
突き刺さったことで冷えた武器を掴んでいた手が柄にへばりつく。
あれはまずい……となった瞬間に魔法が飛んでゴーレムを揺らし、それによって手が剥がれる。
迷ってる間にピンチになってる奴がいた……。まぁ、ものぐさは良くないか。
「アメ、見てたな。短い時間でも触れば凍る。どうすればいいか分かるか?」
「すっごい速さで斬ればオッケーです!」
「……よし、その通りだ」
あまり難しいことをアメに言ってもこなせないだろう。それに──。
「新種モンスター、水属性効果なし!」「火属性効果見られません!」「通常攻撃も効果が薄──」
混乱しても良いところを、しっかりと効率よく弱点を探っている。精鋭なだけある、と思いながらアメに声をかける。
「俺は右脚をやる。アメは左脚を」
「合点です!」
同時に駆けて、同時に腕を振るう。
アメの「すっごい速さで斬ればいい」は正しい。
接触時間が短ければ熱を奪われる量も少ないのは事実だ。普通ならばそんなことが出来ないから強敵なのだが、アメの剣は普通でも尋常でもない。
俺の拳とアメの剣が同時にゴーレムの脚を潰し、綺麗にだるま落としのようにどすりと胴体が落ちる。
「ここからどうしますか?」
「離脱。寒いから」
アメと共に離れる。機動力を完全に失ったゴーレムは色々な魔法の標的となり、冷気以外は普通のクレイゴーレムとさほど違いがないと判明してすぐに討伐される。
アメを労おうと思ったところで、アメが「あっ」と声を上げる。
「どうかしたか?」
「い、いえ……その、さっきのヨルさんがなんで落ち込んでいたかが……その、わ、分かってしまい」
「……このタイミングで? いや、分からなくていいから、気にしなくていいから」
俺がそう言うも、アメは俺が落ち込んでいると思ったのかぶんぶんと首を横に振る。
「そ、その、他の人を知らないので分からないですけど、お、おっきいと、おもっ、思いますっ!」
「いいから、慰めなくていいから。……いや、待て、なんで俺のを知ってる」
「……」
「アメさん?」
……アメさん?
「よ、夜……寝てるときに当たってたので」
「……すみませんでした」
「い、いえ、ひっついていたのは僕なので」
まぁ確かに……。普通に離れたらいいだけだしな。
アメさん…………。
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