第二十五話

 しばらく探索して夜になる。

 と言っても、元々真っ暗なダンジョンのなかだと気温も風の具合も光も変わらないが。


 単にまとまった睡眠時間を取るための時間だ。


 ある程度固まってテントを建てていく。


 俺とアメもテントを建てる。寒くてあまり休めないので贅沢を言えばみなもの旅館に戻りたいところだが流石にそういうわけにもいかないだろう。


 テントの中で少しくつろいでいると、その入り口から「いいですか?」というヒルコの声が聞こえて、入り口を開けてテントの中に招き入れた。


「……協力したい、とのことだったが」


 ヒルコは軽く頷いてから耳を澄ませてテントの外の様子を探る。


「はい。……目的は近しいところにあると思うのです。なので、協力出来るかと」

「……わざわざこうして隠れて話すということはやましいことがあるのか?」

「改まって集まってするのが趣味ではないから……では納得がいきませんか?」

「流石にな。目的も分からないとなると」


 俺が難色を示すと、ヒルコはニヤリと笑い謎のポーズを取る。


「我が主である闇の支配者との盟約を果たすため……! では?」

「具体的に頼む」

「…………言いたくないので言わなくていいですか?」


 ダメだろ。


「……というか、言いたくない? 言えないじゃなくて」

「はい。あくまでも心情として、嫌なだけです」

「キャラ作り雑なのに変なところでキャラ固めてきてるな……」

「……極夜の草原のダンジョンマスターの討伐を目指しているのは一致しているはずです」


 それが一致してないんだよなぁ。

 まぁ、別に倒されてもそこまで困るというわけでもないが。


「極夜の草原ならほっといても負けるだろ。わざわざ他を出し抜こうとする意味はあるのか?」

「それは……」


 ダンジョンコアが狙いなのか? まぁ希少なものだし、これからの戦いあった方が役に立つのは間違いないが……と、思っていると、ヒルコはぐっと手を握り込み俺を見る。


「なんでもします。報酬はいりません」

「……いや、なんでもって」

「私に出来ることなら、なんでもです」


 あんまり男に言うべき言葉じゃないだろ……と思いながらポリポリと頭を掻く。


「つってもなぁ。なら、尚更、周りを出し抜こうとしている意味が分からない。少人数でやれば上手く騙せるって思っていると判断せざるを得ない」

「……」

「何故そうまでして、という理由も言えないとなると……ちょっとな」


 明らかに怪しい提案で、どう考えても裏があるだろう。

 ヒルコは深く悩むような表情を浮かべ、それから何かを言おうとする。


 そして、それを遮るようにアメが口を開いた。


「言わなくていいですよ。言いたくないことは」

「えっ……」


 ヒルコは驚いたように俺たちを見る。

 いや……言ってもらわないと困るんだがな……と思っていたその瞬間だった。ヒルコが勢いよく立ち上がって声を上げる。


「──ナニカ、きます!!」


 テントを一瞬で斬り裂いて外に出る。次の瞬間、巨大なクレイゴーレムの姿が見え──その腕がテント群へと振り下ろされる。


「ッ──嘘だろ!?」


 明らかに大きすぎる。もはやモンスターというよりも「地形」を思わせる強大さ。明らかに剣で対応出来る大きさじゃない……というか、魔法でも無理だろうというレベルだ。核爆弾とか使うべきレベル……


 どうする。全員守るのは不可能──。


「アメ! 退避!」


 そう叫びながらヒルコの腰を持って全力で走る。

 アメと同じ方向に走り、クレイゴーレムの指の隙間に入ることで回避する。


 一瞬で半壊。生き延びたのは俺たちと見張りで外に出ていた数人とたまたま手の隙間にいたやつだけ。


 明らかに異様な大きさのゴーレム……あんなの用意出来るDPをどこから捻出したんだ。


 アメは驚きながら刀を構えて、ヒルコはギリッと憎しみを込めた瞳でそれを睨む。


「黒木!! よくも、よくも……!!」


 黒木? まるで人を睨むようにゴーレムを見るヒルコ……明らかにあのゴーレムの正体が分かっている。


「ヒルコ、撤退するぞ」

「ッ……私は残って戦う!」

「いや、戦うって……あれは無理だろ」


 もうほとんど巨大ロボだ。世界観が違う。


 ……というか、明らかに大きすぎておかしい。あんなモンスターを作れるようなDP……いくら日本最大のダンジョンとは言えどあり得ないレベルだ。


「ヨルさん、あれって斬れますか?」

「……めっちゃ強いアリが象を噛み殺せるか、というと無理だろ。刃は通るだろうけど規模が小さすぎて。とにかく、上の階に戻るぞ」


 暴れるヒルコを担ぎながら生き延びた探索者の後をついていこうとしたその時、地面が大きく揺れ動く。


「……嘘だろ?」

「に、二体目!?」


 俺たちの足元の土が盛り上がって、俺たちをその周辺の地形ごと掴もうとする手が出てくる。


「ッ──アメ、前方! 斬り開く!」

「合わせます!」


 マジックバッグから刀を取り出しながら探索者達の前に躍り出て同時に二人で刀を振るい、指の一本を斬り落とす。


「全員、この隙間に!」


 全力で走り抜けるが、頭の中は混乱していた。

 一体ですらあり得ないのに二体目──しかも同じフロアに出てくるってあり得ないだろ。どういう配置だよ。


 後方を警戒しようとするが、一体目のクレイゴーレムが動いていないことに気がつく。


 ……動きが止まった? 何故……。


「離して! 離してくださいっ!」

「ちょっ、暴れんな!」

「私は、アイツを倒す為に……!」

「アイツって……無理だろ、どう見ても」

「倒さないとダメなんです!」


 暴れるヒルコを抑えながら突っ走ろうとしたが、肩に短剣が突き刺さってヒルコごと転がり落ちる。


「ッ! ヨルさん!?」

「平気だ、それよりもヒルコを……」


 いや、もう諦めていいか? どうせここで負けても地上に戻るだけ……。と、考えて、ふと、肩が血以外のもので濡れていることに気がつく。


 …………涙?


「ああっ! くそ、仕方ない! 追うぞ!」

「け、怪我は」

「走りながら治す! というか、俺に刺したから無手じゃねえか! やっぱりアイツ、アホだろ!」


 対して仲良くもなく知り合ったばかりの人物。

 しかもダンジョンの中とは言えど刃物をぶっ刺すという敵対としか言えない行為。やり返すならまだしも……助けに向かうなんてバカとしか言えないが……。


 そもそも俺はバカのクズなので知ったことではない。


 ヒルコは巨大なクレイゴーレムの攻撃を掻い潜りながら進むが、息が切れたのか動きが悪くなって避け切れずに立ち止まる。


「伏せろ! ──みぞれ流【雪の色斬り】」


 全力の一撃……だが、斬撃で防げる質量ではない。だから、刃ではなく刀の腹を使うことによる打撃により弾き返す。


 だが、一撃で俺の腕ごと刀がへし折れる。


 勢いに押されてゴロゴロと転がり、クレイゴーレムが動いたことによる出来た穴に落ちそうになる。


 雪の色斬りの反動で動けない体が、少女の手が伸びたことによって止まる。


「ヒルコ」

「っ! バカなんですか!? 刺されといて追いかけてくるなんて!」

「そうだよ。……ヒルコ」

「なんですか!」

「『協力』してやる」


 ヒルコの口が止まり、信じられないものを見るように表情を固める。


「な、なんで……さ、刺されるのが好きなんですか?」


 そんなわけないだろ。駆け寄ってきたアメに治癒魔法をかけられながら巨大なクレイゴーレムを見上げる。


「……なんとなくだ」


 泣いていたから、などと、シラフで言える気がしない。

 格好つけることも出来ずにそう言うと、ヒルコは呆然としたように言う。


「す、すごい特殊性癖です……」


 とんでもない誤解を受けた。

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