第二十四話
俺とアメが二人で話しているとヒルコがジッとこちらを見ていることに気がつく。
何か用か? と思いそちらを見るが目を逸らされる。
唇が微かに動き「強い……」と俺達を評する。
なんとなくそのまま同行する流れになったので、集団に混じって道を歩く。前の方にいる斥候役も優秀なのもあり、事前に罠を見つけて周知してくれるおかげで俺たちも罠を避けながら歩ける。
「ふむぅ、ヒルコさん、少し変わった人なんでしょうか」
参考にしようと観察していると、アメが俺の方を見て言う。
「今更か。……まぁ、想像していたのよりかは普通だけどな。少し病にかかってるだけで」
「想像……?」
「ああ、事前にソラさんから聞いていた話からして、もっと厄介そうな感じかと。ダンジョンの最深部まで潜り込んできて、名前がヒルコとなると」
「ヒルコさん……名前的にヨルさんより明るい感じがしますけど」
「光度の話してる?」
集団ゆえのゆっくりとした歩調に合わせつつアメの問いに答える。
「ヒルコ……高橋って前に着くから普通に感じるけど、まぁ実際ちょっと珍しい名前ではあるだろ。名前に子が付くことも昼が付くことも珍しくないが、合わさってヒルコとなるとレアだ」
「ん、言われてみればあんまり聞かないような……」
「身体の不具合や水死体を連想されることがあるからあんまり縁起がいいって名前でもなくてな。本名なら別にいいけど、偽名とかで名乗るならなんかヤバそうな奴だなと」
アメは少し考えた表情を俺に見せる。
「……海に関連した名前なんですか?」
「あーそうだな。元は海に流された神様とかのはず」
「……海……の、ダンジョンなんでしたよね。海呑み」
……なくなった海のダンジョンの関係者が水死体を思わせる言葉を名前にしてるか。
別にどうというわけでもないが、少し考えさせられるものがある。
しばらく進んでいると下り階段が見つかりそれを降りる。
またモンスターを倒して歩いてと繰り返していると昼食の休憩を取ることとなり各々で食事を始める。
「俺達も何か食うか。といってもちゃんとしたものを食う時間はないし、レトルトとかだけど」
湯煎で温められるものを取り出して鍋で温めていると、ヒルコが物欲しげな表情で見ていることに気がつく。
「あっ……え、えっと、ヒルコさんも食べますか?」
「ふふ、私と共に食事をしたいということか。普段ならば「くだらん」と切って捨てるところだが、興が乗った。もらってやろう」
「あ、無理にとは言いませんよ?」
「……」
「……」
「……固形のパサパサした保存食飽きたので、分けてほしいです」
あ、はい。
なんだか気が抜ける奴だな。警戒しているのがバカらしくなってきた。
「そういえば……さっきの恋占い」
「あ、途中でしたね。すみません。え、えっと……」
アメは答えをちゃんと考えていなかったのか、今になって必死に考える素振りを見せて、ヒルコは軽く笑う。
「ヒルコさんが運命の人と出会う年齢は……」
と、アメが出鱈目を言おうとしたとき、ヒルコが笑ってアメに言う。
「2年前、15歳。……でしょ?」
「あ、えっと、そ、その通りです」
アメの誤魔化しにヒルコは満足げに頷く。
意外にも恋人とかがいてイチャイチャしてるのだろうか?
レトルトの昼食を食べていると、ヒルコがほんの少し寂しそうな表情を浮かべる。
「ヒルコはどういう流れでこの作戦に参加したんだ? 割と有名な探索者が揃ってる中、割と異質に見える。実力はかなり高いように思えるが……」
「私の内から溢れる覇気に気がついた……というところでしょう」
「……一般募集とかもしてないし、一人でいるところを見るにコネとかでもなさそうだ。俺たちと同じようにダンジョンの中で合流したと考える方が自然だな」
ヒルコは少し驚いた表情を浮かべて頷く。
「まぁ、そうですね、ここで直接スカウトを受けました」
「結構必死だよな。その場にいた人間を引き込むというのも」
一時的にとは言えど組織を無駄に大きくしまくるというのはスパイが入り込む余地が大きすぎると思うが……。
いや、逆か。現状、極夜の草原をよく思っていないダンジョンの方が多いのだから「極夜の草原を潰す」という目的で一致出来るなら問題ないのか。
それに極夜の草原からのスパイが入り込んだとしても人数が多い方がリスクが分散できる。
呉越同舟かつ倒したときのダンジョンコアを手に入れなくても構わないと割り切るなら、むしろ大量のスパイを引き込んだ方が目標達成に近づくという……なんというか、大味ながら「人の力を使って失敗せずに自分に都合のいい流れを作る」というやり方はツナに近しいものがある。
だが……ツナに比べるとネタに走っていない。というか、なんとなく真面目だ。
なんというか……ツナはオモシロ方向に舵をきり気味なので分かりにくいが、この相手は少し分かりやすい。
……作戦は中止した方がいいかもな。敵に回すことになるやつが思ったよりも多い。
「ご馳走様でした。お礼にというわけではないですが、闇の果実の汁をあげましょう」
「ああ、オレンジジュースか。いいのか? ここだと貴重だろ」
「凍ってしまって飲むのも大変なので」
「ああ、なるほど」
俺が受け取るとヒルコは頭を下げて離れていき、アメは不思議そうな表情を浮かべて首を傾げる。
「……闇の果実?」
「そこは気にしなくていいと思う。……それにしても……ヒルコの病の設定の作り込みの荒さが気になるな」
「病? 設定?」
「……まあ、それは置いといて、さっきの紙を見せてくれ」
アメから恋占いのための情報が書かれた紙を見る。
高橋ヒルコ、17歳、海呑みに住んでいて電話番号とメールアドレスも載っている。
遅れて……オレンジの匂いがすることに気がついた。
さっきもらったジュース? いや、まだ開いていない。
……手に持っていた紙をレトルト食品を温める為に使った火に近づけると、黒い文字が浮き上がってくる。
……炙り出しか。炙り出しの性質上細かな文字が書けないためか、簡単な文章が浮かんでくる。
『キョウリョクしたい』
協力したいか。
ハッキリ言って炙り出しにそんな意味があるとは思えない。秘密のやりとりに使うイメージはあるが、実際のところあんまり意味がない。
……が、まぁ分かるのは「海呑み」所属であることをバラしたのはわざとということだ。
紙をそのまま炎の方に投げてヒルコの方を見る。
炙り出しという手を使ったのは……小学生がするような「秘密のやりとり」らしさのためだろう。
つまり、協力したいというのはこの巨大な連合の中で仲良くやるという意味ではなく、秘密裏に繋がって周りを出し抜こうという意味だ。
……何が目的だ? 海呑みは既に負けたダンジョンだから何かしようとも意味がないと思うが……と考えているとヒルコが俺を見返す。
…………優秀な斥候は欲しかったところだ。
ゆっくりとヒルコを見て頷くと、遠くにいるヒルコの口が声を出さずに動く。唇を読むに「夜に合流」とのことだ。
……思ったよりもアホじゃないのか? 食えないやつだ。
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