第二十四話
ツナの手を握りながら、アメさんのことを考える。
「……アメさん、確かに勉強は出来ないのかもしれないけどしっかりしてるよな」
「道場のお話ですか?」
「家の手伝いもそうだけど、全体的に、情緒面では年相応よりも大人びてる。俺が高校生の頃はもっと子供だった」
「責任感強いですよね」
ツナの言葉に頷く。
アメさんと比べると、ツナは知能の発達は既に大人以上だが、情緒面は年相応かそれよりも幼いぐらいに感じる。
学校に通っておらず、ついつい甘やかしてしまう俺とふたりきりだった期間の長さのせいだろう。
……反省、は、しなくてもいいか。
出会った当初のツナは酷い孤独感と人間不信に陥っていて、見ているこちらが痛むものだった。
それを解消することが何よりも大切で、ツナにとって必要だったことは間違いない。
そのせいで多少……俺に依存的ではあるけど、それも仕方ない。
…………恋愛関係になってるのは俺が悪いけど。
「……ツナは、アメさんとふたりのときは何の話してるんだ?」
「あんまりふたりになることはないですけど……。家事を教わったりも、少しだけしてます」
「家事? あー、まぁ、普段は俺がしてるけどアメさんも出来るか。……火とか刃物には気をつけろよ?」
「分かってますよ」
「ヒルコも気をつけろよ?」
「……ヨルくんって、私のことを結構子供扱いしますよね」
俺たちに気を遣ってか、早めに出てきたアメさんと入れ違いでツナがシャワーを浴びにいく。
わしゃわしゃと雑にタオルで髪を拭いているアメさんを軽く手招きして、いつもツナにしているようにタオルで軽く水気を取ってからドライヤーで乾かしていく。
「えへへ、ありがとうございます」
「……アメさん、もうちょっと髪に気をつけた方がいいぞ? せっかく綺麗な髪なのに」
「んぅ? ちゃんとシャンプーを使ってますよ?」
そうではなくて……。いや、実際にアメさんのやり方で綺麗な髪が維持出来ているのだからそれでいいのかもしれない。
まぁツナも何もしなくても髪は綺麗だし、若いというか幼いとそんなに気を遣わなくても平気なのかもしれない。
「そういや、ヒルコはそういうのとか必要ないのか? ツナはまだちびっこだし、アメさんはアメさんだからあんまり気にしてないけど、女の子ならいるんじゃないか? よく分からないけど」
「……まぁ」
「あー、いや、そういう髪の手入れみたいなの、男の俺にはあんまり口出しされたくないか。ネットとかで買えるものなら適当に注文しても大丈夫だからな」
「うん。ありがと」
ヒルコは俺の方を見て軽く頷いてから目を逸らす。
……この対応は正解だったのだろうか。
ヒルコは変なやつだけど、それでもなんというか「普通の女の子」をしているのでよく分からない。
なんかアメさんみたいな変な子の方がまだ分かるというか……いや、アメさんも何考えているのかよく分からないし、ツナも何考えてるのか分からないけど。
まぁ一番よく分からないのがヒルコだ。
……ヒルコの本音を見れたのは、ダンジョンコアを前にして泣いている時だけな気がする。
「ヒルコさんって、何が好きですか?」
「何がって……」
「ヨルさん、行動力はありますけど変わり者なのであんまり気を遣って濁すと変なことになりますよ……?」
俺、アメさんに変わり者だと思われてるんだ……。アメさんに……。
「……この前の、ゲームは楽しかったな」
「ゲーム……ああ、みんなでやったやつな。じゃあ、次戻ってきたときにもう一回やるか」
「うん。……あと、勉強したいかな」
勉強……闇の暗殺者が? と、思っているとヒルコは説明を付け足す。
「……生き物とかの勉強。あの人の好きだったことを知りたいから」
「ああ、分かった。大学とか行きたいのか?」
「中学校の勉強も危ういから、そこからかな。一足飛びに勉強しても分からないと思うから」
「あー……ツナは頭はいいけどたぶん勉強教えるのには向いてないし。アメさんも苦手だし……。教えるなら俺になるけどいいか?」
ヒルコとアメさんは「えっ、この人勉強出来るんです?」みたいな表情で顔を見合わせる。
「……一応言っとくけど、そこそこの大学出てるからな? ツナとかに比べると頭悪いけど、普通の中高の勉強を教えるぐらい出来る」
「……そこそこの大学って、スポーツの特待生とかじゃなくてですか?」
「普通に受験してだよ」
「大学って、面接官を倒したら合格みたいなシステム?」
「普通に受験してだよ。……そこまで驚かれるとなんか逆に心配になってきたな。俺はちゃんと受験したよな……?」
ヒルコは俺の方を見たあと、ペコリと頭を下げる。
「じゃあ、お願いします。中学校のところから」
「ああ、でも大学で習うような生物は分からないからな」
「うん。……とりあえず、帰ってくるまでに復習しておくね」
ヒルコは小さく微笑んでそう言う。
なんとなくアメさんの方を見ると、俺に「勉強しろ」と言われるのかと思ったのか全力で目を逸らしていた。
それから交代でシャワーを浴び終えて、軽く休んだ後にまた車に乗ってアメさんの実家に向かう。
トンネルのような道をスピードを出しすぎないように気をつけながら車を走らせていると、隣でスマホを両手で握っていたツナが「あっ」と口を開き、助手席のアメさんをバックミラー越しに見たあとほんの少し慌てた様子でスマホをポケットに入れる。
どうかしたか? と、俺が声をかけようとすると、ツナは目配せで誤魔化すように合図を送ってくる。
どうしたのだろうか。たぶんアメさん関係だが……ツナが管理しているアメさんアカウントが炎上でもしたのだろうか。
アメさんの実家に戻ってきて、アメさんが夕飯の手伝いをしに台所に向かったのを見てからツナの方に目を向ける。
「何かあったのか? ダンジョン側であることがバレて問題になってるとか」
「いや、それはバレてはいますけど特に問題になってなくて」
「人類の敵であるとバレて問題にならないことってあるんだ」
ツナが俺に見せたのは、そこまで再生もされていない動画で……そこには見覚えのある顔が映っていた。
極夜の草原で出会った、アメさんの元パーティメンバーだった男。
【歩きカラス】のリーダー……確か名前は日方シロウ……だったか。
「……もしかしてトンネルの中、Wi-Fi通したのか? たった一時間ほど暇になるからって」
「違います。事前にダウンロードとかしてたんです」
「それで……それがどうしたんだ」
「その、これがアメさんのアカウントにタレコミというか、「こんなことを話してる人がいます」みたいな報告が来て、暇なので見てみたんですけど……」
ツナからイヤホンを借りて、音が外に出ないようにそれを聞くと……おそらく、というか、ほぼ間違いなく嘘か極端に誇張されたアメさんの悪口のエピソードが暴露話として話されていた。
運良くなのか、それとも単純に話がつまらないからか、あまり再生数はないが……。
ハッキリと、気分が悪い。
「あのとき叩き斬ってればよかったな」
「会ったことあるんですか?」
「極夜の草原でな。……あー、今は再生数も伸びてないけど、またアメさんが注目されたらこの動画が発掘される可能性もあるし、また同じような動画が出される可能性もあるか。……なんとかしたいな」
アメさんは真面目なのでマトモに取り合って傷つきそうだ。極夜の草原で絡まれたときも落ち込んでいたし、この動画を真に受けた人から叩かれでもしたら……。
そう思うと余計にイライラとしてしまう。
「あの野郎、本当にしょうもない。アメさんに執着して……」
「……そんな執着してる感じだったんですか?」
「まぁ、なんとなく……。というか、元パーティメンバーが有名になったからってこんなのわざわざ出すのはどう考えても普通じゃないだろ」
ツナは「それは間違いないですね」と言って頷く。
幸い……アメさんはダンジョン側とバレても問題なかったようなので、そこは気にしなくても良さそうだが……。
……こっちは少し気になるな。どう対応したものか。斬るのはダメだよな……?
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