第二十六話
巨大なクレイゴーレム……おそらく考え得る限り、一番俺たちと相性の悪い相手だ。
生き物であれば、先ほどの指を斬り落としたことでかなり出血を強いることが出来、時間をかければ失血死を狙えたが、血のないクレイゴーレムが相手だと少し削る程度の意味しかない。
「どうします? 次、来ます」
「武器がある限りは同じ方法で防げる……が、そこまで予備はないな」
「コアを狙う……のも、大きすぎて難しそうです」
「…………コアか。……本当にコアがあるのか?」
アメは俺の言葉に不思議そうな表情を浮かべる。
「それはどういう……っ! また来ます!」
もう地形がぐちゃぐちゃでどこに逃げればいいのか分からない。追い詰められる可能性を考えてもう一度弾き返そうと思っていると、ヒルコが走り出す。
「私の足を追ってください!」
「……信じるぞ!」
ヒルコを追って全力で走る。地形はぐちゃぐちゃで走りにくいが、ヒルコの的確な指示のおかげで行き止まりに付くことなく走り抜けられる。
「──前方から魔物……武士娘!」
「えっ、僕のことですか!?」
アメは困惑しながらもモンスターを一太刀で斬り捨てる。
「ど、どうします? 凌げてはいますが、ジリ貧です」
「……いや、大丈夫だ」
振り下ろされる手や脚を避け続けていると、突然クレイゴーレムが動きを止める。
「あれ? なんで……止まって……」
「……燃料切れだな」
「燃料? ゴーレムってそういう仕組みなんですか?」
「いや……」
と、否定しながら崩れた地形の上に腰掛け、ヒルコの方を見る。
「……取り逃した」
「やっぱりか。……ヒルコ、アレに乗ってるたんだな。極夜の草原のダンジョンマスターが」
「…………はい」
「クレイゴーレムに……乗ってる? 水瀬さんの亜種みたいな?」
「クレイゴーレムじゃないんだろう。……おそらく、ダンジョンの地形を変化させる機能を利用して地形をゴーレムのように操作したということだ。まるで地形のように巨大なクレイゴーレムではなく、まるでクレイゴーレムのような地形だったということだろう」
二体目が現れたのではなく別の場所を操っただけ、同時に動くことがなかったのもゴーレムが自立しているのではなくダンジョンマスターが操作していたからだ。
ヒルコを見ると、彼女は血が滲むほど強く強く拳を握り込みながら、冷静を装いながら頷く。
「はい。ダンジョンの地形を操ることによる攻撃……それが、極夜の草原のダンジョンマスターである黒木の得意とする
「……ダンジョンマスターだけが使える……領域外技能」
ごくりとアメが唾を飲む。どうすればいいのかを考えているのだろうが……まぁ、対応自体はそこまで難しいものではないだろう。
「まぁ、タネが分かればそれほど恐ろしいものではないだろう。ダンジョンの地形を操作……それで戦おうとしたらアホほどDPを食うはずだ。だから、アレだけ強いのに夜の寝込みを襲ったし、俺達を捉え切れないと判断したら一瞬で引いた」
どれぐらいDPを消費したかの概算はツナに聞かなければ分からないが、割に合うわけがないやり方だ。
「DPの枯渇でいずれ使えなくなる。今までなら脅しとして成り立っただろうが、ダンジョンの仕組みを知っているものが裏で操っている攻略班は怯むどころか追い詰めていると喜ぶだろう。……この戦い、大局は決している」
まさかこんな一時凌ぎにしかならないものを切り札にしているとはな……ゴブ蔵を番人にする作戦は無理だな。
流石にゴブ蔵一人で勝てるレベルではないので、ゴブ蔵を奥に置いたら排除されるだろう。
「……極夜の草原のダンジョンマスターに死んでもらいたいなら、ここで引けばいい。DPの収支が合わない以上、いずれ枯渇して終わる。ヒルコが手を下すまでもなく」
「……私は」
「海呑みのダンジョンにいたんだったな。……ダンジョンマスターが死んだ復讐か」
ギリっ、と、ヒルコが歯噛みする。
「別のダンジョンを巡っていたのは協力者を探すためか? ……まぁ、今更なんでもいいか」
「復讐を、やめろと言いたいんですか」
「……今、まだ未成年だろ。人生、いくらでもやり直しが効く年齢だ」
「あの人が死んでっ! ヘラヘラと生きることなんて!!」
叫び声が響く。
……どういう関係だったのだろうか。もしも、俺がツナを失えば同じようになるのだろうか。
「……苦しくとも、元の暮らしに戻ればいい。そうするべきだ」
「…………元の暮らしなんて、忘れました。私は……海に流されたヒルコなんです」
復讐への決意ではない。
現実逃避としか思えない痛々しさ。……ゆっくりと頷く。
「大切な人だったのか?」
「……はい」
これは……今、俺が抱いている感情は「同情」だ。
似た立場ということもあり、他人として無視をすることが難しく、可哀想だと思ってしまっている。
「私は、つまらない人間です。どこにいても、どこにいなくても、、誰にも喜ばれないし、誰にも迷惑をかけない。いても、いなくても、あの人は……私にいてほしいって」
「…………」
「自分のことを「闇の支配者」なんて言う変な人で、人に「闇の暗殺者」と名乗れなんて命じてくる勝手な人で……。子供っぽくて、いい年して厨二病で……」
ヒルコは顔を隠すように背を向けて、急に口調を変える。
「フフ、フハハ! 私は闇より出でし暗殺者ヒルコ! 私が奴を狙うのは、ただ、ただ、奴が煩わしいからです!」
「………」
どう見ても演技の空元気だ。
厨二病のダンジョンマスターか……。マジックバッグから刀を取り出して腰に下げる。
「相手も死に物狂いだ。独力で最深部まで辿り着くのは難しいだろう」
「私を誰だと思っているのですか。クールかつ最強の美少女アサシン! 高橋ヒルコです!」
「……ヒルコ。……倒したら、どうするんだ? 復讐を果たしたら」
「……そんなもの、事を終えてから決めますよ。私は、絶対に許せないのです。あの人を騙して裏切って殺した、あの卑怯者を」
アメを見て、ガリガリと頭を掻く。
「……アメさん、撤退してゴブ蔵と合流してくれ。そのあとはツナに連絡を取って指示を仰いでくれ。地図を逆に進めば罠も踏まずにいけるだろ。ゴブの湯まで戻って、そこから地上に出てからダンジョンに入り直すのが早いはずだ」
「えっ、は、はい。ヨルさんは?」
「このままヒルコと行けるところまでいく」
「ぼ、僕も一緒に……」
「戦力がほしい。あとで追いついて合流してくれ」
そう言ってアメを戻らせる。……まぁ、実際のところ、引き離すための方便だが。
ここから先は、ダンジョンマスターとの命の取り合いだ。……アメに、人の死に触れてほしくない。
ヒルコは俺を見て、どこか寂しそうな表情を浮かべる。
「……バカな人です」
「……うるせえ」
着いていく意味はない。
どうせすでに結末が見えている戦いなのだから。
あえて、理由を言うとすれば……復讐を果たし、ヒルコが生きる意味を失ったとき……ほんの少しでも、騙し騙しの誤魔化しでも、生きる理由をでっち上げてやれれば……などと、馬鹿なことを考えたからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます