第三十話

 朝、いつものように目を覚ましてリビングの方に向かうも、珍しくアメさんの母はまだ起きてきていないようだった。


 人の家で料理が出てくるまで待つのも申し訳ないが、代わりに勝手に人の家で料理をするのも非常識だろう。


 どうしたものかと考えていると、何故か昨日よりもぐったりと疲れた様子の親父さんが顔を見せる。


「おはよう。……あー、今回は本当にありがとう」

「いや、そんな何度も礼を言われるようなことではない。……昨日のダンジョンコア、少し小ぶりだけどひとつ10億はくだらない額になると思うけど」

「……億?」

「最安値でも10億ぐらいが相場……いや、相場になるほど出回ってないか。まぁ、特に何も考えずに捌いてもそれぐらいにはなると思う。研究が進んで利用価値が増えたらその10倍ぐらいなるかもなってレベルで」


 親父さんは少し考える表情を見せてから首を横に振る。


「ヨルからそれを受け取っても、周りから金の流れを追われると困るような金になる。金回りが良くなれば役所に調べられるだろうし、受け取らない方がいいだろう」

「まぁ、真っ当に銀行に預けたり、高い物を買ったりは出来ない金でしょうけど。なら、普通に探索者の組合とかに売ってもいいと思いますよ」

「それがそこまで有用なら、俺はお前たちに渡したい。……まぁ、流石に惜しいが」


 俺たちが金を渡すと出どころが怪しい金になるし、かと言って普通に売るのは確かに少し俺たちには不都合である。


 だが……だからと言ってもただでもらえるようなものではない。


「……うちのダンジョンで生成した魔道具とかを、アメさんがダンジョンで拾ったものってことにして捌きます。それで稼いだお金なら、出どころとして問題ないですし、娘が実家に仕送りをするのも不自然ではないでしょう」

「……」

「あまりそういう金がどうこうが好きじゃないのは知ってるけど、何も受け取ってもらえないのはこちらの筋が通さなくなります」

「そう、だな。まぁ、これからまた色々入り用になるかもしれないしな……」

「これから入り用に?」


 俺が尋ねるとアメさんの親父さんは黙って俺から目を逸らす。


 まぁ……アメさんも家を出て、まだふたりともそこそこ若いし、アメさんの弟や妹という話をしていても何もおかしくはないか。


「あー、跡取りのこともあるしな」

「いや、それはもう解決したが」

「してないですよね?」

「いや解決してるぞ?」


 してないけど……。

 流石にダンジョンのことをしながら道場は無理だしな。


「それにしても、本当に欲がないですね。金、あった方がいいんじゃないのか?」

「まぁ……もう少しはな。けど、あんまり間違ってるとも思わないな。……故郷に帰って、荒れたそこを見て確信した。世界は滅びる……というか、別の形になるだろう」

「……まぁ、金はいずれ役に立たなくなるかもしれないけど」

「そのとき、結局のところ大切なのは人との繋がりというものだろう。なら、きっとこれまでの行いに間違いはなかった」


 ……まぁ、それもそうか。


「あまり人間関係を損得の話にはしたくないが、世が荒れているなら妻子がいる身、それを考えざるを得ないからな」


 いいこと言っているけど、この人、何かしらの理由で昨日帰ってきたときよりも幾分もぐったりしてるんだよな……。


「あー、道場、今日まで出ようかと思うんですけど」

「いや、予定通りでいい。もう一度寝てくる」

「ああ……じゃあ、まぁ、アマネさんたちが起きたら帰りますね。あ、そういえば結局アルバム見てないんで見ていいですか?」


 親父さんはめちゃくちゃ微妙そうな表情を浮かべた後、アルバムを持ってきてパラパラとめくってアメさんらしい赤ちゃんがいるページを開いて俺に渡す。


「アマネが生まれてからで十分だろう。これより以前は見る必要はないな? ……寝てくる」


 念押ししてから出て行った親父さんを見送り、早速ページを巻き戻ってみると、結婚式の様子らしい写真やら何やらが残っていた。


 まぁ、確かに歳の差はあるがそこまでのアレでは……と思うのは俺も同じようなものだからだろうか。


 単純に若い頃の自分を見られるのが気恥ずかしいからだろうか。

 まぁ、俺も今の様子が誰かに見られたらと思うと羞恥で死にたくなるので気持ちは分かる。


 まぁ、当時の奥さん、今のアメさんよりも年齢は下っぽいしなぁ。そりゃ隠したがるだろう。


 けれどもそこまで面白いものでもないか。と思ってページを進めていく。


 アメさんが産まれてからは、アルバムはアメさんを中心としたものになっていて、なんとなく世代の移りを感じる。


 時々映る、祖父やら叔父やらもやたら強そうだな……。

 家系図とかどうなっているんだろうか。


 武人として……と言えるほどの歴は俺にはないが、やはり少し気になる。


 夕長流の使い手は今のところ三人知っているが、親父さんは純粋なそれではないし、アメさんも自己流に大きく改編している。


 一回、叔父を見てみたい。


 それにしても……小さい頃のちみっこいアメさん可愛いな……。

 髪の色が変わった……わけではないだろうが、幼い頃は髪が細いためにか色素の薄さが分かる。


 ふわふわとした髪と純粋そうな表情、まるで天使のようだ。


 ……あのゴツイ親父さんからこんな可愛い女の子が発生するもんなんだなぁ。

 いや、色白なところとか目とか結構似てるけども。


 そういや、一応アメさんってハーフなのか。全然気にしたこともなかったけど、たしかに少しそんな雰囲気はある。


 ……小さい頃のアメさんの写真、スマホで撮ったら怒られるかな。

 と思いつつめくっていき……ある違和感に気がつく。


 途中から……途中から、明らかに成長が鈍っている。

 身長も伸びていないが、顔立ちや体型もほとんど変わっていない。


 ……ああ、いや、なるほど、だからか。

 アメさんの体型はかなり昔から止まっている。だからこそ、技の練度が非常に高いのだろう。


 本来なら成長に伴い体型が変わることで同じように技を使えないようになっていくが、体型が変わらなかったらそこの微調整が必要なくなり、純粋に技量を伸ばすことが出来る。


 もちろんそれは体型のハンデを補えるものではないだろうが、完全にデメリットだけでもないのだろう。


 ……それにしても可愛い。

 やっぱり家族の前と俺の前だと多少表情も変わるなぁ。


 可愛い。と考えていると、パジャマ姿のアメさんがふにゃふにゃとした表情でやってきて俺にぺたりと張り付く。


「おはよ、ございます」

「ああ、おはよう」

「何見てるんですか?」

「アメさんの写真」

「あ、そうです。アルバムにしまうために写真撮らないと!」


 急にアメさんは思い出したように目を開ける。いや……俺はいいよ。とは言えずに頷く。


 親父さんもこうやって夕長の家に絡め取られたのかなぁ。


「お父さんまだ起きてきてないんですね」

「あー、さっき水だけ飲んでいったな。疲れているようだ」

「そんなにダンジョン大変だったんでしょうか?」

「…………まあ、ほら、飛行機とかも案外疲れるしな」

「帰る前に挑もうと思ってたんですけど……」

「ちょっとしんどそうだったな」


 まぁ頼むだけ頼んでみてもいいと思うが。

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