第二十九話

「……」


 俺はまぁ、大概、自分はカスであるという自覚はある。

 小さな女の子ふたりに手を出しているし、反省しつつも手放そうとは思っていない。


 けれども……罪悪感がないというわけではないのだ。


「ん、ヨルさん」


 と、目を閉じて俺の服を小さく引っ張るアメさんとキスをして、隣にいたツナが俺の手を引いてまたキスをする。


 ……流石に、流石にこれはダメだろう。


 ツナとアメさん、ふたりと交互にキスをしながらそう思う。


 いや、歳下の女の子を相手に二股をしてる時点で完全にアウトであり、もはや言い訳のしようもない最悪だが……けれども、それでも超えてはいけない一線というものはあると思うのだ。


 二人と交互にキスをするというのは……完全にその一線を超えている。


 多幸感と異性の匂いや柔らかさへの興奮、愛しい相手と共にいるという喜び……と同時にくる二人への罪悪感。


 ダメだ、これは流石に……。と思いはするが、理性とは別に獣じみた本能が求められるがままに受け入れてしまう。


 毎日少しずつ、理性の糸が削られていくのを感じる。


 可愛い、いい匂いがする、柔らかい、小さい、甘える声が心地いい、暖かい、五感で感じる全てが俺から理性を奪っていく。


 キスの最中に思わずアメさんの腰に手を回してしまい、その細さや軽さ、服の上から感じる肌の柔らかさを感じてしまう。


 アメさんの方も俺の身体のことが伝わっていってしまったのか、異性を感じたような羞恥の表情とそれでも俺を求めてくれる上気だった顔がこちらを見る。


 俺の体に当たる、小さいけれども確かにあるふにふにとした柔らかい胸の感触。

 分かって当てているのか、それとも無自覚に子供のようにひっついているだけか。


 子供……は、まずい。子供が出来るような行為はまずい。


 理性はすでにボロボロで、アメさんの年齢に手を出してはいけないという倫理規範では耐えることが出来ないところまできていた。


 アメさんは我慢出来ないように俺の頭の後ろに手を伸ばして、俺が逃げられないようにしながら唇を合わせて、ぬるりと舌を伸ばす。


 アメさんの性格は……正直、言葉にするのが少し難しい。


 蛮族めいた価値観と少女らしい理想、人を責めることが苦手でコミュニケーションが不得手な気弱さと、実力に裏打ちされた自信と積極性。


 理性的で真面目な規範精神と…情欲に素直な一面。


 年齢の割に発育が悪く小さな体と幼い顔立ち……。小さな舌が欲しがるように俺の舌と絡んで、口の中で俺の動きを誘うようだ。


 そのキスは親愛の証とか、恋愛の真似事とか、そういう言い訳が効かないような男女の睦みあいだった。


 そういえば俺もアメさんぐらいの年齢のころは、新しく生まれてまだ慣れない欲求に落ち着かない感覚があった。


 あの頃の俺が今のアメさんみたいにキスを覚えたら……。


 俺とアメさんの唾液が混じったものを、アメさんはこくりと飲み込む。


 こんな風に、キスにどハマりしていただろうな、と、思う。


 欲求の抑え方をまだ知らない中で、好きな異性とのキス。アメさんはブレーキも分からないように夢中になって俺の舌を食べるように絡ませる。


 発散の仕方も分からない青い欲望、アメさんはまるで動物のように俺とのキスでそれを発散させていた。


「ん、ん……んぅ、んんっ……。ぁ……」


 口を離すと俺とアメさんの間に白い糸が生まれて、ぷつりと途切れる。

 ……まずい、ツナの前なのにアメさんとのキスに夢中になっていた。


「……ヨルさん、なんだか気持ちよくて恥ずかしいですね。……ヨルさんも、気持ちよかったですか?」

「……まぁ、その、すごく」

「えへへ。その、どうするのが好きですか? 僕、くちゅくちゅーって、するのがよかったんですけど」


 貪欲に気持ちよさを求めているアメさんに押されていると、ツナから手を引っ張られる。

 不満はありそうだが怒りは感じない。


 自分もそれをしたいという風に俺の手を引いてねだるが……アメさんよりも小さな身体のツナにするのは、背徳感が凄まじいものがあった。


 けれども、出来ないと言えばツナを傷つけることは分かっていたため、ねだられるがままに唇を重ねて薄い唇を押し開けるように舌をツナの口内に入れる。


 口腔内という粘膜同士の接触、変な音を立てようとしなくても唾液同士が混ざる音は出てしまう。


 ツナの中に自分の体の一部を入れているという状況にどうしても興奮してしまって歯止めが効かなくなるのを感じる。


 ツナが呼吸が上手くできずに少し苦しそうにしていることに気がついて、やっと口を離す。


「ヨルは、えっちです」

「……そりゃ、こんな状況なら誰でも……。ああ、ツナ、その、ここだと流石にダメだけど、帰ってから……」


 ツナは不思議そうにキスで真っ赤になったままの顔を俺に向けて首をこてんと傾げる。


「…………いや、ごめん。なんでもない」

「んぅ? ゲーム大会のことですか?」

「あ、ああ、ゲーム、しような」

「はい。負けませんよ、えへへ」


 ツナの頭を撫でていると、アメさんが物欲しそうに俺を見る。


「もう一度、くちゅくちゅ、したいです」


 完全にどハマりしてしまった様子のアメさんに手を引かれて、頼まれるがままにしようとしていたところで──ピンポンという呼び鈴の音が響いて思わず肩が揺れる。


 このタイミングでアメさんの家に来るのはおそらく……と考えていると、廊下の方でアメさんの母がパタパタと慌てて玄関に向かう。


「おかえりなさい!」


 アメさんの母の歳の割に甘えた高い声が聞こえて、遅れて親父さんの「ただいま」という声が聞こえる。


 ……あまり夫婦の間に入りたくはないが、出迎えないのも不自然だろうかと、部屋から出る。


 アメさんとの関係は親父さんにも認められているというか推されている状態なので、問題ないはずだが……このタイミングはなんだか気まずい。


 ちょうど、お土産らしきものをアメさんの母に手渡しているところで、俺と目が合う。


「あー、ヨル。ちょっといいか?」

「えっ、俺はいいけど……。むしろ、俺を後回しにした方が……」


 子供みたいに親父さんの帰りを喜んでいるアメさんの母を見ながらそう言うと、親父さんは「あー」と口にしてからポケットから取り出したものを俺に投げる。


 まるでビー玉のような小さな玉がふたつ……俺は、それに見覚えがあった。


 ダンジョンコア。

 口に出すのを耐えつつ、ツナにそれを渡す。


「……これをどこで」

「故郷で暴れてたダンジョンのやつをとっ捕まえたときにもらった。よく分からないが価値のあるものなんだろ?」

「……持ってたダンジョンマスターは?」

「牢屋の中だけど、どうしたんだ?」


 ということは、このダンジョンコアはそのダンジョンマスターが他のダンジョンから奪ったものか。


 ……殺さずに捕まえたのか。


「あと、これ、何か研究していたらしい。俺にはよく分からないが、ヨルには有用なものだろ?」


 と続けてUSBメモリを俺に渡す。


「……親父さんの故郷ってことは英語だろうな。日常会話レベルならまだしも、専門的な文は読めないぞ。ツナはいけるか?」

「えっ、あ、はい。……ただ、研究内容は分かりませんが、事実かどうかを確かめるための施設や人は多分用意出来ないです。えっと、ありがとうございます」

「いや、礼を言うのはこっちだ。帰る機会がなければ、あそこを救うことは出来なかった。ありがとう。……とは言え、流石に疲れた。もう動けそうにない」


 故郷に帰ったら悪い奴らに支配されていてそれを解放して帰ってきたか……。

 なんか物語の主人公みたいなことになってるな。


 と思いながらUSBメモリをしまう。


「……へー、動けないんですね。へー」


 とアメさんの母は親父さんから荷物を受け取りながら呟く。

 ……随分と疲れているようだし、明日も道場を手伝ってから帰るか。

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