第二十三話

 具体的な話を詰めるというよりも「協力しようね」という簡単な方向性の確認だけだからか、呆気なく話が進む。


 そもそも山川の方にはあまり交渉して有利を引き出そうとする様子がなく、形だけは「協力」だが事実上はソラからの話の通りに「保護」を求めているように思える。


「では、山川さんのダンジョンの一部にこちらのダンジョンのモンスターを配置するのと、今後の合併も視野に入れた形で試験的な混合ダンジョンの設立して様子を見るという感じで。いずれも費用はこちらから持ち出させていただきます」

「うん。でもいいの? こっちから言い出したことなのに」

「こちらも採算は合うという見込みはあるので大丈夫です。それより、他にもやりたいことがあったら思いつきでもいいので話してくださいね」


 具体的な話をしていないこともあり呆気なく話が纏まる。

 立ち上がって礼を言ってから、また後日という具合に別れた。


 再び猫に案内されながらダンジョンから出て、少し雨足が強くなった道を通ってダンジョンに帰る。


「うー、雨強くなってましたね」

「えっ、本当ですか? ありがとうございます」

「いや、アメさんのことではなく天気の話だろ。風呂、順番に入るか」

「そうですね。身体が冷えたらダメなので、二人ずつですね。グーとパーでジャンケンして分かれましょう」

「いや、俺は一人でシャワー浴びるからな」


 俺のツッコミを無視してツナがフンスと気合を入れて、こそりと俺に耳打ちをする。


「ぐーぐーぱーぱーぐーぐーぱーぐーの順番に出してくださいね」

「姑息……」


 俺の意思を無視してツナは「じゃーんけーん」と手をあげて、ふたりも釣られて手を前に出す。


「ぽん!」


 と、ツナの掛け声と共に手を出した。

 俺は誰とも被らないようにチョキを出し……同じく、グーでもパーでもない手を出して被らないようにしようとしたヒルコのチョキの手と被る。


 しかも、ツナとアメさんはグーの手を出していたため、綺麗に2対2で分かれてしまっていた。


 ヒルコと目が合う。


「……」

「……」


 嫌な緊張感と気まずさが走り、ゆっくり、ゆっくりとヒルコの手が開いていき、パーの手を形作る。


「よし、じゃあ俺は最後に入るから」

「よしじゃないです。なんでヒルコさんと合ってるんですか」

「いや……ひとりで入りたいという発想が被った結果だ」

「本当ですか? 本当はヒルコさんと入りたかったとかじゃないです? ……ヨルの必殺技は、常に後出しジャンケンが可能なので」

「後出しジャンケンで勝てる技ではあるけど後出しジャンケンには使わないんだ。ほら、風邪引くから入ってきな」

「んむぅ……一緒に入りませんか? その、えっちなことではなくて、やっぱり離れるのは寂しいので」

「……アメさんに先に入ってもらうか。冷えないように手を繋いでやるから」


 俺が椅子に座り、その上にツナが座る。

 アメさんは軽くペコリと頭を下げてからシャワーを浴びにいき、ヒルコは俺たちの隣の椅子に座ってこちらを一瞥する。


「……ごめんなさい。迷惑をかけて」

「えっ、あ、いえ、結果的に私達としてもあっち側としても利益になったので、むしろありがとうございます」

「それより、俺たちがいない間、大丈夫だったか?」

「留守番ぐらい出来ます。……闇の暗殺者なので」


 まぁ闇の暗殺者なら留守番ぐらい朝飯前か。


「あんまり遠慮とかしなくていいぞ? 敬語使ってるけど、あんまり慣れてないだろ」

「……うん」

「まぁほどほどに力を抜いてな。風呂入ったらまたあっちに向かうから、欲しいものとかあったら今のうちに」

「……考えておきます。あ、考えておくね」


 別に無理にタメ口にしろというわけでもないが……。


「そう言えば、結構知り合いのダンジョンマスターも増えてきたので、なんとなく傾向が分かるようになってきましたね」

「傾向? なんかあったか」

「ダンジョンとその主たちには相関関係があり、その専門性にあったダンジョンに就けるようです」

「……相性のいいダンジョンに配属されるってことか?」


 その反例が今、俺の目の前にいるような気がするんだが……闘技場なのにツナは戦うの無理だろ。


「ヒルコさんの元々いた海のダンジョンは分かりやすく、ダンジョンマスターの専門分野にあった海の地形だったため生態系の管理が出来たようです。みなもさんも温泉が好きみたいですし、なんだか愛嬌があるのもイメージに合います」

「……さっきのダンジョンの山川さんは全然寄り道とかしなさそうなタイプじゃないか?」

「でも、お話に出ていた副官の人は雑談とか好きなようでしたし、寄り道とかしそうです。うちのダンジョンも、私は向いてないですけどヨルの方はバッチシ向いてます」


 まぁ、確かに……それもそうか。


「おそらく形としては、ダンジョンがあり、そのダンジョンのテーマ性にあった人物がダンジョンに配置され、そのあとにその人物の能力を補完出来る人物が配置されて、そのうちのどちらか……リーダー向きの方がダンジョンマスターになるもいう感じですね」

「……あー、まぁ今のところそんな感じな気がするな。さっきのダンジョンも、ソラのダンジョンも大人しいダンジョンマスターに対して活動的な副官という感じだ」

「あと……日本のダンジョンには日本人が配置されるみたいですね」

「それは当たり前……でもないか。物理的な距離ならそこそこ近い海外もあるけど、外国人のダンジョンマスターがいるなんて話は聞かないしな」

「距離的な問題なのか、国境で決めているのか、民族や文化で決めているのかは分かりませんが、イタリアのダンジョンにベトナムとトルコの人達がダンジョンマスターとして配置されるみたいなことはあまりなさそうな感じがします。まぁ、言語や文化が分からないと大きく不利だからかもしれないです」

「まぁ、なんとなくは元々分かってた話だよな」

「そうですね。重要なのは神は「ダンジョンにふたり人間を配置したあとにダンジョンマスターをどちらかから選ぶ」というやり方をしていることです」

「重要か? それ」

「はい。この仕組みで選出しているということはつまり、これは能力的な上下は、ダンジョンマスターと副官の間には存在していないということですから」


 ……ああ、なるほど。

 なんとなく感覚的にダンジョンマスターの方が優秀でその下に副官を配置する形かと思っていたが、そうでない可能性の方が高いということだ。


 それはつまり……。


「ヒルコみたいな存在の価値が非常に高いということか」

「はい。ここは今のところ実質的に、ダンジョンマスター級の人間が三人体制という状態です。これからダンジョン同士の関わりが増えると、人材の取り合いが活発になる可能性がありますね。ヨルは有名だから引き抜きも必死でしょうね」


 まぁ……ツナを裏切って別のダンジョンに行くことはないが。


 でも引き抜きかぁ。……そんな話を持ちかけられたらツナが不安がってしまいそうだな。


 いや、俺がツナにベタ惚れしているのは、ツナも知っていることなので不安にはならないか。


 ……そう考えるとめちゃくちゃ恥ずかしくなってくるな。

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